堕天使に愛された言霊少女   作:ひきがやもとまち

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少し振りの更新となります。

最近の精神失調の原因を他者へと押し付けてしまい、余計に悪化させていたことを深く反省し、また自覚し思い知ったために不安定な時に書いたオリジナル要素を解消するため今話に纏めてしまいました。
ですので次話から正規ルートへ帰還させます。ご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ございませんでした。

今後は読者様と自分自身にのみ向き合い、より面白い作品を作ることだけを執筆時には考えるよう努力させていただきます。
今までは未熟者であることを言い訳に使ってしまい、本当に申し訳ございませんでした! 二度と致さぬよう全力で留意いたします!

注:なお、今話までは比較的まじめでセカイ系くさいです。解消するには必要な回だったので書きましたが、次話からは緩い雰囲気に戻します。
今話内でも最後らへんで片鱗を見せてはみました。よろしければ見てやってください。


27話「墜ちた覇龍に英雄の一撃を!」

 ーー目の前では緋色の軍勢が、真紅色のドラゴンに突撃しては喰い殺されている。

 

 槍を構えて整列させての騎兵隊による突撃はブレスに阻まれ、突破に成功した何割かだけが敵の鱗を貫くのに成功した時点で限界点を迎えて崩壊する。

 喰い殺されて消滅した彼らに代わって第二陣を担うのは、弓兵部隊を背後に備えた重装歩兵だ。ブレスによる攻撃は盾で防いだが、どうにも硬度が足りないらしい。半分近くが一撃で半壊させられて鉄屑になってしまった。

 背後から一斉射させた射にも精度と威力が足りていない。鱗を貫くのが精一杯で、内側の肉を刺し貫くまでは後“数百年分の時間”が必要そうだ。

 

「ーーはっ、構やしないさ。どうせ死番だ。敵の性能を計る上で必要な犠牲としては、充分に許容範囲内だろうよ」

 

 まだまだだ。『たかが数万人』しか死なせてない。人類史数十年分の死者数しか出してはいない。減ってはいない。

 その程度の被害で人類は終わらないし、終わらせない。人類は偉大だ。たかだか一匹のトカゲ如きには滅ぼせない。神? 魔王? 悪魔堕天使天使? はっ、どれもこれも創作物だフィクションだ。人が作った物で人に壊せない物なんて存在しねぇんだよ。

 

 ーーたとえそれが人自身であろうともな・・・・・・。

 

 人類は終わらない。どんなに多くの犠牲を払ったって僅かでも生き延びれば、勝手に増える。多数のために少数の犠牲は必要ない。少数でも多数でも、人類が生き延びさえすればそれでいい。

 生き延びさえすれば、死ななければ滅びなければ。人は増えて人類以外を蹂躙する。殺し尽くす。

 弱者の人類は、常に最終的な勝利者だ。強者は弱者に寝首をかかれて滅びる未来が約束されている。

 

「ははははは。さぁ、どうする? どうするんだドラゴン?(化け物)。

 俺の城から出撃させた兵士は、まだたったの数千万にも届いていない。白銀の城には数百万艦艇すべてが出撃準備を完了させて待ちかまえているままなんだぞ?

 城主である俺は一人だが、俺の持つ兵力に限りはない。終わりはない。俺を殺し尽くすための兵力は、俺を殺せるまで尽きることはないからなぁっ!」

 

 “俺”はゲラゲラと馬鹿笑いしながら、取るに足らない化け物という名の“力持ちな田舎者”を心底から見下して口汚さを意識しながら罵倒し続ける。

 

「お前に出来るか? 神を気取って人を見下してきただけの、力自慢な田舎者でしかないお前に。

 千の敵を前にしても、万の敵を前にしても、億でも兆でも京ですら関係なく、那由他の彼方にある塵ほどの可能性だけで「充分すぎる」と言い切ったアンデルセンのように勇気ある愚行が!

