白狐+ショタ=正義! ~世界は厳しく甘ったるい~ 作:星の屑鉄
現在は38.3まで下がりました。まだまだ病人です。
その日は雪が降っていた。寒空の下で雪はしんしんと降っていて、明日にはきっと積もるだろうな、ってことが簡単に予想できた。竈の火を点けたって背中までは温まらないから、この日は外でかまくらを作って暖を取っていた。
「寒いなぁ……」
人里の方は、きっともっと大変なんだろうな、って暢気なことを考えながら、かまくらの中でぼーっとしていた。かまくらの中は温かかったけど、いつものように何かが欠けたように、そこだけは寒かった。
この雪の中だとどうせ誰も来ないし、昼寝でもしようかな、なんて思っていた。だから、能力を使って寝床を作って、そこに寝転がって、かまくらの入り口から見える外の雪景色を目的もなく見つめた。
「――ん!」
心地よくまどろんでいた時に、急にその声が聞こえて来た。こんな日にまさか参拝客が来たの、何てその時は焦って外を見てみれば、入り口から見える景色からは誰も確認出来なかった。
もしかして聞き間違いかな、あるいは動物の声か、自然の奏でた洒落た音かな、なんて考え直してもう一度寝ようとした時――
「うぅー、たてもの。だれか、いるのかな……」
確かに、そんな声が聞こえた。それも、入り口と反対側のすぐ近く。寝台とかまくらの壁を挟んだあたりに、今度こそ誰かが居ることを確信した。
「ねんねん おやまの
しろおえぬ
いっぴき ほえれや
みなほえる」
どこかで聞いたことのある歌が、すぐ耳元で聞こえてきた。声の調子は子どものように元気で高かった。でも最初は、男の子かそれとも女の子か分からなかった。
「たったと きつねが
はしりさる
おろちの はいずる
おとがする
きつねが とびでて
おいかえす
じごうじとくの おうほうで
きつねは いっぴき
ふゆすごす
ひゃっこの きつねび
いまひとつ
はるには しずくが
きらりとおちた」
今度は聞いたことの無い歌だった。その声はさっきよりもちょっと高くて、時折詰まりながら、歌っていた。
――今考えてみたら、すごく、悲しい歌だよ。そういう意味だって、あの時は気が付かなかった。……って、しんみりしちゃいけなかったね。ごめんって。
せっかく体が温まったのに、かまくらから出て声のした方を見てみた。すると、そこには藍色と白色を基調とした着物を身に着けた、雪景色と見紛うほど綺麗な白髪と狐の耳と尻尾を携えた、男の子が居た。かまくらを背にして、いじけた様に座り込んで、両手で包み込むように小さな火を出して、暖を取っていた。
「きつねび くらべて
さわいでた
いっしょに ともして
あそんでた
たまもの きつねび
おおきくて
いっぴき きつねび
おおきすぎ
さいごは みんなで
おっきくともして
いっぴき みんなで
はりあった
とっても とっても
たのしくて
おもいで みんな
ひのなかに」
また、聞いたことの無い歌だった。人型の狐ってことは、それなりに生きてきた狐だから、きっと狐の中で受け継がれてきた歌なんだろうな、ってその時は思っていた。
狐の男の子はひとりぼっちだった。ちょうどひとりぼっちがもう一人居たから、その時はちょうど良くて、その子に声を掛けてみた。
「やっほー。寒い中、こんなところに一人で、どうしたのよ?」
「うにゅ?」
手の中にある火を大切そうにしながら、男の子はこっちに向いた。顔を見てみると、なかなか整った顔立ちで、そこらの神様よりよっぽど綺麗で魅力に溢れていた。まぁ、長生きした狐の中でも特に美形な子なんだろうな、なんて思いながら、胸を張って自己紹介した。
「私は洩矢諏訪子。この周辺を治める神様よ!」
「かみさま? すわこ、かみさまなんだ」
「そうよ。ふふん、これでも結構偉いのよ!」
「そーなんだ!」
キラキラとした瞳を向けて、興味を前面に押し出した狐の子の姿は、長生きしている筈なのに本当の子どもみたいで、とっても微笑ましかった。
「貴方は?」
「ん、はく!」
「はく? ……多分だけど、白、って書いて
「うん! よろしく、すわこ!」
「こちらこそ、よろしく、白」
