アカメが斬る!-緋色の火焔-   作:炎狼

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第三話

『起きて、イグニス。朝だよ』

 

 柔和な声が聞こえたかと思うと、カーテンが開けられる音と共に朝日が差し込んできた。

 

 瞼を閉じていても容赦なく差し込んでくる光に、イグニスは寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こした。髪にはちょっとした寝癖が付いている。

 

『相変わらずねぼすけさんだね、イグニスは』

 

 そんなイグニスに対し、声の主は微笑を浮かべながら声をかけてきた。

 

 声の主は翡翠色の瞳と金色の髪を持つ女性だ。彼女は腰に手をあて、少しだけ呆れた様子だった。

 

『君が早すぎるんだよ』

 

『そんなことないよー。これが普通! ホラ、今日は村のお祭りがあるんだから早く準備して』

 

 急かされる様に掛け布団を引っぺがされたイグニスは「はいはい」と頷きながらベッドが出た。

 

 女性は小さく溜息をついた後、ベッドの上の掛け布団をテキパキと畳んでから部屋のドア近くに行くと振り向いた。

 

『それじゃあ私は先に行ってるから。後からちゃんと来てね』

 

『分かってる。村の広場に集合でしょ?』

 

『わかっているならよろしい』

 

 彼女は笑顔を見せた後にドアノブに手をかけた。

 

 イグニスも小さく笑みを浮かべて寝間着から着替えようとした。だが、その瞬間に彼の身体に稲妻に撃たれたかのような衝撃にも似た悪寒が走った。

 

 身体が、そして心が彼女を行かせてはいけないと警鐘を鳴らしているような感覚に、イグニスは弾かれるように振り向く。

 

『待って! 行っちゃダメだ! ――――ッ!!』

 

 彼が絶叫に似た声を上げて彼女を呼び止めるも、彼女は既に外に出てしまっていた。そして次の瞬間……。

 

 イグニスの声も虚しく、彼女の身体は黒い影に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 イグニスは無言のまま目を覚ました。聞こえてくるのは小鳥のさえずりだけ。窓からは朝日が差し込んでいた。

 

 ここは昨日ナイトレイドのアジトにある、イグニスに割り当てられた部屋だ。室内には簡素な机と箪笥があるだけだ。

 

「最近見なくなったと思ったのに……。帝都に近づいたからか」

 

 冷静に自己分析を行ってはいたが、瞳には悲しげな色が見られる。彼は一度深呼吸をしてからベッドから出て普段着に袖を通した。

 

 アレは夢なのだ。だが、ただの夢ではない。アレは、過去にイグニスと、夢の中の女性を襲った実際にあった悲劇。

 

 あの夢は時折出てきては彼の胸を苦しめる。

 

「馴れたと思っていたけれど、やっぱりそう簡単にはいかないか」

 

 苦笑するイグニスであるが、表情はどこか硬く、瞳は相変わらず悲しいままだ。

 

 けれど、いつまでも夢に囚われるイグニスではない。すぐに気持ちを切り替えると、昨日の夜にアカメに案内された洗面所へと向かためドアを開ける。

 

「むぎゅっ!」

 

 廊下に出た途端、妙な声と同時にドアに小さな衝撃が伝わった。何事かとドアの向こう側を見てみると、そこには頭を押さえながらその場に座り込んでいる桃色の髪の少女、マインがいた。

 

 彼女は所謂ネグリジェ姿であり、近くにはコップや歯ブラシが転がっている。どうやらイグニスと同じように洗面所へ向かう途中だったようだ。

 

「大丈夫ですか? えっと、マインさん」

 

 すぐにドアを閉めて彼女の元に行くが、マインは鋭く睨んできた。

 

「大丈夫かじゃないわよ! あたしが歩いてくる音、聞こえなかったわけ?」

 

「すみません。色々と考え事をしていたあとだったので気が付かなくて」

 

「考え事って、こんな朝っぱらからなにをそんなに――」

 

 そこまで言ったところでマインが急に黙ってしまった。見ると先ほどまで睨みを利かせていた目が少しだけ柔らかくなっている。

 

