悩める彼は、思い出の場所である人物に出会う。
ドン「意外な人物であろー」
今回も独自解釈があります。では、どうぞ・・・・・
「・・・・・」
空が青から朱に染まる頃。
間桐邸を飛び出した雁夜は一人、ある公園に来ていた。
その公園は昔、間桐桜がまだ『遠坂桜』だった頃、彼女の母親と姉である遠坂葵と遠坂凛と共に遊びに来ていた思い出の場所であった。
当時、雁夜はフリーのルポライターの仕事で日本に帰っていた。
悪夢のような忌々しい思い出しかなかったこの国にたった一つの美しい場景と記憶に残っているのならば、それはこの公園で一緒に葵や凛、そして桜達の写真を撮りためた事であろう。
その撮りためた写真一枚一枚が、自分では到底手に出来そうにない『温かさ』があった。
だからこそ桜が間桐の養子に出された事を知った時、全身からこれでもかと云う位に嫌な汗が噴き出した。間桐臓硯という闇に支配された家に幼い身体が預けられた事に恐怖し、怒りが込み上げたのだ。
しかし・・・その感情は
勿論『恐怖』という感情は臓硯に向けられたモノである。
500年という年月をかけ、不老不死の為に人間をゴミのように扱って来た『化物』に対するものであった。
ならば、『怒り』は誰に対して向けられたものなのか。
実子である桜を間桐の養子に出す事を決めた遠坂時臣に対してか? 自身の欲望の為だけに桜の身体を汚し、心を壊した間桐臓硯に対してか?
それとも・・・そんな事など何も知らず、自分が魔道から逃げたせいで幼い桜に地獄の悪夢を背負わせた
『仕方がないの。これも魔術師の家に生まれた運命なの』
これは間桐の家に桜が養子に出された事を初めて知った雁夜に葵が言った言葉だ。
その時は時臣に対する怒りで流してしまっていたが、今思い返してみると、その言葉はおかしいものだった。
一家の長である時臣からの言葉とはいえ、自分の子供を簡単に手放すだろうか。其れ程までに『魔術』という代物は崇高で立派なものなのだろうか。
『否』だ。
大昔の封建制度の残る時代ならいざ知らず、今は基本的人権が叫ばれる現代だ。人の命、ましてや子供の命が危険に晒される事などあってはならない。
『アンタが戦う理由はなんだ、マスター?』
勿論決まっている。
桜を泥の様な悪夢から救い出す事だ。が、同時に雁夜は葵に認められたいという下心を持ってもいた。
自分が幼い頃から憧れと好意を持った想い人である葵にただ認められる事が出来れば、雁夜はそれだけで良かった。それが、想いを伝えられない彼に出来る精一杯の行為であったからだ。
そこへシェルスのあの言葉だ。
知ったかのように葵を語る彼女に憤りを覚えたのは、想い人を貶された事に対する怒りであった。しかし、シェルスの言葉は的を射ているのも事実であった。
間桐へ桜を養子に出すという時臣の方針を葵は突っぱねる事が出来た筈だ。それなのに彼女は二つ返事でそれを了承してしまい、こんな状況になってしまった。
自分があの場にいなかった時、あの時臣の暴挙を止める事が出来たのは葵だけだったのだから。
「違う・・・そんな事はない・・・・・そんな事はない筈だ・・・ッ!」
雁夜とて大人だ。頭では理解している。だが、彼の心がそれを拒んだ。
淡い幻想だとしても自分の想い人が、桜の心を壊した事への原因をつくっているとは思いたくない。だが、思えば思う程に嫌な坩堝へとはまっていった。
「カリヤ・・・カリヤではないですか?」
「・・・え?」
そんな夕焼けに染まる公園のベンチで一人思い悩む彼に声をかけたのは、ブラックスーツに身を包んだ金砂のような髪を持つサーヴァント『セイバー』であった。
「せ、セイバー?! どうしてここにッ?」
「あ、落ち着いてください。私はただ偵察で・・・」
「・・・ッ」
雁夜は思わず距離をとり、警戒態勢を露わにする。
魔法を行使できる雁夜といえど、最良のサーヴァントにして最上級の宝具を持つセイバーには分が悪い。それに彼女の本当のマスターはケイネスの魔術回路をズタボロにした衛宮切嗣だ。その彼が何処かで自分を狙っているかもしれない。
雁夜はどうにかこの状況を打破しようと思考回路をフル回転した。
「・・・隣、いいですか?」
「え・・・」
「大丈夫です。切嗣は、私とは別行動をしていますので」
「・・・」
そんな焦る雁夜を横目にセイバーはベンチへと腰かける。雁夜も敵意のない彼女の行動に恐る恐る隣に座った。
同盟や休戦協定もしていない敵対する陣営、しかも力関係が大きく違うマスターとサーヴァントが同じベンチに座っている。
傍から見れば、一組のカップルがベンチを利用している様だ。しかし魔術師サイドからみれば、いつ圧倒的力を持つサーヴァントに殺されてもおかしくない状況に変わりはない。にも拘らず、雁夜は警戒心をゆっくりと解いていった。
