アカメが斬る!-緋色の火焔-   作:炎狼

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第五話

 イグニスとタツミが正式にナイトレイドに加入してからしばらく経ったころ、イグニスは作戦会議室に顔を出していた。

 

「さてイグニス。今日お前をここに呼んだのは他でもない。任務についてだ」

 

 椅子に腰掛け、タバコをふかしながら告げたのは、ナイトレイドのボスであるナジェンダだ。

 

「わかりました。で、標的は?」

 

「そう話を急ぐな。まずはこれを見てくれ」

 

 渡されたのは四枚の羊皮紙だった。羊皮紙には標的と思われる者達のプロフィールと、似顔絵が描かれていた。

 

 また、備考欄には四人がそれぞれ日常的にどのような行動をしているのかも記載されている。恐らく帝都に潜伏している密偵からの情報だろう。

 

「標的はこの四人ですか?」

 

「ああ。四人の名は一枚目から、ヤクマ、ノモキス、トウゴ、イロハだ。お前個人の初任務はコイツらを全員抹殺することだ。そしてイグニス、お前はこの四人の共通点に気が付いたか?」

 

「ええ。まぁなんとなくですが」

 

 渡された羊皮紙を一頻り読み終えたイグニスは、改めてナジェンダに視線を向ける。

 

「この四人はそれぞれが役割を分担した犯罪者集団、といったところでしょうか。ヤクマは麻薬などの依存性の高い薬物の元締め、イロハは違法娼館の女主人、ノモキスはこの二人を操る貴族。そしてトウゴはノモキスが雇った用心棒ですかね?」

 

「正解だ。悪事を順序立てて説明すると、ヤクマが麻薬の製造と流通を指揮していて、その麻薬を娼館経営者であるイロハが娼婦達に使い、ある一定の顧客達にも回している。そしてこれらの大元が、貴族のノモキスだ。ノモキスはヤクマとイロハに対する資金提供の変わりに、イロハが騙して勧誘した女達を献上させ、ヤクマの麻薬を使って薬漬けにして楽しんでいるそうだ。トウゴに関してはお前の推察どおり、ノモキスが用意した用心棒兼必要のなくなった駒の廃棄処分担当だ」

 

「なるほど。ようは今回の任務は犯罪シンジケートの壊滅と。そう思って構いませんか?」

 

 無言で頷くナジェンダ。イグニスもそれに声を発さずに答えると、今一度四人の標的のプロフィールが記載されている羊皮紙に視線を落とす。

 

 が、改めて見るとイグニスは「はて?」と思った。それはこの犯罪組織の規模の大きさだ。言葉で言うと単純なようにも聞こえるが、この犯罪組織はそれなりに巨大だ。

 

 トップのノモキスが貴族であったとしても、これほど大きな犯罪組織の存在と痕跡を一切表に出さないことは不可能だろう。

 

 とすれば、まだこの組織に関与している者がいると考えてよいはずだ。そう、例えば犯罪を取り締まる側の人物など……。

 

「ボス。一つ聞きたいんですが。いいですか?」

 

「なんだ?」

 

「この組織を潰すのは了解したんですが、どうにも引っかかることがあります。僕の考えだと、この組織にはあと一人標的がいると思います。例えば、帝都警備隊のそれなりの権力者、とか」

 

 イグニスが言うと、ナジェンダは一瞬驚いた表情を見せ、小さな笑みを零した。

 

「やはり姉弟(きょうだい)か……。その通り、コイツらだけで完全に犯罪行為を隠蔽することは不可能だ。だが、お前の言ったとおり、帝都警備隊の権力者がバックについていれば話は違う。そして、それがコイツだ」

 

 ナジェンダは再び羊皮紙を渡してきた。今度は手配書のように似顔絵のみが描かれたもので、左目に大きな傷のある男が描かれている。

 

「その男はオーガと言ってな。帝都警備隊の隊長を務める男だ。剣の腕もなかなかのものらしい」

 