「――アンタ、泣いてたの?」

 

「え?」

 

「顔。涙のすじ付いてるわよ」

 

 マインは言いながら手鏡を出してズイッと見せてきた。鏡を覗き込むと、確かにうっすらとすじが入っていた。

 

 恐らく先ほどの夢が原因だろう。あの夢を見たあとは、大概涙のあとが顔についている。長い間見ていなかったから忘れてしまっていた。

 

「しっかりしなさいよね。アンタは仮とはいえどナイトレイドに入ったんだから。……まぁ、絶対に泣くななんていわないけど」

 

「……ありがとうございます。優しいんですね、マインさんは」

 

「はぁっ!? べ、別にアンタの心配なんかしてないわよ。ただ、しっかりしてくれないとあたしたちの命に関わるからいっただけ!」

 

 マインは頬を赤く染めると、「ふん!」とそっぽを向いてしまった。そんな彼女に対し、イグニスは微笑すると、散らばってしまっていた彼女のコップと歯ブラシを集め、彼女に手渡した。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがと……」

 

「いえ。元はといえば僕がいきなりあけたのが悪いんですし。立てますか?」

 

 手を差し出すと彼女も握り返してきたのでイグニスは一息で彼女を立たせる。

 

 マインは軽くお尻のあたりの埃を払うと、イグニスを真っ直ぐ見据えて言ってきた。

 

「どうかしました?」

 

「敬語、いらないわ。あとマインさんも禁止。呼び捨てにしなさい。あたしもイグニスって呼ぶから」

 

「……いいの?」

 

「別にアンタのことを完全に信頼したわけじゃない。でも、アンタが強いのはなんとなく分かるし、肝も据わってる。だから『一応は』対等の立場として話すわ。それにあたし、敬語はそんなに好かないし。ホラ、洗面所に行こうとしてたんでしょ。ついて来なさい、イグニス」

 

 どうやら彼女もイグニスが洗面所に行こうとしていることがわかっていたようだ。昨日よりはマインと少しだけ距離を縮められたことに安堵しながらイグニスも洗面所へと向かった。

 

 

 

 

 

 正午過ぎ、仮加入のイグニスを含めたナイトレイドの面々は作戦会議室に集まっていた。

 

「さて、全員集まったようなので始めるぞ」

 

 皆の前にボス代行であるアカメが立つと、先ほどまでどこかのどかだった雰囲気が一変し、ピリッとした空気が張り詰める。

 

「今回の標的は帝都の密偵からの情報があった、貴族の一家だ。密偵からの情報によると、この貴族は泊まるところがない地方出身者を邸宅に引き込み、非道な人体実験を行っているという。現に、何人もの地方出身者の姿が消えている。昨日一昨日とレオーネには裏づけのために帝都に行ってもらった。レオーネ、頼む」

 

「はいよー」

 

 壁にもたれかかっていたレオーネが少し前に出てから、標的の裏づけの成果を話し始める。

 

「率直に言うとあの家族は黒。近所にばれない様に上手い事隠してる感じはしたけど、ライオネルで獣化してあの辺り回ったらしっかりしたよ。人間の腐る臭いと、血の臭いがね」

 

「聞きたいんだが、その臭いは屋敷からするのか?」

 

「いんや、臭いが強烈なのは屋敷の近くにある離れだね。あと、貴族達本人も気付いてないみたいだけど、アイツ等からも臭かった。血と薬品の臭いがね」

 

「完全に黒ってわけか。となるともう疑う余地はねぇな」

 

 ブラートはアカメに視線を送る。彼女もそれに頷くと、レオーネに変わって話を続ける。

 

「メインの標的はこの家の父親、母親、娘の三人。その他にも屋敷を警備している兵士がいるが、その兵士達も貴族の行動を理解したうえで見逃している。奴らも同罪として葬る。作戦決行は今日の深夜。あと、作戦にはイグニスも連れて行く」

 

 アカメは鋭い眼光をイグニスに向けてきた。それに対し彼は一切臆さずに頷く。瞳にはここにいる全員と同じ、冷たい光があった。

 

