━第7宇宙地球・“西の都”カプセルコーポレーション━
ドガッ!
ガッ!
ドシュッ…!!
重力コントロール室の中で、2つの人影が激しく組み合い、拳をぶつけ合う。
傍目には拮抗しているように見えるが、徐々に片方が押され始めた。
「!っ…!!」
一瞬体勢が崩れた瞬間、
ドゴッ……!!!
鳩尾に蹴りがまともに入る。
「ぐっ………!!!」
ガァンッ!!!
そのままの勢いで壁へと叩き付けられ、蹴られた青年‐トランクスが呻く。
「何をしている、トランクス!さっさと立て!!」
組手の相手‐ベジータがそんな息子を叱咤する。
「ゲホッゲホッ……!!ちょ、ちょっと待って…!モロに入った……!!」
「ちっ……!軟弱なヤツだ……。!?」
咳き込みながら呼吸を整える息子に軽く舌打ちしたベジータだったが、不意に出現した“気”に驚愕する。
「この“気”は、まさか……!?」
「…?どうしたのさ、パパ。」
それを見咎めたトランクスが父に尋ねるが、ベジータは足早に重力コントロール室を出て行く。
「ちょ、ちょっと、パパ?!」
「良いから黙ってついて来い!!!」
扉を開けるなり全力で走り出した父の背中を見送る形となり、父の珍しい様子に内心首を傾げつつも、トランクスも後を追った。
「パパ!一体、どうしっ………?!」
やっと追い付いたのは庭に出てから。そこで初めて、トランクスは父が反応した“異様な気”に気付く。
父の傍に立っていたのは、良く見知った青年に瓜二つの“気”と容貌の持ち主と、もう1人。
全くの同質であったが為に、逆に気付くのが遅れてしまった“気”の持ち主。
「オ、オレ………?!」
毎朝鏡に映る自分の顔と、そっくりの青年がそこにいた。
━13番GR、“シャッキー’SぼったくりBAR”━
中にいるのは、“麦わら一味”と店の主・シャッキー、そして探し求めていたコーティング職人・レイリー。ケイミーたちは先程の騒動を受け、用心の為に一足先に魚人島に戻る事となり、ハチもまたケイミーとパッパグを魚人島まで送り届けている。
そこで、レイリーがかつて“海賊王”の右腕とも呼ばれた大海賊であった事を知らされ、“麦わら一味”だけでなくジャスミンもまた驚いていた。
“海賊王”処刑の裏側、“歴史の全て”を知る者の言葉の重み、そして何よりも強い“信念”を持って生きた男の話に半ば圧倒される。
“麦わら一味”が“新世界”への期待と不安を各々胸に刻み込んだのを見届け、ジャスミンが暇を告げようと席を立った瞬間だった。
「ちょっと良いかしら?」
ロビンに呼び止められたのは。
「これを見てもらえる?」
「新聞?げっ……!」
そのまま店の隅に引き寄せられ、ロビンから手渡された新聞を目にしたジャスミンが呻く。
[世界中で奇怪現象!!!蘇る死者たち!!!!!]
[墓から這い出る死人。健康状態に全く異常無し。能力者の仕業か?!]
[“集団蘇生事件”の原因を突き止めた者に賞金あり?世界政府が調査へ。]
[伝説の怪物か?!“魔の三角地帯”に“龍”が出現!!!]
[“龍”に懸賞金!!!生きて捕獲した者には2億B!]
