「ここが帝都……」
赤髪の青年、イグニスは帝都を囲っている巨大な塀の門を潜り、感嘆の息をついた。
彼の目の前に広がるのは、大小さまざまな建造物。正門にも煌びやかな印象を持たせる彫刻がほられていたが、街の中に入ってもそれは同じだ。
そして一際目を引くのが、帝都の中心にあると思われる宮殿だ。皇帝が住んでいるというあの宮殿だけは、他のどんな建物よりも豪華絢爛といえる。
街中は多くの人々が行き交い、笑い声やら客引きの声やらの声が木霊している。
一見すると、非常に賑わいがあって良い街のようにも見える。現にイグニスがここまで来る中でこれほど賑わっていた街はなかった。
けれど、彼にはどうしても拭いきれない違和感があった。
……よく見ると笑顔よりも、苦しい顔が目立つ。それに、嫌な臭いがする。
鼻を何度か動かしながら、イグニスは顔をしかめる。露店で売っている食べ物の匂いや、女性客が多く入っているファションの専門店やアクセサリーショップなどから香ってくる香水のような匂いに混じって、それとは全く別の、本来こんなところでしてはいけないにおいがするのだ。
その臭いは血だ。
しかも危険種やら家畜から出た野性的な血の臭いではない。これは、人間の血の臭いだ。この街は、血の臭いが強すぎる。
「表面上取り繕っていても、隠せないところまできているのか……」
落胆した様子を見せながらも、イグニスは街中を進んでいく。ちなみに、乗ってきた馬は、帝都に入ってすぐに鞍もセットで換金しておいた。もう使うこともないだろうと思ったからだ。
危険種がうろついている外に放り出すよりは、街中で売られていた方が幾分かマシだろう。
「さて、まずは情報収集が定石だろうけど。前言ってたとおりならさほど聞かなくても済みそうだな」
これからの方針を決め、酒場にでも向かおうとした時、近くの軍関係と見られる建物から一人の少年が転がり出てきた。
「なんだよ! 試すぐらいいいだろ!!」
「ふざけんな! こっちは兵士になるのすら抽選なんだ! この不況で希望者が殺到してんだよ!! 一人一人なんざ見てられっか! 雇える数にも上限があること知っとけクソガキ!」
少年の後から顔を出した中年男性は目の下に濃いクマができていた。それだけでも毎日の仕事が辛そうだということが理解できる。もしくは、兵士志望者が多すぎるための対応でノイローゼ気味か
男性が勢いよく扉を閉めて兵舎らしき建物に消えると、少年はその場に座り込んでなにやら考え込んでいた。
「なるほど、不況もあるのか。だからみんなの顔がどこか陰鬱に――」
イグニスが呟き、周囲を見回したときだった。先ほどの少年に一人の女性が声をかけた。
「お困りのようだな、少年。お姉さんが力を貸してやろうか?」
人のよさげな声で少年に歩み寄る美人で金髪の女性。端から見ても露出しすぎなぐらいの服装で、特に目を引いてしまうのはその胸だろう。引き締まった身体に不釣合いなくらいの大きな乳房は往来の男性達の目を釘付けにしている。
しかし、イグニスは彼女の纏っている雰囲気と独特の臭いがカタギの人間ではないと感じ取っていた。
女性と少年はなにやら話していたが、やがて少年は表情を笑顔に変えて女性と共にどこかへ歩いていった。
イグニスは少年ではなく、連れて行った女性の方に興味と警戒心を抱き、彼等の後をつけることにした。
二人が入っていったのは酒場だった。二人が入ったのを見てからやや時間を置いてからイグニスも酒場に入る。
酒場には昼間だというのに飲んだくれている人物が数名、酔いつぶれている者が数名、騒いでいるものが数名といったところだった。あとはテーブル席で向かい合うようにして座っている先ほどの少年と女性と言ったところか。
