前回の任務が終了してから三日後。タツミは相変わらず友人二人の墓の前でしょぼくれている。イグニスも何度か声をかけはしたものの、完全に立ち直らせることは出来なかった。
けれどもいつまでも彼に構っているわけにもいかないため、今日、イグニスはラバックと共にアジトの近くを流れる川で魚釣りをしていた。
彼に聞いた話では特別な大物はいないようだが、食料調達と暇つぶしにはちょうどいい。
だが、釣りを開始してから一時間近く経つが、いっこうに竿は振るわなかった。
「……あの、イグニスさん。全然釣れないんですけど」
「こういうのがいいんだよ釣りは。それに魚釣りは己と戦うものとも言うし、忍耐力も鍛えられるよ」
「釣りで忍耐力ねぇ……。つか、オレの使ってる竿とイグニスの使ってる竿、随分と感じがちがくね?」
ラバックの声にイグニスが「待ってました」といわんばかりの勢いで振り向くと、瞳を輝かせながら竿の解説を始めた。
「よく聞いてくれたね、ラバック! そう。この竿はとある竿職人が作った名のある釣竿なんだ。渓流釣りに適するように長さは十メートルあるけど、このように伸縮が可能! 持ち運びにも富んでいる! 加えてこれだけの長さがあるというのに、竿自体は羽毛のように軽い。これはこの竿に使われている素材が関わってきているんだけど……」
「だー! わかったわかったよ! それがすごい竿だってことは分かったから興奮すんなって!!」
捲くし立てるように説明していたらラバックに若干拒否されてしまった。イグニスはそれに対し軽く咳払いをすると革に向き直った。
「でもそんなスゲェ竿どこで手に入れたわけ?」
「旅の途中で骨董品屋に寄ってね。店の主人はこの竿の価値がわかっていなかったみたいだったから、特に教えずに買ってきたんだよ。おかげで安く買えた」
ニヤリと笑うイグニスの笑顔はいつもと違って非常に悪い笑みだった。ラバックはその様子にやや戸惑いを見せている。
「お前って人が良さそうに見えてやることはやってるんだな……」
「価値がわからない人のところに雑においてあるよりは、こうやって使ってあげた方が物も喜ぶだろう? まぁ時には使わずに眺めて楽しむものもあるよ。例えば壺! 壺の形は様々で使われる釉薬によって見せる表情は千差万別。特に帝国が出来るよりもはるか昔に作られた壺を見たときは思わず息を呑んだよ。海底に沈んでいたところを漁師が網と一緒に引き上げたらしいんだけど、非常に保存状態がよくて当時の形がほぼそのまま残っていたんだ。凛としたたたずまいと、僅かに顔のぞかせる妖しい色気、それでいてしつこさがなかった。それに現在では製造法が失われてしまった釉薬のかもし出す景色が今にも動き出しそうな躍動感を僕に見せてくれたんだ!」
「……お前って骨董関係になると性格変わるね……」
ややげっそりとした様子を見せるラバックに対し、イグニスは「そうかな?」と首をかしげていたが、完全にラバックの言うとおりである。
イグニスは長い間帝国の外を旅してきた。帝国の手がまだ伸びていない未開の地や、東方にある島国、雪荒ぶ北国から、火山が躍動する火山島、樹海が大半を占める熱帯地域など、足を運んだ国や地域はそれこそ様々だ。
そして行った国や地域には様々な歴史があり、帝国では見られないものもたくさんあった。イグニスはそれらを見て回るのが楽しかったのだ。とは言っても、本来の目的は帝都にいるある人物を殺すことであるので隅々まで見てきたわけではないが。
それでもイグニスにとってはどれもこれも素晴しい経験だった。
「そんなに骨董に詳しいなら目利きも出来るの?」
「プロの人には及ばないけど多少はね。この竿もさっき言ったとおりだし。本音を言えば骨董はもっと買いたかったんだけど、荷物が多くなるから諦めたんだ」
「じゃあ目的を果たしたら世界を見て回って骨董品集めでもすんの?」
「……出来るなら、そうしたいね。っと、これは来た!!」
