アカメが斬る!-緋色の火焔-   作:炎狼

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もう何も言わない。書きたいから書くただそれだけです。
エタってるとしても書きたいもんは書きたいんだ。


第一話

 その昔、帝国と呼ばれる超大国が誕生した。後に始皇帝と呼ばれる皇帝によって築き上げられた帝国は、繁栄と栄華をほしいままにしてきた。

 

 しかし、繁栄も、栄華も決して無限のものではなかった。

 

 今や帝国は腐敗に満ちていた。汚職にまみれた官僚達。弱者を虐げ、自身の快楽だけを満たそうとする貴族達……。

 

 彼等はまるで国の闇の中で蠢く毒虫であった。国を、そこに住まう民を食い物とする所業はもはや人間のすることではなくなっていた。

 

 今の帝国にかつての煌びやかさは微塵もない。あるのは、人の皮を被った毒虫たちが我が物顔で跋扈し、滅ぶのを待つだけの国だ。

 

 

 

 

 夜。全てが止みに包まれている漆黒の世界を、一人の男が歩いていた。黒い外套を纏い、顔を布で隠した男は、ゆっくりと歩いている。

 

 不意に彼が立ち止まった。彼の視線が向けられいる方向を見ると、そこにはオレンジ色の光が煌めいていた。

 

 その光は炎だった。もっとよく見てみると、そこは小さな村であることが分かる。けれど、村人と思われる人影は広場のような場所に集められ、その周囲を十数人の人間が囲っている。

 

 その様子から全てを悟った男は、足を向けていた方角を変えて村の方へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

 帝国領、南西部の村。そこは非常に小さな村であった。周囲を森に囲まれ、簡素な柵が並んでいる。立ち並ぶ家々もとても多いとはいえない。

 

 だが、小さくて苦しいながらも、村人達は皆で協力し合って生きてきていた。ゆえに、村にはいつも活気が溢れていた。

 

 この日も一日の仕事を終えて、皆それぞれの家に帰り、家族と団欒して就寝するはずだった。誰もがそれを信じて疑わなかった。

 

 ほんの数時間前までは。

 

「いいかぁ? 全員動くなよ。ちょっとでも動いたり、妙な素振りを見せたらすぐにぶっ殺すかんなぁ!」

 

 村の中心、広場のようになっている場所には村人全員が手を縛られた状態でひざまづかされていた。

 

 周囲の住居には火が放たれ、火災によって倒壊しているものも見られた。村人達は自分達の目の前にいる粗野で野蛮な雰囲気を纏う男達を、恐怖と憎悪が入り混じったような目で見やる。

 

 つい数時間前、村に山賊達が現れ次々に村人を拘束し、皆この場所に集められたのだ。

 

「なぜだ……」

 

「あぁん?」

 

 一人の青年の問いに、山賊の男が怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「なぜ、俺たちを拘束する! 金目のものは全て奪ったじゃないか。食料も、水だって……!!」

 

 青年はそこが気がかりだった。山賊たちの狙いがどうにも見えてこないのだ。単に金目のものや適当な食料が目当てだったのならば村人を拘束する必要はない。殺して奪えばいい。

 

 最初に反応した山賊の男は口角をあげて鼻で笑ったあと、村人の前に佇む一際大きな体の男に向き直る。

 

「頭ァ! こいつ、なんで捕まられてんのかわかってないみてーなんですがぁ!?」

 

 その声に大男は身に纏った鎧を揺らしながら青年の下に歩み寄ると、彼の胸倉を掴んだ。

 

 青年の顔が一瞬恐怖に歪む。そして男は閉じていた口を開いた。

 

「俺たちがどうしてお前等を生かして捕まえてるか、か。それは単純なことだ。いいか、殺すだけじゃあ金にならないんだよ」

 

「金、だと?」

 

「そうさ。人間は金になる。男は奴隷商人に売り飛ばせば労力として高値で取引される。もっといいのは若い女やガキだ。コイツ等は薬漬けにしてどっかの貴族の変態共にでも売りつけりゃあもっと高く売れる」

