『今まで楽しんで来た作品が完結する事はとてもとても嬉しく・・・そして、悲しいものだ』
この作品に付き合ってくださった男女の皆様方へ、心よりの感謝を込めて。
アキト「其れでは皆様拍手を。喜劇は大団円でございますれば・・・」
という訳で、どうぞ・・・・・
輝き煌めく黄金の太陽を隠す様に厚ぼったい雲が空を覆い、乾いた風が荒野に吹き抜ける。
その空を覆う雲は地上の惨劇を映す様に赤黒く、吹き抜ける風は酷く鉄臭かった。
「・・・また・・・ここに来てしまったのか・・・私は・・・・・」
空虚とも言える空の眼下に坐していたのは一人の少女。
身に纏う星銀の鎧は血に塗れ、青の戦装束はどことなく焦げている。
そんな少女の足元には、何百何千何万とも数え切れぬ程の人間が無造作に転がっている。
そのどれもが、悲惨な最期を遂げたであろう一般兵や騎士の骸であった。
「皆・・・う・・・ぁッ、ああ・・・うわァアあアああッ!!」
少女は泣いた。咽び泣くように、喚き散らす様に、泣き叫ぶ。
綺麗な翡翠の眼からボロボロと大粒の雫が流れ落ち、赤に染まった大地を濡らした。
「ごめんなさい・・・ッ、ごめんなさい・・・ごめんなさいッ・・・!!」
そして、少女はひたすら謝った。
ひたすらひたすらひたすら・・・幼子が懇願する様に謝った。
その謝罪が誰に対するモノなのか、応える者はおらず・・・・・・ただ少女の悲痛な慟哭が響くばかりだ。
「ぅう・・・グすッ・・・・・ぁ・・・」
地に跪いた彼女が涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いながら、ふと思い出す。
古代の偉大なる二人の王に心を折られそうになった時、自らを奮い立たせ、心の拠所となった男の事を。
「・・・『雁夜』・・・私はあなたを・・・・ッ!」
――――――――
突如として起こった後に『冬木大火災』と呼ばれる未曾有の大災害から数日後・・・
「・・・・・」
しんしんと冬の雨が降りしきる早朝。
未だ警察関係者が立ち寄る冬木教会に隣接している墓地に人影が一つ。
その男は傘もささずにある墓標の前に立ち尽くしていた。
しかし、こんな天気にも関わらず・・・身に付けている如何にも高そうなスーツが雨粒を吸い込むことはなく、足元には
まるで、雨粒が彼に当たる事で凍るような感じだ。
「此れは之は・・・今日は生憎と雨ですね」
立ち尽くす人物に語り掛ける男が一人。
彼は蝙蝠のように真黒な傘を差し、同じく黒いカソックを身に纏う褐色肌の穏やかな微笑みを湛えた青少年。
その髪は肌の色と相容れぬ程に透き通った雪のような色をしていた。
「おや、これは失礼。初めまして、私は今回行われた聖杯戦争の戦後処理をする事となった『言峰 シロウ』です。どうぞ良しなに・・・『間桐 雁夜』殿」
「・・・『言峰』・・・?」
聞き覚えのある名字に男・・・雁夜はギロリと背後にいる彼を横目見る。
その眼はルビーのような輝きと静脈血のような艶やかさがあり、彼の白髪と相まって美しいと言えた。
「どういう事だ?」
「この第四次聖杯戦争の監督側である『言峰 璃正』は何者かの手によって殺害され、彼の実子である『言峰 綺礼』は行方不明。魔術の秘匿を行う者がいなくなった事で、近親者である私に白羽の矢が立ったという訳です」
「・・・そうかい、其れは良かった」
聞いておいてなんだが、雁夜は大して興味なさそうに墓標へと視線を戻す。
彼の目線の下に眠る者の名は、墓標に英単語でこう書かれていた・・・
『TOKIOMI TOOSAKA』と。
「間桐殿は・・・其処の御仁とは親しかったのですか?」
「・・・さぁ? 前は、殺したいほど憎んでたんだが・・・今じゃあどうだか。よくわからない・・・」
「『勝者の余裕』・・・というモノではありませんか? 私の引き継いだ記録では、あなたがこの聖杯戦争始まって以来の『勝者』というふうに書かれていましたが・・・」
「『勝者』・・・ね。悪いが俺は自分を勝者なんて思った事はない。俺は我武者羅にやってただけで・・・アンタら教会側が欲するような『根源』なんてものもなにも手に入れてない。・・・あんな惨劇を見ちまったら、余計にな」