イグニスは話の途中で立ち上がる。見ると川に浮かんでいる浮が上下しているのが分かる。待ちに待った魚が食いついたようだ。
「お、これはなかなか大物だ……! 焦らず、慎重に……ッ!!」
リールを巻き取りつつイグニスは魚との距離をどんどんと詰めていく。そして彼の瞳が光った瞬間、彼は高らかに吼えた。
「ソイヤァァァァァァァァッッッ!!」
随分と野太い声と共に吊り上げられた魚は、中々に大きかった。川魚の大きさにしてはかなりの部類なのではないだろうか。
「この魚はアカホシアユか。塩焼きにすると美味しい魚だよ」
「……オレからすると、お前のあの雄叫びの方がビックリだよ。なんだあれ」
「魚を釣るときは気合いを入れないとね。命のやり取りだから」
キリッとした表情でなぜか得意げなイグニスだが、ラバックは相変わらず苦笑い気味だ。
「命のやり取りって言ってもさ、相手は魚だしオレたちが危険に晒されることはないと思うけど」
「甘いねラバック。世界には凡そ魚とは思えない魚がいるんだよ。シャチを丸呑みするマグロとか、サメと戦っても勝利する太刀魚とか。ちなみに後者の太刀魚はサメを三匹同時に真っ二つにしたらしいよ」
「マジで!? それもはや危険種じゃん!」
「いいや、魚だよ。ただ僕達がまだ世界を知らなさすぎるだけさ」
虚空を見上げたイグニスは何かを悟ったような瞳をしていた。だが、ラバックにはどうにも変人にしか見えなかった。
「って、もうこんな時間か! ごめん、イグニス。釣りの続きはまた今度付き合うから!」
「約束でも?」
「フッ、ちょっとした、な。オレも男のロマンを追及してくるだけさ」
流し目気味にラバックは言うと、イイ笑顔でアジトの方へ駆けて行った。それを見送りつつ、ラバックが使っていた竿を回収するイグニスであるが、その途中で彼が何をしにいったのかなんとなく想像がついた。
肩をすくめつつ、竿を片付け終えると、手早く火を起こしてから用意していた魚に串を通して焚火の火に立て掛けるように置いておく。ちなみにこの火はイグニスが発生させたものではない。魚を焼く時は自然発火というポリシーがあるからだ。
しばらくすれば美味しく焼きあがっていることだろう。イグニスは再び革に視線を向けてから釣り針に餌をつけて放る。
「さぁて、今度はなにが釣れてくれるかなっと」
ややうきうき気分のイグニスの頬は緩んでいた。
そのまましばらくイグニスは川釣りを楽しんでいたが、やや離れた場所からラバックの悲鳴と骨が軋むような音がしたが、アレは恐らくそういうことなのだろう。
しばらく糸を川に垂らしていると、その後も何度か魚が引っかかった。大漁というわけではないが、そもそものところ食料調達がメインではなかったので問題はない。
適当に切り上げ、竿を袋にしまったイグニスは焚火にくべていた魚の様子を見に行く。近づくと鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがした。少し焦げ付いてしまったようだが火が通っていることに変わりはない。
「では、いただきます」
魚に対して両手を合わせ、命に感謝して、持参した岩塩を少し削ってからふりかけた後身に齧り付く。
口に入れると同時に岩塩の塩辛さと同時に魚独特のふんわりとした身の食感、そして僅かに抜ける独特の香りがたまらない。
「うん、美味しい。このあたりは餌が豊富なのかな?」
実際今食べている魚は中々肥え太っている。脂もしっかりと乗っているし、もしかするとこの川は結構穴場なのかもしれない。
そのまま魚を食べ進め、内臓まで綺麗に食べ終わると、再び命を分けてくれたことに感謝をするように両手を合わせる。
「ごちそうさまでしたっと。じゃあ、そろそろアジトに戻ろうかな」
腰をあげると、先ほど釣った他の魚が入っている桶と竿を持ってアジトへ向かう。
川原を出て少し歩いた時。前方から誰か駆け寄ってくるのが見えた。