あくまで自然に店内に入ると、彼はそのままカウンター席へと移動する。
「いらっしゃい。お客さん、注文は?」
坊主頭の店主に聞かれたので、手元にあるメニューから適当なものを注文する。
「ではこの赤ワインと焼きソーセージをお願いします」
「はいよ」
注文を済ませると、店主は調理場へ注文を告げに言った。そしてすぐにワイングラスにワインを注いで持ってきた。
「ワインお待ちどうさん。ソーセージはもうちょい待ってくれ」
「どうも」
軽く会釈した後、ワインの香りを楽しんでから口に含む。少量を口の中で転がして呑み込むと、鼻から果実由来の良い香りと赤ワイン独特の渋みがやってくる。
なかなか良いワインのようだ。多少値段が張っているだけはあった。
けれどその間もイグニスは背後の警戒を緩めない。彼の後ろには少年と女性が座っている。女性の方は既に何本かボトルをあけている。どうやら中々の酒豪のようだ。
二人の間には和やかな空気が流れているようだが、聞こえてくる会話は胡散臭いものだった。
「飲んでばっかりいないで教えてくれよ。手っ取り早く仕官できる方法」
「ん、ああそれね。まぁ簡単に言えば人脈と金かな」
「金?」
「そう。私の知り合いに軍関係者がいてさ、そいつにちょっと握らせてやればすぐだ、すぐ!」
女性はそういうが、流石にそれは話が出来すぎだろう。ついさっき兵士になることを断られた少年の前に、軍に知り合いがいる女性が現れて、金を渡せばすぐに仕官できるなどどう考えてもおかしい。
これは明らかに詐欺だ。普通なら誰もがそう思うはずだ。はずなのだが……。
「金って言うと、これで足りるか?」
少年は麻袋に入っている大量の金をテーブルの上に置いてしまった。元々人がいいのか、それとも人を疑う心を知らない阿呆か、もしくは兵士になりたい気持ちが先行して見境がなくなっているのか……。
今ならアレを止める事も出来るが、そうするとイグニスがここまで付いてきた意味がなくなる。なので、ここは少年に犠牲になってもらうことにした。
「あの坊主、やられたな」
呆れた声を漏らしながら、注文した焼きソーセージを店主が持ってきた。
「ああいうのは、結構あるんですか?」
「うん? なんだ、兄さん気付いてたのか。まぁなぁ、最近の帝都じゃよく見る光景さ。それにしたって、あの坊主は簡単につられすぎだけどな。アレじゃカモにしてくださいって言ってるようなもんだ」
「なるほど。あの、ついでに聞いてもいいですか。最近の帝都で変わったこととかは?」
「変わったこと? うーん、そうだなぁ。あぁ、帝国政府も手を焼いてるとか言う殺し屋集団が現れたよ。えーっと、名前はなんてったっけか……ライムレイト……違うな、ハジムゲイト……これも違う……」
「ナイトレイド」
「そうそう、それだ。ナイトレイド。兄さん知ってたのかよ」
「帝都に来るまでの村や町でそんな噂を聞いたのを覚えていただけですよ」
ナイトレイド。今帝都を騒がせている殺し屋集団の名前だ。狙われているのは、政府の官僚や、一部貴族、軍の兵士やら隊長も含まれているらしい。
「だがここだけの話、巷じゃナイトレイドを支持する意見もあるんだぜ。なにせ殺されてるのは皆黒い噂のある連中ばかり。庶民の俺たちからすれば、そんなやつ等を殺してもらって万々歳さ。っと、これは他言無用で頼むぜ」
「ええ。わかりました」
この話も噂どおりだった。ナイトレイドが狙っている官僚や兵士と言うのは汚職官僚や汚職軍人。貴族も非人道的な行いをした連中ばかりだと聞く。
どの連中も立場上もみ消しが可能な連中だ。ゆえに、犯罪が表に出ることはない。全てが闇に葬られているのだろう。けれど、彼等の行いの被害者は必ずいるはず。そんな者達の無念を晴らすためにナイトレイドは活動しているのかもしれない。