 

 山賊の頭目の言葉に村人全員が震え上がる。奴隷にでもされたら、その先に待っているのは死よりも辛い未来だけが待っている。いっそ死んでいればと思いながら、絶望の中を生きていくだけになってしまうのだ。

 

 胸倉をつかまれた青年もそれは同じなようで、目尻に涙を溜めている。けれど、頭目はさらに彼等に絶望を叩き込む。

 

「しかしだ。残念ながら、ジジイやババアは金にならん。なってもはした金。よくて食い物代に消える程度だ。だから、まぁいらんな」

 

 言い終えると同時に、頭目は腰におさまっていた剣を抜き放ち、青年の近くにいた老婆の首を刎ねた。

 

 誰もが最初なにをしたのか分からなかった。けれど、刎ねられた老婆の首が転がり、大量の血が噴出す体を見た瞬間、金切音にも似た悲鳴が上がった。

 

「ジジイ、ババア共は皆殺しにしろ。他のやつ等は気絶させるだけだ」

 

 青年を突き倒すように放した頭目は手下達に命じる。それを聞き、手下達は待ってましたといわんばかりにそれぞれ自分達の得物を抜いた。

 

 それを皮切りに一人、また一人と村の老人達が殺されていく。惨劇に耐えられなくなったのか、先ほどの青年が頭目に対して声を張り上げた。

 

「ま、待て! たとえ高く売れないとしても、殺すことはないじゃないか! 老人達を解放しろ!」

 

「だめだな。ジジババ共を生かしといたんじゃ、帝国軍やら革命軍やらに泣きつかれる。そうなるとこっちの身があぶねぇんだよ」

 

「そんな……ッ!」

 

 言いかけたところで頭目が遮るようにして青年の頭を踏みつけた。

 

「どっちみちジジババどもは殺す予定だったからそう悲観するな。……しかしだ、お前が黙ってさえいれば、アイツ等がもう少し生きられたのもまた事実。だからよく見とけよ。自分のせいで殺される様をな」

 

 冷酷に、冷徹に言い放たれた言葉の後、炎が燃えるゴウゴウという音に混じって山賊たちの嘲笑と、村人達の悲鳴が響いた。

 

 青年は己の失態を悔い、嘆き、涙を流した。冷たい土に顔面を押し当てられながら、声にも出せずに涙を流す。

 

 が、老人達が次々に殺され、惨劇が繰り広げられるその最中、不意に村に放たれた火がある一点に向かって流れ、次の瞬間には全ての炎が書き消えてしまった。

 

 異常事態に、山賊はおろか、悲鳴を上げていた村人達すらも沈黙した。先ほどまで炎で煌々と照らされていた広場は月明かりと星明りのみが差すだけとなっていた。

 

「なにが起きた!!」

 

「わかりません! 急に火が消えちまって……!」

 

「呆けてねぇでさっさと松明に火をつけやがれ。暗くてなにも見えやしねぇ!」

 

 頭目が手下に命じる声が闇の中に響く。先ほどまでの炎の明りが強すぎたためか、急激に暗くなったせいで目が慣れていないのだ。

 

 やがて数本の松明に火がつけられ、周囲が僅かに照らされる。照らされた地面には老人達の死体が転がり、血の海が出来上がっている。

 

「クソが。なにが起きたかわからねぇが、逃げたやつがいねぇか確認しろ!」

 

「へい!」

 

「ったく、どうなってやがる。あんな火の消え方初めてだ――」

 

「――頭ぁ!!」

 

「今度はなんだ!!」

 

 手下に対して声を荒げながら振り向いた頭目は青年の頭から足をどけた。

 

「誰かこっちに向かって来ますぜ! 数は一人!」

 

 手下が指差した方向を見ると、確かに人影があった。暗くてよくは見えなかったが、外套を羽織っているようで、頭と顔を隠すようになにか布のようなものを巻いている。

 

