戦争熱が冷めたからなのか戦争に充てられる前に書きたいと思っていた話が思い出せてきたので、その内のひとつを少しだけ変えて書いてみました。
尚、他の作品に関しても世論に振り回されてた分を弾くのが主目的ですので大して変わらない回もあると思われます。
「しかし・・・なんだな」
横合いから声が聞こえて、私は隣に並んで歩く実の母(第二のです。第一は前世)である異住・フェリシアさんの顔を見上げ・・・るのは無理なので見下ろしながら見つめました。・・・相変わらずちっちぇー。
「夫が趣味で買ったエロ同人誌を夕飯の買い物ついでに買ってきてやる妻というのは、良妻賢母と呼んで差し支えないのだろうか? なんだか育児的な問題に抵触しそうな気がするのだが」
「いいんじゃありません? どのみち明治末期にできた家父長制の辺りから生まれたのが良妻賢母思想ですし、たかだか百数十年しか続いてない伝統なんて大した重みもありません。変わる必要があれば辞書に載ってる意味も変わるでしょうから、気にする必要性もないのではありませんか?」
私の言葉に母は軽くうなずくと、
「萌えも遂に載ったぐらいだしなー」
「世も末ってますよね、相変わらず」
どうでもいい内容なのにブラックでもある会話を和気藹々と交わしながら私たちは商店街を歩いていきます。
現在、時期的には夏休み最後の一日。場所は駒王町の一角にある歓楽街。
・・・どう考えても合法ロリキャラ二人が連れ立ってきていい場所ではないのですが、真尋さんと真尋さんのお母さん二人分の性質を兼ね備えている(らしいです。聞かされただけですけども)母に襲いかかって五体満足のまま生きて帰るには帝国軍でも幹部クラスの実力が必須であると天野さんに保証された私は、不安を胸に抱えながらも久しぶりに過ごせる家族団欒の時を密かに楽しんでいました。
戦い続きで(実質、見ているだけなんですけどね・・・)荒んだ心と体を癒すには家族の愛が一番だと、何かのマンガで見た記憶があります。守るべき家族の為に戦うキャラクターも多いですからね。
今日くらいは子供らしく親に甘えても構わない・・・はずです、たぶん。
「まぁ、久しぶりの母娘の交流の場としては趣が足りていないがね。これはこれで楽しみようもあるのだが・・・おや?」
母が何かに気づいたように顔を逸らし、脇道にそれた先にあるラブホテルの方へ目を向けたので私もそちらに目をやるとーー
「朱乃、これはどういうことだ?」
「・・・・・・か、関係ないでしょ! そ、それよりもどうしてあなたがここにいるのよ!」
ーー聞こえてくるのは聞き覚えのある声音と、聞いたことのない野太いバリトンボイス。・・・一人は分かりますけど、もう一人の男の人は誰でしょうかね? ちょっとだけ気になります。
他人事故の暢気な野次馬根性で適当に眺めていたところ、やや事態は荒っぽい方向に推移してきてしまったようです。
「それはいまどうでもいい! とにかく、ここを離れろ。お前にはまだ早い」
「いや! 離して!」
「何だか、わからないけど、朱乃さんに触れないでくれ。嫌がっているだろう。つーか、あんた何者だよ?」
ーーおや? 兵藤さんまでいらしたのですね。珍しく隣に巨大なオッパイさんがいないから気づきませんでしたよ。失礼しました。
彼の垂下に相手の男性は一歩退き、威圧感こそあれども礼儀正しい態度と姿勢で黙礼してから、民間人である私たちが見ていることに気づかぬまま名乗りを上げようとしてしまったので空気を呼んだ母がコホンと咳をして、
「今日はオーディン殿の護衛で来ている。堕天使組織グレゴリかーー」
「こほん。ーーあ~・・・僭越だとは思うのだが、そう言う神話系の話は私のような民間人を完全に遠ざけてからしたほうがいいのではないかな? 異種族で溢れかえっているせいで種族特性に左右されがちな人除けの結界が綻びだらけになってるぞ?」
突然の声かけに全員が驚きを露わにし、私たちを見つめてきたり睨みつけたり個性と立場と種族に合わせた対応を見させていただきました。よく分かりませんでしたけどね?