ソーセージを一個頬張り咀嚼したイグニスは何度か頷く。
……もしも後ろの女性がそのナイトレイドならば、あの感覚も頷けるか。
先ほど感じ取った彼女の雰囲気と匂いを照らし合わせたイグニスは、ソーセージを飲み込んで、店主に最後の問いを投げかける。
「
「帝国最強? うーむ、それならやっぱりエスデス将軍だろうな。バン族の討伐もあっという間に済ませたらしいからな。最近は帝都から出て北の異民族の討伐に向かっているらしいぜ。とは言っても最強となると、ブドー大将軍もいるからなんとも……」
「……なるほど、ありがとうございました」
店主はまだ続けたい様子だったが、背後の席に座っている女性が立ち上がり、店を出て行くのが見えたので、イグニスも立ち上がってから代金をカウンターに置いて立ち去った。
店を出ると、先ほどの女性はすぐに見つかった。若干ほろ酔いのようだが、足取りはしっかりしている。やはり只者ではなさそうだ。
イグニスは雑踏に紛れながら彼女の後を追った。
歩き続けて数十分、女性の姿は帝都の外壁近くにあるスラム街にあった。どう考えても軍関係者はいない。
イグニスはというと、スラム街を進む女性の後方数十メートルの位置を歩いていた。時折後ろを振り向く素振りを見せる女性は、もしかするとこちらの存在に気が付いているかもしれない。
だが、それはそれで好都合だ。もとより争うつもりもないのだし、話が出来ればそれでよい。
「まぁ、少し手荒いことになるかもしれないけど」
肩を竦めつつイグニスは尾行を続ける。
やがて女性はスラム近くの門から帝都の外へと足を運んだ。まだ日が高いとはいえ、女性一人で帝都の外に行くなど危険が多すぎる。
盗賊は勿論だが、危険種だって数多く存在する。それでも一人で出歩くということは、それだけ腕に自信があるということだろう。
同時にここからは尾行が難しくなる。街中であれば建物などの遮蔽物に身体を隠して進むことも出来たが、街道沿いは森林や茂み程度しかない。
森林の中では迷彩色でもなければ非常に目立つ。特にイグニスのような赤い髪は目立ちすぎる。
……かと言っても隠す余裕はないし、このまま行こう。
小さく溜息を漏らしながらも、尾行を継続。だが、街道を少し進んだところで、女性が突然林の中へと姿を消した。イグニスも姿勢を低くした状態で林に入ると、女性はすぐに発見できた。
そのまましばらく進むと、林の中で少しだけ開けた場所に女性が出た。彼女はそこで立ち止まると、大きく深呼吸をした。
様子を見計らいながらイグニスが近づき、一瞬だけ木に隠された時。女性の姿はそこから消えていた。
イグニスは反射的に茂みから出て先ほどまで彼女がいた場所に向かう。そこには足跡しかなかった。
……雑踏を歩くあの歩幅感覚、それにあの一瞬で消える身のこなし。やはり彼女はただの詐欺師程度じゃない。
逃げられたというのにイグニスは感心していた。だが、次の瞬間彼は背後から殺気が接近したのを感じ取り、その場から僅かに身体を横にずらす。
それとほぼ同時に背後から弾丸のように飛んできた物体が地面と激突し、周囲に砂埃が舞う。立ち込めた砂煙はイグニスの視界を奪う。すると、砂煙の中から女性の拳らしきものが迫ってきた。
すぐさま回避するイグニスであるが、打ち出されてきた拳が妙であることに気が付いた。拳を放ってきたのは、先ほどの女性でほぼ間違いない。匂いが同じであったし、気配も同じだった。
だが、拳は別のものだった。人間のものではない、獣の拳だったのだ。大きさも女性のものよりも大きくなっている。