「出発は日暮れ。それまで各自準備をしておくように」

 

 作戦会議はこう締めくくられ、日暮れまで一時解散となった。

 

 

 

 作戦会議を終えたイグニスの姿は、アジトにある訓練所にあった。レオーネやアカメの説明によると、ここはストレス発散のためにも使っているらしい。

 

 イグニスは訓練所に纏めておいてある木剣を抜くと、対人戦闘訓練用の木偶人形と対峙する。

 

 木剣をだらりと持った状態のイグニスは、一見すると隙があるようにも見える。が、次の瞬間、彼の姿はその場から消失。次に彼が現れたのは木偶人形の背後だった。

 

 途端、木偶人形がその場で爆散し、粉々の木片と化してしまった。

 

「ふむ……。初速が遅かったか。もう少し行けるかな」

 

 砕け散った木偶人形の欠片を拾って力の強さや、速さなどを分析していると、訓練所の隅から拍手が聞こえてきた。

 

 見ると、リーゼント頭が特徴的なナイスガイ、ブラートがいた。

 

「お見事。かなり速い剣だったな」

 

 彼は言いつつ拍手を終えると、壁に立て掛けられていた槍を持ってこちらにやってくる。

 

「ありがとう。100人斬りのブラートに褒めてもらえると嬉しいね」

 

「なんだレオーネから聞いたのか」

 

 彼のことは昨日のうちにレオーネから聞いていた。かつてブラートは帝国の優秀な軍人だったらしく、100人斬りのブラートとして恐れられていたらしい。

 

「まったく、放っとくとなんでもかんでもしゃべっちまいやがって。まぁいいや、イグニス、ちょっとオレと手合わせしないか? 木偶じゃあ張り合いがないだろ」

 

「うん、いいよ。ぜひやろう。僕もブラートとは戦ってみたかったし」

 

「お、いいノリだ。じゃあ、早速はじめっか!!」

 

 ブラートとイグニスは互いにやや距離を取り合って戦闘態勢に入る。

 

 最初に動いたのはブラートだ。木槍を構えたままイグニスに向かって真っ直ぐに突貫してくる。彼の気迫は離れているイグニスにもビリビリと伝わってきており、模擬戦であっても手を抜かないという様子が見て取れた。

 

「セイッ!!」

 

 裂帛の声と共に凄まじい速度で打ち出された槍は、イグニスの身体の芯を的確に捉えている。まとも喰らえば木製の槍であったとしても、大ダメージは確実だろう。

 

 けれどイグニスはいたって冷静に、作業的に槍の一撃を持っていた木剣で弾く。

 

 ブラートは槍をすんなり弾かれたことに驚いた様子だったが、すぐにニヤッと笑うと体勢を立て直して槍の長い柄を利用したなぎ払いを放ってきた。

 

 それすらもイグニスは予見していたようで、なぎ払いを木剣で受け止めると、そのまま柄に木剣を滑らせてブラートに肉薄して強烈な蹴りを鳩尾に叩き込んだ。

 

 大きく吹き飛ばされるブラートだが、鍛えられた鋼のような筋肉の影響かさほどダメージは与えられていないように見える。それに彼はあの一瞬、僅かに体重を後ろにずらしてクリーンヒットを避けていた。

 

 ……さすがに一筋縄じゃいかないか。

 

 ブラートの実力を再確認したイグニスは、剣を一度振るった後ブラートに向かって追撃を開始した。

 

 

 

 訓練所で模擬戦を行っているイグニスとブラートをアカメが観察するように眺めていた。

 

 模擬戦自体はつい先ほど始められたが、二人の戦いは最初から激しいものだった。

 

「んお? なぁにしてんのアカメー」

 

 呼ばれたのでそちらを見ると、スナック菓子を頬張っているレオーネがいた。すこしだけ食べたいような気もしたが、あとにしておこう。

 

「ブラートとイグニスが模擬戦をしているからそれを見ていた」

 

「模擬戦? 男ってのは本当に……って、随分力入った模擬戦じゃん」

 