「なんだぁ? 旅人か?」

 

「どうしますかい」

 

「決まってる。アイツも捕まえて売り飛ばす。見たところひょろっこい、テメェ一人で充分だろ」

 

「へい」

 

 手下に命じてから頭目は踵を返し、村人達に向き直った。どうやら老人達は全員死んだようで、生きているものはいなかった。残っているのは放心状態の女達と、恐怖から泣きはじめている子供たちだけだ。

 

「撤収の準備を進めろ! 生き残りからも目を離すんじゃ――」

 

 頭目の言葉が続けられようとした時、彼の真横を何かが凄まじい速さで通過していった。その何かは何度か地面を転がった後、土煙を立てながら停止する。

 

 全員がそちらに視線を向けると、物体の正体は先ほど旅人を拘束しに行った男だった。男は地面から起き上がらず、仰向けになったまま転がっている。だが、妙なのは焦げ臭いことだ。

 

 確かに、先ほどまで家を焼いていたため、焦げ臭いのは当然だ。けれど、妙なのは、それが肉の焼ける匂いだったということだ。家畜の姿はなかったため、それらが燃えたとは考えにくい。

 

「ひっ!? か、頭! ここ、コイツ死んでます!!」

 

 起き上がらない男を怪訝に思ったのだろう。一人の男が歩み寄った後、短い悲鳴を上げながら尻餅をついていた。

 

 頭目は短い舌打ちと共に死んでいるという男の下に歩み寄る。そして男の顔を覗き込んだ瞬間、頭目の顔が引き攣った。

 

「こ、こいつは……!」

 

 男の顔は焼け爛れていた。いや、焼け焦げていた。人間味のあった顔は顔面の皮膚は勿論、頭髪から頭皮が真っ黒に焦げ、眼球は消滅し、鼻は削られたようになくなっている。

 

 明らかに人間業ではない状態に、さすがの山賊たちも息を呑み、何人かはもろに見てしまったようで嘔吐しているものすらいる。

 

 ふと、頭目は先ほどの外套の男のことを思い出し、弾かれるように振り返った。見ると、先ほどまで頭目がいた場所に、外套男が立っている。

 

「テメェかコイツを殺したのは……!」

 

 頭目は持っていた剣の切っ先を男に向ける、手下達も同じように剣を向けた。普通ならばあんな男一人程度に恐怖は抱かないだろう。

 

 けれど、今は違った。明らかに人間業でない殺し方を目の当たりにし、手下達は確実に恐怖を抱いている。

 

「おい、黙ってないで何とか言ってみろよ!」

 

 男に一番近い位置にいた手下が問う。すると、男は小さく息をつくような仕草をした後と頭目に視線を向けた。

 

 目元までまかれた布の隙間から見えた目は、紅い瞳だった。

 

「はいと答えたら、貴方達はどうしますか?」

 

「……ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 

 異様な恐怖に耐え切れなくなってしまったのか、手下が切りかかる。けれども、その刃は男に届くことはなく、簡単に避けられていた。

 

 剣を避けた男は、周囲に転がっている死体を見てから小さく呟いた。

 

「酷い事を。なぜ貴方達はこのようなことを? この村の人々が貴方達に何かしたんですか?」

 

「別に何もしちゃいねぇさ。ただ、金になるから襲った、それだけだ。だが、年寄り共は金にならないんでな。殺してやったんだ」

 

「……そうですか。一つ提案なのですが、ここで帰ってもらうことは出来ませんか? そうすればこれ以上誰も死なずに済みます」

 

「なに言ってんだテメェ」

 

 外套男の不可思議な言葉に、頭目は勿論、山賊たち、そして村人すらも首をかしげた。

 

 山賊たちからは先ほどの恐怖の色が僅かに消えたようにも見える。急におめでたいことを言い始めた男に、全員を殺せるような実力はないと踏んだのだろうか。

 

「残念だが、それは聞いてやれねぇな。そいつ等はもう商品なんだよ。どうしてもお前が欲しいのなら、俺たちから奪ってみたらどうだ?」

 