「おーい、イグニスー」
ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきたのはレオーネだ。豊満な胸がこれでもかと揺れている。
イグニス自身は女性の胸にそこまで情熱は持っているわけではないが、アレだけ揺れると邪魔なのではないかと思ってしまう。
「どうかした?」
「ボスが帰って来たんだ。タツミの件も合わせてお前の加入の話もするから、会議室に集まれってさ」
「わかった。すぐに行くよ。っと、この魚どうすればいいかな」
「調理場にでも置いとけばいいんじゃね? 後でアカメとかが適当に料理するだろうし」
「了解。後から行くから先に行ってていいよ」
「あいよー」
レオーネは軽く手を上げたあと跳ねる様にして駆けて行った。それを見送りながらも、イグニスはアジトの中にある調理場へ急いだ。
調理場は何度か使ったので迷うことなく到着した。流し台の下に釣ってきた魚が入っているバケツを置く。
「これでよし。すこし急がないと」
待たせるのは悪いと、踵を返して作戦会議室へ向かおうとした時。ふとイグニスがその足を止めた。
そして彼は周囲を見回すように視線をめぐらす。
……アジト周辺に人の気配。数は……七、いや八人か。
イグニスは自身を中心としてある一定の距離に侵入した者を知覚できるの糸のようなものを常に張り巡らせている。出身地が出身地だったため、この能力は必須で、幼い頃に嫌と言うほど鍛えられた。
旅をしていたこともあり、この能力は更に磨かれ、今では幼い頃の比ではないほどに知覚域は広がっている。
しかし、今は会議室に呼ばれている。行った方が良いのだろうが、侵入者の場合はこちらを優先した方が良いのではないだろうか。
「ごめん、レオーネ。ちょっと一仕事してから行くよ」
レオーネに謝りつつ、イグニスは食堂の窓を開け放つと、そのまま飛び出して侵入者排除の行動に移った。
「一番近いのは、さっきの川原か。もう少し早く来てくれればあの場で対処が出来たんだけどな」
軽く溜息をつきつつも、グッと足に力をこめた彼は、先ほど調理場に向かうのとは別物の速さで森を駆け抜け、川原にたどり着いた。
到着すると、そこには対岸からこちらに渡って来たばかりと見られる男が三人いた。彼等はすぐに警戒態勢に入り、それぞれの得物を抜く。
浅黒い肌は南の異民族に見られる特徴だ。確か彼等は一度帝国に南部戦線と呼ばれる戦争で敗れ、今は帝国によって経済的隷属状態にあるという。
中には帝国の犬として報酬を貰っている者もいるらしい。恐らく彼等がその『帝国の犬』だろう。
「コイツ、リストにはなかったぞ」
「関係ない。どちらにせよ見られたからには排除する!」
流石にまだ帝国にイグニスの情報は渡っていないようだ。だが、どうやら彼等はこちらを殺す気満々のようである。
しかし、イグニスとてそれは同じこと。三人が同時に襲ってきたところで、その場からイグニスが消え、彼等の真後ろに現れる。
それと同時に三人の身体を真紅の炎が飲み込んだ。
次の瞬間には空中を舞う灰すら残らず、三人は完全にこの世から抹消された。
「あと五人」
背後に目もくれずに再び駆け出す。今度は森の中にある獣道だ。
途中崖があったが、全く恐れることなくそこから飛び降り、途中の木の枝で衝撃を殺しつつ顔を上げる。視線の先には獣道をひた走る男がいた。様子からして先ほどの光景を見た可能性が高い。
逃がせばこのアジトの位置が帝国にばれるだろう。確実に排除しなければ。
すぐさま足に力をこめてから駆け出したイグニスは、途中で頭からスライディングするように跳躍。そして獣道を走っていた男の頭を掴むと、そのまま炎で焼き尽くした。
「あと四人。いや……」
立ち上がりながら先ほどいた崖の方角目掛けて火球を放つ。すると、ちょうど底に侵入者が現れ、火球に飲み込まれた。
「……これであと三人。次は洞窟だけど、その途中に一人いるな」