 覗きこむレオーネも二人の戦いの激しさがすぐに分かったようだ。今はブラートを追撃したイグニスが一方的に攻め込んでいる。

 

「ふーむ、ブラートが押されてるようにも見えるけど、模擬戦だから手加減してるのか?」

 

「いや、手加減をしているのはイグニスも同じだ。昨日も言っただろう、イグニスの実力は私やブラートを上回っているかもしれないと」

 

「じゃあイグニスは今ブラートを舐めてかかってるってこと?」

 

「それは違う。イグニスは別に舐めてかかってはいない。どっちも今日の任務に支障が出ない程度に戦っているんだ。……まぁ、それでも熱くはなっているだろうが」

 

「ふぅん。……あっ」

 

 レオーネが驚ろくと同時に、模擬戦の決着が付いた。模擬戦の勝敗はイグニスの勝利となった。一方的に攻めていたイグニスに対し、ブラートが反撃に出ようとしたとき、僅かにできた防御の隙間をぬってイグニスが槍を弾き飛ばしたのだ。

 

 彼はそのまま木剣をブラートの首筋に当て、勝敗は決した。

 

「ほえー、あのブラートが結構あっさりと……」

 

「とは言ってもどちらも本気のホの字も出していないからな。一概に優劣はつけられん」

 

「まぁそうかもねぇ。さてっと、私も適当に時間潰すかなー」

 

「レオーネ」

 

 立ち去ろうとするレオーネをアカメが深刻そうな声音で呼び止める。雰囲気も先ほどまでとは違うものだ。

 

 レオーネはそれに対しいつもの調子を崩さずに問い返す。

 

「なに?」

 

「……そのお菓子はどこにあった?」

 

「食堂の戸棚に入ってるよ。まだあまってたから取ってくればー?」

 

「取ってくる」

 

 どうやらレオーネが持っていたお菓子が気になって仕方がなかっただけのようである。彼女は小走りに食堂へ向かった。お菓子を取りに。

 

 

 

「いやー負けた負けた。つえーなイグニス」

 

「ブラートも強かったよ。気を抜いたらやられてたのは僕だ」

 

 木剣をしまいながら言うとブラートは気分がよさげに高らかに笑う。

 

「ハッハッハ、謙遜すんな。模擬戦だろうとなんだろうと勝ちは勝ちだ。だけどまけっぱなしってのはオレの流儀に反するからな、またやろうぜ」

 

「もちろん。いつでも受けてたつよ」

 

 イグニスとブラートは互いに拳をぶつけ合うと、再戦を約束した。それぞれ拳を話した後、ブラートは思い出したように「そうだ」と呟いた。

 

「イグニス。風呂行くか」

 

「えっ?」

 

「いや、変な意味じゃねぇよ? ただ、お互い汗かいちまったわけだし、汗を流すのと、親睦を深めるのもかねてよ」

 

「あ、あぁそうだね。じゃあ、行ってみようか。あ、そうだ。親睦を深めるのならラバックも誘っていいかな」

 

 提案に対し、ブラートは親指を立てて答えてきた。どうやら全然構わないようだが、イグニスは「じゃあ先に行ってるぜー」と手を振りながら去っていくブラートの背を見ながらなんともいえない表情を浮かべていた。

 

「……僕も汗かいてたし、そういうのを心配してくれての発言だとは思うんだけど……。なんだろう、風呂に行こうぜって言う時に頬を染めるのはちょっと身の危険を感じたなぁ……」

 

 若干ブラートがホモなのではないかと思いながらも、イグニスは風呂場へと足を運ぶ。ラバックもついでにさそって。

 

 

 

 

 

 

 草木も眠るなんとやら、世界を夜の闇が支配しきったころ。ナイトレイド一行の姿は帝都にあった。とは言っても街中にいるわけではなく、暗殺対象となっている貴族の邸宅の空に立っているのだが。

 

 全員が浮いているわけではない。彼等の足元を見ると、細い糸が何本も張り巡らされている。ようは全員がそこに立っているのだ。

 