1面どころか、ほぼ全ての記事が“死者の蘇生”と“龍”こと“神龍”の事で埋められている。
(何か嫌な予感がしてたのはコレだったのか……。)
「自分がどれ程大変な事をしたのか、理解出来たかしら?」
窘めるようなロビンの言葉に、ジャスミンも遅蒔きながら事の重大さを理解した。
「こんな大事になっているとは思いませんでした……。」
若干顔を青褪めながら呟くジャスミンに、ロビンと同じくジャスミンに説教するつもりでロビンの隣に並んでいたフランキーとブルックも顔を見合わせる。
短い付き合いであり、それ程親しく話した事は無いものの、ジャスミンがそこまで考え無しだとは思っていたかったからである。
「人は死んだらそれまでだ。…まぁ、ブルックみてェな一部の例外はいるようだがな。ちょっと考えれば、どんな騒ぎになるかくらいは分かっただろうよ?」
「短い付き合いですが、あなたが思慮深い人である事は分かります。確かに、死者が生き返れば、それは誰しもが1度は考える事です。そんな“奇跡”が起きれば…、とね。私自身何度も思いました。私自身ももしそんな事が可能であれば、迷い無く仲間たちを生き返らせる事を選んだでしょう。しかし、世の中には善人ばかりとも限りません。あれだけの“奇跡の力”が邪な考えを持つ者に知られてしまったらどうなるかは分かり切った事…。何故あんな無茶な真似をしたんです?」
呆れたようなフランキーと、切々と説くブルックに、ジャスミンはもはや居た堪れなさのあまり顔を上げる事が出来ない。
「私の故郷は……。」
一向に顔を上げようとしないジャスミンだったが、不意に顔を上げないまま口を開いた。
「私の故郷は、基本的には平和なんですが、これまでに何度か強大な“悪”に狙われた事があります。」
突然の告白に“年長組”3人が顔を見合わせるが、ロビンが静かに続きを促す。
「ええ。それで?」
「その度に立ち上がり、戦う戦士たちがいました。でも、時には犠牲が出てしまう事もありました。それは戦った戦士であったり、戦う力を持たない人間だったり…。都市1つが丸ごと滅びてしまった事もありました。もっと酷い時には惑星がそのものが消されてしまった事も……。そして、その“悪”が倒された後は、決まってドラゴンボールに頼りました。殺された人間を生き返らせて欲しい、壊れてしまった街を直して欲しい、荒れてしまった自然を元に戻して欲しい、と………。」
静かに、自分自身で整理するように淡々と語るジャスミンに、少し離れた所に座っていたナミたちもいつしか注目していた。
「ドラゴンボールは探す事こそ困難ですが、伝説そのものを知っている人間は皆無じゃありませんし、生き返った人間も死んだ時の記憶は残っていますから…。誰の仕業かを知っているかどうかはともかく、地球では“死者の蘇生”とは決してあり得ない事じゃなく、稀に起こり得る奇跡なんです……。私自身も10年位前に1度死んで生き返っている位なので…。もちろん、本来ならば死者が生き返る何て事はありませんし、私たちもそうポンポンとドラゴンボールを乱用していた訳じゃありませんけど、大きな戦いの後は犠牲になった人たちを生き返らせる事が義務のようになっていたので………。何と言うかこう、感覚が麻痺していたと言うか……。」
説明していくうちに、自分でも感覚が麻痺していた事に気付き、俯いたままジャスミンが頭を抱える。
その告白に、聞いていた全員が何とも言えない顔になった。
「ちょっと待ってジャスミン…。色々ツッコミたい所はあるんだけど、何よりもまず…。」
微妙な沈黙の下りる中、ナミが口火を切る。
「お前も死んだのかよ!?」
ウソップのツッコミが、奇しくも全員の胸中を代弁した形となった…。
「取り敢えず、話を元に戻すぞ。」
一通りジャスミンを質問責めにした後、フランキーが軌道修正を図る。
「事情は分かったわ。幼い頃からそんな環境に身を置いていたなら感覚が麻痺してしまうのも無理は無いけれど、もうこんな事は止めた方が良いと思うわ。」
「胆に命じておきます…。」
意気消沈したジャスミンが、ロビンの忠告に重く頷く。
「さて…。そろそろ良いかね?」
話が一段落したのを見て取ったレイリーが静かに尋ねる。ジャスミンたちの話に大いに興味を惹かれた様子ではあったが、同時に無闇に踏み込むべきではない、とも悟ったのだろう。これまでの話には全く口を挟む事無く、話題を転換して見せた心遣いに目礼する。
「すみません、長々と…。」
「何。構わないよ。それより、コーティングの間君たちどうするかね?島にもう“大将”が来ているかもしれんが…。」