走りながら殺せばいいだろうと決め、再び走っていく。
イグニスが侵入者の排除に取り掛かっている頃、作戦会議室ではちょうどタツミがナイトレイドの加入を済ませていた。
それと同時にラバックが敵を感知したのだが、いまいち彼がハッキリしない。
「どうしたラバック。侵入者じゃないのか?」
彼の様子に疑問を浮かべたのは、短い銀髪で右目に眼帯を付けた女性、ナジェンダだ。彼女こそこのナイトレイドを纏め上げるリーダーだ。
見ると、彼女の右腕は身体とは不釣合いな無骨な深緑色の義手となっている。
「はい、侵入者は侵入者なんですけど、なんだこれ……! 最初八人いたのが今はえっと、三……いや、二人に減った!?」
「どゆこと?」
「オレにもわかんないよ。でも、ただ言えるのは、侵入者を排除しているのは多分イグニスだ。それもすげぇ速さでだよ」
「イグニスというのはもう一人の加入候補者だったな。確かにまだここに姿を見せないということはそれも頷ける。よし、ではラバックここから一番近い侵入者を探知、タツミとブラートが向かえ」
「え、俺!?」
急に指名されて驚いた様子のタツミだが、ナジェンダは「あたりまえだろう」と続ける。
「初陣だ。アカメとレオーネからお前のことは聞かされたが、把握できていないところもあるからな。シャキシャキ働けよ少年」
「えぇ……」
まだ何か言いたそうなタツミであったが、ラバックの探知が済むとブラートに首根っこを掴まれ、軽く拉致されていった。
アジトを出たところで解放されたタツミはブラートと共に侵入者の下へ向かう。
「行くぞタツミ! ラバックが言うにはここを真っ直ぐ行ったところらしいからな!」
「は、ハイ。ブラートさん」
「ちがうちがう。俺のことは兄貴がハンサムって呼びな!」
「ハイ、兄貴!」
「よぉし! いい気分になってきた! ちっとばっか離れてな!!」
ブラートに言われ、タツミは彼からやや距離を取る。すると、ブラートが地面に膝を付いて右手も地面について叫んだ。
「インクルシオォォォォォッ!!」
雄叫びと同時にブラートの身体を背後から銀色の鎧が包み込む。そして最終的にブラートは顔までを隠した鎧を身に纏った。
「おおおおお! カッケェ!! 原理はさっぱりわかんねぇけどスゲェ燃える!」
「おぉ! 分かってくれるのかこいつの良さを! これは帝具インクルシオっつーんだが、まぁ帝具の説明はまた今度だな。さて、ではこれから侵入者を倒すわけだが、まずは俺がヤツの前に現れてわざと見逃す。お前は逃げた先で待ち伏せて倒してみろ。心配しなくていいぞ。危なくなったらちゃんとサポートしてやる」
「お、おう! 結構難しそうだけど、やってみるぜ!」
「その意気だ。急ぐぞ、早くしねぇとイグニスが倒しちまう」
タツミとブラートは再び森を駆けて、侵入者の排除へと向かう。
それとほぼ同じ時間、イグニスはアジト近くにある洞窟で七人目の侵入者を殺害していた。
七人目は少女だったが、一切合切の容赦なくイグニスは焼き殺した。見逃せばそれだけこちらが不利になるのだから殺すのは当然である。
「これであと一人か」
イグニスは洞窟を飛び出してもう一人の気配がある森の中へと向かう。だがしばらく進むと侵入者とは別の気配を感じ取った。
「この感じはタツミくんにブラートか」
感覚的に二人の気配で間違いない。恐らくタツミの初陣ということなのだろう。
ならばと、イグニスは走る速度を緩めて出来るだけ気配を押し殺して進む。やがて敵がいるであろう森に入ってから周囲を見回すと、若干開けた場所にタツミと、獣の被り物で顔を隠した男がいた。
「イグニス」
背後から小声で呼ばれたので振り向くと、そこにはインクルシオを装備したブラートがいた。
「他の侵入者は?」
「全員殺したよ。それよりもごめん、集まりにかなり遅れて」
「別に構いやしねぇよ。ボスもその辺は許してくれるだろ。それにお前はアジトに侵入したアイツ等を倒してたんだからな」
