今月から就職するので、不定期がもっと不定期になるかもしれません。
ドン「それでもよろしくお願いであろー」
では、どうぞ・・・・・
良い子はスヤスヤと眠っている頃であろう真夜中。
時計の長針と短針が文字盤の12を指し示す頃。
月明かりに照らされた冬木教会の表前に酷く異質な雰囲気を漂わせるフードを被った男がいた。
「・・・・・」
男は被ったフードをパサリと脱ぎ去れば、白く透き通った髪と肌が月光に晒され、紅い左眼が暗闇に鈍く光っていた。
なりは不格好なれども、その風格たるや研ぎ澄まされた刀剣のように鋭く洗練されている。
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
男にサーヴァントの召喚時に外法の魔術に蝕まれ、今にも肉塊へと成り果てる寸前だった『魔術師もどき』だった頃の面影はない。
『覚悟』と『決意』を持った魔導士『間桐雁夜』がそこにはいた。
バタンッ
重厚な教会の扉を開け放てば、そこから外の淡い月明かりが入り込む。
月光に照らされた薄暗い室内に並べられた長椅子の最前列に一つの人影が鎮座している。
「・・・遠坂・・・時臣・・・ッ」
雁夜は後ろ姿ではあるものの、そこに座る人物の名前を静かに呟いて近づく。
「来てやったぞ、時臣。態々、自分の弟子を使ってるんじゃあない。用があるのならば、自分で来い。その用が桜ちゃんに関する事なら猶更だッ!」
「・・・・・」
「・・・あッ?」
不自然だ、余りにも『静か過ぎる』。雁夜は自然とそう思った。
雁夜が会談に割り込んだ時は、苦虫でも嚙み潰したような表情とトラウマを抱えたような声を出していたというのに・・・今現在、そのような様子は感じられない。それどころか、自分が来た事にも反応していないようであった。
「貴様・・・時臣ッ、聞いているのか?!」
不審に思いながらも雁夜は時臣に近づき、その肩を掴んだ。
ポスン・・・
「・・・・・へ?」
普通、人間は後ろから肩を掴まれると反射的に掴まれた方へと振り向く。
しかし、雁夜が時臣の肩を掴むと彼の身体はバランスを失った蝋人形のように近づいた雁夜の身体へ倒れ込んできたのだ。
「なッ・・・なに・・・・・ッ!!?」
自分に倒れ込んで来た時臣の表情は、実に酷く歪んでいた。
そんな驚愕と負の感情を無理矢理混ぜ込んだような顔をする時臣
だが、いつまでも驚いている場合ではない。これは確実に『罠』だ。理由は解らないが、時臣からの託だと自分に近づいて来たアサシンのマスターだった男、『言峰綺礼』が仕掛けて来た罠だろうと瞬時に頭を回す。
すぐさまここを離れなければならない。何故ならば、ここは教会。言峰綺礼の本拠地のようなものなのだから。
「・・・雁夜くん?」
「ッ!?」
その今すぐにでも逃げなければいけない状況で、彼の名前を呼ぶ声が一つ。声のする方を見てみると教会の入口に一人の人物が立っていた。
「あ・・・『葵』さん・・・!!」
その人物はあろう事か。長年の想い人にして自分の方へ倒れた時臣の伴侶、そして桜の母親である『遠坂葵』だったのだ。
ドタリッ
「ッ!」
「!?」
どうして彼女がここに居るのかと動揺してしまった雁夜は、つい身体を葵の方へと向けてしまう。
当然、遮る者が居なくなった為に
「・・・・・」
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
目の前で自分の伴侶の屍が転がっているというのに葵はその場で叫び声も上げず、ゆっくりと時臣だったモノに近づき、膝を折る。そして、状況が飲み込めずに泡を喰らう雁夜に向かって一言・・・
「満足してる・・・雁夜くん?」
凍った鉄のような冷たい声が雁夜の鼓膜を震わせた。
状況は最悪の一言に尽きる。この場面を一般人が見れば、間違いなく時臣を殺害したのは雁夜であると誤解される。ただ、この現場を目撃したのが聖杯戦争とは何ら関係のない一般人であったのならば、まだ覚えたての魔法で何とかなったろう。