「まだ上陸はしていませんが、すぐそこまで来てますね。遅くとも後20分位で上陸出来る位置です。」
レイリーの言葉に同調するようにジャスミンが“気”を探った。
沖合に一定以上の強さの“気”が少なくとも1000人、その中でも一際大きな“気”を感じる。
「後20分……!」
「だ、誰が来てんだ?!また青雉か!?」
ナミが息を呑み、ウソップが震える。
「いや……、青雉の“気”なら知ってるけど、別人だね。…この感じだとたぶん黄猿の方じゃないかな?」
「あ?…会った事もねェのに、何で分かるんだよ?」
ジャスミンの推測に真っ先に反応したのがゾロである。
「感覚的なものですから、言葉だと説明し辛いんですけど…。この“気”の感じはそこまで攻撃的じゃない…。聞いた話だと赤犬は並外れた海賊嫌いで時には一般人も巻き込む事もあるって話ですから、来ているのが赤犬だとしたらこの距離でも相当殺気立っている筈ですが、それは感じません。青雉でも赤犬でもないなら、消去法で黄猿しかいません。」
「ほう?そこまで分かるのかね?」
「ええ、まぁ…。」
面白そうに見てきたレイリーに曖昧に頷きつつ、話を戻す。
「こう言っちゃなんだけど、今のルフィくんたちじゃまだ“大将”と戦うには早いと思う。1番良いのは、コーティングが終わるまで諸島の中を隠れるか逃げるかしながら時間を稼いで、コーティングが終わり次第出航する事だけど…。」
「そうだな。おれたちが一緒にいたらそこに追手が来るかも知れねェ。スムーズに作業して貰う為には、おれたちは町で逃げ回ってた方が良い…。」
ジャスミンの言葉にフランキーも同意する。
「じゃあ、おれたちァ適当にバラけて仕上がりの時間にそこへ集合で良いだろ。」
「計画的に集合とかてめェ…、どの口が言うんだ。」
ソファに踏ん反り返りながら提案するゾロに、お前が言うなとばかりにサンジが突っ込む。
これからの“麦わら一味”の方向性が決まりつつあった頃だった。
ピクリ、とジャスミンが何かに反応したように外を見やる。
「来たみたいですね。」
「「「「え!?」」」」
チョッパー、ウソップ、ナミ、ブルックがそれに若干引き攣った声を上げた。
「この方向は……、たぶん26番GRから28番GRの間くらいかな?」
「どどどど、どうすんだよ?!どの方向に逃げる??!」
慌てふためくウソップを尻目に、ジャスミンが席を立った。
「早めにここから離れた方が良いよ。ルフィくん、私もそろそろ行くね?」
「おう!色々ありがとな!!」
さっぱりと笑顔で見送るルフィに対し、それに焦ったのはナミとウソップである。
「ちょ、ちょっと待ってジャスミン!あんたどこ行くの?!」
「おおおお前がいなかったら、誰が“大将”と戦うんだよ?!!」
何だかんだでジャスミンを戦力として大いに宛にしていた2人だったが、ここにきてのまさかの完全離脱宣言に取り乱す。
「何言ってんだお前ら。ジャスミンにだって色々やらなきゃならねェ事があんだぞ?」
「それに今まで助けてくれていたのは彼女の善意。それを宛にして縛り付けてしまうのはどうかと思うわ。」
「うっ……。」
「た、確かに…。」
ルフィとロビンの言葉に、ナミとウソップも反省したように項垂れる。
「ごめんね。私もちょっと時間無くて……。」
「ううん!良いの、良いの!!あたしたちもちょっと甘え過ぎてたわ!」
「おおおおうよ!“大将”なんかどうって事ねェさ!!」
苦笑しながら謝るジャスミンに、ナミとウソップが否定した。
「それじゃ、ホントに行くけど気を付けてね。」
「ええ!色々ありがとう。」
「またな――――!!」
ナミと手を振るチョッパーに答え、舞空術で上空へと上がる。
再び例の無人島に戻ろうとしたが、“大将”と戦闘中の“気”に気付いた。
(この“気”は…。)
「…行かなきゃダメか。」
修行を再開する前に、借りを返さなくてはいけないらしい。
━24番GR━
半ば崩壊しかけた街並みの中、立っているのは海軍大将・黄猿と、“ホーキンス海賊団”船長‐“魔術師”バジル・ホーキンス。
ざわざわざわ……
ホーキンスの端整な顔が次第に藁のようなものに包まれていく。
「“降魔の相”」
そして、その藁がホーキンスの全身を包み、その体が2倍以上に大きくなっていく。
「!!?」
そして、黄猿が自身が蹴り飛ばした海賊‐“怪僧”ウルージの方を窺っている間に、ホーキンスがその真後ろに迫る。
「どいつもこいつも…。“億”を超えるような輩は、化け物じみていてコワイね――――…。」
ズバズバン!!!