「ならば今回の任務にこの男も組み込んだ方が良いのでは?」

 

「それをしたいのはやまやまなんだが、オーガは用心深くてな。普段は多くの部下を引き連れて帝都を巡回し、それ以外の時間は詰め所で過ごしている。また、オーガはノモキス以外の奴らからも賄賂やらを受け取っている。都合よく現れてはくれんだろうさ」

 

 やれやれと言う風に肩を竦めるナジェンダは、灰皿にタバコをグシグシと押し当てながらイグニスを見据える。

 

「他に何か質問等はあるか?」

 

「いいえ。ありがとうございました、ボス」

 

「気にするな。……ではイグニス、改めてお前に任務を通達する。ノモキスを大元とする犯罪組織を壊滅させろ。決行日はこの四人が集まる会合パーティの日。即ち三日後だ。邪魔する者達は全て潰して構わん」

 

 冷酷な眼光を光らせ、義手をギチリと握ったナジェンダに対し、イグニスもまた冷徹な表情を浮かべたまま頷いた。

 

 

 

 イグニスに任務の説明をした後の会議室では、ナジェンダが二本目のタバコに火をつけ、一服していた。

 

 彼女はイグニスがオーガの存在を見抜いた時のことを思い出していた。

 

「あの一瞬、イグニスの姿がエスデスと重なった……」

 

 いまだに脳裏に焼きついている、エスデスの不敵かつ冷酷な笑み。殺戮と暴虐、蹂躙をこよなく愛するあの女と、温厚を絵にかいたようなイグニスが血を分けた姉と弟という事実は未だに疑いたくなる。

 

 だが、あの一瞬にイグニスが纏っていたオーラは、エスデスが作戦中に見せていた独特のオーラとそっくりだった。

 

 相手の心を見抜き、核心へと至る驚異的な洞察力。エスデスと付き合いがあったナジェンダであるからこそわかる二人の共通点だった。

 

「やれやれ……弟でさえも私をヒヤヒヤさせるとは……」

 

 大きなため息をつきながらも、ナジェンダは笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 作戦決行日の夜。イグニスは帝都にあるノモキスの館から数百メートル離れた、革命軍の密偵が潜んでいる建物の屋上にやってきていた。

 

 双眼鏡を使って館の周辺を見やると、館の大きな門の前に黒服で強面な男達が数人見える。館の広い庭にも武器を携えた男達が警備の目を光らせている。

 

 そこからやや視線を外し、館からすこし離れた建物の屋上に視線を向ける。そこにも館を警備している男達と同じ服装の男達が見える。

 

 どうやらノモキスは相当用心深いらしい。館はともかく、周囲の建物にまで見張りを配置するとは。

 

「ふむ……」

 

 一通り偵察を終えたイグニスは屋上から降り、密偵達がいる部屋に戻った。

 

「どうでした? イグニスさん」

 

 部屋に戻ってから声をかけてきたのは、まだ若い女性の密偵だった。聞くところによると、彼女は元帝国の軍人だったという。しかし、帝国の暴虐に耐え切れなくなり、軍を離反し、革命軍に加わっている。

 

 帝都育ちということもあり、帝都内の地理に詳しいため、密偵に志願したらしい。

 

「ノモキスはガチガチに警備を固めてますね。館の庭だけでも二十人から三十人。外の警備も含めれば五十人はくだらないでしょう。あと屋敷内にもいると思うので、多く見積もって百五十人に届くか届かないかと言ったところでしょうか」

 

「百五十……」

 

 イグニスが推測した敵の数に、彼女は息を詰まらせながらも続けた。

 

「やっぱり、今日の作戦は中止にした方がいいんじゃないでしょうか」

 

「なぜ? 四人の標的が一箇所に集まっているこんな千載一遇のチャンス、逃すわけには行かないでしょう」

 

「それはそうですけど……! 敵の数が多すぎます。他のメンバーの皆さんがいるときの方がいいと思います!」

 