 裏切られてきたからと言うだけで人類すべてを滅ぼすなどと喚き出した、か弱い化け物のお前に! 自分だけのものであるべき意志も体も魂も心さえもを明け渡して逃げ出した“俺みたいなお前如き”に出来るものならやって見せろよ、臆病でか弱い最強ザコ蜥蜴さんよぉぉぉっ!!」

 

 

 

 ああ、楽しい。悦しみだ。

 後数百年分で俺の軍隊は近代に達する。世界を滅ぼせる兵器ができる。化け物を殺せる兵器がいくらでも量産可能になる。

 

 ああ、悦しみだ愉しみだ。いつだって糞みたいな戦争を見ているのは、最低最悪に楽しい気分になって仕方がない。

 

 だって、自分が未だに最低最悪の屑でしかないことを、心を持って再確認できるのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんなの・・・あの赤色の軍隊は・・・」

 

 私は目の前に現れては消えていく、全身を赤く染め抜いた人の軍勢を見つめながら唖然としたままつぶやいていた。

 

 ドライグと一体化したイッセーは、緋色の軍勢に襲われながらも蹴散らし続けて未だに健在ではあるけれど・・・

 

「押され始めている・・・」

 

 そう。この戦いが始まってよりイッセーはずっと一方的に勝ち続けてはいるけれど、それは同時に連戦連勝を強いられることで消耗し続けることと同義だった。

 

 回復が追いつかない。開いた傷口が塞がりきる前に、再度切り開かれてしまう。開いた傷口に錐を捻込むように突き入れていき、徐々に徐々に拡大されていくその過程は戦況のすべてを俯瞰して見せられているようで、酷く不安にさせる物で満ちあふれていた。

 

 叫びと怒号。阿鼻叫喚と、飛び散る鮮血の赤、朱、紅、茜。

 ありとあらゆる赤色を自分たちの血だけで表現しながら、一匹の龍と人の大軍は無限に続くかのような闘争を繰り返し続けていた・・・。

 

 ・・・あれを異住セレニアが喚びだしたというの? いったいどうやって・・・。いえ、それもあるけど、今気にすべきはもう一つの事。

 

「武器が・・・最初の頃より進化している・・・?」

 

 軍勢が装備している武具。それが時間の経過に伴って強力になっていると言う、余りにも異常すぎる現象に私は自分の目と正気を疑いたくなる。

 ブーステッド・ギアが戦いの最中にパワーアップするなら分かるのだけれど・・・攻めては敗れ、再び別の部隊に攻め込ませている普通の軍隊が個人個人で武器を強大化させていくなんて事が起こり得るのかしら?

 いえ、時間さえあれば可能なことだし、むしろそれが普通の流れなのだと理解はしているの。

 でも・・・戦い初めてから十数分の間に『当初掠り傷さえつけられなかった武器を持つ兵士たちの標準装備が、伝説のウェルシュ・ドラゴンを圧倒する武器にまで進化する』なんて事が起き得るはずない・・・絶対にありえない・・・。

 

 

 

 

『そうだとも、お嬢さん。「あんな事は絶対にあり得ない」。そうだ、その通りだよ。キミは今、非常に正しい選択と決定を下した』

 

 その時だ。

 私の思考を読んだかのように目玉と触手で出来た化け物がこちらをギョロリと向いて、嫌らしい笑みを浮かべながら話しかけてきたのは。

 

 私は訳が分からず間抜け面を晒したまま、意味のない単語で真意の意味を問い返す。

 

「え・・・?」

『あんな不条理な存在は許せないだろう? 認められないだろう? 当然だよなぁ。自分たちが常識だと信じていたことを否定され、覆されるのは屈辱の極みだものなぁ。

 そんなこと「あり得るはずない」。そうやって現実から逃避したくなるよなぁ?

 なにしろキミは自分がしたくもない婚礼をグレモリー家次期当主の役目だ何だと立場で補強しなくては承諾することさえ出来ない絶対的なお子様なんだもんなぁ?』

「ーーー!!!!」

『その上、一度は背を向けて去った男が助けに来てくれた途端にコロリと寝返る尻軽でもある。はははっ、さすがは豊かな人間社会の日本に自領を与えられた超名門グレモリー家の次期当主様だ。

 名家の誇りを口にすることで贅沢三昧な暮らしを正当化し、男とイチャつき、満喫しながらも尚地位と名誉を手放そうとしない厚顔無恥さこそ、名門悪魔の当主に相応しい資質なのだと言うわけだね。

 生まれ故郷では支配し統治すべき民たちが、貧困に喘いでいると知っているだろうにねぇ』

「それは・・・・・・ーー!!!」

『立場と役割が違うから?』

「・・・・・・!」

『そうだよなぁ。その通りなんだよなぁ。国を統治し支配する者とされる者では、立場用いも役割も責任も背負わされてる義務までもが全く異なっているものなぁ。「立場が違う」と言われちゃったら反論しようがないものなぁ?