何故かはわからないが、雁夜はセイバーを心のどこかで信用していたのだ。
「こうして、ゆっくりと話すのは初めてですね」
「そ・・・そうか?」
「はい。箱庭の時はそれどころではありませんでしたし、教会では顔を合わせるだけでした。だから、こうして話をするのは初めてです」
「・・・そうか・・・そうだよな・・・・・」
「?」
セイバーは項垂れる雁夜に違和感を感じる。
それもその筈。彼女が今まで見て来た彼の姿は、どれもあの異常なサーヴァントの手綱を持つに相応しい風格を漂わせていた。ところが、今セイバーの隣にいる雁夜は別人のように弱々しい姿をしていた。
「カリヤ・・・その・・・何かあったのですか?」
「え・・・それは・・・」
「君には関係ない」とこの時の雁夜は言えただろう。
敵に弱さを見せればそこに付け込まれる聖杯戦争において、弱い自分を敵サーヴァントに話すなど致命的なものだ。
「・・・わからなくなったんだ・・・自分が一体何の為に戦っているのかが・・・」
「え・・・」
しかし、雁夜は自分の内をセイバーに話す事にした。
誉を良しとしている騎士達を束ねる王であった彼女ならば、人の弱みに付け入るような卑怯な行いはしないと直感的に感じ取ったからだ。
そこから雁夜は自分の思いをツラツラとセイバーに話し始める。
魔道の落伍者だった自分がどうして聖杯戦争に参加を決意をしたのか。大切な者を守る為と言いながら、殺す力を得ようとした事を。そして・・・覚悟した今になって、戦う理由を見失いかけている事を。
「俺は聖杯にかける願いなんてない。・・・ただあの娘を・・・桜ちゃんを家族の元へ帰したかっただけなんだ。・・・でも、それさえも解らなくなった・・・」
口から放たれる言葉一つ一つが重度の病人のように弱々しく、咎人のように懺悔するものだった。
「バーサーカーから力を得ても・・・俺は結局、弱いままだ。あの時の・・・無力な自分のままだ」
「それは違います」
「どうして・・・? バーサーカーから力を得た時に覚悟を決めた筈なのに・・・俺は・・・・・」
「いいえ。カリヤ、貴方は強いです。恐らく、この聖杯戦争に参加しているマスターの誰よりも」
「!」
セイバーはハッキリとそう言い放った。
あんまりにもハッキリというものだから、雁夜は少々呆気に取られる。
「確かに貴方の話を聞く限り、最初はアーチャーのマスターに対しての私怨があったでしょう。しかし根底には、サクラというたった一人の少女を救う思いがあった筈です」
「!。それは・・・」
「その思いをあの男は・・・バーサーカーは感じたのではないでしょうか。だから貴方に力を与えた。貴方の『覚悟』を讃えた」
「・・・・・ッ」
「誇ってください。貴方は『高潔な魂』を持った御人です」
セイバーは先程の弱々しい雁夜の言葉を聞いて納得した。彼が何故に強大な力を持ったサーヴァントと渡り合えるのか、どうしてあんな風格を纏う事が出来るのか。それは間桐雁夜という者が、『大切な人々を思いやる優しさの心』と『目の前の恐怖に屈しない勇気』を持っている人間であるからだ。
「だから、自分をそう卑下しないでください。それに弱い弱いという貴方に助けられた私は一体何だというのです。それは騎士王たる私への侮辱だ」
「・・・ハ・・・ハハハ・・・ッ」
「な、なにが可笑しいのですか?!」
「いや、すまない・・・随分と堅苦しい励ましかただと思ってね」
「むぅ・・・それは・・・」
「・・・・・」
雁夜は思い出す。桜が傷つけられている事を知った時に湧き上がった最初の『怒り』を。
それは固定の人物に対して向けられる感情ではなかった。言うなれば、『桜を傷つける全ての人間』に対して向けられた『怒り』であった。
「礼を言うよ、セイバー」
「はい?」
「俺が戦う理由は、とっくに決まっている。君のおかげで改めてそれが認識できたよ。だから、ありがとう・・・君が敵じゃあなかったら良かったのに」
「え・・・」
『桜の為に生きる』。それが『魔導士・間桐雁夜』の戦う理由。彼の中で消えかかっていた『覚悟の炎』が、再び燃え上がった。
「そうと決まれば・・・行くか」
「どこへ?」
「『けじめ』とやらを着けにね」
そう言って雁夜はベンチから立ち上がり、思い出の公園を後にする。
「・・・雁夜、それは私も同じ事です。・・・貴方が私のマスターならば、良かったのに・・・・・」
そんな立ち去っていく雁夜の背中を眺めながら、セイバーは一人呟いた。
「・・・・・ッ」
雁夜は進んで行く。自らの因縁にけじめを着ける為に。
・・・だが・・・彼は知らなかった。けじめを着けるどころか、その場所には自分の『覚悟』を試される『最大の
←続く
精神的に強くなっているかも。