「確かに。貴女の言うことは正しいです。敵の数に対し、こちらは僕一人というのはいささか不安なのはわかります。でも、何とかなりますよ。例え敵が百五十人いても、狙うのはそのうちの四人だけでいい。ほら、簡単でしょう?」

 

 薄い笑みを浮かべたイグニスは踵を返して部屋から出て行く。作戦決行の時間まではあと数時間の猶予があるため仮眠をとるのだ。

 

「イグニスさん……」

 

 部屋に残された女性の表情には未だに不安の色が残っていた。

 

 

 

 仮眠を取るために、割り当てられた部屋に到着したイグニスは室内で一人ごちる。

 

「……そう。簡単なことだ……。だって、()()()百五十人程度なんだから……」

 

 瞳に絶対零度の眼光を宿したイグニスは、窓から見える館を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた夜。ノモキスの館には会合のために標的であるイロハと、トウゴ、ヤクマの三人が現れた。

 

 四人が集まったことで、警備はいっそう厳しくなり、トウゴとヤクマの部下も警備に加わった。

 

 けれど、それでもイグニスは臆した様子もなく館を見やる。傍らでは密偵の女性が心配そうな表情を浮かべている。

 

「それじゃあ行って来るので、貴女はここで待っていてください。決して近づくことをしないように」

 

「わかりました……。イグニスさんも気をつけて」

 

「ありがとうございます。では」

 

 彼女にそれだけ告げると、イグニスは屋根を蹴って向かいの家の屋根に飛び移り、そのまま屋根伝いに館へと進んでいく。しばらく進むと、彼の視線の先に黒服の警備の男が見えた。

 

 ……まずは周囲の監視を始末。

 

 短く息を吐いてから、屋根の上で警備を行っている黒服に近づくと、通り過ぎざまに黒服の頭を掴み、一瞬で燃焼させる。

 

 恐らく先ほどの男は何が起きたのかも分からずに死んだだろう。いいや、もしかすると、自分が死んだことにすら気付いていないかもしれない。

 

 一人目の監視の始末を終えたイグニスは、そのまま警備の黒服たちを次々に抹殺していく。時には指で銃の形を作り、人差し指の先から高密度に圧縮した炎の弾丸を撃ち放ち、遠距離にいる警備すらも撃ち殺していく。

 

 そうやって警備を殺しながら突き進むこと数分、イグニスはノモキスの館のすぐ近くにある建物の屋根にたどり着いた。

 

「とりあえず屋根にいた男達は全員始末した……。あとは館の中と庭にいる奴らだけか」

 

 落ち着き払った声音で呟くと、彼は少し後退してから助走をつけて屋根から館へ向けて飛び出した。

 

 この屋根から館までの距離は、五十メートル弱。さすがのイグニスでも、この距離を跳躍することは出来ない。けれど、彼は飛び出した。一切の躊躇なく。普通ならば、飛び出した瞬間に落下するだろう。けれど、イグニスは違った。

 

 彼は空中を走ったのだ。

 

 見ると、彼が一歩を踏み出すたびに、小さな炎が発生しているのが見える。

 

 これはイグニスが編み出した空中歩行術だ。インフェルノアニマの力で足元にある、空気中の微粒子などを燃やし、炎の足場をほんの一瞬だけ形成することで空中を走っているのだ。

 

 空中を奔りながら館の屋根にたどり着いたイグニスは、軽く呼吸を整えた後、潜入口である屋根裏部屋の窓を炎で溶かすと、鍵を開けて館へと潜入する。

 

 音を立てないように屋根裏部屋を駆け、下へと続く梯子にたどり着くと、彼は床に耳を当てて下に誰もいないことを確認する。

 

 少し待っても声や足音は聞こえなかったので、梯子を下ろしてから下の部屋へ降りる。

 

 部屋には明りがともっていない。どうやらここは使われていない部屋のようだ。

 

