白狐+ショタ=正義! ~世界は厳しく甘ったるい~   作:星の屑鉄

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まずは一言。

投稿が30分も遅れてしまい申し訳ありません!
理由は、単純に予約投稿を忘れておりました。

そんなミスも笑って許してくだされば幸いです。

それでは、本編をどうぞ。


第三章 変遷と不変と
第十五話 市場にて


 

 

 今日も晴天。絶好の商売日和である。

 商売と言えば市場。

 市場といえば誰もが集う場所。

 

 市場は何も商人と消費者だけが集まる場所ではない。今の時代、市場とは即ち出会いの場とされることが一般的だ。

 

 今日も今日とて、女性が結婚相手となる男性を狙って市場に潜む。虎視眈々と機会を窺って、笠に隠れた男性の顔を見ようと息を殺す。時にはただの通行人として自然に溶け込む。市場はいわば、恋の戦場と化していた。

 

 ふと、女性たちの横を何かが通り抜けた。振り向いてみてみれば、それは上質な濃い黄色の袍を纏った幼い男の子だった。表袴は黒を基調として裾に赤色の線が入っている。履は間違いなく大陸のものだ。

 

 ――これはかなわない。

 ほとんどの女性たちが彼に声を掛けることを諦めた。女性たちの身分では、男の子に話しかけることすら不敬に当たる。身分の違いは絶対の壁だ。それこそ、物語の中の英雄でもなければ、そんな恋は成就しない。男性から声を掛けて来た場合はその限りではないかもしれないが、圧倒的に身分の高い男性に対する恋は女性には不利なのだ。

 

「もし、そこの白髪の殿方」

 

 まさか、と女性たちが声の主に注目した。すると、そこには先ほどの男の子に声を掛けた女性が居た。その服装の配色は男の子とほとんど同じだ。こちらも、はづかしき御方であった。身長は男の子よりも少し高い程度で、傍から見れば童女に見える。童女の髪の色は偶然にも、男の子と同じ色である。

 

「……?」

 

 男の子は立ち止まり、童女の方に振り返った。周りの女性たちからは、笠が邪魔してその顔が見えない。しかし、童女だけはその目元までしっかりと見えて、顔を真っ赤にして唇を慌しく震わせた。

 

「そ、その……その、だな」

 

 童女はなかなか本題を切り出せない。いや、切り出そうと思っていた話題を、今になって躊躇していた。本当なら和歌の1つでも投げ掛けてみようかと思っていたのだが、事ここに至って途端に、頭の中が真っ白になってしまった。思考回路は見事に焼き切れて、考えようとも先ほど見えた男の子の顔ばかりが頭に浮かぶ。

 

「な――」

 

 言葉が喉に詰まった。本当にこの言葉で良いのか。この機会を逃したらもう二度と、こんな出会いは有り得ない。何とか、何とか文だけでも良いから遣り取りを出来れば……。などと、童女の頭の中は混乱の極致にあった。

 相手が待ってくれる時間は無限ではない。制限時間がある。もうその大半を消費してしまった。今から和歌を作るなんて絶対に出来ない。かといって、茶飲み話なんて面白味の欠片も無い話をしても、この機会を台無しにするだけだ。

 

 短い時間、考えて、考えて、考え抜いた結果――

 

「な、名前を教えてはいただけぬか!?」

 

 普通であれば、選択し得る中でも最悪の言葉を投げ掛けてしまった。初手で名前を訊くなど、自殺行為も甚だしい。名前を訊くとは即ち婚姻の申し込みと同義だ。初対面の相手にそれは無い。絶対に有り得ない。

 

 その証拠に、市場の空気も凍りついた。童女は声を張って言葉を口にしていた。その声は周囲に届かせるには十分過ぎるほどだ。

 

 ――あぁ、終わった。

 童女は失恋を確信した。こんな大衆の前で公開するように告白など、雰囲気の欠片も無い。市場の空気が凍てつき、沈黙が流れると、ますますそれを実感してしまう。なんてことをしたんだと、過去の自分を殴り飛ばしてやりたい。しかし、もはや全て後の祭りだ。

 

 童女は思わず俯いてしまった。羞恥と自身に対する怒りから顔を真っ赤にして、服の裾を掴みながら必死に、足が何処かに赴かないように力を入れた。失恋に終わるとしても、せめて返しの言葉だけはもらおうと、意地だけでその場に留まってみせた。

 

「…………」

 

 沈黙が痛い。まるで心臓に刃物を突き刺されるように痛い。視線で身体に穴が開くなら、童女の体は既に塵も残らないほど穴だらけになっている。

 

 もう何分、何十分過ぎた事だろうか。まるで永遠に囚われてしまったかのように、時間というものをこれ以上なく長く感じた。もしかすれば、今まで生きて来た時よりも長く感じたかもしれない。

 

 童女の心の中で不安が渦巻く。もしかして、もう帰ってしまったのではないだろうか。何処かに行ってしまったのではないだろうか。愛想を尽かされて、返事も貰えなかったのだろうか。有り得ることだけに、童女は思わず体を震わせた。現実から逃げる様に目をギュっと瞑ると、必死に我慢していた涙がほろりと目尻に浮かぶ。

 

 ふと、童女は目尻に温もりを感じた。何かが目尻に浮かぶ涙を拭きとった。

 