「・・・何者だ? 事と次第によってはーー」
「ただの主婦だよ。ちょっとばかし妖怪ハンターや悪魔祓い、傭兵の真似事をしていた時期ならあるがね」
頭をポリポリかきながら堕天使さんたちの幹部さんと相対している「ただの主婦」。
・・・新しい辞書が必要だなぁ~。
「とは言え、だ。察するに君は、横にいる御老公の護衛の任を命じられてきているのだろう? だとしたら今の対応はどうかと思えるのだがね」
「・・・どういう意味だ。私の対応に問題があったとでもいいたいのか?」
「咄嗟のことで認識が無意識に追いついていない様だが・・・」
困ったみたいな表情で、母は言い辛そうにプロの目から見た事実を指摘し、相手を絶句させてしまいました。
「その位置だと御老公を守りながらも、少年の隣に立ってる黒髪のお嬢さんまでを守るため動きやすい位置に立ってしまっているぞ? 護衛対象を守り抜くことこそ最優先で考えるべきVIPの護衛役としては些か家族愛が強く出過ぎているのではないかな親父さん」
『・・・・・・・・・・・・』
言われた当人、堕天使勢力から派遣されてきた護衛役と思しき男性と、黒髪ロングの(珍しいですね。いつもはポニーテールなのに)巨乳お嬢様である姫神朱乃さんが声を失い口をパクパクさせながら黙り込んでしまうと、彼女たちに代わって兵藤さんが母に向かって問いかけられます。
「あのー・・・失礼だけど君はいったい・・・? 出来れば名前と住所とスリーサイズとお兄さんと良いことしなーーあだだだだだだっ! 朱乃さん! これは男の本能と言うもので!」
再起動した姫神さんにほっぺたを抓られ始めた兵藤さんの質問に、うちの母は「ああ、こりゃ失礼。自己紹介がまだだったね」と両手をポンと打ち合わせてウッカリしていたアピールをし、その後でふんわりと微笑みながら主婦らしい仕草で一礼して。
「はじめまして。私は異住フェリシア。セレニアの母で、こういう異常事態が起きたときの専門家だ。以後、お見知りおきを?」
「「「「・・・は?」」」」
突然の自己紹介に面食らう皆さん。
当然の反応でしょうね。「ハイスクールD×D」の世界で、単なる一般人が異常事態の専門家なんて・・・
『は、は、母親ーーーーーっ!? 妹とかじゃなくて!?』
ーーそっちかよ。あと、姉でも従兄弟でもなく妹かよ。母親の娘だぞ隣にいるの。仕舞いにゃ泣いてやるから覚悟しておけよ。
「さて、なにやら込み入った事情があるみたいだし、話したくないなら話さなくても構わないんだが・・・私だったら君たちの間にある勘違いだけは解消できる。
解決できるか否か、元のさやに収まれるかどうかは君たち次第に掛かっているから余り意味はないかも知れないけど、話すだけ話して見ちゃくれないかい? 私は読心の類は苦手だし、なにより人と話すのが大好きな性質なんでね。たまには娘以外の若い子たちとも話をしてみたい。
それになによりーー」
そこまで自信満々、不敵な態度を崩さなかった母ですが、ここに来て困惑した風に弱り切った態度で言い訳がましく致命的な事情について自白してしまいました。
「ーー状況が分からない。いったい君たちは誰で、何の種族でどこの勢力に属している何様殿たちなのかな? 割と本気で何も知らないまま介入してしまって後悔しかけているのだが・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
気まずい空気が満ち満ちて、黙りこくる原作キャラ&オリジナルキャラ二人。
今更ながらの事情説明。
うちの母は原作について何一つ知ってはおりません。(キッパリ)
気まずくなった空気を払拭するためと言う名目で場を濁し、兵藤さんちと姫島さんちとにバラケたはずの人数なのですが、どう言うわけなのか今の私と母さんがいるのは姫島さんちのルート。
おそらくは姫島さんの背後には兵藤さんがいるのに、バラキエルさんの側には誰もいない、孤立無援な状態は可哀想だからとかなんとか言ってオーディンさんが口先三寸で騙くらかしたに相違ありません。北欧の主神は口がうまいことで知られる神様なのですよ。