 無言のまま廊下に出ると、周囲を見回す。すると、彼の視線の先に先ほど外で始末した男達と同じ黒服の警備の後姿が見えた。

 

 どうやら館の中ではツーマンセルで動いているようだ。

 

 男達は下卑た話をしながら半ば投げやりに巡回している。イグニスは彼等の背後から静かに近づくと、男達の後頭部を掴み、外でやったのと同じように一瞬で燃焼させる。

 

 情報を聞き出そうかとも思ったが、いかにも下っ端の彼等が会合をしている部屋を知っているとも思えない。だが、補情報はなくとも、会合が行われているであろう部屋には特徴があるはずだ。

 

「これだけ用心深いなら、会合をしてる部屋の階は特に警備が厳重なはず……」

 

 呟いたイグニスはゆっくりと歩みを進める。

 

 途中、何度か警備と接敵したが、気付かれる前に全て抹殺しながら進んだため、特に騒ぎになることなく、館の探索を行えた。

 

 ……こういうときにインフェルノアニマは役立つ。殺しの証拠が残らないのは、都合がいいからね。

 

 内心で自身の帝具の力を再確認していると、二階に降りる階段の踊り場で、警備の男達が話す声が聞こえてきた。

 

「あーあー、かったりぃなぁ。俺らのボスにも困ったもんだぜ。会合の度にこんな厳重な警備なんてよぉ」

 

「ごちゃごちゃ言うな。ナイトレイドなんていう殺し屋集団がいるんだ、ボスが神経質になるのは当たり前だろう」

 

「ケッ、いくらナイトレイドが殺し屋集団っつってもこんだけの数を相手にしようなんざ思わねーってぇの」

 

「……まぁ、それも一理あるが……。だが、気を抜くなよ。会合はこの階で行われているんだ。ヘマをしたら首を刎ねられかねんぞ」

 

「平気だろ。俺ら下っ端の声なんざ耳に入ってねぇよ」

 

 二人が漏らしてくれた情報に、イグニスはニヤリと笑みを浮かべると、踊り場にいる二人に接近し、彼等の頭を引っ掴んで床にたたき伏せる。

 

「ガッ!?」

 

「ゴアッ!!」

 

 それぞれ短い悲鳴を上げた二人は、何が起きたのか分からない様子だった。

 

「情報ありがとうございます。そしてさようなら」

 

 冷たく言い放ったイグニスは、男達を焼き殺し二階へ進む。彼等の話によれば、ノモキス、イロハ、トウゴ、ヤクマの四人はこの階で会合をしているという。

 

 廊下を駆けていると、イグニスは弾かれるように物陰に身を隠した。彼は少しだけ頭を出して廊下の先を確認する。

 

 視線の先には二人の屈強な男が背中で手を組んだ状態で立っていた。彼等の奥には扉があり、扉の前にも屈強な男達が憮然とした様子で佇んでいる。

 

 これまでとは違う厳重な警備態勢からして、あの扉の奥にいるのが、標的の四人だろう。

 

「護衛は四人か……」

 

 幼い頃から危険種を狩って生計を立てていたイグニスには、敵の力量を測る観察眼がある。

 

 イグニスから見れば、あの四人は一般人からすれば非常に強いのだろうが、イグニスからしれ見ればただのウドの大木だ。恐らくここにやってくる道中で抹殺した連中と同じように一瞬で殺すことが出来るだろう。

 

 けれど、問題なのは彼等が守っている扉の奥にいる存在だ。扉の前で騒ぎがあれば、標的が逃げ出す恐れがある。

 

 求められるのは、四人を一瞬で制圧し、なおかつ一切音を立てないことだ。

 

「じゃあ、やるか」

 

 イグニスは軽く溜息を着くと、指先に炎を集束させ、小さな火球を二つ作る。彼は潜んでいた物陰から飛び出すと、指先を男達に向け二つの火球を放った。

 

 無音で放たれた二つの火球に続き、イグニスも同時に駆け出す。

 