 そうだろう? リアス・グレモリー。

 下民と貴族では立場と役割が違うのだから差別するのが当たり前だと主張した、現魔王家にとっての反逆者どもである旧魔王一派ーー即ち「自分と仰ぐ旗が違ってただけ」の同類を討ち取りにきた名門様としては当たり前の正論だものなァ?

 ひゃは、ひゃは、ヒャハハハハハハハハハハハハーーーーーーーーーっ!!!!!』

「・・・・・・」

 

 私は下唇をかんで言葉の暴力に屈しないように努力する。

 まだだ。この程度じゃ倒れない。今までいったい何度の敗北を異住セレニアに味あわされてきたと思っているのリアス・グレモリー。

 しゃんとなって立ち上がりなさい! こんな奴にーーたかだか異住セレニアの猿真似しか出来ない程度の相手に負けたら、またあの銀髪チビの無表情に小馬鹿にされちゃうんだから!

 

『おや? これは意外。倒れなかったか。ーーああ、そう言えば君らはセレニア様とも何度か面識があるんだったな。多少の耐性はついているのが当然か。

 なら、これはどうかな?

 生まれながらに劣っている下々の民たちと、キミに選ばれ選出されたグレモリー家の眷属たちとの間に一体どれほどの差が存在しているか、わかるかいグレモリー?』

「!!! そ、それは・・・」

『そう! 明確に一つだけある! たった一つだけ、覆しようがない絶対的すぎる明確な差が! 「君という一個人に選ばれて支配階層に引き上げてもらった』と言う大きすぎる差が!

 支配者に選ばれた者と、選んでもらえなかった者たちとの間に広がる絶対的な経済格差は、作った本人様にも覆しようがないものなぁ?』

「・・・・・・っ」

『気に入ったら上に引き上げる。気に入らなかったら拒絶する。逆らえば殴る、反逆すれば殺す。支配者の定めた法に従わなかった者たちは一人残らず犯罪者で、自分たちが許しさえすれば名門へと返り咲ける! ああ、素晴らしい! なんて素晴らしく尊い支配制度!

 これほどまでに名門貴族優遇社会に生まれ育った超一流の名門貴族グレモリー家の姫君様であるキミには何だって許されて当然だものなぁ? 最初の魔王様に御仕えしていた偉大なるご先祖様のおかげで楽に暮らしていけてるリアス・グレモリー様ぁぁっ?』

 

 ーーその言葉は悪意たっぷりで誠意がなくて他意ばっかりで、私を中傷し傷つけること自体を目的に放たれているだけの、気にする価値のない悪口雑言の類でしかないと判ってはいたけれど・・・・・・

 

 それでも私は・・・・・・心が折れtーー

 

 

 

「その通りですナイアルホテップ。あなたの言うとおりリアス・グレモリーは冥界の支配者一族として当然の権利と義務を行使しただけのこと。なんら批判されるに値することはしていません。

 むしろ、当然のことをしている支配者を相手に誹謗中傷しかできない不平屋の自分自身を批判したらいかがです? 他人に寄生し、花びらかなければ自我さえ持てない偽物風情でしかないあなたご自身を」

 

 ーーえ?

 

 いつもと違う、冷静で丁寧だけど異住セレニアではない声に弁護されて、私は驚きとともに振り返る。

 

 そこで私たちを見ていたのはーー

 

「堕天使・・・レイナーレ・・・?」

 

 そう、そこにいたのはかつて私自身が死を望み、実行するようイッセーに促してしまった『至高の堕天使』を自称していた傲慢で尊大な身の程知らずの鴉・・・だった一人の人間の女の子。

 

 天野夕麻。それが今の彼女が自分のすべてだと言い切っている、とても大切な名前を持つ存在。

 

 

 

『これはこれはレイナーレ帝国元帥閣下。お会いできて光栄です。後数分しか存在を保てない故、短いお付き合いになると思われますが何卒よしなに』

「お断りします。人の名前を間違えて恥入りもしない無礼者と付き合うのは、セレニア様だけで充分ですから」

 

 無碍もなく拒絶され、ナイアルホテップと呼ばれた化け物は、やや顔を歪めて不快さを表したあと、改めて表情を取り繕い笑顔を浮かべながらレイナーレとの会話を始める。

 