 この糸の正体は、ラバックの持つ帝具、クローステールだ。一本でもただの針金以上の強度を持つこの糸は、このようにして人が乗ることも、そして切断系の武器として扱うことも出来る。

 

「そろそろ家の中のターゲットはシェーレが倒したころか」

 

 インクルシオを装備した状態のブラートが呟いたところで、この家を護衛している警備兵が現れた。

 

「お、出てきた出てきた。標的だぜ。イグニス」

 

 レオーネに言われ、イグニスは小さく頷いてからブラートと共に庭に降立った。

 

 本来、この役目はイグニスではなく、アカメとブラートが担う役だった。しかし、仮加入中のイグニスの力量と、帝具がどれほどのものなのかを図るため、変わったのだ。

 

 アカメは別に逃げたターゲットがいないか索敵し、レオーネはすぐに屋敷の中へと消えて行った。

 

 庭にたったイグニスとブラートに対し、警備兵はそれぞれ額や頬に汗を滲ませながら緊張した面持ちでそれぞれの武器をこちらに向けてきた。

 

「い、いいか。お前たち、絶対に気を緩めるなよ。コイツらはナイトレイドだ……!」

 

 隊長らしき男の声に、二人の男が数回頷いた。それに対し、イグニスはブラートを一瞥してからハンドサインで「少し下がって」と伝える。

 

「了解。じゃあ、帝具の力見せてもらおうかね」

 

 肩を竦めたブラートは数歩後ろに下がる。

 

 それを確認し、イグニスは警備兵達を見やった時。彼は右の人差し指と中指を立てた状態で剣を振るように薙いだ。

 

 瞬間、警備兵達の頭と身体が二つに断ち切られた。だが、決して刃物で斬られたのではない。見ると、地面に落ちた警備兵達の首の傷跡は焼け焦げていた。

 

 イグニスは警備兵達の首をただ切ったのではなく、真紅の炎で焼き斬ったのだ。

 

「終わりかな」

 

「ほー、やっぱりスゲェなその帝具。どこにでも炎出せるのか?」

 

「まぁ大体のところにはね。とは言っても僕の身体から離れすぎはだめなんだけど」

 

「なるほどな。そいつを見せてくれたときから妙な感じはしてたが、その帝具かなりやばい帝具だよな」

 

「帝具は全部やばいとは思うけど。ね」

 

 ブラートの声に反応しつつも、イグニスは視線を外さずに、先ほど殺した三人とは別の、その場を逃げ出そうとしたもう一人の警備兵に向けて掌を向ける。

 

 すると、イグニスの手から火球が打ち出され、警備兵を真紅の炎が飲み込んだ。

 

 炎が全て燃え尽きると、そこにはただの焼けこげた地面だけが残っており、人間の死体など残ってすらいなかった。

 

「火力も桁違いか……。お前はあつくないのか?」

 

「多少は熱い気もするけど全然気にならないかな。そもそもこの帝具があったのは火山の神殿の中だったし」

 

「へぇ、その話も中々おもしろそうだな」

 

 二人で談笑していると、見かねた様子のマインの声が上から降って来た。

 

「そこの二人ー! 標的の警備兵は倒したんだからさっさと上がって来なさいよー。私たちはそろそろ離脱するんだからー!」

 

「はいよ」

 

「了解」

 

 イグニスとブラートは返答してからクローステールで出来た足場に飛び乗る。

 

「アカメちゃんと姐さんは残りターゲットの掃討に行ったから、俺たちはさっさと離脱しよう。いつまでもここにいてもしょうがないし」

 

「ああ。イグニスもやり残したことはないよな?」

 

「うん。っと、ちょっと待ってて」

 

 答えた後振り返りながらイグニスは殺した三人の死体に向けて火を放った。一瞬で燃え尽きる死体はその姿を残さず、先ほどと同じように焼け焦げた地面だけが残るだけだった。

 

「炎で燃やしたのはわかってしまうと思うけど、死体は残したくはないからね。感染症とか心配だし」

 

「変なところで律儀だね、イグニスは。じゃ後始末もしたことだし、集合場所に戻ろう」

 

 目的を達成したイグニスたちは、離脱する時に集合すると決めていた場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「……アカメ達遅いんだけど」