 すると、こちらを見据えていた男二人がイグニスの存在に気が付いたようで、表情を変えて携えていた銃の銃口をこちらに向けてくる。

 

 しかしその瞬間、男達の額をイグニスが放った火球が貫いた。イグニスに気が付いたのはいいが、先に放った火球に気付くことはできなかったようだ。

 

 仰向けに倒れこもうとする男二人に気が付いたのか、扉の前に立っていた男がこちらを見てきたが、もう遅い。

 

 イグニスは決して同一人物とは思えないような凶悪な笑みを浮かべると、倒れこむ男二人を駆け抜けながら燃焼させ、扉の前にいる二人の男も同じように焼き殺した。

 

 一切の音を立てずに暗殺を終えたイグニスは、息をついてから扉を蹴り破った。

 

 蹴り破られた扉の音に、中にいた四人は弾かれるようにして立ち上がったのが見えた。

 

「な、なんだ!?」

 

「誰だテメェ!!」

 

 驚きの声を上げたのはノモキスだ。彼に続いてすごんできたのはヤクマだろう。

 

 トウゴを見ると、鞘に納まっている刀を構え、イロハは数歩引いた状態でこちらを睨むように見やっている。

 

 四人を前にし、イグニスは持ってきた羊皮紙の似顔絵を見比べた後、礼儀正しく腰を折った。

 

「どうも、人間のクズの皆さん。僕はナイトレイドに所属している殺し屋です。今夜はあなた方の命を頂戴しに参りました」

 

「ナイトレイドだと……!?」

 

 ノモキスが脂肪のついた腹を揺らしながら後ずさった。ナイトレイドという名を聞いた瞬間、彼等の顔面は蒼白に染まったが、後ずさりながらもノモキスは冷や汗を流しつつ不敵な笑みを浮かべる。

 

「く、ククク。ナイトレイド……噂は本当だったようだが、今回は相手が悪かったようだな。入って来い!」

 

 ノモキスが声を上げると、彼の背後の扉と、逆の扉が同時に開き、武器を構えた黒服たちが雪崩れ込んできた。彼等はそのままイグニスを囲むように展開すると、銃を一斉に構える。

 

「ハハハ! いくらナイトレイドといえど所詮は一人!! これだけの数に囲まれればひとたまりもなかろう!!」

 

 イグニスが踏み込んだ際に見せた焦ったような表情はすっかりどこかへ行き、勝ち誇った表情を浮かべるノモキス。それは彼だけではなく、トウゴ、ヤクマ、イロハ、も同じであった。

 

 けれど、大人数に囲まれた状態であってもイグニスは眉一つ動かさずに四人をしっかりと見据えている。

 

 それに気が付いたのか、ノモキスは下卑た笑みを浮かべながら問うてくる。

 

「うん? なんだその顔は、怖くなって固まってしまったか?」

 

「いいえ。ただ、自分がどれだけ否定しようとしても、血は争えないんだなぁと思っていただけです」

 

 イグニスの口元には笑みがあった。それも、ただの笑みではない。悦楽と狂気が入り混じったような、暗く冷酷な狂笑だ。

 

 彼の様子が異常であることに周囲の黒服たちも気が付いたようでざわつきはじめた。

 

「こういう根底の部分はあの人と変わらない。敵を倒そうとする時ばかりは、ついつい笑みが零れてしまう……!!」

 

 ニィっと笑みを強くしたイグニスの瞳は先ほどとは違い、獲物を狩る猛禽類のような瞳になっており、瞳孔が収縮していた。

 

 そして彼が腕を上げた瞬間、真紅の炎が室内全体を包み込み、黒服の男達を一瞬にして跡形もなく消し去った。

 

「あ……え……?」

 

 誰一人として悲鳴すら上げずに消え去った。その余りにも異常な光景に、イグニスがあえて残した四人はマヌケな声を上げていた。

 