「はく」

 

 おそるおそる、目を開けて見てみれば、そこには額が今にもくっつきそうなほど顔を近づけた男の子の姿があった。その子は近くで、静かに、童女にだけ聞こえる声音で何かを呟いた。

 

「しろいから、はく。それがなまえ」

 

 少し舌足らずな声が、今度はしっかりと童女の耳に届いた。

 名前を教えてもらった。それは即ち、恋の成就を意味する。あまりに予想外の出来事に、童女はポカンと口を開けて呆けてしまった。予想していた未来と、まるで違った結果になって反応出来なかった。

 

 男の子、白は童女の涙を拭いた人差し指を引っ込めると、少し深くかぶっていた笠を動かして、童女に自分の顔が見える様にしてみせた。笠を脱いだわけではなく、あくまで童女だけに見える様に調整していた。

 

「…………」

 

 今度こそ、言葉というものが出てこなかった。童女は男の子の顔に見惚れてしまっていた。顔の造形全てが、童女の理想の男性像であった。まるで運命の悪戯の如く、嘘みたいな現実が目の前にあった。

 ――ともすれば、この結末も必然であったのかもしれない。

 

 童女は思った。この男の子とは出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれたのだと。全てが上手く行き過ぎた結果を見つめて、童女はまさに運命というものを感じ取った。まさに、これこそが、そうだと、確信を持った。

 

「なまえは?」

 

 童女が歓喜に打ち震えていると、不意に声が掛かった。声を聞くとすぐに、自己紹介をしていなかったことを思い出して、童女は紅潮した頬を惜しげもなくさらして、白に満面の笑みを向けて、腰に手を当てて宣言した。

 

「我の名前は物部布都! しかと覚えておくのだぞ!」

 

 ドヤァ、と決まった顔、決まったポーズ、決まった迫力。三拍子そろった完璧なドヤ顔を披露して、童女こと物部布都は胸を張った。今この瞬間だけは最高に格好がついていると、彼女自身が満足している様子だった。その裏付けをするように、白は「おーっ」と小さな拍手を送っていた。

 

「我はこれから太子様のところで茶を嗜む予定なのだが。白殿もどうじゃ?」

 

 気分が最高潮に達していた物部布都は思わず白をお茶の席に誘った。彼女の本音としては、これから積もる話もあるのだから、それくらいまったりと話の出来る場所が欲しかった。主に、結婚式に誰を呼ぶかとか、これからどうするかとか、ご両親への挨拶等々。話さなければいけない内容は山ほどある。

 

「あっ」

 

 不意に、白が何かに気が付いたように声を上げた。その顔には失敗に気が付いた時の様な色が浮かんでいる。

 

「どうかしたのか?」

 

「ごめんね。おつかいしなきゃ。またね!」

 

「あっ!」

 

 引き留めようと手を伸ばすが、白はそれよりも早く人混みの中へと消えて行ってしまった。何とも運命的な出会いと結末を迎えたにも関わらず、最後の詰めが甘いことだ。

 しかし、物部布都はその結果に満足していた。その頬をどうしようもなく緩めて、幸せいっぱいの表情だけで、無意識のうちに周囲へのろけていた。

 

「ふふっ」

 

 これは太子様に良い土産話が出来たと、彼女は踊る様にして人混みの中に入って行った。行動と表情だけ見ても忙しい様子だが、物部布都の頭の中はさらに忙しい。何処で式を挙げるか、ご両親にはどう挨拶をするか、彼の好みは何か、逢引するときは何をしよう、と。

 

 

 

 物部布都はこの日、最高に気分が良かったのであった。

 

 

 

 今日の運勢:大吉

 出会い:運命の人と上手くいく。

 一言:千里の道も一歩から。大きな一歩に見えて、それは実は小さな一歩。

 注意点:経験と回数を重ねよう!

 

 




太子様(神子)「……私の分もいりますか?」
布都「食べぬのですか?」
太子様(神子)「えぇ。お腹いっぱいですから」
布都「??」





 はい。今回の男女あべこべはこうした時代限定のものですね。
 市場とは平安時代においては出会いの場として活用されることも本当にありました。その事実は『万葉集』の「三一○一」と「三一○二」の歌から分かります。
【紫は 灰さすものそ 海石榴市の 八十の衢に 逢へる児や誰】(『万葉集』三一○一)
【たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行き人を 誰と知りてか】(『万葉集』三一○二)

 【紫は~】の方は、単純に「貴方の名前は何といいますか?」と大雑把に訳すとそうなります。
 一方で、【たらちねの~】の方は「母が呼ぶほど大切な名を道行く人の誰とも知らぬ貴方には教えません」という意味になります(訳はかなり大雑把です)。

 今回の舞台は太子様とか物部布都ちゃん出てる時点で飛鳥時代だと分かりますが、飛鳥時代なら平安時代と大してこういった文化も変わらないだろうと思い、こうしたネタを()()()()()()で入れさせていただきました。

 ちなみに、実際にこうした市場で名前を訊くということは、即ち現代でいうプロポーズと一緒の意味合いを持っています。そして、名前を教えたら結婚、という流れが普通だったそうです。豆知識程度に、ここは一つ。

さて、それでは今回はこれにて。
批判、感想、コメント、評価、などなどをお待ちしております。

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