 

 集合場所にマインが眉間に皺を寄せてムスッとした顔で腕を組んでいる。確かに彼女の言うとおり、作戦時間は過ぎている。

 

 シェーレは作戦の性質上先に戻ることが決定しているので、そろそろ帝都を脱している頃だと思うが、アカメとレオーネがどうにも戻ってこないのだ。

 

「あの二人に限って苦戦してるなんてことはないと思うけど……。どうする? 探しに行って見る?」

 

 ラバックが提案した時、屋敷の方角を眺めていたイグニスが告げる。

 

「待った。二人とも戻ってきたよ。なんかおまけ抱えてるけど」

 

「おまけ?」

 

 イグニスの言葉に三人が首を傾げていると、二人が集合場所にやってきた。

 

 レオーネは大して気にした様子もなく、軽い感じでイグニスたちに声をかけた。

 

「おまたー」

 

「遅い! なにやってたのよ!」

 

 案の定マインがレオーネに突っかかるが、彼女はさきほどイグニスが言った「おまけ」に気が付いたようだ。

 

「って、なにそれ」

 

「仲間だ~」

 

「ハァ!? アンタまた性懲りもなく! 昨日イグニスを連れて来たばっかじゃないのよ!」

 

「細かいこと気にすんなよマイン~。この少年、なかなかいい感じだったぞ」

 

 自分を連れてきたときと変わらない様子にレオーネに対し、イグニスは苦笑するが、そこでレオーネが抱えていた少年が声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 仲間ってなんの話だ!?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ? 今日から君も私たちの仲間ってことだよ! ナイトレイドに就職おめでとう!」

 

 高らかに宣言するレオーネであるが、少年は一瞬呆然とした後、すぐに彼女に突っ込みを入れた。

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

「諦めたほうがいい。レオーネは一度言い出したら聞かない」

 

「わかってるねぇ親友」

 

 いたって冷静に言うアカメをレオーネが軽く撫でたところで、イグニスが「うん?」と疑問符を浮かべた。彼は少年の顔を覗き込むようにして眺める。

 

「君は確か……昨日レオーネにお金を騙し取られてた子か!」

 

「え、なんで知ってるんだ」

 

 少年は怪訝な顔をするが、それも仕方ないことだろう。あの時、少年はイグニスの存在にすら気が付いていなかったのだから。

 

「細かいことは後で話すよ。けど、君も運がいいのかわるいのか……」

 

「お、おう……?」

 

 少年は相変わらず状況がいまいち飲み込めていないようだ。まぁ無理もない。いきなり殺し屋に襲撃されて、悪人だったのは自分を止めてくれた貴族の方で、殺されるかと思いきやいきなり仲間にしよう発言だ。

 

「ともあれ作戦は終了だ。アジトに帰還するぞ」

 

「あ! ちょっと待ってアカメ。私はまだやり残したことがあるから後で帰るよ。イグニス、付き合ってもらってもいいか?」

 

「かまわないよ。それじゃあ、僕達は後で戻るから皆は先に戻ってて」

 

「わかった。なるべく遅くならないようにな」

 

 アカメが頷くと、他のメンバーはそれぞれ先にアジトへと帰還していった。少年はブラートが抱えていたので特に問題はないだろう。

 

「さて、やり残したことって?」

 

 レオーネを見やりながら問うと、彼女は屋敷の方を指差して答える。

 

「さっきの少年の友達の遺体があの屋敷の離れにあるんだよ。……あと、もう手遅れの奴らも、ね」

 

「……わかった。行こう」

 

 レオーネと共にイグニスは屋敷の離れへ向かう。

 

 数分もしないうちに到着した屋敷は静まり返っていた。当然だ。先ほどイグニスたちが襲撃して貴族もろとも警備兵を殺したのだから。

 

 離れからはかすかな呻き声が聞こえ、血臭と死臭が鼻腔を突く。

 

 破られた離れの扉の前に立ったイグニスは僅かに顔をしかめる。

 

「これは、確かに酷いな」

 

「だよな」

 