「朱乃、お前と話し合いをしたいのだ」
「気安く名前を呼ばないで」
「赤龍帝と逢い引きをしていたとはどういうことだ?」
「私の勝手でしょ。なぜ、あなたにそれをとやかく言われるのかしら」
「私は父として・・・」
「だったら! どうしてあのとき来てくれなかったの!? 母様を見殺しにしたのはあなたじゃない。今の私には彼が必要なのよ。
だからここから消えて! あなたなんて、私の父親なんかじゃない!」
一見すると壮大な過去が隠されてそうな会話内容。
悪魔になった一人の少女と、彼女の父親でありながら敵陣営の大幹部という厄介なポジションにある中年の男性。
本当に、見た感じだけなら絵に描いたような悲劇的な感動物語によくある1シーンなのですが・・・。
「おい、セレニア。私は大岡越前か遠山の金さんあたりを見ている気になってきたのだが、お前の方は何の時代劇を連想していた?」
「雰囲気を台無しにしてくれる一言をどうもありがとうございます、お母様・・・」
残念ながらこの場にはムードクラッシャーがいます。2人もね。
一人の時点で雰囲気重視は絶望的なのに、2人そろえば壊滅的被害が予想されるでしょう。・・・頑張れよ原作。ファンである原作読者の少年たちがお前の勝利を信じて待ち続けているんだぞ。
私と母はバラキエルさんの後ろで聞き役に徹していますが、やはり母と私は似ているだけで全くの別人です。価値観も価値基準も思考法も全てが異なりすぎている。
だから当然、目の付け所と重要視するポイントが異なりますし、重要視する理由も全然違っていました。
「やれやれ・・・」
頭をポリポリとかきながら姿勢を崩し、母はやや呆れ顔になりながら姫島さんを見つめると、静かな声で諭すようでもなく茶飲み話でもするかのような口調で平然と話しかけました。「無理しすぎるのは体にも心にも負担だけがかかるよ?」と。
「わたくしが・・・無理をしているですって・・・?」
驚き怒る姫島さんにも母は平然と「そうだよ」と答えを返して激昂され掛かった瞬間に、
「だって君、さっきからお父さんのこと意識しまくってるって宣言しまくりじゃないか。気づかない奴の頭がおかしいだけだと断言できる低難度なやりとりだ。読みとるのに苦労なんか入らないよ」
「・・・なにを馬鹿なーー失礼しました。初対面の方に対して失言でしたわね、謝罪いたします」
「別に良いし、気にしてによ? 失礼を言い合ったのはお互い様だし気にする資格もないからね。
相手の信じているもの、信じたいと願っている願望、信じなくてはならないと義務化している絶対視の対象を馬鹿にされたと感じさせてしまうのは本来的には悪に属する行為だから」
「・・・・・・・・・」
「でも、君がお父さんに向けてる悪態は、そう言った類の物ではないんだろう?」
断定口調で言ってのけるお母さん。
私が少しだけ不思議に思って横顔を見つめてみると、私が他人のことを同行言うときとは真逆の感情が顔には浮かんでおりました。
“嫌悪”ではなく、“信頼”。
相手の人格と、相手の言ってる言葉を否定している自分の言葉の正しさを信じている者特有のソレ。私が生まれ変わる前も、生まれ変わってから今までも含めてずっとずっと“手に入れてはいけないと信じ続けていたかった義務”と真逆の感情・・・。
ソレを見つけて私は思います。
ああ・・・やはり親子は家族であっても他人なのだな、と。
人が自分の思い通りに動かせないもの、自分の好きには出来ないもの、何を考えているのか自分には決して分からないもの、「信じるか疑うか」の二択しかない、自分の所有物ではない意志と価値観と感情と心を持った人々のことを“他人”と言います。
家族という関係は、互いの考えてることが読めないし分からない、価値観も生き方も何もかもがまったく違っているかもしれない他人同士が血の繋がりを発端として信頼関係を築き、維持し続けようと努力していく過程によって形式と実体が一致していった結果として生まれる人間関係。最初から最期まで他人同士が絆を深めていくことでしか永続し得ない細くて脆い一本の糸。