 そんな四人に対し、イグニスはゆっくりと歩みを進める。

 

「ま、待て!! お前が強いのは十分分かった!! 金もやるし、薬だってやる!! お、女だってやるよ! な、なぁイロハ!!」

 

「え、ええ。もちろん! アンタがその気ならこの私じきじきに相手になってやっても――」

 

 イロハがそこまで言った所で、彼女は真紅の炎に飲み込まれて消え去った。彼女に続き、ヤクマも炎に呑まれ、この世から消え去った。

 

「ひッ!? と、トウゴ! 何をしている、お前は東の国では名の知れた剣客だろう!!?」

 

「……いいや、ノモキスの旦那。俺ぁ確かにそれなりに腕は立つと自負しちゃいるが、こいつは無理だ……」

 

 トウゴは、イグニスの気迫と殺気に圧倒されてしまったようで、持っていた刀を床に落とし抵抗する素振りすら見せなかった。

 

 そんな彼に対しても、イグニスは一切の容赦なく炎を振るう。

 

 最後の一人であるトウゴすらも失ったノモキスは、壁際に追い詰められてなお、逃げるために必死にもがいていた。

 

「た、助けて……! だ、誰でもいいから、私を助けてくれ……!!」

 

 声にならない声を上げながら、部屋から出て行こうとするノモキスだが、次の瞬間、彼は伸ばした右腕が赤い炎に包まれるのを目の当たりにした。

 

 同時に、彼は意識を一瞬にして刈り取られ、やがてこの世から完全に抹消された。灰すら残らず、こげ後すらも残らずに。

 

 標的である四人を抹殺したイグニスは、口元に浮かべていた笑みを戻す。

 

「……やっぱり根底では姉さんと同じか……」

 

 どこか自嘲じみた呟きを漏らした彼は、そのまま部屋を後にすると、未だにボス達が殺されていることに気が付いていないであろう警備を殺しに向かった。

 

 ナジェンダからは「全員は殺さなくても構わない」と言われているが、今のこの場で全てを断っておかねば、いつ先ほどの彼等と同じように悪事を働くものがいるかも分からない。

 

 

 

 それから僅か十数分後、ノモキスの館から炎が上がった。

 

 炎は一晩燃え続け、焼け跡からは誰一人の遺体も見つかることはなかった。

 

 

 

 

 

 標的を全て始末したイグニスは、一度密偵のアジトに顔を出してから、ナイトレイドのアジトへ帰還した。彼はそのままナジェンダに任務成功の報告を行った。

 

「標的の四人と、部下全員の抹殺は成功しました」

 

「ご苦労。……それにしても、全員を殺してこんなに早く戻ってくるとはな」

 

「相手は素人ばかりでしたので。殺すことは容易でした」

 

「そうか。だが、お前は何かあったようにも見えるが?」

 

「……わかりますか?」

 

 イグニスが微妙な笑みを浮かべながら答えると、ナジェンダは少しだけ口角を上げた。

 

「これでも一時は帝国の将軍だったからな。部下の些細な変化には敏感なんだ」

 

「さすがですね」

 

「ハハハ、そうだろう。もっと褒めてもいいぞ。……まぁ冗談はこれくらいにして、少し話そうか。ついて来い」

 

 ナジェンダに誘われ、イグニスは彼女の後に続いた。

 

 シンと静まり返ったアジトの通路をしばらく進んで到着したのはナジェンダの私室だった。

 

「その椅子に座れ」

 

 彼女の声にイグニスは窓際にあった丸テーブルの近くにあった椅子に座る。

 

 ナジェンダは壁際に置かれた棚からワイングラスを二つと、ワインのボトルを取り出し、丸テーブルの上にそれを並べた。

 

「本当はつまみでもあればもっといいんだが、生憎切らしていてな。今夜はこれだけで我慢してくれ」

 

 グラスにワインを注ぎながら言うナジェンダに対し、イグニスは「いえ」と短く答える。

 