……なるほど、となると彼女は僕と同じか。
すぐさま合点がいった彼は、砂煙が晴れるまで攻撃を避け続けた。
やがて砂煙は晴れ、襲撃者の姿が露になる。
襲撃者は案の定先ほどの女性だった。しかし、外見に変化が見られる。短めだった金髪は腰の辺りまで伸びており、頭頂部の右と左には猫科の動物を思わせる耳。臀部のあたりから尻尾が伸びており、ゆらゆらとくねっている。拳は鋭利な爪とふさふさの毛に覆われている。そのどれも彼女と同じ金色の毛並みだった。
よく見てみると、瞳もどこか獣的で瞳孔が縦に長いようにも見える。
二人の間には沈黙が流れるが、イグニスが最初に動いた。とは言っても、攻撃を仕掛けたわけではなく、ゆっくりと両手を頭の上に上げただけだ。
「……なんのつもりだ?」
女性もその行動が不思議だったのか怪訝な表情で問うてきた。それに対し、イグニスは微笑を浮かべて答える。
「いえ、こちらに敵意はないということを証明しようと思いまして。何も仕掛けるつもりはないので、警戒を解いてくれるとありがたいんですが」
嘘はついていない。最初から戦おうとは思っていない。ただ、確かめたかっただけだ。
少しの間待っていると、女性が小さく吹きだしたのが聞こえた。見ると、僅かに肩を震わせて笑っている。
「随分と面白いこというねぇ。人のことずーっと尾行しといて敵意はないとか」
「やっぱり気が付いてましたか。ちなみに聞きますけど、どのあたりから?」
「ハッ、白々しいなぁ。アンタ、酒場からつけてきてたし、つけてる間もあえて私に気付かせるようにしてたろ? スラムを歩いてる時だってわざと分かるように後ろをつけてきた。普通、尾行ならあんなことはしない」
女性が肩を竦めながら言ったので、イグニスは微笑を崩さずに頷く。
「ご名答。試そうとしたことは謝ります。ただ、貴女が何者であるのか、理解したかったので」
そう、イグニスは尾行するとき雑踏に紛れてはいたが、決して気配を断つとか、息を殺すとかそんな真似はしていなかった。では、なぜ街中で声をかけたり、仕掛けようとしなかったのか、それは単純なことだ。
街中で今のようなことをすれば目立ちすぎる。もしも目の前の彼女が件のナイトレイドの一員であれば、そんな目立つことはしないだろうと考えていた。警備隊にでも見つかれば顔が割れてしまうからだ。
だからこそ、あえて周囲の目が気にならないここまでやってきたのだ。そうすれば彼女が自発的に攻めてくると思ったから。ようは、イグニスは全てを計算した上でここまでやってきたということだ。
「で、私がなんなのか、理解できたの?」
「ええまぁ。貴女は今帝都を騒がせている殺し屋集団、ナイトレイドの一員ですよね?」
「なんでそう思うわけ?」
「理由は三つほど。一つはあなたの纏っている雰囲気や空気が常人のそれではないこと。修羅場を潜ってきた人間しか纏わない気配です。二つ目は、その姿、恐らくは『帝具』だと思われますが、そんなものを常人が持っているわけがない。そして最後、これは貴女の臭いです。非常に濃い鉄臭いにおい、人間の血の臭いが尋常ではないほど濃かったので」
帝具というのは帝国の始皇帝が帝国の叡智を不滅のものとするため、現在では到底製造できない48の超兵器のことを指す。その形状と秘めた能力は様々だが、唯一ついえるのは、手にしたものは確実に人外じみた力を手にするということだ。
恐らく女性の身体が変化しているのもその帝具の影響だろう。
「ふぅん……」
女性はイグニスを品定めするように足先から頭までを舐めるように眺める。しばらくして観察を終えた彼女は、静かに頷いた。
「うん。アンタは信用できそうだね。それに、実力もあるだろ」