ーーそう考えている私が、それでもなお最後にはすがってしまう特別な人(母)
ああ・・・やはり、と。私は自分の子供っぽい思考に内心赤面しつつ顔を逸らし、母から見えないところで口をごにゅごにゅ動かすだけに留めました。
私が母を信頼しているのは母だからではなくて、お母さんと呼べるだけの信頼を築いてきてくれた相手との今までに寄る物なんだなと、そう強く実感していたのです・・・。
「君は先ほどお父さんのことを『あなたなんて、私の父親なんかじゃない』と言っていたね。その時の想いに嘘偽りはないかい?」
「無論です。私はこの人のことなど父親だなどと思ったことは一度もありません」
「本当に?」
「ええ。何度だって断言いたしましょう。私、姫島朱乃は母の子です。父親などと言う存在は初めからいなかったのです。こんな・・・母を見捨てて助けにこなかった父親なんて、父と呼ぶに値しないでしょう!?」
キッと、バラキエルさんを睨みつけながら威勢よく断言した姫神さん。
バラキエルさんは「朱乃・・・」と打ちひしがれた様子ですが・・・やはりこういう面で彼らは経験値が足りていませんね。失敗したとは言え、一応ながら家族経験のある私でさえ分かる当たり前の矛盾に気が付かないなんて。
「『あんたなんて私の父親じゃない』。ドラマやアニメでよく聞く台詞の定番ではありますが・・・これって本当に相手のことを何とも思っていなかったら出てくる余地のない言葉なんですよね。だって『好き』の対義語は無関心であって嫌いではないですから。
本当に相手のことを家族と認識していなければ、相手の名前が「オカーサン」であろうと「オトーサン」であろうと「鈴木さん、佐藤さん、赤城さん」これら全ての赤の他人たちと同じ一期一会感覚で流せる程度の存在になってなければおかしいのですから」
私の発言を聞いたこの場にいる母以外の全員がギョッとした表情を浮かべ、愕然としながら一番の部外者である私に注目してきます。
私は普段とは違う理由でうつむきながらお茶をすすり、昔の愚行を思い出しながらゆっくり言葉を紡いでいきました。
「親を尊敬し、敬愛するのが子ならば逆も然り。両親を憎んで忘れようとしたり、時には殺してやりたいとすら思って実行に移す人だっているでしょう。
でも、それは相手が自分を生み育ててくれた父と母がいるからこそ起きる現象です。特別な存在だと認識しているからこそ起き得る特別な感情なんですよ。
赤の他人と同じだけの共存関係にあろうとも決して生まれ得ない、特別な関係性に依存していることが大前提として成立する特殊な感覚。それが家族愛であり、近親者への憎悪です。
これは不可逆のものであり、家庭という狭いコミュニティの中でしか生まれない世の中で一番身近にある異世界の常識なんですよ」
私の長い発言を聞き終えた姫神さんは、何かを堪えるような素振りを見せながらも気丈に問いを投げかけてきました。「どうして?」と。
「どうして・・・そう言いきれるのです? 子が親を憎み殺すのは悪魔の社会では日常的に起き得る行為です。人の世の摂理は悪魔にとって絶対とは成り得ない物なのですよ?」
「わたしは・・・」
少し考えをまとめるために一度首を振り、改めて言うべき言葉を捜し当てます。
「私は一度だけですが冥界に赴いています。一回行っただけで何が分かると言うものでもありませんが・・・それでも『社会』が存在することだけは確認できました。それだけで十分すぎます。悪魔の社会にも今私が言った言葉は通用しますよ」
「だから、どうして! なぜ、そう言いきれるのですか!? 子が母を見捨てた父親を恨み、憎むのは自然な感情のはずでしょう! それならどうして・・・」
「ひとつの家族は、ひとつの家庭だけで暮らしが成り立つものではないからです」
私は断言しました。ええ、断言です。今度のばかりは自信あります。受け売りですけどね?