 そして二つのグラスにワインを注ぎ終えたところで、ナジェンダが問うてきた。

 

「さて、何があった?」

 

「……そんなに深刻なことじゃないんです。ただ、自分の中でどうしても姉さんと被るところがあるんだなぁって感じただけなんで」

 

「エスデスと被るところ?」

 

「ええ。ボスは姉さんと少しの間組んでいたといってましたけど、戦いのときに姉さんは笑っていませんでしたか?」

 

「ああ、笑っていたよ。異民族を討伐する時も、私にこの傷を負わせたときも、いつもアイツは戦いのときは狂ったような笑顔だった」

 

 右目を押さえ、義手を見やった彼女はやや眉間に皺を寄せていた。やはり、自分の体をあんな風にした人物のことを話すのは気持ちの良いものではないのだろう。

 

「それがお前とどう関係していると?」

 

「僕も、戦いになると自然と笑みが出てくるんです。自分の感情とは関係なく、ただ笑みが零れる……。そういうのを感じると、思うんですよ。姉さんと同じなんだって」

 

「イグニス……」

 

「言葉でいくら否定しても、根底では同じなんです。なによりも闘いを望み、欲し、命を喰らう。それが僕達姉弟なんですよ」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべたイグニスは、グラスの中にあるワインを煽る。

 

 しばしの間沈黙が流れるが、ナジェンダは小さく溜息をついてから告げてきた。

 

「確かにそこだけを見ればお前とエスデスは似ているな。だがイグニス、お前は考えすぎだ。例え根底が同じだったとしても、お前はエスデスとは別の道を歩むという選択をした。この時点でお前とアイツは違うだろう。大事なのは根底じゃない、どう生き、何をするかだ」

 

 ニッと笑ったナジェンダはタバコに火をつける。イグニスはそんな彼女が纏う雰囲気に、小さく笑みを零した。

 

「……そうですね。確かにボスのいうとおりかもしれません。でもこんなことでは、姉さんを殺すのは夢のまた夢ですかね」

 

「いや、私はそうは思わない。お前が抱えるのは、人間が誰でも抱える弱さだ。それにあんな凶暴な姉を持てば、悩みなんていくらでもあるだろう。だから気にするな。私を含め、ナイトレイドのメンバーは皆、お前を信じている。だからお前も、自分の信じた道を進め」

 

「はい。ありがとうございます。ボス」

 

「礼なんていいさ。部下のメンタルケアもボスたる私の仕事の一つだ。ホラ、まだまだ行けるだろう」

 

 ナジェンダは紫煙を燻らせながらワインのおかわりを注いできた。イグニスも苦笑しつつグラスを差し出した。

 

 結局酒盛りは明け方近くまで続き、イグニスとナジェンダは互いにエスデスに対する愚痴を吐き続けたのであった。

 

 

 

 

 この日から数日後、タツミが帝都警備隊隊長のオーガを始末し、オーガに賄賂を贈っていたガマルもまたアカメとレオーネに始末された。




遅くなってしまって申し訳ない。

今回はイグニスとナジェンダさん以外、ナイトレイドのメンバーは登場しませんでしたw
まぁこういった回もあっていいでしょう。どちらもエスデスのことをしっているからこそ、二人だけで話したいこともあるのです。

さて、イグニスについてですが、彼は性格こそエスデスとは違えど、心の根底にある部分では似ています。ドS云々は性格の話になってくるので違いますが、ようは深層心理の奥深くにある根源は、エスデスと同じで「闘いを望む」ということになっています。
でも、イグニスはエスデスと比べてまともな人間に近い人間なので、人道を外れるようなエスデスのやり方には付いていけないのです。
まぁもっと深い話は、作品の中で触れていきます。

それにしても駆け抜けざまに燃やすって中々にすごい芸当ですよねw
エスデスもかるーくやってるんでこれぐらいは出来ると思いますが。

では、感想ありましたらよろしくお願いします。

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