「ご期待に添えるかは分かりませんが」
「謙遜すんなよー。まぁその辺はあとから分かるとして、アンタの言うとおり私はナイトレイドのメンバーだよ。アンタはそんな私になんの用?」
女性から警戒の色が消えたことで、イグニスは両手を下げると、微笑を消して真剣な表情で彼女に告げる。
「僕を、ナイトレイドに入れてください」
「……理由は?」
「今はただ、『殺したい人』がいる。ではダメですか? 出来れば、あなた方の本拠、もしくはあなた方のリーダーがいるときに話したい」
「殺したい人、ね。ふむ……。言っとくけど、私たちは私利私欲で殺しをしてるわけじゃないよ? もしかすると、その人は殺せないかもしれないけど?」
「いえ、あなた方は絶対にあの人とぶつかることになる」
「意味深だね。わかった、じゃあアジトまで連れて行ってやるよ。嘘はついてないみたいだし、なにより目が真っ直ぐだ」
彼女は肩を竦めたあと獣の状態を解いてから握手を求めてきた。イグニスもそれに答えると、二人は握手を交わす。
「私はレオーネ。アンタは?」
「イグニスと言います。よろしくお願いします、レオーネさん」
「さんも敬語もつけなくていいよ。呼び捨てでいい」
レオーネに言われ、イグニスは少し迷った様子も見せたが、すぐに頷いた。
「では改めて、よろしく。レオーネ」
「ああ。けど、まだナイトレイドに正式加入ってわけじゃないからな。今ボスは遠出してていないから、ボス代行の意見を聞くことになるけど、いいかい?」
「構いまわないよ。最初からこっちが願い出ているし、そっちの意見を仰ぐのは当然だ」
「はいよ。じゃあ、ついて来て」
イグニスはレオーネと共に林の中へと消え、ナイトレイドのアジトを目指した。
レオーネは自分のあとを付いてくる青年、イグニスのことを考えていた。
酒場を出た後、すぐに襲ってきた殺気のようでありながらまた別の威圧感。最初は警備隊かとも思ったが、帝都の警備にあんな威圧感を放つようなものはいない。
ではどんな人物なのかと、林に来たところで襲ってみると、つけていたのは炎よりも赤い髪をしたイグニスという長身の優男。
最初こそ彼を疑っていたレオーネではあったが、帝具によって強化された自分の動きに反応し、全てを避けきった彼の実力はすぐにわかった。
そして彼が言っていた「殺したい人がいる」という言葉。あの一瞬、彼の雰囲気は全く別のものへと変わっていた。あの一瞬だけは、レオーネも感じたことがないほど強い殺意があった。
目が真っ直ぐと言ったのは、イグニスがただ一つの標的を完全に見据えているといった意味でもあったのだ。アジトにつれて帰れば、恐らくマイン辺りが騒ぐだろうが、受け入れられはするだろう。
……まぁ、あとはボスとかアカメに任せればいっか。
レオーネに連れられるまま帝都の北北東に進むこと数時間。既に太陽は西側に傾いており、茜色の空が広がっている。
「見えてきたぞー」
先を行くレオーネが指差した方を見ると、ネズミ返しのようになっている崖の下に、直線的な人工物が見えた。
「崖の形状からして、一見すると見えなくなってるのか」
「そんなとこだな。上から見ても見えないし、下に回り込もうとすると、確実にアジト側から見える。敵が攻めてきたとしてもすぐに対処が出来る作りになってるんだよ」
さすが帝都全体を騒がせているナイトレイドと言うべきか、防衛設備もしっかりしているらしい。彼女からの説明はないが、もしかすると防衛用のトラップも仕掛けられているのかもしれない。
そのまましばらく進むと、アジトの正面に出ることができた。ここから見てもなかなか巨大な建造物だ。
「結構大きいんだね」
「うん。ホラ、こっちだ。多分皆今の時間帯は食堂にいると思うから」