それでも読んで以来ずっと忘れなかった、忘れられなかった一文ですから信じる覚悟が無い訳ないでしょう? だから私は信じて言えるんですよ、他人の言葉を考え方を『人から教えてもらって自分が信じることにした、自分自身の信じている考え方』を。
「家庭の周りには、衣食住をまかなってくれる社会があり、生計を立てるために両親たちが出て行く社会があります。そして、その中で初めてひとつの家庭が子供生み育て、育んでいくことが可能となるのです。
子供を育てるために大人が働くと言うのは違います。家庭のために働くというのも、働くために家庭があると言う理解の仕方も間違っています。
何故ならそれらは、家族という個人間の範囲でしか問題を認識してない考え方だからです。世の中がひとつの家庭だけで暮らしが成り立つものではない以上、自明のことだと私なら考えますが?」
『・・・・・・・・・』
ふぅ、と一息付いてから茶をすすり、残り少なくなってきているソレを隣に座る母が注ぎ尚してくれたことに目礼した後、私は続きを語っていきます。
「生物が生き続けるためには、子がなくてはなりません。その子を産むためには、生物には成長していくことが絶対条件です。子供に子供は産めても養えませんから。
生んだ直後に死なせてしまうのと、苦しまないよう生む際に死なせてあげるのとで違いがあるのは生き残った親の側だけで、死体となった赤ん坊にとっては大差ないですしね。子のことを考えるのであれば生むことよりも、生んだ後について考える方が前向きという物です」
「そして、子を育てるためには餓死しないように食べれて、凍え死なない程度に衣類が着れて、生殖の場としての巣と子育てが出来る家が最低限必要となります。それを拒否することは生物として生まれた己を自ら否定し、殺すと言うこと。
自分が生きている限り、ずっと必要不可欠となる社会を拒否するからにはせめて、人っ子一人いない無人の広野で木を切り造った家に住み、自給自足だけで生活の全てを賄ってからにすべきでしょうね。相手に守ってもらえてる立場の子供が親に向かって何を喚いても見苦しいだけ。予定調和による飼い犬の反乱ですよ、糞くだらない。
・・・とは言え、こういった歪んだ思考と間違った考え方に至るのも人が『知恵』を持った故なのでしょうけど・・・」
「人は生きていく上で必要な知恵を身につけた時点で間違い始めます。些末な現象を理解するために大局と個の関わり合いを無視して、この問題を正当化したり糾弾したりすることを恥じることなく行うようになってしまうのです。
ですから全体として社会の行為を俯瞰して見たときには支離滅裂な物事の累積したものとしか映らなくなる。それが行われているときには自分自身が支離滅裂の一部だったことを都合よく忘却の彼方に封じ込めてしまってね。・・・は。まったく酷いバーレスクだ」
かつての自分自身をーー親を親と認識しながら『親という名の同居人』として家族を見ていた自分自身を、お金がないときだけ親にたかり『小うるさいこと言いながら金を吐き出すプペイドマシーン』としか思っていなかった自分自身を。
親と他人の違いを自分の生活基準だけでしか計ってこなかった自分自身の反吐がでる過去を思い出しながら、私は過去から現代へと心を帰還させ一息つきます。
前世での糞くだらない人生と価値観と思考法をしていた男時代の自分に唾を吐きかけ、話を締めくくって終わりとしました。バトンタッチするために。
「個の都合だけで社会を見ている人の価値観で見た場合、貴女の発言は理解し受容できるものでした。・・・ですが・・・貴女はそう言うタイプではないでしょう?」
「・・・・・・!?」
「貴女の性質は母性です。アルジェントさんとは少し違った顕し方をしてますけどね。おそらく貴女が先ほど言っていた、貴女のお母さんを強く意識したものであると推測されます。これは親に捨てられ、神に縋るしかなかったアルジェントさんには手に入れる手段のない物です。
彼女にとって親との関係は神に与えられた試練のひとつであり、ひとつでしかない。
互いにそれを選んでしまった以上、親と子の特別な感情は二度と生まれることが出来なくなってしまった。だから貴女の持つ母性は、グレモリー一派の中で貴女だけしか持ち得ない貴重な才能なんです。つまらない見栄や強がりなんかで無駄にしてはいけませんよ」
「わたし・・・わたくしは・・・」
「貴女はお父さんと一度、感情をむき出しにして向き合った方がいい。面子や対外的なイメージなど気にすることなく全力でね。
十年近くも会うことなく積み重ねてきた複雑な想いは、言葉だけでは決しては分かってもらえない。言葉で分かるのは言葉で伝わった範囲までです。身体で味わった痛みは、心の痛みを共有しただけで理解できるほど浅いものではないでしょう?
ならば殴りかかってでも本気でぶつかって行きなさい。お父さんに「お前なんか大っ嫌いだ!」と盛大に傷つけるつもりでぶつかっていかなければ、相手の人も立場を気にして貴女に本音を語ってくれることは決してないと私は推測させていただきますよ?」
「わたし・・・わたし・・・は・・・・・・」
まだ決心が付かない様子の姫神さん。予想通りです。この程度の言葉で揺り動かされてくれるなら、グレモリーさんも他の方々も多少は融通の利く、意志の弱い方々になってたでしょうしねぇ。
ーーと言うわけでお母さん、ハイタッチ。
最終兵器お母さんの出撃だー。行け行けがんばれ、もっとやれー。私に被害が及ばない範囲で最大限被害を増大させーーあだっ!