『これは意外。あなたは陛下に御仕えする軍人であり、民主主義者セレニア・ショートの忠勇なる側近で在らせられる身でございましょう? それなのに陛下の特権を臣と目になるのですか? 民主主義者の陛下を貴族の小娘と同じ存在だとでも言うおつもりですか?』

「当然でしょう? 混沌帝国はセレニア様を頂点として一部の軍官僚・高級軍人たちが閣議をリードしている専制君主国家です。ついでに言えば、有事の際には国民すべてが兵士として前線にたてる国家総動員法が憲法に記載されてさえいる軍事国家でもあります。

 我が帝国は生まれたときより民主制とは水と油。相容れる存在では全くない。その事をセレニア様から生まれた娘を自認している貴方が知らなかったとは意外ですね」

『・・・・・・』

「そも、我が帝国軍は陛下個人に忠誠を誓い集ってきただけであって、世間に居場所が見つけられずに地球を飛び出し、自分たちの自由にしていい新天地を宇宙に求めざるをえなくなった逃亡者の成れの果て共が徒党を組んでいるだけの存在。

 いいとこ、現実に負けて逃げ出した敗残兵の寄せ集まりに過ぎません。その程度の連中を束ねているだけでしかない頭目に、貴方は絶対性と普遍性でも感じていたのですか?」

『・・・・・・貴方は、そうではなかったのか?』

 

 歪む顔を取り繕おうとする余り顔がどんどん無表情になっていく邪神とは対照的に、レイナーレはどこまで悪意と見下しの視線を変えようとしない。

 

 見下しきった表情で、相手に対する否定だけを込めた口調で、平然と異住セレニアの主張を・・・一刀両断してしまう。

 

「バカバカしい。あの方の思想はあの方だけの物。臣下たる我々が共有せねばならぬ義務はありません。我らは自由意志でセレニア様に忠誠を誓い、仕えることを誓った身。

 命令さえあれば、虐殺だろうと条約違反だろうと不意打ちによる奇襲を以ての開戦だろうと何でもやります。それが一個人の意志と決定が国家の法に優先される専制君主国家の軍隊と言うものだからです。私は君主国家の軍人として当然の義務と責任を全うするだけのこと。君主個人の思想など問題にもしてはおりませんよ」

『・・・自らが掲げた君主の正義は大義名分に過ぎないとおっしゃられる気か?』

「王は王としての役割を果たすことが義務として求められる。民主国家の政治家と、専制国家の支配者とでは役割が違う、義務が違う、臣下が求める素質が異なる。

 我々は民主主義者であるセレニア様という個人に、専制君主国家の長としての素質を求めて応じられた。それ故に忠節を尽くすし義務を全うする。

 つまりは、やってること自体にグレモリー眷属との違いなどありはしないのです。彼女もまた、自らの魅力でのみ配下を増やし従わせているだけに過ぎないのですからね。

 上に立つ者としての義務だの役割だのは端から求めている者など、眷属内にもいないでしょうから」

 

 ・・・・・・!!!

 

「好きで従っているだけの者たちに、個人の主観を押しつけるな道化。そう言うのはセレニア様がやるから許してやれるんだ。可愛いから、好きだから愛せる行為に成りえるんだ。他の奴らがやってるのを見ても不愉快にしかならん。

 早々に私の前から立ち去れゲス野郎。それとも自分の足で出て行くのは嫌ですか?」

『・・・・・・・・・』

 

 憎々しげにレイナーレを睨みつけていた邪神だったが、やがて反撃の糸口を見いだしたのかニヤリと笑い、こう言ってきた。

 

『では、あなたは今の陛下の行っている惨状をどう評価するおつもりかな? 見苦しく足掻いてのた打ち回り、他者に八つ当たりの暴力を押しつけまくる。そんな醜態をさらす指導者をあなたはどう評価する? 「これは何かの間違いです」とでも? その間違いによって何の咎もない少年が殺されそうになってる現状を見た上でも尚「間違いでした」などと言い訳するおつもりではないでしょうなぁ?』

 

「ええ、その通り。あれはただの間違いです」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? 今なんて・・・・・・。

 

 私は自分の耳を疑い目を疑い、もう一度レイナーレに事の真偽を確かめようとしたのだけれど必要なかった。なぜなら直ぐに二度目の宣言を同じ言葉でしてくれたから。

 

 