短い自己紹介を終えて、そこからは寒空の下で、何処から来た? とか、どんな物が好き? とか。体はとても寒かったけれど、欠けていた何かが埋まって、そこだけはとても温かかった。
「すわこ、これってなーに?」
ふと、白はかまくらを指差してそんなことを聞いてきた。結構便利なのに、意外と知られていないものなんだなぁ、なんて思いながら、簡単に説明してあげた。
「これはかまくらだよ。雪をこうやって家のような形にして、その中で温まるためのものだよ。反対側に入り口があるけど、よかったら中に入ってみる?」
「えっ、いいの!?」
その時の白の食いつきぶりは、本当に凄かった。顔をぐっと、鼻と鼻がくっつきそうなほど近づけて、キラキラと期待の眼差しで瞳を見つめてくる。
「う、うん。いいよ。ほら、こっち、こっち」
ちょっと言葉が詰まったけど、白をかまくらの入り口まで案内して、そこから中に入ってみると、白がまた「すごい!」なんて言ってはしゃぎだした。
「ほんとうにあったかい! ゆきのなかなのに!」
「ふふっ、そうだよ。ほら、寝床もあるから、ここで眠ることだってできる!」
自慢げに言いながら、白の分まで能力を使って寝床を作ってあげた。そうしたら、白は諸手を挙げて喜んでくれて、さっそく寝台に仰向けになった。
「わぁ……! すわこ、これもあたたかい!」
「当然。何せ、私の能力だからね! それくらい操る程度造作も無いのよ!」
とても心地が良かった。気軽に話せる相手が身近に居るだけで、こんなに心が軽くなることに、その時初めて気が付いた。
それから半刻も話さないうちに、白は話疲れたのか寝てしまった。でも、それを不快に思うことは無かった。あるのはただ、寒空の下でも話し相手が居てくれることに対する、満足感だった。
その日の私は、そんな白を見習って寝ることにした。
翌日。その日は雪が膝辺りまで積もっていて、神社の屋根には建物が潰れるんじゃないかってくらい雪が乗っかっていた。神様だって、自分の神社を守るために雪掻きくらいはする。いつもは一人でやっていた雪掻きも、その日は早朝から、昨日知り合ったばかりの白と共にお喋りをしながら作業をすることになった。共同作業っていうものが新鮮だった。
「白。これが終わって朝食を食べ終えたら、何かやりたいことはある?」
「んー……あっ、かみあそび!」
「おっ、いいね。久しぶりに、私の弾札が唸っちゃうよ!」
「ふふん、ぜったいまけないよ! つよいから!」
「私だって負けないよ。何と言ったって、神様の十八番だからね!」
――まぁ、この時はまだ知らなかったよ。白の弾幕が、あんなに可愛さの欠片も無くえげつないなんて。
白と遊びの約束を取り付けて、そして雪掻きが終われば、神様自ら食事を作った。白は朝ごはんを美味しそうに、見ているこっちの口の中に旨味が広がる様な錯覚を起こすほど嬉しそうに、食事を頬張っていた。いつもは一人空虚な広間にも、この日から正面で友だちが飲み食いをするようになった。
食べ終わって、片付けが終われば、ようやく運動だ。あの口ぶりから白はきっと神遊びをしたことがあるから、まずは白の実力を見て難易度を調節しなきゃ、なんて思って、その時は先手を譲った。
「白、先に弾幕撃ってもいいよ」
「うん!」
――うん、先手を譲っちゃったよ。結果? 分かりきっていること聞かないでよ。
「
「えっ――」
目の前に現れたのは、ただただ密度の濃い、まさに弾幕だったよ。密度が濃いだけってわけでもなくて、弾幕一つ一つが無秩序に、縦横無尽に動き回って向かってくるから、軌道も読みづらい。それだけに飽き足らず、横からは狐火のような小さな火が、ゆらゆらとこれまた無秩序に動きながら迫ってくるものだから、白を撃墜させるための弾幕に割く神経も惜しんで避けることに徹したよ。
だけど、それがいけなかった。当然、そのままの弾幕なら避け切って時間耐久することも出来たけど、何せこの弾幕、一分経った瞬間に『発狂』する。『発狂』すればもう遅いね。狐を表わす正面の弾幕は津波の如く迫ってきて、狐火を表わす横の弾幕は、相手を逃がさないとばかりに、まるで山火事に遭った時の如く火の壁が囲いを形成して動きを制限してきた。その上での狐の津波を避けろなんて無茶苦茶よ。たった一枚の弾札を前にして、白に負けたよ!
