摩訶不思議アドベンチャーな世界に転生したかと思ったら一繋ぎの世界にトリップした件について   作:ミカヅキ

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本編でなくてすみません。
ケータイが壊れて、書き溜めていた展開が全ておじゃんになりました…。
思い出しながらポチポチ打ってますが、本編の更新はいつになる事やら…。

本編の展開に行き詰ったので、自分的な息抜きで閑話を上げときます……。


閑話7 その宝の名は…。

 ―――――――それは、ほんの少し昔の物語。

 

 

 ヤムチャは自分の目を疑った。バイトから戻ってきたばかりのアパートの、自分の部屋の前に放置されていたベビーカーと、その中で眠っている赤ん坊に。

「オレの部屋だよな……?」

 思わず表札を確かめるが、間違い無く自分の部屋である。

 このご時世(じせい)、しかもお世辞(せじ)にも治安が良いとは言えない地区で、無力な赤ん坊が1人放置されているなど、通常ではあり得ない。何でこんな所に赤ん坊が、と犯罪に巻き込まれた場合も視野に入れながら、辺りの気を探るが、平日の昼間という事もあり、人気(ひとけ)は無かった。

 取り()えず、警察に連絡した方が良いかとベビーカーの赤ん坊をそっと覗き込んだ時、ふと赤ん坊が(くる)まるタオルケットの上に置かれた手紙に気が付いた。

 “ヤムチャ様”

 その宛名(あてな)にドクリ、と心臓が嫌な音を立てたのが分かった。

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、ぐっすりと眠っている赤ん坊を起こさないようにそっと手紙を掴み取って開いた。

 “ハァイ、ヤムチャ。

 久しぶりね。覚えてるかしら?ナタリーよ。

 この手紙を読んでる時点で察しは付いてると思うけど、その赤ちゃんはあなたの子よ。

 (ちな)みに女の子。名前は無いわ。好きに呼んでちょうだい。

 その子の事よろしくね。あなたの娘なんだもの、育ててくれるわよね?

 もし()らないって言うなら、父親として責任持って施設にでも預けてちょうだい。

 私ももう、付き合ってる人がいるの。結婚の話も出てるの。他の男の子どもなんて育てられないわ。

 だからよろしくね。別にその子の事が憎い訳じゃないけど、私は()らないんだもの。

 P.S.今の彼はその子の事知らないの。だから連絡も止めてね。もしバレたら一生恨むから。”

「オレの子………?!嘘だろ…!?」

 ほんの1年前に付き合っていた元カノの手紙に愕然(がくぜん)とする。自分の子ども、という点でも青天(せいてん)霹靂(へきれき)だったが、何よりもその内容にも驚いた。

「名前も無いだって……?()らなかったら施設って、動物じゃないんだぞ………?!」

 こんな、自分の子どもを物のように扱う女と一時(いっとき)でも付き合っていたのか、と思うと吐き気がした。

 しかし、これからどうすれば良いのか。赤ん坊の扱いなどまるで分からない。ヤムチャが手紙が片手に途方(とほう)に暮れていた時だった。

「っ………あ‶ぅゔ~………。」

 それまで静かに眠っていた赤ん坊が不意に愚図(ぐず)り始めた。

「げっ!起きたのか……?!」

「ゔぁあ‶あ‶あ‶あ‶――――――――――っ!!!!」

 ヤムチャの声が引鉄(ひきがね)となったのか、火が付いたように泣き出した赤ん坊を前に右往左往(うおうさおう)しつつ、取り()えずベビーカーを揺らし、あやし始める。

「ほ、ほ~らほら泣くな泣くな~!ほら、べろべろべ~♪」

 赤ん坊を覗き込んで精一杯の変顔を決めるが、当然泣き止む(はず)も無い。

「は、腹が減ったのか?!それともオムツか?!ああああああ!どうすりゃ良いんだ!!!」

 35歳独身、育児経験無し。

 当然、赤ん坊の扱いなど分かる(はず)も無く、頭を抱えていたヤムチャだったが、不意に何とか出来そうな人物を思い付く。

「っそうだ!ブルマ……!!!」

 1児の母である彼女ならが、赤ん坊の扱いなどお手の物だろう。

 善は急げ、とばかりにベビーカーを(わし)(づか)み、舞空術(ぶくうじゅつ)CP(カプセルコーポレーション)を目指した。

 

 