「調子に乗るな」
「・・・・・・すいません」
軽く抓られたお尻を押さえて涙目の私を放っておいて、いよいよ真打ちのご登場です。
「・・・仮にも一児の親だから親の側にたって言わせていただくが、セレニアの意見は子供の側に立ちすぎていて極論すぎる嫌いがある。あのままの採用はお勧めできない。
愛する我が子に傷つけるつもりで放たれた言葉を聞かされて嫌な想いを抱かない聖人君子ぶりを親に求めるのは、さすがに酷と言うものだからな。もう少し人との関係はふんわりしたものであると考えた方が要らぬ蟠りが入る隙間がなくていいだろうさ」
ホッとした様子で息を吐くみなさん。・・・そんなに私の意見って過激なんでしょうかね? あんまり自覚ないんですけども・・・。
「だが、最後に出てきた感情をむき出しにしてぶつけ合うって言うのは悪くない考えだと思う。
いや、正確には『今まで抱え込んできた相手の知らない自分自身を』かな?
事情はよく分からんが、十年近く会ってこなかったのだろう? だとしたら、互いに相手の知らない事情が増える一方だったはずだ。それを話せるだけでも話しておいた方がいいと私は思うけど?」
「相手の知らない事情・・・ですと?」
おお、初めてバラキエルさんから発言しました。余程に意外な一言だったんでしょうねぇ。それだけ姫島さんの事を信じていたと解釈することも出来ますが・・・些か買いかぶりすぎでしょう、家族と子供と言う名の関係性をね。
「そうですよ。親という生き物は、どうしても我が子に対して評価基準が甘くなるものなんです。『今はわからずともよい、いつか必ずわかってくれるはずだ。何故なら俺の血を引く自慢の娘なのだから』みたいな感じでね。
これは一見すると信頼ですが、相手を自分とは異なる人格と価値観を持った、一人の自我持つ人間であるとは考えないで『自分の子供』と言う他の人たちとは異なる次元の高等生物であると誤認しているとも言えるのです」
「わ、私はそんなつもりはない! 私はただ親として、朱乃の父親として娘のことを!」
「安心してください、解っていますから。ただ、子を信じる際に「信じたい」と言う感情が前提にあるのが親であり、それが何らかの事情で行き過ぎざるを得なくなった際には盲信の域に入ってしまう事がままあると言いたかっただけですので、怒らなくても大丈夫です。私たち母親の間でも、よくそう言った話題は井戸端会議にでるものですから」
いや、でねぇから。そんなイカレた話題を話し合う井戸端会議は存在しないから。むしろ存在してたら出たくねぇー。
「そ、そうなのですか・・・? それは知らぬ事とはいえご無礼を。なにぶん妻に先立たれる前から仕事で忙しく、家庭のために割ける時間が少なくなっていたものですから・・・」
そしてアッサリ騙されちゃう堕天使の大幹部さん。・・・本当にこれでテロ組織相手に勝つ気あると言えんのかね? 不安です。
「いえいえ、お気になさらずに。・・・それにしても、そんなにお仕事がお忙しかったのですか?」
「はい・・・。実はあのころから数が減りすぎたことを懸念して抗争を控えるよう、三種族の中でも規制が強まり始めていたのですが、それが却って逆徒どもを刺激する結果となってしまい、これ以上の損耗を控えるためには配下の者を遣わすよりも、強者である私自身が出張ることが必要とされていたのです。
ーーおかげで夜勤はもちろんの事、休日返上、早朝出勤、夜間出勤、特別手当の額だけは増えていく一方なのに肝心の使う時間が得られない。鬱憤がたまっていく中では妻と子供と過ごせる一時だけが私にとって憩いの場であり、オアシスとなっていったのです。到底、仕事のために減らすなどとは考えられません。私の方が死んでしまいますからな」
堕天使側の知られざる実情が、今明かされている!