 頭目もまた例外ではなかった。先ほどの殺し方は確かに以上ではあったが、もしかすると、一人は相手に出来ても複数人は相手に出来ないのかも知れないと思い始めたのだ。

 

 すると、外套男は今一度息をついた。こんどは先程よりも大きなものだ。

 

「……わかりました。では、貴方の言うとおり奪います」

 

「なに?」

 

「あぁ、あと言わせてください。誰も死なずに済むといったのは、村の人達や僕自身を案じての言葉ではなく……貴方達を心配しての言葉です」

 

 彼が言った瞬間、空気中に真紅の光がいきなり出現した。その光の正体は炎だ。だが、明らかに普通の炎ではない。色も、そして放たれている雰囲気も、明らかに別種だ。

 

 やがて炎は一つから複数へ分裂。大きさはちょうど人一人を包み込めるようになる程度だ。

 

「……消えろ」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、ようやく山賊たちは外套の男が発する異様なまでに濃密で、鋭利な殺気に気が付いた。けれど、もう遅い。男の言葉と共に放たれた炎は、驚異的な速さで頭目を含めた山賊たち一人一人を包み、その体を跡形もなく燃焼させた。

 

 燃え尽きる速さたるやまさしく一瞬。声を上げる暇もなく、山賊たちは全滅したのだった。

 

 

 

 

 山賊を全員殺した後、外套を纏い、布で顔を隠した男は近くにいた村人の青年の腕を縛っていた縄を短剣で切り、彼にそれを手渡した。

 

「これで縛られている人達を解放してあげてください」

 

 口元に巻かれた布のせいで声自体はくぐもっていたが、さほど年をとっていない様子だ。声質的には十代後半から二十代前半といったところだろうか。

 

 解放された青年は一瞬怪訝な表情をするも、すぐに生きている村人達の拘束を解いた。

 

 山賊という恐怖から解放された村人達は、未だ不安の色が残る瞳を外套を羽織った青年に向ける。

 

 誰も声を発することが出来ないでいる。山賊たちがいたという恐怖が未だ消えないのもそうだが、その山賊たちを目の前で人間業とは思えない方法で殺した青年に対する恐怖も原因なのだろう。

 

 青年もそれは十分理解していた。今までこんなことは何度もあったからだ。帝国を目指す道中で、こんな惨劇には幾度も出くわしてきた。そのたびに青年は村や町を救ってきた。けれども、たとえ救ったとしても人間の理から外れた力を持つ男のことを、簡単に信用することなどできはしない。

 

 だから、青年は彼等に対して感謝は求めない。そもそも、感謝されたくてやっていることでもないからだ。

 

 そして彼は村を離れるために無言のまま歩き出す。老人達の死体の処理もした方が良いかとも考えたが、そこまで手を出すことはすまい。

 

「あのっ!」

 

 が、立ち去ろうとした矢先に背後から声をかけられてしまった。視線だけを向けると、緊張した面持ちの若い女性が立っていた。

 

「助けていただいてありがとうございました。えっと、できればなにか御礼をしたいのですが……」

 

「いえ、僕は別に御礼など――」

 

『求めていない』と続けようとしたが、青年はそこで女性の顔に僅かな不安の色が加わったのを感じた。

 

 ……いや、変に何も求めないとかえって不信感が増すか。

 

 最初から青年は助けたから何かをもらえるという損得勘定で行動はしていない。ただ、体が自然に動いただけなのだ。

 

 けれど、今の帝国の現状から考えて、『ただ』で助けるということ自体が異常なのかも知れない。『ただより高いものはない』とはいうが、この場合は『ただより怖いものはない』とでも言うべきかもしれない。

 

「――いえ、なんでもありません。では、食料と水を少し分けていただけますか。なにぶん放浪中の身であるため、底をつきかけていたので」

 