 ――――――20分後。

 あれだけ泣き(わめ)いていた赤ん坊は、CP(カプセルコーポレーション)のリビングでブルマの母・パンチ―に抱かれ、一心不乱に哺乳瓶(ほにゅうびん)からミルクを飲んでいた。

「あらあら、ホントにお腹が空いてたのねぇ~。」

 ころころと柔らかく笑いながらミルクを与えるパンチ―は、常日頃のふわふわした様子からは想像出来ない程に頼りになった。

 血相(けっそう)を変えて中庭から飛び込んできたヤムチャに、最初こそすわ何事かと驚いていたパンチ―だったが、その腕に抱えられたベビーカーで大泣きする赤ん坊を見た途端(とたん)に自分のすべき事を瞬時に理解したらしく、普段からは想像出来ない速さで動いた。

 夫・ブリーフの秘書に連絡を入れて大至急粉ミルクを買いに行かせ、倉庫からトランクスの使っていた哺乳瓶(ほにゅうびん)を引っ張り出して消毒を始める。その間にクッキングロボットにお湯を沸かしておくように言い付けるのも忘れない。

 そしてダッシュでミルクを届けに来た秘書に追加でベビー服一式とオムツを手配させ、消毒の終わった哺乳瓶(ほにゅうびん)とある程度冷めて適温になったお湯でちゃっちゃか粉ミルクを作り、泣いている赤ん坊をそっと抱き上げてその口元に哺乳瓶(ほにゅうびん)(あて)がった。

 その間およそ15分。ヤムチャが事情を説明している(ひま)も無かった。

「それにしても、久しぶりねぇヤムチャちゃん。いつの間に結婚なさったの?」

 ミルクを飲み終わった赤ん坊を抱え直して背中を(さす)りつつ、ゲップを(うなが)しながらパンチ―がおっとりと尋ねる。

「どうもご無沙汰(ぶさた)してまして…。結婚はしていないんですが、その………。」

 口ごもりながら事情を説明し始めたヤムチャに、パンチ―は目を丸くした。

「あらまぁ…。それじゃあ、ヤムチャちゃんこの赤ちゃんどうするつもりなの?」

「どうする、って…。」

「自分で育てるのか、施設に預けるのか…。ヤムチャちゃんはどうしたいのかしら?」

 普段は開いているのかいないのか分からない程に細い目を見開いて、パンチ―がヤムチャを見詰める。

「おれが、どうしたいのか……?」

「赤ちゃんを育てるってたいへんよ。自分の事は全部後回しになっちゃうわ。私の時はパパやメイド達が手伝ってくれたから随分(ずいぶん)楽だったとは思うけど、それでもノイローゼになりかけた位だもの。男手1つとなったらその比じゃないでしょう?もちろん、私たちも出来る限りの事は手伝うし、ヤムチャちゃんが本気でこの子を育てるつもりなら、何だったらウチに住んでもらっても良いわ。ヤムチャちゃんはもう息子同然だもの。」

「パンチ―さん…。」

 心からそう言ってくれていると分かるパンチ―の眼差しに、思わずヤムチャの胸が熱くなった。

 昔、ブルマと付き合い始めたばかりの頃、最初に家庭の温かさを教えてくれたのは目の前のこの人だった。ヤムチャ自身も実の母のように慕っていた。いずれは義母になるのかもしれない、と淡い夢を抱いていた時もあったが、今でも息子同然だと言ってくれるその心が嬉しかった。

「でも、もしヤムチャちゃんがこの子を施設に預ける、と言っても私は責めないわ。急に自分の子どもって言われても良く分からないだろうとは思うもの。女は自分のお腹で子どもを育てるけど、男の人はそういう事が無いから生まれるまでずっと見ていてもなかなか実感が沸かないんですって。パパもそうだったわ。」

「ブリーフ博士がですか?」

「ええ。ある程度ブルマが大きくなって、人の顔を判別出来るようになった頃、私やパパを見付けると良く笑うようになったの。そこからだったわ。それまで私を気遣ってはくれてもどこか育児に他人事だったパパが手伝ってくれるようになったのは。」

「そんな事が……。」

「まして、いきなりあなたの子どもって言われたら実感も何も無いわよねぇ。急に言われても困るっていうのが正直なところだとは思うけど、今日中に決めた方が良いわよ。」

「今日中?!」

 それは急過ぎやしないか。

 そんな思いと共にパンチ―を見詰める。

「長い時間一緒にいたら情が沸くわ。悪い事ではもちろん無いけど、そんな状態でなぁなぁに引き取られたんじゃこの子が可哀想…。お互いの為にも良くないわ。責任だとかそういうのを無しにして、ヤムチャちゃんが心からこの子を育てたいと思わないと……。」