「あれ、おわり?」
拍子抜けしたように、白が首を傾げて言ってきた。こんな『発狂』付の可愛げも何もない弾札を使ってくるなんて、微塵も思っていなかった。それも、初手にこの切り札のような弾札。人は見かけによらないなんて言うけれど、狐はもっとあくどいわよ。
「んー、すわこ。じかんかけちゃだめ。じかんかけると、ぜんぶああなっちゃうよ?」
「えっ、白の弾札って全部『発狂』付!?」
「うん」
子どもだからだろうかな。それとも幼いからかな。どっちにしたって、白は容赦というものを知らない。弾札全てに『発狂』が付いているなんて、それが有効だと分かっていても神様だってそこまでやらない。『発狂』しなければ勝てない相手なんて、神遊びにおいて神側は想定してないわよ。最後の弾札に、申し訳程度に付けるのが『発狂』だっていうのは、少なくとも土着神の共通の認識よ。
だから、人間側もお手本がないから、そんな『発狂』付の弾札を作ることも無い。頭のオカシイ武神や上位の神々は一部、『発狂』付の弾札を複数枚持っているけれど、そんな存在こそ稀よ。というか例外よ、例外。
――いや、スサノオ、貴方のことを言っているんだけど。……話しを続けるよ。
全ての弾札に発狂が付いている白は、文字通りオカシイ。頭がおかしいとか、そう言うことじゃなくて、純粋に勝利への欲求の度合いがオカシイ。
「もういっかい、やる?」
「っ、もちろん! 負けっぱなしなんて嫌だからね!」
「こんどはすわこから、ね」
「当然!」
白を相手にすることもあって、この時は最初から発狂付の最高難易度の弾札を使った。いくら弾札を作るのが上手いといっても、それと避けられるかどうか、つまり本人の運動能力の有無は比例しないからね。だからこそ、意趣返しに弾札の発狂で圧倒してやろう、なんておとなげなく考えていた。
「ミシャグジ!」
祟り神の名前を呼べば、弾札が発動した。花びら(もしくは米粒)のような弾が交差しながら全方位にばら撒かれる弾幕よ。残り20秒から『発狂』する弾札ね。ずっと同じように交差しながら迫る弾幕は、同じことを繰り返し行わせることを強制し、その間でミスを狙う意地の悪い特性を持っているわ。
「けん、けん、ぱっ!」
弾幕が目の前まで迫ると、白はそんなことを呟きながら、リズムに乗って避け始めた。
「けん、けん、ぱっ!」
一定の調子で言いながら、弾の間を避ける。けん、で横に、もう一度、けん、で正面に、ぱっ、で後ろに下がる。これを繰り返し、あるいはしばしば移動する方向を変えながら、しかし常に一定の調子と移動距離を保ち続ける。
「……きた!」
一度も白は迎撃をしてこなかった。そして遂に、残り二十秒の『発狂』の時間がやってきた。正面は交差弾に埋め尽くされ、自分でも見ているだけでも目がチカチカしてしまう。
「けんぱっ、けんぱっ、けんけんぱっ!」
白はそれでも尚、一定のリズムを口ずさみながら避け続けた。右に、左に、そして上下に調整し、今度は左右に調整を加える。白がそんなことをしているうちに、あっという間に制限時間は過ぎていって……。
「はい、こうりゃく!」
そして遂に、弾札を攻略されてしまった。『発狂』する弾札を時間耐久で、それも初見で攻略されてしまった。
「ねっ、つよいでしょ!」
「………」
攻略した張本人はえへん、と自慢するように胸を張っていた。でも、初見でそれも時間耐久されてしまった側としては、見かけによらない幼い狐の男の子、白を見てただ呆然とするしかなかった。
「かみさまになら、なんどもかってきたからね!」
「へ、へぇ……」
ほとんど吐息のような相槌が口から漏れ出た。そんな反応でさえ嬉しいのか、白はますます誇らしそうに、衝撃の言葉を口にした。
「ふふん、すさのーにだってかてるよ!」
「すさのー? えっ、誰それ?」
そんな変な名前のヤツが居るのか、なんて的外れなことを考えて、口からついつい疑問が飛び出ちゃったよ。白は一度頷いてから、補足するように言った。
「かみさま! おひさま、つくみー、すさのー!」
(神様で、おひさま……つまり太陽。つくみー? それにすさのー? えっ、誰よそれ。えっと、すさのー、すさのー、すさのぉ……すさのお……スサノオ!?)
少し考えれば、すぐに答えに辿り着いてしまった。辿り着いた答えのせいで、私はついつい頬を引きつらせながら、口が開いた。
「……わぁ、もしかしてスサノオのこと?」
「うん!」
――この時ばかりは、嘘であってほしかったって思ったよ。というか、スサノオもどうして白に負けているのさ!?
(えっと、おひさまが太陽ってことは、スサノオから考えて、姉のアマテラス? そして、つくみーはツクヨミってこと? ……いや、まさか)
そんなことある筈がない、なんて考えて首を振っても、この時ばかりは混乱が収まることは無かった。ただ、そんな化け物を相手にしてたんだなぁ、などと漠然とした空虚な実感が湧き上がると、もはや中身の無い虚ろな笑いしか出てこなかった。
――この時の経験から、私は「神遊び」を白と積極的にしようとは思わなくなったわ。ちょっと子どもっぽいけど、鬼ごっことか、缶蹴りとかをして遊ぶことになったよ。白も体を動かせれば良かったんだろうね。とっても喜んで、遊んでいた。
大体こんな日常をずっと過ごしながら、月日は過ぎ去り、季節は春になった。
補足(訂正):「ねんねん おやまの~」とは遠野の「子守歌(否)」ではなく「遊び唄(正)」でした。ご指摘の方、ありがとうございます!
諏訪子がExtraなら、白は一人だけ「死ぬがよい」って言いながら遊んでいるレベル。弾数が多い上に、一発一発が殺意に満ち溢れているステキダンマク。
こういうギャップ、あってもいいと思います。
体調悪いのであとがきはここまでということで。
感想返しとかはいつも通りしたいと思います。
……体調崩したの四年ぶりです。39.3の熱が出ても割と元気にしていた私です。やはり健康が一番です。
※後半の文章が一人称にしては明らかに硬かったので、修正。