・・・なのに何故、後半からはくたびれた中年サラリーマンの愚痴みたいな内容に? 姫神さんが恥ずかしさのためかプルプル震えだしてるんですけども・・・。
それにしてもお母さん・・・容赦ねぇー。近所の奥様方に大人気の聞き上手スキル使いまくりじゃないですか。バラキエルさん、完全に姫島さんが側にいること忘れ果てて積もり積もってた不満と不安を愚痴の形で吐露しまくってるじゃないですか。
これってもしかしなくても物語世界では、最強のチートスキルじゃね? すっごい地味な能力ですけど威力というか効果がパナイっす。
「ーーと、そのような事情で私が戻れなくなってる内に愛する妻は・・・」
長い過去話を語り終えたバラキエルさんが右手の袖で涙を拭くのを眺めてから母さんは、「なるほど・・・あなたも大変だったのですね。ご心労はお察ししますわ」などと、相手が話しやすいように大和撫子風に変えた(バラキエルさんの奥様がそう言うタイプだったそうなので)口調と態度で応じてあげた、その直後。
にんまりと悪戯っ子のような笑顔を浮かべて兵藤さんの前に座っている姫島さんの顔を一瞥しながら挑発口調で言ってのけやがりましたね、悪びれることなく堂々と。
「だ、そうだが。今の話を聞いた娘さんの意見も聞いてみたいんだ。話してもらって構わないかな? 朱乃ちゃん」
そこでようやく騙されていたことに気づいたバラキエルさんが「はっ!?」と叫び声をあげます。・・・遅すぎるでしょ。戦場でそれだと死んでたんじゃないですかね?
強者じゃなければ生き残れそうにない間抜けっぷり・・・さすがに強者は違うなぁ~。
「騙したのですか奥方! 私は貴女が他言などしない人だと信じて懺悔していたというのに・・・裏切る気ですか!? 私の信頼を裏切ると言うのですか奥方ぁぁぁっ!!」
「裏切るなどと、人聞きの悪い・・・。私はちゃんとあなたたち親子による姫島さんちの事情説明簡易版が終わってから介入させていただきましたし、その間に誰一人として席を立ってはいなかったでしょう?
ですから他言はしてません。今の話を知っているのは今この場にいる我々だけです。内輪話ですよ。外様に伝える他言などは決していたしません。お約束させていただきます」
「う、うむぅぅ・・・。確かに筋は通っていますね。私が浅はかでした。お許しください奥方」
早っ! 言いくるめられるの早すぎるっ! もっと頑張ってバラキエルさん! どこぞの世界で「逃げちゃだめだ!」と叫んでた引きこもりのぼっち中学生みたいに心の壁を張ることで!
「ま、こんな感じで家族間でも相手の知らない情報は多数所有しているだからね。
『お父さんなら出来ていたはず!』『あの子なら必ず解ってくれる時がくる・・・!』そんな希望的観測に基づいた楽観論を信じるよりも、実際に自分で動いちゃった方が早いし確実なんだよ。
家族という概念を宛にした信頼に基づく会話じゃなくて、自分と異なる価値観と考え方を持った一人の人間同士として向き合って話し合った方が絶対楽だし確実性は上昇する。間違いない」
「・・・・・・」
「なにしろ秘密にしてたこと全部言っちゃうわけですからね。聞いた上で思ったことは全部その人の真実になるわけですから、誤解も勘違いも成立しなくなりますよ。
逆にそれでも解ってもらえなければ、誤解や勘違いが原因の蟠りではないと分かるので選択肢が減ります。最初よりかは楽です」
「相手が解ってくれると信じるなら、『言わなくても解ってくれる』より、『今まで見せたことのない本音をさらけ出しても我が家の家族関係は崩れるはずがない!』って言う信じ方をしたほうが気持ち的にはだいぶ楽になりますよ?」
「そ、そういうものですか・・・? 私にはいまいち理解しがたい親子関係の形なのですが・・・」
「いや、実際問題うちの家庭なんか本音かくして話したことないですし。フォークを投げて解らせて、力付くで納得させる夫婦でしたし」
「そ、それはまた何ともうらやまし・・・いやいや、刺激的で特殊性に満ちた夫婦愛の示し方ですな。敬服・・・もとい、私の立場的には警戒せねばならない関係です」
「うちが特殊なのは事実なので構いませんが・・・朱乃ちゃんには経験者として、ひとつだけ忠告しておきたいかな」
「・・・・・・・・・なん・・・・・・でしょうか・・・?」
「うん、あのさーー長期出張して家を空けがちな夫や父親に言いたいことや、やりたい行為は我慢せずにやっといた方が絶対に良いよ?