「いきなり部外者の僕を入れても大丈夫なの?」
「平気平気……たぶん」
「アバウトだなぁ……」
ここに来る道中も感じ取ってはいたが、レオーネは細かいことを気にするのが面倒くさいようだ。
それも彼女の魅力なのかもしれないが、暗殺者としてはどうなのだろう。
……でも実力自体はあるんだから無駄な心配か。
自分の考えを改めて、イグニスはレオーネと共にナイトレイドのアジトへと足を踏み入れる。
案内されるままに彼女の後をついていくと、明りがついている部屋が見えた。中からは数人の人間が話をする声が聞こえる。声の感じからして、男性が二人、女性が三人と言ったところか。
「あそこが食堂だよー。中に入る前に少しここで待っててくれ。お前のこと軽く説明してくるから」
レオーネは小声で言い残すと、小走りに食堂へ向かった。
「たっだいまー!」
イグニスを待たせ、レオーネは食堂に飛び込む。中にはナイトレイドの五人の仲間達がいる。
「おかえりー、姐さん」
軽い調子で言ってきたのは、緑髪の少年、ラバックだ。いつもスケベなことを考えている。
「ずいぶんと遅かったわね。なんかあったわけ?」
「まぁねー」
ラバックの次に若干不機嫌そうな表情で声をかけてきたのは、桃色の髪をツインテールにした少女、マイン。いつもあんな調子である。
「レオーネの帰りが遅いのなんてよくあることだろー。そんなに不機嫌そうにすんなよ。マイン」
「別に不機嫌になんてなってないわよ。ただ、遅くなるのなら最初から連絡しろってことよ」
マインの右斜め前に座っている、所謂リーゼントヘアの男はブラート。元々は帝国の軍人であったが、色々あってナイトレイドに加入したのだ。
「マインは心配性ですから、レオーネのことが心配だったんですよ」
「なっ、なに言ってるわけシェーレ! というかアンタ、スープ食べてるのになんで箸使ってんのよ」
シェーレと呼ばれた女性は、年齢的にはレオーネと同じ位だ。眼鏡をかけ、ストレートにした長髪はどこか知的な雰囲気を思わせるが、彼女の手元にある本の名前は『天然ボケを治す100の方法』である。
「まっ、私が遅くなったのはこの後説明するよ。ところでボス代行、新メンバーの加入って人格破綻とか異常者でない以外は制限なかったよな」
レオーネがボス代行と呼んだ先にいたのは、山盛りになっている唐揚げを食べている黒髪の少女。彼女の瞳はどちらも赤い瞳だ。
少女の名前はその目と同じアカメと言う名だ。彼女もまたブラートと同じく、元々は帝国に属していたが離反。結果ナイトレイドに所属している。
「まぁ明らかな快楽殺人者や異常者でなければな。あとは実力も関係してくるが」
「うん。なら大丈夫だ。ちょっと変わったやつだけど、実力はしっかりしてるし、なにより面白い。おーい、入ってきていいぞー」
レオーネに呼ばれたイグニスは、食堂へと軽く会釈をしながら入った。食堂にいた面々は興味がありそうな視線を向けてきたり、いぶかしんだ様子も見せている者もいた。
特に警戒しているのは、ツインテールの少女。聞こえてきた会話からすると、彼女がマインだろうか。
「紹介するな。こいつはイグニス。今日帝都で私のことをストーキングして、私とちょーっとだけ戦った男」
「姐さんをストーキングッ!? この変態ストーカー野郎!!」
緑髪の少年が怒髪天を突く勢いで突っ込んできたので、それを軽くいなす。彼は勢いをそのままに壁と熱いキスをすることになった。
「レオーネ。確かに尾行はしてたけど、君を性的に見ていたつもりはないんだけど……」
「ニャハハー、わるいわるい。それでまぁ、私はアイツの加入を強く推したいんだけど、どうかな皆?」