「……そんな事急に言われても、正直なところ本当にオレの子かも分からないですし…。」

「そう…。やっぱり難しいわよねぇ……。」

「ゲポッ……!」

 首を支えるようにして縦抱きにされ、会話しながらも背中を(さす)られていた赤ん坊が、不意にゲップと共に少量のミルクを嘔吐(おうと)した。

「あらあら…。」

「あっ!す、すみません服が……!!!」

 パンチ―のブラウスの左肩が、吐き戻されたミルクで汚れシミを作る。鮮やかなレモンイエローの仕立ての良いブラウスだったが、早く着替えなくてはシミが残るだろう。

 この人の事だから普段着でもかなり高い、とヤムチャが慌てる。

「大丈夫よ。洗濯すればすぐに落ちるし、赤ちゃんには珍しく無いのよ~。」

 ころころと(ほが)らかに笑うパンチ―にほっとしつつ、ヤムチャが手を伸ばす。

「すみません、任せっぱなしで…。代わりますから着替えてきてください。」

「あら…。」

 何の気負いも無く手を伸ばしたヤムチャを見詰め、パンチ―が目を丸くした。

「ふふっ…!そうね。それじゃ、お願いしようかしら。」

 笑みをこぼしながら抱えていた赤ん坊をそっとヤムチャに(たく)した。

「左手1本で支える感じで…、右手は添えるだけよ。…そう、上手じゃない。」

「ゔ~…。」

 相手が変わって居心地が悪かったのか、うごうごと良いポジションを探すように動いていた赤ん坊だったが、しばらくすると落ち着いたのか動きが止まる。

「つ、(つぶ)しそうで怖いんですけど…。」

 何でこんなにふにゃふにゃとしているのか。それに、思っていたよりも暖かい。抱えているとやや暑い位である。

「大丈夫、上手よ。それじゃ、ちょっと着替えに行かせてもらうわね。」

 クスクスと笑いながらパンチ―がリビングを後にする。

 その姿を目で追っていたヤムチャだが、完全に見えなくなって腕の中の赤ん坊に目を移した。

「これからどうするかなぁ…。なぁ、お前はどうしたいんだ?」

 返事が返って来る訳も無いのは百も承知だが、つい赤ん坊に問いかけた。

 もちろん、返事を返す(はず)も無いが、赤ん坊がじっと見詰めている事にヤムチャが気付く。

「ん?どうした?」

 ヤムチャがつい、腕の中の赤ん坊を覗き込んだ瞬間だった。

 にこぉっ…!と赤ん坊が微笑んだ。

 “生理的微笑反射”。生後2ヵ月程までの新生児は、本能的に“自分が笑うことで周囲が優しくしてくれる”という、自己防衛で微笑む事がある。

 しかし、当然ヤムチャはそんな事知る(はず)も無い。その為、純粋に“赤ん坊が自分に微笑んだ”という事に胸を突かれた。

 そして、理解すると同時にじわじわと愛しさが(つの)っていく。

 そうしているうちにミルクを飲んで満腹になった事で眠くなったのだろう。赤ん坊がうとうとし始めたのが分かる。

 ヤムチャは、無意識のうちに赤ん坊を抱えたままゆらゆらと体を揺らし始めた。

 満腹状態で抱かれ、揺らされていれば結果は分かり切っている。数分後には、赤ん坊は完全に寝入っていた。

「寝ちまった…。」

 眠った途端(とたん)にずっしりと重くなった赤ん坊を抱くヤムチャの胸に、愛しさが広がっていく。

 血が繋がっているかどうかはもう良い。それ以上に、この子と家族になりたい、という想いだった。

 元より天涯孤独だったヤムチャである。プーアルと出逢ってからは独りではなくなったが、“家族”に対する(あこが)れは常にあった。

 ブルマと別れてからは一層華やかになった女性関係も、元を(ただ)せば家族が欲しかったからである。

「名前を決めないとな……。女の子だから花の名前が良い。ジャスミン……。お前の名前はジャスミンだ。」

 赤ん坊を育てる事がたいへんだ、というのは想像する事位は出来る。今まで通りの生活はもう出来ない。それでも、ヤムチャは“父親”になりたいと思ったのだ。

 

 

 ――――――そして、ジャスミンと名付けられたその赤ん坊は、ヤムチャの生涯の宝となった。

 

 


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