次ぎにいつ言えるかマジで分からんし、悪いときには「ちょっとシリウスまで買い物に行ってきます! なぁにシリウスなんて直ぐそこです! ぱっと行ってサッと帰ってきますからご心配なく!お夕飯までには戻ってきますのでー!アデュー、アディオース!」とか叫んで手を振りながら出かけていって数年ぶりに帰ってきた夫を持つ、妻からの実体験に基づく助言だ。信じてくれて構わない」
「・・・・・・・・・」
「では、私は行くよ。夫に頼まれて買いに行く途中だったエロ同人誌を買い忘れてたからね。歓楽街の一角にある同人誌ショップに赴かなければ。
はは、夫を甘やかしたツケが今になって来ているわけだ。お恥ずかしい」
「「・・・・・・!!」」
「では、紳士淑女の皆様方よ、わたくしはこれにて御免。アデュー・アディオス!」
「あ、待ってくださいお母さん。私も一緒に・・・失礼しますね姫島さんに兵藤さん。また後日にでも(ぺこり)」
ててててててててててて・・・・・・・・・。
ーーしばらく行ってから、背後の神社から不思議な声が聞こえてきました。
『あ、朱乃! なんという格好をしているのだ! 破廉恥だ! そのような姿で亡き朱璃に申し訳が立たん!』
『うふふ・・・父さま。これが今の私です。ご存じありませんでしたかしら? 私が夜にこなしている悪魔としてのお仕事時に着ている制服姿がこれなのです』
『な、なんだってーーーーーっ!?』
『ですから、これは合法! 断じて嫌らしい行為などではありません! 父さまが堕天使の幹部としてこなしているのと同じ、立派な悪魔のお仕事なのです!
たとえお天道様の下で白日の元に晒されようとも、恥じらう必要性は何一つ存在してはおりませんのよ!』
『な、なるほど! 確かに朱乃の言うとおりだ! 私の娘は姿格好だけでなく、言うことまでもが正しくて立派だ!』
『うえええええええええええっ!? それでいいんですかバラキエルさーん!? アンタ一応は堕天使の幹部だったんじゃないんですかぁぁぁl!?」』
『さあ朱乃! いや、女王様よ! その正しき秩序と愛の鞭で、私の間違った認識を正してくれ! 私は朱璃にそうしてもらうことで、当時のストレス社会を乗り切ったのだ!
あの頃の熱意を! 情熱を! ドM心を!
私に身を持って思い出させてくれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!』
『言われなくたってーーーそうしてあげるつもりでしたわよ!
溜まり溜まった十数年分の娘の愛、思い知りなさぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!
オーーーーーホッホッホッ! 女王様とお呼びなさいませお父様!(ピシィッ!)』
『ああああああああっ朱乃! 失った我が妻の愛がここに復活! やはり神は死んでいなかった! パライゾはここにあったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!』
『なにその歪んだ家族愛!? ひでえ楽園もあったもんだなーーって、ぎゃふん!』
『何を他人事のように見ているだけなのイッセー君!? あなたは将来、私を娶るのですから家族も同然! いえ、今の時点で既に家族の一員です!
家族ならばーー私の愛を受け入れるのは当然の義務であり権利でもあるべきでしょー!?』
『あぁぁぁぁんっ! ーーこれは! 部長にお尻を抓られながら四つん這いになってた記憶が蘇ってくるかのようだ!
そして! いつかも見ましたがボンテージルックの朱乃さんは最高です! おっぱいが凄すぎる! おっぱいの精霊がーーいえ!おっぱいの聖霊が降臨してくる姿を幻視してるぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!』
『オパーイ、包ンダラ、良イジャン。パンツゥ、被ッタラ、良イジャン。
鞭デ、ブタレテモ、良イジャン。オパーイ、揉ミマクッタラ、良イジャン』
『『おおおおおっ! 我が新たな神エロスの教えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!
我らは今日より我が神エロスの教えを生涯貫くことを誓約いたします!!!!』』
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「あの~・・・お母さん。神社の鳥居の上に変な人が浮かんでいるのが見えたりしません?
何と言うかこう・・・『テルマエ・ロマエ』みたいな服着てるけど色は青で、背中に羽つけてて、顔が美形っぽいけどギャルゲ主人公みたいになってて見えない男の人の姿が・・・」
「ん? そうなのか? 私には何も見えないがな」
「・・・都合の悪い神秘現象は見えなくなる方針なんですね・・・」
存外、適当な母でした。別人であろうと所詮、私のは母は母。ご都合主義は変わらずですねー。
家族間の変な愛を実感した、妙な一日が終わりを告げます。
つづく