ズバン!!
黄猿が呟くとほぼ同時に、ホーキンスが手に持った太い杭のような武器で襲いかかるが、その瞬間に黄猿の姿が掻き消える。
「!!」
気付いたホーキンスが周囲を見回そうとしたが、それよりも早く再び目の前に現れた黄猿が行動を起こした。
ピカッ!!
「おわァァァァ―――———っ!!!目が!!見えない………!!!」
「ホーキンス船長—————っ!!!!」
ホーキンスの目の前で黄猿の手が激しく光る。
視神経を灼き切るかのような凄まじい光に、痛みに耐えかねたホーキンスが絶叫した。
視界を完全に潰され、身動きの取れないホーキンスに更に黄猿の追い打ちがかけられた。
ピュンピュン!
ズバッズバッ!!
「ウッ!!!」
完全に藁と化したホーキンスの体を黄猿のビームが貫く。
「何の能力か知らねェけども…。“実体”はあるなァ…。“自然系”じゃなさそうだ。」
「船長―――――――っ!!」
「まずいぞダメージの限界を超える!!本当に死んじまう!!」
“ホーキンス海賊団”の悲痛な叫びが響く。
「まずは1人目…。ここまでの長い航海、ご苦労だったねェ――――――…。」
黄猿がホーキンスへ止めを刺すべく、足を光らせて蹴り上げようとした瞬間―――――――、
黄猿の姿が掻き消えた。
ドガァアンッ…!!!
一拍置いて破壊音が響く。
ストンッ!
「ここまで当たったって事は、あの占い自体も信用して良いみたいですね。」
涼やかな声と共にその場に降り立ったのは―――――、
「ありゃぁ…!“中将殺し”じゃねェか……!!オイオイ、“大将”を蹴り飛ばすってどんだけだよ?!」
予想だにしなかった人物の登場に驚き、目を瞠るのは、物陰からホーキンスたちの戦いを見物していた海賊‐“海鳴り”スクラッチメン・アプー。ホーキンスが殺られそうになっているのを見て、黄猿にちょっかいを出そうとしていたが、ジャスミンの登場により出るタイミングを見失ったのである。
「言った筈だ。おれの占いは外れん…。」
まだ視力は回復しないものの、声によって誰に助けられたのか理解したホーキンスが、安堵の息を洩らしながら断言した。
「まぁ、それは置いておいて…。死にたくなかったらとっとと逃げた方が良いですよ?…流れ弾に当たっても良いなら別ですけどね。」
既にジャスミンはホーキンスを見ていなかった。
その視線の先にいたのは、
「オォ―————…。痛いじゃないかァ…。蹴られるなんて、何10年ぶりだろうねェ…。」
ガラガラと体から瓦礫を落としながら、黄猿が立ち上がる。
「“中将殺し”…。話に聞いていた通りとんだ“化け物”だねェ―――…。」
「…“光人間”に言われるのは心外だな。あんたたちにだけは言われたくないね。」
間違い無く、この世界でも10指に入る実力者との戦い。その火蓋が、切って落とされようとしていた。