「あ・・・あぁ・・・ッ!!」
だが、その目撃者が遠坂葵ならば話は違う。
「これで聖杯は・・・間桐の手に渡ったも同然ね・・・」
明らかに聖杯戦争始まって以来の多大なるダメージを雁夜は受けている。長年の想い人である葵の最愛の人である時臣を殺したと誤解された。それがどういう事なのか、雁夜が一番解っている。
「あ、葵さん! 俺はッ・・・お、俺・・・!!」
雁夜は「違う」と声を張り上げたかった。しかし思うように口が回らず、顔半分が痙攣を引き起こすといった脳梗塞の前兆のような症状が彼を襲う。そこまで雁夜は動揺していた。
いくら魔法の力を得、覚悟を決めようと精神がまだそれに追いついていなかったのだ。
「どうして・・・どうしてよ・・・! 桜を奪っただけじゃ、物足りないっていうの? よりにもよって、この人を・・・・・私の目の前で殺すなんて・・・どうして?!!」
「そッ、そいつが! そいつのせいでッ!! その男さえいなければ、誰も不幸にならずにすんだ!! 葵さんだって、桜ちゃんだって!! 幸せになれたはずなのに!!」
漸く雁夜が張り上げた言葉。だが皮肉にもその言葉は、いつかの自分が間違っていると気付かされた言葉だった。
「ふざけないでよ!!」
「ッ!?」
「アンタなんかに・・・アンタに何が分かるって言うのよ!! 誰かを好きになった事さえ無いくせにッ!!」
―――――――
・・・『好きな人』がいた・・・
・・・温かくて、優しくて・・・誰よりも幸せになって欲しくて・・・
・・・貴女の為なら命だって惜しくない。そう思ったから・・・
今日まで痛みに耐えて・・・・・耐えて・・・耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてッ・・・耐えて来たのだから!!
否定されて言い訳がない!
許せる訳がないッ!
嘘だッ・・・・・嘘だ・・・嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ウソウソウソウソウソウソウソうそうそうそうそうそうそうそ・・・嘘だッ!!
俺には好きな人が、間違いなく確かに好きな人がいるのだから!!
俺は・・・何の・・・何の為にッ・・・俺は一体何の為に!? 誰のせいでッ?! 一体誰の為に!!?
間桐から逃げ出した『俺』のせいで・・・
俺の代わりになった『あの娘』を救う為に・・・
―――――――
「・・・俺にも好きな人が
「え・・・」
「温かくて、優しくて・・・誰よりも幸せになって欲しくて・・・・・だけど・・・」
雁夜は泣き崩れる葵の額を自らの人差し指で押す。
「今は・・・その人よりも大切な人が・・・
サクッ
「あッ・・・!」
すると人差し指はスルリと額に数mm入った。
「俺は・・・・・貴女が好きだったよ・・・葵さん・・・」
雁夜は吐き終えた言葉と同時に刺し込んだ指を額から引き抜くと彼女はそのまま意識を失ってしまった。
不思議な事に刺した指には一滴の血も付いてはおらず、指を刺した筈の葵の額にも傷がついていない。
「フンッ・・・下らぬ」
ヒュンッ
吐いた言葉の次に訪れた無音の時を破るかのように一本の剣が傲慢な声と共に雁夜に迫る。
カァッン!
「・・・・・」
雁夜は自身に飛んで来た剣を容易く能力で振り払い、傲慢不遜の声が聞こえた方向へと真紅に輝く視線を突き刺す。その視線の先にいたのは、足元に転がる時臣のサーヴァントだった『アーチャー』。
そして・・・
「『言峰綺礼』ェエッ!」
彼は忌々しく、憎しみと憤怒を織り交ぜて叫ぶ。
自らの奥底に長年押し留めていた『本性』をついに露わした『堕ちた者』の名を。
「『間桐雁夜』・・・」
彼は興味深そうに呟く。
此方を射殺す『吸血鬼』のような眼を持った者の名を。
←続く
闘争心と平静心は紙一重。