「何度でも言いましょう。あれはただの間違いです。専制君主国家の主権者が間違いを犯して人が龍になり殺されかかっている。ただそれだけの事です。なんらの不可思議もありはしないでしょう?」

「ち、ちょっと待ちなさいレイナーレ! そんな勝手な言い分が通るとでも思っているの!?」

 

 私には・・・いいえ、私たちには絶対に納得できない彼女の言い分を耳にして猛り立ち、朱乃たちとともに彼女を否定するため立ち上がっていた。

 

「グレモリー家次期当主の名にかけて、私の大事な眷属にそんな横暴は許さない。絶対によ!」

 

 指を突きつける私と、それぞれが得意とする獲物の切っ先を向けた眷属たちを頼もしそうに見返す私に対し、「そう、それでいい。それでなくてはリアス・グレモリーではありません」と、意外にも賛辞の言葉を送ってくれたのはレイナーレだった。

 

 私たち全員が意外さに打たれた顔で見ていると、彼女は逆に不思議そうな顔で「どうかしましたか?」と聞き返してきたので逆にこちらが慌ててしまう。

 この子は一体なにを言っているのかしら・・・? 訳が分からないわ。

 

 そんな私たちの気持ちが伝わっていないのか、あるいは伝わったからなのか。レイナーレは不思議そうではないけれど少しだけ不機嫌そうな顔になって苦言を呈してくる。

 

「また何か誤解しているようですが・・・念のために言っておきますけどね。私はあなたたちに一度殺されている身です。本来であればあなたたちと敵対関係にあるのが正しい姿なのですから、そんな私が今まで一定の協力をしてきたこと自体イレギュラーな要因による物なのだと自覚だけはしていてください」

『う・・・そ、それは・・・』

 

 い、痛いところをついてくるわね堕天使レイナーレ・・・最近わたしもイッセーの影響でついつい忘れてしまいそうになる敵と味方の構図を不意打ちで思い出させてくるなんて・・・。

 

 たじろぐ私たちを見ながら肩をすくめると、彼女は彼女のーーセレニア一派に所属する一員としての視点で私たちと自分たち、そして私個人について思うところを語ってくれた。

 

「私は自主的にセレニア様を慕い、彼女のために戦っています。そんな私にとっての優先順位がセレニア様を頂点にしたものであるのは当然のことです。

 これは混沌帝国元帥としての責務ではなく、私自身の意志と判断で“やりたい”と思ったからやっているだけ。法も規則も条約すらも関係ありません。好きな人の為にしてあげたいからしてあげている。

 それは悪魔のルールを破って自分を浚っていってくれたイッセー君に恋をしたあなたになら言われるまでもなく解ることでしょう?」

「・・・・・・!!!」

「あなたはそれで良い。そんな我が儘なあなたを慕って眷属たちはあなたに付いてきているのですから、下手に付け焼き刃の正当支配者ぶりを示されたところで期待できることなどひとつもない。

 言われて傷ついたから身につけただけの、にわか仕込み政治的センスなんてゴミ以下です。捨ててしまいなさい。あなたは今まで通り家族たる眷属たちだけのことを愛し考え特別扱いしてさえいればそれでいい」

「そんな勝手が許されるはずがなーー」

「自覚してないだけで、あなたは今までずっとそれを行ってきていましたよ。今更です。そんなあなたのことを眷属たちも、至らない未熟すぎる愛すべき主君として支えて行こうと決意しているみたいですし問題ないでしょう。

 あなたが間違えたところで他の部下たちが間違いを正してくれますよ。たとえ、あなたの綺麗なお顔を殴りつけてでもね」

「・・・・・・」

 

 私が背後を振り返ると、みんながサッと顔と視線を逸らすのが見えたので「ああ、これってつまり私のこと、そう言う風に見てたんだなー」と実感させられ地味に落ち込まされてしまった。

 

 そんな私を余所にレイナーレは、目前の邪神を無視して異住セレニアの元へさっさと歩いていってしまう。

 

『・・・無駄だ! それは母上の本性! 自分自身を否定し、消したいと望み続けた末に生み出してしまった弱さ故のペルソナだ! 内側から乗っ取られ本質の反転した人間におまえ如きの声が届くはずがない!』