 青年が言うと、女性は先ほどまでの不安と緊張が入り混じった表情を少しだけ綻ばせ、青年が手渡した水筒の革袋を持って山賊たちが広場に出したであろう樽や、木箱の方に向かった。

 

「なぁ、アンタ……」

 

 こんどは男性から声をかけられた。見ると、最初に短剣を渡した青年だった。青年は持っていた短剣を返してきた。

 

「ありがとう。命を、救ってくれて」

 

「いえ。目の前で人が殺されているのを黙ってみるわけには行かない性分なもので。でもすみません。もっと早く駆けつけることが出来れば、ご老人達も救えたかもしれないのに」

 

「いや、気にしないでくれ。アンタは俺たちを助けてくれた。それだけでも十分すぎるくらいだよ」

 

 青年は微笑を見せた。どうやらこちらが話して見ると普通の人間だということを理解したらしい。村人達を見てもそれは同様で、先ほどまで感じていた恐怖と緊張が入り混じったような視線は柔らかくなっていた。

 

「ところで、旅をしているって話だったがどこへ行こうとしているんだ?」

 

「帝都です」

 

「っ!? ……そう、か。いや、村を救ってくれたアンタだから言おう。帝都に行くのだけはやめておけ」

 

 青年は眉間に皺を寄せ、冷や汗をかいている。

 

「俺は仕事で帝都に出稼ぎに行っているときもあったんだが、あそこは表立ては良いが、中は……腐敗が満ちた場所だった。犯罪行為は普通に行われているし、中にはその犯罪を官僚たちや貴族、警備隊すらもやっている始末だ。悪いことは言わない。帝都は危険すぎる。確かにアンタのあの力は強いが……」

 

 彼が本当に心配してくれているのは理解できた。けれども、青年はそれに対し首を横に振る。

 

「忠告、感謝します。けれど、僕はどうしても行かなくてはならないんです。ある人を探すために」

 

「人探しか……。だが、帝都は広いぞ。一日や二日で回れたものじゃない。最悪見つからない可能性だってある。それでも行くのか?」

 

「はい。あの人だけは、どうしても見つけたいんです」

 

 はっきりとした口調で言うと、彼は青年の言葉に込められた意志の強さを感じたのか、逡巡した様子を見せたあと、語った。

 

「このまま街道を行くと帝都までは歩きで十日はかかる。けど、俺たちが使っていた近道を馬を使って行けば八日、いや、六日でつけるはずだ」

 

 指差したした方を見ると、確かに山賊たちが乗っていたと思われる馬が何頭か残っていた。幸いだったのは先ほどの炎で逃げ出さなかったことか。

 

「本当は村の馬をやるのが一番なんだろうが、すまんな」

 

「気にしないでください。それで、近道とは?」

 

 外套の青年が問うと、彼は帝都までの近道を説明してくれた。

 

 その後、やや興奮状態であった馬を宥め、食料と水を受け取った青年は馬に跨っってから女性と青年に頭を下げる。

 

「お二人とも、ありがとうございます」

 

「いいえ。私たちも助けてもらったので、寧ろこちら側は感謝してもしきれないです」

 

「ああ。だが、帝都では気をつけろよ。アンタが強いのは分かったが、中にはアンタみたいな特殊な力を使うやつもいるらしい」

 

「気をつけます。では、僕はこれで」

 

 青年は最後まで顔を見せずに村を立ち去った。村を抜け、そのまま街道を少し進み、教えられた近道を疾走していく。

 

 

 

 近道を馬で駆け抜けていると、やがて辺りは夕焼けから夜の闇が支配しようとしていた。

 

 青年は森の中の少し開けた場所に出ると、そこで馬を降りて、夕食とテントの準備をした後、地面に向けて炎を発生させた。

 

 いとも簡単に出来た焚火によって辺りは照らされ、暗がりだった森の中は少しだけ明るくなった。

 

 慣れた手つきで適当な夕食を準備する。今日の献立は香草のスープに村で貰った野菜を入れたもの。あとはパンと、干し肉だ。

 