彼が指を差す先の方向に見えたのは、今だ炎の熱さが残っているかのような焼け焦げた建物の残骸達が広がる光景であった。
雁夜のサーヴァント『バーサーカー』が最後に放った宝具は、漸く顕現した『聖杯』ごと冬木市市民会館を半壊・・・いや、半蒸発する事に成功した。
だが、サーヴァント達の魔力と共に溜めに溜め込まれた着火性のヘドロは堰を切った様に溢れ、近郊の建物群を焼きに焼き尽くす大災害へと発展してしまった。
「結局・・・俺は、俺が嫌ってた連中と同じように何の関係もない人を撒き込んでしまった・・・」
「そう、ですか・・・」
背を向けている為に表情は見えないが、声色からして落胆した様子を垣間見せる雁夜。
彼はそのまま時臣の墓前に腰を下ろした。
「・・・・・」
スチャリ・・・ッ
そんな彼のすぐ背後に立つ言峰は、懐に収められた刀身のない柄を握る。
其れは化物退治を専門とする代行者が扱う専用武器『黒鍵』。
都合の良い事に今、この場所を訪れている人は雁夜と言峰の二人だけ。『聖杯の真実』を知る者を暗殺するには、絶好の好機。
「・・・・・」
言峰は気づかれない様静かに雁夜の延髄目掛けて刃を――――――――
「・・・雁夜
「ッ!!?」
背後から突如として聞こえて来た声と尋常ではない殺気に取り出そうとした黒鍵をすぐさましまう言峰。
振り返れば、其処にはフリルのあしらわれた可愛らしい服を着た幼い紫髪の少女が一人傘をさして佇んでいた。
「(一体いつの間に
「! どうしたんだい『桜』ちゃんッ?! あの野郎の家で待ってた筈じゃあッ・・・それにこんな寒い中一人で!」
驚嘆する言峰を余所にすぐさま彼女に駆け寄り抱きかかえる雁夜。
抱えた小さく幼い身体が凍えて冷えているのがわかった。
「・・・迎えに来たの。帰ろう、雁夜さん」
「あぁッ、すぐに帰ろう。途中で何か温かいものでも食べようか、肉まんとかおでんとかさ。ね、桜ちゃん」
「うん」
たどたどしく笑顔を作る桜に雁夜は欝々しい表情から一転、なんとも朗らかな笑顔を浮かべる。
まるで母親と話す子供のように安らいだ表情で・・・。
「・・・あぁッ・・・そうだそうだ、言峰?」
「な・・・なんでしょうか、間桐殿?」
「これ・・・あの子に渡しておいてくれないか?」
雁夜が懐から取り出したのは、一本の短剣であった。
「これは・・・?」
「其処の墓下に眠っているヤツの形見だ。俺からあの子に渡すには、少し忍びない・・・というか、もう
「それは・・・どういう―――――」
言峰が疑問符を投げかけようとした瞬間。彼の肩を雁夜は軽く叩き、囁くようにこう言った。
「『あまり下手な真似をしようとするなよ』」
「ッ!!」
「そう・・・お仲間にも伝えておいてくれよ。じゃあな」
それだけ言うと雁夜はスタスタと雨に濡れた路を歩いていく。
大事そうに抱えられた桜の『紅い眼』が少しの間だけ、言峰を貫いていたが・・・。
「(やはり・・・先にこの街に潜入していた代行者三人と連絡がつかなくなったのは彼の仕業か。あの風格・・・あながち『魔法』を手に入れたという情報もガセではないのかもな。それに・・・・・)」
言峰が危惧したのは、先程こちらに鋭い視線を送って来た桜だ。
幼子の睨み眼など普段なら可愛いものだが、彼女の其れは常軌を逸脱していた。
加えて、あの殺気。
とてもただの幼女とは思えぬものであった。
「・・・・・止そう」
言峰は自らの思考回路をストップさせる。
どうやらあの時、殺されかけていたいたのは自分であるという事に少し動揺した様であった。
「(『間桐 雁夜』に『間桐 桜』か・・・・・覚えておくに損はないな・・・)・・・ッフ・・・」
そうやって、ほくそ笑んだ言峰はその場を立ち去った。
その後・・・上記の二人が時計塔や教会の監視下を掻い潜り、日本から出国したと聞かされるのは・・・また別の話である。
こうして、第四次聖杯戦争と呼ばれる魔術師達の戦いは一旦幕を引く。
関わりのない人々にとっては、例年通りのいつもと変わりのない寒い冬であった・・・。
~完~
ゴポ・・・ゴポポッ・・・・・
「・・・・・―――・・・m・・・ま・・・マt―――・・・・・か・・・リ、や・・・ッ・・・・・!」
・・・・・終わり