「そういってもらえると助かるよ。で、タツミくんは放っといていいの?」
小首をかしげて問うと、ブラートは小さく頷く。
「ボスもタツミの初陣だって言ってたからな。下手に手はださねぇよ。もちろん、危なくなったら加勢するけどな」
「その時はよろしく頼むよ。この距離からだと、僕の帝具の場合タツミくんまで焼き殺しかねないから」
「応ッ!」
ブラートは力瘤を作るようにグッと腕に力をこめた。
視線を外してタツミと侵入者の対決を見ると、実力はタツミの方がやや上と言ったところだ。
タツミも若干怪我があるようだが、傷を負いながらも侵入者に大きな傷を負わせていた。致命傷ではないようだが、止めを差すには十分だろう。
けれど、タツミがなにやら躊躇しているのと、男の命乞いのような声が聞こえてきた。
……まずいな。
思ったのも束の間、男が立ち上がってタツミに向かって鉈のような剣を振りかぶった。
同時にブラートが駆け出した。この距離ならばタツミに剣が届く前に男を槍で刺し貫くことが出来るだろう。
だが、ブラートが到着するよりも早く、黒い影が空中から飛来し、男を叩き伏せるようにした。その手には異様な妖気を放つ刀、村雨が握られている。
イグニスとブラートがそれぞれ茂みから出て行くと、男の身体から刀を抜き取ったのはアカメだった。
タツミを見るとややしょぼくれた様子だったので、アカメに軽い説教でもされたのかもしれない。そして恐らくそれは、先ほどタツミがあの男を殺すことを迷ったことだろう。
「……まだ優しさが抜けないのもしょうがないか」
小さく呟いたイグニスは、タツミ、アカメ、ブラートと合流してアジトへと戻っていった。
アジトに戻ってすぐ、イグニスは作戦会議室に足を運び、そこで待っているというボスに会いに行った。
一緒にやってきたタツミ、ブラート、アカメの三人は言わずもがな、会議室には他のメンバーも揃っていた。
そしてイグニスの真正面の壁に備えつけられた椅子に座っていたのが、銀髪と眼帯、そして無骨なデザインの義手を身につけた女性だった。
「お前がイグニスか」
「はい」
「私はナイトレイドのボス、ナジェンダだ。まずは侵入者の排除、ご苦労だった」
「いいえ。気付いたまま無視するわけにもいかないので。邪魔をしてしまいましたか?」
「いや、迅速な判断で助かった。しかし、クローステールの結界を上回る索敵能力とは、レオーネやアカメの言うとおり只者ではないようだな」
ナジェンダはイグニスを品定めするように眺めている。だが、その瞳の奥にはまだ警戒の色がある。
それもそうだ。暗殺組織のリーダーたるもの、誰よりも用心深くなくてはならない。
「さて、さっきはタツミがこのナイトレイドに加入したわけだが。お前は自分からレオーネにコンタクトを取り、ナイトレイドに入れてくれと頼んだそうだな」
イグニスはナジェンダの言葉に頷く。ナジェンダもそれを確認すると、指を絡めるようにして組み、やや前傾姿勢に構える。
「以前レオーネも聞いたらしいが、お前はなんのためにナイトレイドに入りたい? 知っての通り、我等が進むのは修羅の道だ。一寸先には死が待っているかもしれないぞ?」
「わかっています。でも、僕にはどうしても殺したい人がいるんです。たとえこの命を犠牲にしても、殺したい相手が」
胸に手を当ててグッと拳を握るイグニスからは、濃密な殺気があふれ出した。会議室全体にピリッとした空気が張り詰める。
「その殺したい相手のことを、お前は私たちが確実に戦う相手だと言ったそうだが、その相手というのは誰だ?」
ナジェンダは問うてきたが、その顔色からしてどうやら凡そ判断が付いているようだ。だからイグニスもこれ以上隠す必要がないと確信し、彼女とこの場にいる全員に聞こえるように告げた。
「僕が殺したい人は、帝国最強の将軍エスデス」