「お前がそれを言うのか、ナイアルホテップ? セレニア様のペルソナであるお前が。

 セレニア様の中に無数に存在するセレニア様自身が邪神の姿をして一時的に現界してみせただけの仮初めの客でしかないお前如きにオリジナルである総体を語る資格はあるまいよ」

『・・・・・・!!!!』

「さっさと消え去れ。もう既に存在を維持できる時間は、数秒も残っていないのだろう? 末期の言葉は聞いてやらんぞ。そのような暇がないぐらいには私は忙しい。貴様が撒いたジェークイズの種を処理して回る必要もあることだしな。

 やれやれ、負け犬が破れかぶれにはなった最後ッペが面倒くさいのは、お約束という物なのかもしれないな」

『~~~・・・・・・・・・・・・!!!!』

 

 存在を完全否定された邪神は断末魔の雄叫びを上げようとした顔で消失し、後にはイッセーと異住セレニアの元へ向かうレイナーレと、彼女に合流するゼノヴィア、紫藤イリナの元教会コンビの姿だけが残った。

 

 

 

 

「さて、お邪魔虫に身の程を教え込んだことですし、ここからはアタシたちの

やり方で殺っちゃって良いって事ですよね? ね? ね? ねっ!?」

「イリナ・・・。今回はさすがに殺すのは不味いだろう。明らかにこちらの落ち度が原因で発生した状況破綻だ。綺麗さっぱり草木一本残らないよう処理してお返しするのが、人として果たすべき筋と言うものだ」

「ええー。面倒くさいなぁもう。綺麗さっぱり消しちゃうなら証拠も残さなければいいだけなのに~」

「どちらの意見も却下です」

 

 二人の元聖剣使いからの提案を棄却すると、レイナーレは私たちを驚愕させるような命令を下し始めた。・・・それは私たちにとって救いとなりすぎていて怖くなるほど都合の良すぎる命令だったから・・・。

 

 

 

「イッセー君は元に戻す。セレニア様には軍勢を消してから、正気に戻っていただく。

 他のことでも可能な限り冥界勢に配慮をしましょう。なにしろ今回の件では、大きすぎる借りを作ってしまいましたからね」

 

 驚く私たちにチラリと一瞥だけ寄越してきてからゼノヴィアは、

 

「・・・よろしいのですか? 陛下が正気を失っている間にそれほどの決定を下しても・・・」

「構いません。もともと結果に対して責任をとりたがっている人です。押しつけましょう。

 面責されず、責任を感じている間は今回のような暴挙には至らない方ですから丁度いいです。あの方は、どう言うわけだか胃を痛めている時の方が精神的に安定しているのでね」

「「ああー・・・言われてみると確かに!」」

 

 ・・・他人事ではあるけれど、その認識はどうなのかしらね? 案外、部下に恵まれていないのかしら異住セレニアって・・・。

 

 

「では、作戦行動に移ります。セレニア様の軍勢は、あなたたち二人で足止めしておきなさい。新種の敵が増えたことで戦争による技術発展速度は加速しますから気をつけるように」

「御意。無限に湧き出す軍勢の数に飲み込まれないよう留意いたします」

「ヒャッハーーッ! 死を起こすぞぉぉぉぉっ!!!!」

 

 二人が黒く染まった聖剣を振りかぶって軍勢に向かっていくのを見送ってから、レイナーレはドライグ状態のイッセーへと歩いて近づいてい・・・って、えええええ!?

 ちょ、ちょっと本気なのレイナーレ!? 死ぬわよ!? 殺されるわよ!? 一体何をする気なのあなたはーーーっ!?

 

「おっと、嬢ちゃん。ちょい待ち。今行くと危険すぎるから止めとけって」

「!! 美候!?」

 

 背後から私を羽交い締めにして咄嗟に動いた体を止めたのは、カオス・ブリゲードの美候だった。後ろから空間に空いた裂け目を通ってヴァーリまでやってくる。ーーもっと普通に出てこれないの、あなたたち!