 離れの中はそれこそ地獄絵図だった。拷問器具に貼り付けにされた人、水牢の中で息絶えている人、手足が欠損し、眼球をくりぬかれた人、激しい鞭打ちの痕と共に宙吊りにされた人など、凡そ人間の所業とは思えない殺戮の後がそこにはあった。

 

 牢屋のようなものに閉じ込められている人々は、まだ辛うじて息があるようだったが、殆どは虫の息だ。

 

「あの身体の斑点は……ルボラか」

 

「ああ。ここの家族の母親の趣味なんだとさ。本当に腐ってやがる」

 

「……全員が末期か。もう救えない」

 

 このルボラ病という病の恐ろしさはイグニスもよく理解している。帝国の領土に入る前、この病で滅んだ街を見てきたからだ。

 

 斑点が身体のいたるところに出た時点で、それはもう末期だ。最後は病魔に蝕まれて死ぬ。感染経路は血液や粘膜からの感染らしく、感染者の吐瀉物や、血液に生身で触れると感染するらしい。

 

「イグニス、お前を誘った理由は……」

 

 レオーネがいつもの軽い調子ではなく、低い声音で告げようとしたが、イグニスはそれを遮るようにして伝えた。

 

「言わなくていいよ。わかってる」

 

「……わるい」

 

 やや顔を伏せながらいうレオーネに対し、イグニスは小さく笑みを零すと、レオーネをつれて一旦離れの外に出てから離れに向き直る。

 

 既にあの少年の友人二人の遺体は袋に包んで外に出してあるので、運ぶのは問題ない。

 

 離れで未だ生きている人々もイグニスとレオーネの表情と、自分たちの置かれた状況を悟ったのか、皆息を潜めた。

 

「……ごめん……」

 

 瞬間、離れと屋敷、そして少年によって殺された娘の死体が燃え上がった。だが、巨大な火柱はほんの一瞬のことだった。数秒にも満たない焼却は、全てを灰にし、跡形もなく消し去った。

 

「恨みは消えないかもしれない。でも、せめて安らかに……」

 

 最後にイグニスは燃え後に軽く頭を下げると、少年の友人のうち一人が入っている袋を担いだ。

 

「帰ろう」

 

「ああ。……きついことさせて悪かったな」

 

「だから気にしないで良いって。それに、死が救いになることもあると僕は信じてる」

 

「死が救い、か。それもあるかもな」

 

「僕の勝手な自論だけどね。さ、長居しすぎたから行こう。遅すぎるとマインが怒るから」

 

「だな。よーし! じゃあ帰ったら飲むぞー! 付き合えイグニス!!」

 

「はいはい。でも程ほどにね」

 

 肩を竦め、イグニスはレオーネと共に夜の帝都を駆けて行った。

 

 二人がアジトに戻ったのは、アカメ達が戻ってから三十分後のことだった。

 

 そして夜のうちに少年、タツミの友人達の火葬を行った。土葬でもよかったが、直接血に触れなければ感染しないと言っても、地面にしみこんだら何が起きるかわからないため、イグニスの力で炎と共に送った。

 

「サヨ……イエヤス……」

 

 友人二人が火葬される姿を見てタツミは涙を流していた。彼を見たイグニスは、自分の首元にある指輪を見やった。

 

 指輪の内側には『ステラ』と刻まれている。イグニスにとってこの指輪は、そのステラという人物との大切な品物なのだ。

 

 ……ステラ……。

 

 眼前で揺らめく真紅の炎を見やりながら、イグニスは指輪をグッと握った。

 

 真紅の炎はそのまま天へと舞う。死者の魂を乗せながら。




はい、タツミ加入までですね。

でも、うーむどうにもこのあたりは白銀のほうと似たり寄ったりになっちゃいますね。オリジナリティをもっと出さねば……。

最初のは夢なのであんな感じですが、実際はもうちょっと違ったりします。

イグニスの過去も後々行います。掘り下げるためにですね。
次回はいよいよボスが帰って来てイグニス正式加入、それと同時に明かされる衝撃の真実が!←もはやバレバレ。

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