言い切るとタツミとマイン、シェーレ、ラバック以外の四人、ナジェンダにアカメとブラート、レオーネが「やっぱりか」と言うように小さく息をついた。
「……そうか。エスデスを殺したいからか。となると、お前はエスデスに両親や一族、もしくは兄妹を殺された被害者ということか? それでヤツに復讐したいと?」
ナジェンダはイグニスが殺したい相手がエスデスということは見抜いていたようだが、イグニスとエスデスがどのような関係なのかはまだ分かっていないようだった。
「いいえ。僕がエスデスを殺したいのは復讐ではありません」
「なに? ならばどうしてだ?」
ナジェンダもこの返答には疑問を持ったようだ。怪訝な表情を向けるナジェンダに、イグニスは再び告げる。その場にいた誰もが予想だにしていなかった言葉を。
「僕がエスデスを殺したいのは、彼女に両親を殺されたからでも、一族を抹殺されたからでもありません。僕が彼女を殺したい理由、それはエスデスが、僕の実の姉だからです」
会議室がシンと静まり返った。誰かが唾を飲み込む音が聞こえたが、イグニスは気にせずに真っ直ぐな視線をナジェンダに向ける。
さすがのナジェンダもこの事実はまだ受け止め切れていないのか、やや呆然としている。しかし、すぐに咳払いをしたあと再びイグニスを見据える。
「お前が、あのエスデスの実弟だと……?」
「はい。嘘偽りは一切ありません。なんなら、姉さんに関することを全て話しましょうか。姉さんの身長はあの時から計算すると大体170cm。血液型はO型、年齢は二十代前半、趣味は拷問や蹂躙などなど、弱者をいたぶったり強者と戦うことが何よりも楽しいドSにして戦闘狂。出身は北方に住んでいたパルタス族で族長の長女。現在パルタス族は僕と姉さんを残して全滅。北の異民族によって殺されました。少しは信じてもらえましたか?」
「……いや、それ以上は言わなくていい。信じられない要素も多いが、お前の言動には信憑性がある。それに、私たちを騙そうと思ったりしている節が少しも見られない」
「ありがとうございます。信用してもらったようでなによりです」
「いや、実際虚偽であるならばアカメやレオーネがとっくに見抜いているからな。その二人が安全と判断したのだからお前は安全なのだろう。しかし、アイツの弟か……」
ナジェンダは口元に手を当てて今一度こちらをじっくりと見てきた。瞳に警戒の色はなく、今はどちらかと言うと興味の方が強い。
「頭髪や瞳の色は帝具で変質したらしいが……ふむ、確かに似ているな。目や口元はそっくりだ。アイツを男にすればお前のようになる感じがするな。よし、いいだろう! お前を仲間にすることに異論はない。お前も今日からナイトレイドの一員だ」
ニヤリとした笑みを見せたナジェンダは、義手の掌をこちらに向けてきた。どこか威圧感があるが、イグニスは臆することなく頷く。
「よろしくお願いします。ボス」
「ああ。よろしく頼む、イグニス」
こうしてイグニスはナイトレイドに正式な加入となった。
同時に、実の姉であるエスデスを殺すという目的に大きく近づいた瞬間だった。
夜、新メンバー加入とあってナイトレイドの一行はアジトの前で軽い宴会を開いていた。
そして話題になっていたのはイグニスのことだ。
「いやー、それにしてもイグニスがあのエスデスの弟とはなぁ」
「なにかあるだろうとは思ってたけど。とんでもない家族構成だな」
「エスデスが姉ってそれだけで想像したくないんだけど……」
皆口々に言うが、ラバックの言うことも最もかもしれない。イグニスも子供の頃エスデスと行動を共にしたせいで何度か死にかけたことがあったからだ。
「そこんとこどうなの、イグニス。エスデスってドSらしいけど、子供の頃からそうだったわけ?」
マインがジュースを飲みながら問うてきたので、イグニスは肩を竦めて答える。
「子供の頃はドSもそれなりに隠れてたんだけど、ちょいちょい見え隠れすることはあったかな。特に危険種狩りの時はね」
「いたぶって殺してそう」