「どうっていわれてもな……さっき戦ったって言ったけど、それは素で戦ったのか?」
「うんにゃ、私がライオネルを装着した状態で戦ったんだよ」
「より正確に言うと、レオーネの拳を僕がただ避けていただけなんですけどね」
イグニスが細くすると、何人かのメンバーが驚いたような表情を浮かべた。
「ライオネルを装着した状態っていうと、結構早いよな。それを避けたとなると……うん、俺はいいと思うぜ。気に入った」
「アカメは?」
「私はボス代行の身だ。ボス不在で加入を正式に決めることはできない。ただ、私もその男が強いということはわかる。だから、ボスが来るまで仮加入と言うことにしておこう」
「さっすが私の親友。話が分かるねぇ」
レオーネはアカメに抱きつき、頬ずりをしていた。その様子を見てイグニスはボス代行の了解は得られたのだと内心でホッとするが、話を聞いていたマインが立ち上がって声を荒げた。
「私は反対よ。こんなどこの馬の骨とも分からないやつ。第一、帝都でレオーネをつけたんでしょ、帝国の兵士だったらどうすんのよ」
「あー、それはないない。だってコイツ嘘ついてないもん」
「何で断言できんのよ!」
「うーん、女の勘と言うか、野生の勘と言うかそんな感じかなぁ」
「アバウトすぎよ」
「でもマイン、私も別に彼が嘘をついているとは見えませんよ。帝国の兵士ならもっと殺意があってもいいと思うんですけど」
「うっ……」
シェーレにいわれ、マインは言葉を詰まらせる。実際、シェーレの言ったことは正しい。イグニスはレオーネを尾行していたときから殺気は一度だけしか出していない。その殺気もレオーネにではなく、自分が殺したいたった一人の人間に向けたものだ。
「じゃ、じゃあ百歩譲って帝国の兵士じゃないとしても、ナイトレイドに入るのなら『帝具』の一つぐらい持ってないとダメでしょ!」
「そんな規約はないってナジェンダさんだったら言いそうなんだけど……」
「あぁん!?」
「ごめんなさい!」
マインが鬼の形相でラバックを睨んだ。すごい形相だったので引っ込むのも無理はない。
「ふむ、帝具か……。イグニス、お前は帝具のことは知っているのか?」
「はい。始皇帝が作らせた48の超兵器。ただ、その殆どは紛失したらしいですけど」
「そうだ。私のこの刀も、レオーネのそのベルトも全て帝具だ。では聞くが、お前は帝具を持っているか?」
「……持ってますよ」
アカメの問いに、イグニスは小さく頷いてから服を脱ぎ始めた。とは言っても上半身だけだが。「ちょッ!?」とマインが驚いた声を上げていたが、帝具を持っていることを証明するにはこれが一番手っ取り早い。
最後の黒のタンクトップ肌着だけを残して服を脱ぐと、イグニスは肌着をたくし上げて胸を見せた。
そこまで見せたところで全員が息を呑む音が聞こえた。それもそうだろう。イグニスの胸の中心には常人では決してありえないものがあるのだから。
胸にあったのは真紅の宝玉だった。だが、その半分はイグニスの身体にめり込むように沈んでいる。宝玉を中心として血管のようなものが数本放射状に広がっている。そして、宝玉の上には首下ギリギリに炎を象った刺青らしきものが刻まれていた。
「それがお前の帝具か」
「はい。帝具、インフェルノアニマです」
予想だにしていなかった帝具の形状と、そのあり方にさすがのレオーネもふざけることはなく真剣な様子でそれを見ていた。
「能力は見せた方がはやいですね」
イグニスは、言いながら右掌を上に上げる。すると、彼の掌の上に緋色の炎がボウッと宿った。さらに彼の周囲には次々に炎が現れる。
「炎を操る帝具か。しかも、炎を自分で生み出すことができるんだな」
「そういうことです。後はこんなことも」