 目の前で揺らめく炎と、空に広がる星空を見上げたりしながら夕食をとる。

 

 やがて夕食を食べ終えた青年は、焚火の火力が弱くなったのを感じ、指を鳴らす。すると、炎が大きくなり周囲を更に広く照らした。

 

 これだけ強い炎であれば、危険種と呼ばれている生物も近寄っては来ないだろう。

 

「さてと、明日も早いわけだし、もう眠っておこうか。君も寝たほうが良いよ」

 

 ここまでつれてきてくれた馬に語りかけ、荷物の中にあった毛布を被ってから荷物袋を枕代わりにして青年は眠りについた。

 

 

 

 

 青年は夢を見た。

 

 それは幼い頃の夢。優しかった母と、厳しかった父、そして自分を信頼し、彼自身も信頼していた一人の姉との、楽しかった日々の記憶。

 

 ある日、青年は姉に尋ねた。

 

『姉さん』

 

『ん?』

 

『僕達、大人になっても仲良くいられるかな』

 

『もちろん、私たちは姉弟なんだからな。ずっと仲良くいられるさ』

 

『……だよね。うん、なら約束しよう』

 

 小指を立てて姉に見せると、彼女もその意図が理解できたのか小指を絡めてきた。

 

『僕達は、ずっと仲のいい姉弟でいる』

 

『嘘ついたら……そうだな。針山にでも叩き落す?』

 

『こわっ!?』

 

 姉の過激な言葉にびっくりはしたが、二人はそれが可笑しかったのか、どちらかともなく笑い出した。

 

 まだ幼く、世界のことなど何も知り得なかった無垢な約束だった。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ますと東の空が明るくなり始めていた。もうそろそろ夜明けのようだ。

 

 青年は未だ燃え続ける炎を一瞥し、毛布をたたんでから荷物袋に入れると、水筒の水を少しだけ出して顔を洗い、口の中をすすいでからブラシで歯を磨いた。

 

 身だしなみを整えてから青年が息をつくと、ちょうど太陽が現れ、青年を照らした。

 

「まだ少しかかるけど。あと何日かで帝都か……」

 

 どこか悲しげな雰囲気を持たせながら呟く。その時、彼の胸元で何かが光った。

 

 それはネックレスだった。とは言っても、ネックレスと言うには非常に簡素なつくりで、革の紐の先に二つの指輪がかけられているだけのものだ。

 

 だがその指輪はただの指輪ではない。それは婚約指輪だった。

 

「……ごめん、きっと君は反対しただろう。でも、これだけは僕がやらなくちゃいけない」

 

 押し殺すような声で呟き、指輪を握って立ち上がった青年は、左手で頭に巻いていた布を解いた。

 

 巻かれていた布の中からは、肩まである髪が現れた。真紅と言うべき頭髪は燃え上がる炎を髣髴とさせる。額の下には、ややツリ目がちな双眸が見え、灼眼とも言うべき色をした瞳は宝石のようだ。

 

 昨日は夜間だったこともあり、あまり窺うことが出来なかったその顔は、非常に端正な顔立ちをしており、一見女性と見紛うほどである。

 

 布を腕に巻いた状態で、彼は鋭い眼光を帝都の方角に向ける。

 

「今度こそ僕は、この手で彼女を……姉さんを殺す……」

 

 握った拳に緋色の炎を燈らせた青年――イグニスは、確かな殺意と決意のこもった言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 これはとある姉弟の物語。




はい、お疲れ様です。

前書きでも書きましたが、私は書きたいから書く人です。完結はもちろん考えてますので安心を。と言っても完結してない作品が馬鹿みたいにあるやつの言葉など信用できないかもしれませんが。

恐らく帝具の能力とかは既存のものがあるかもしれません。でも、気にしません。私はこれが書きたかったのです。

姉弟ものですが、まぁ殆どの人は誰の弟か分かると思います。それでも明かすのはもうちょっと先です。すみません。

では、頑張って書いていきたいと思います。白銀の方と同時進行で。

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