「正解。一撃を止めを差すこともあったけど、いたぶってから嬲り殺すことも多かったよ」
イグニスは酒を飲んでから虚空を見上げる。その様子からしてイグニスがどのような経験をしてきたのかがうかがえる。
その後もエスデスのことを話したり、馬鹿騒ぎしていると、不意にイグニスはナジェンダに呼ばれた。
「楽しんでいるところ悪いな、イグニス」
「いえ。それで話というのは?」
「これからのお前のことに関してな。タツミはまだ殺しの経験が浅いため、しばらくはアカメと行動を共にしてもらうことになった。だが、お前はタツミよりもはるかに実力が高いうえに、殺しの経験もある。だからお前にはすぐにでも働いてもらうことになる。構わないな」
「もちろんです。姉さんを殺すと決めた時から、覚悟は決めています」
目を据えて言うイグニスの気迫はナジェンダはおろか、離れているアカメにまで伝わるほどだったようで、アカメが振り返っていた。
ナジェンダもその様子を見て、満足げに頷く。
「よし。細かい任務の指令はそのうち連絡する。今日は楽しみながら飲んでくれ」
「了解です。ところで聞きたいんですが、ボスは姉さんと面識があるんですか? どうにも話し方が面識があるような雰囲気だったので」
「まぁ、な。細かいことはそのうち話してやるが。私とアイツは将軍同士でな。一緒に活動することも多かったんだよ」
「なるほど。……あの、かなり答えにくいとは思うんですが、その目と腕もまさかうちの姉が……」
恐る恐るといった様子で聞いてみると、ナジェンダは眼帯と腕を触りながら小さく頷いた。
「そのとおりだ。私が帝国を離反した時にな。腕と目を潰された。仲間も殺されたよ」
「……最悪な姉で本当に申し訳ありません。子供の頃から加減と言うもの知らないバカな姉なので」
イグニスは腰が直角に曲がるほど頭をふかぶかと下げて彼女に対して謝罪する。謝って許されることではないが、謝らなければ気がすまない。
「いや、お前が謝ることではないさ。それにこの傷の報いを受けさせてやる。……しかしアイツのことを馬鹿な姉呼ばわりとは、お前も相当鬱憤が溜まっているようだな」
「僕も昔から色々やられましたからね……。まぁその話はまたいつかと言う形で」
イグニスはナジェンダとそのうち昔話をするという約束をしてから、宴会で盛り上がっているレオーネ達と再度合流した。
宴会の輪に加わっていくイグニスを見送りつつ、ナジェンダは義手の手を握る。
「エスデスの弟か……。雰囲気はまったく別物だが、戦闘能力と帝具の性能はアイツに対抗できる存在だ」
新たに加わったイグニスが革命のための突破口になるかもしれないと感じながら、ナジェンダは今一度、革命のための決意を固めるのであった。
帝国の北方。北の異民族が住まうこの地は強烈な吹雪が吹き荒ぶ。
その吹雪の中、一人だけ異様な雰囲気を纏う女性がいた。足元まであるのではないかと言うほどの髪は蒼銀色。瞳は青く、肌は透き通るように白い。
全身を白の軍服で覆った女性は、吹雪の中であっても圧倒的な存在感を放っている。
「はじめるか……」
呟いたその声はごくごく小さいものだったが、酷く冷徹で、冷酷なものだった。
はい、お疲れ様でした。
いやーイグニスはエスデスの弟だったんですねー(棒)
すごいなー、びっくりだなー、ぜんぜんよそうできなかったやー(さらに棒)
……はい、申し訳ない。エスデス様の弟様でございます。最初からバレバレでしたね。
デモンズエキスに対してインフェルノアニマ、氷に対して炎、蒼に対して紅。真反対です。
ちなみにイグニスはドMではない、と思いますのであしからず。
次回からはナイトレイドの仕事をこなしていきますが、オリジナリティも出したいのでオリキャラもちょいちょい出てくるかもです。
イグニスがオーガとかガマルとか殺すとタツミの活躍の場を喰ってしまうので。
では、これからもよろしくお願い致します。