イグニスは全ての炎を消すと、火がついている暖炉に掌を向ける。その瞬間、暖炉の炎が吸い寄せられるようにしてイグニスの手におさまり、色が緋色に変色した。
「周囲の炎をこんな風に集めることも可能です。集めた炎はそのまま操ることができます。ただ、一度手に入れてしまうと元に戻すことは出来ません。ようは、元の炎には出来ないということです」
「つまり一度取り込んだ炎はずっとその緋色のままということか」
「そうなりますね。これが僕の帝具の全てですが、まだ証明が必要ですか?」
「いや、もういいさ。マインも満足しただろう」
アカメがマインに視線を向けると、彼女は渋々ながらも頷いた。
どうやら一通りの信頼は得られたらしい。とは言ってもまだ本当のリーダーと話していないのでなんともいえないが。
その後、イグニスは改めてナイトレイドの面々と自己紹介を交わし、夜は割り振られた部屋で眠ることとなった。
深夜。
アカメはレオーネと自室で話していた。
「わるいねアカメ。いきなり新メンバー連れてきちゃって」
「構わないさ。レオーネがいきなりなのはいつものことだ」
「わかってるねぇ」
話題は勿論今日ナイトレイドに仮加入となったイグニスについてだ。
「アカメはすぐに分かったみたいだよな。あいつの強さ」
「ああ。あんな気配を纏うと言うことは、それだけの実力を持っているということ。それにライオネルを装着したお前の攻撃を避けきる時点で並の人間じゃない。そのあたりはブラートも分かっていると思う」
「それもそうか。しっかし、イグニスの帝具を見たときはさすがにびびったなぁ。身体に食い込んでるとか」
レオーネの言葉にアカメも頷く。実際あの場では皆平静を装ってはいたが、完全な平静ではなかった。皆あんなものははじめて見たからだ。
帝具の形は様々だ。だが、その殆どは装備するもののはず。対してイグニスのインフェルノアニマは使用者と完全に融合してしまっている。
……あの帝具は元になった生物などの力をそのまま使用者に与える帝具だろう。と言うことは、適合にも相当の力と精神力が必要なはず。
帝具にはそれぞれ適性がある。主に直感で自分が気に入ればその帝具と合っているらしいが、あっていないと逆に帝具に殺されてしまう。使用者と一体化するあの帝具ともなれば、その適性はかなりシビアなものだっただろう。
「けどアイツ結構強いみたいだし、いい戦力になるかもな」
「うん。直感だが、多分私やブラートよりも強い可能性がある」
「マジで!?」
「マジだ」
「ほえ~。アカメがそこまで言うなんてねぇ。本当にそんなに強い?」
レオーネは半信半疑の状態でアカメに問う。それに対しアカメは小さく笑みを浮かべて答える。
「ああ。だがそれもいずれわかることだ。加入についてはナジェンダに任せよう。……イグニスに関してはここまでだ。例の貴族一家、どうだった?」
「真っ黒だな。家の離れからは血臭やら腐臭やら薬品臭やらがプンプンした。鼻が曲がりそうだったよ」
「そうか。では予定通り明日の夜に決行する」
「イグニスも連れてく?」
「もちろん。戦闘能力を測るいい機会だからな。明日の昼に皆を集めて夜に出るぞ」
「りょーかい。ボス代行。そんじゃね、おやすみー」
レオーネはふざけた敬礼をしたあとにアカメの部屋を出て行った。
「見せてもらうぞ。イグニス、お前の覚悟」
新作って、早く書けるよね……。
パパっとすすんでナイトレイド加入。
白銀と比べればすごい速さでしたねw
とは言ってもナジェンダさんが許してないんでまだ仮加入でございます。
イグニスはつよい()
暗殺に向いているかどうかは分からないけど!
では、またよろしくお願い致します。