 

 私の無言の抗議を軽く受け流しながらヴァーリは、イッセーたちの方を見つめて、

 

「赤龍帝のジャガーノート・ドライブを見に来ただけだ。やるつもりはない。

 どうやら中途半端に覇龍と化したようだが・・・強固なフィールド内で起こったことと、あの女がいてくれたことに感謝すべきだろうな。あれなら赤龍帝を元に戻せるだろう」

「・・・・・・・・・この状態から、元に戻れるの?」

「完全ではないから戻る場合もあれば、このまま元に戻らず命を削り続けて死に至る場合もある。・・・本来の場合はな。だがーー」

「だが?」

「あの女は底が知れない。不可能を前にすると可能にしなければ気が済まなくなる、救いようのない大馬鹿に分類すべき女だ。

 俺だけでなく、アルビオンもそう言っている。あれは“英雄”の器だと」

 

 ヴァーリの言葉が意外すぎて、私は思わずオウム替えしに訪ね返してしまった。

 

「英雄って・・・神話や伝説に出てくる、あの英雄の事よね? でも彼らは遙か神代にしか・・・」

「そう言う決まりがあるわけではない。人の中には時折、ああいった規格外のバカが現れる時がある。俺もそうだから良く分かるのさ。現時点では俺の方が下だがな」

 

 ヴァーリの、どこか憧れを滲ませた声音での発言は、私には信じられないものだった。あのレイナーレが英雄というのもそうだけど、それ以上に彼女は・・・

 

「種族は関係ない。心の有り様が問題なのだ。彼女は間違いなく心の底から自分のことを人間だと信じているし、信じて貫く覚悟をしている。あれはもはや信仰の域に達した想いだ。自分でも覆せなくなっているだろうな。

 あるいは彼女が魔王として世界とお前たちの前に立ちはだかっていた未来もあり得たのかもしれない。俺としては願ったりな展開だけど、お前たちにとっては都合が悪すぎるのだろう?」

「・・・!! それは・・・」

 

 口ごもる私に「ふっ」と笑いかけながら、

 

「だったら見ておけ。悪いようには決してならん。あれはそう言う女だ。見ているだけで解るし、解ってしまう。・・・母以外にもこういう女が世界にはいるのだな・・・」

 

 どこか懐かしむような口調でつぶやいたヴァーリが気になり声をかけようとしていたら美候が、

 

「あ、忘れてた。ほらよ、おまえらの眷属の癒しの嬢ちゃんだ。投げて渡してやるから受け取れ」

 

 ぽいっ、と軽い手つきで彼が投げてきた人型の物体はーーアーシア!? ちょっと、なんて扱い方してるのよこの野猿!

 

「うっせぇなぁ。俺はこれから始まるかもしれねぇ英雄対ドラゴンの戦いに胸を躍らせてるんだから静かにしとけよ気が散るだろ」

「~~~!!!!」

「うむ。美候の言うことが尤もだな。女が男の戦いに口を出すべきではない」

「こ、この脳筋おとこ共は・・・!!!」

 

 怒りで自分の髪が逆立ってメデゥーサみたいになっているのも気にかけず、私は礼儀知らずな男ども二人をにらみ続けた。全然堪えた様に見えないのが実に腹立たしいわね!

 

「英雄の血を引く子孫たちで結成されている英雄派。あそこにも曹操の様な強者がいた・・・彼とはやや事情が異なるが、生まれつき特別だったわけでもない只の堕天使が人間になり英雄となる。これがどれだけ異常なことか、実力でもって示して見せろよ女。

 いや・・・天野夕麻とやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドライグと一体化したイッセー君は、近づいてくる私に反応して攻撃してはきますけど、意志を損失して自我をどこかへ置き忘れてきたトカゲに『当たるように考えて攻撃する』と言う基本さえ非常に高度な行動らしく、当てずっぽうで周囲一体をぶち壊して行くばかりで当たる怖さと言うものをまるで感じられません。

 

 ーーいい加減、退屈すぎて飽きてきましたね。

 以前、修行に付き合ってあげたときに感じた胸の高鳴りと鼓動が夢幻に過ぎなかったのかと誤解してしまいそうで・・・不愉快です。

 

「ーーイッセー君。聞いてください」

「があああぁぁぁぁあああぁぁ!!!」

「イッセー君、イッセー君。落ち着いてくださーー」

『ディバイドディバイドディバイドディバイドディバイドディバイドディバイドディバイドディバイドディバイド!!!』

「イッセー君ーー」

『ブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストブースト!!!』

「イッセーくーー」

『ロンギヌススマッシャ・・・』

「――だ~か~ら~・・・・・・一度吹っ飛んで頭冷やしてこい!!

 この糞ドラゴンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ずどばしぃぃぃっん!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァオオオオオオオオオオオッス!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』』』』

 

 

 

 

 お、落ち着いて聞いてちょうだい。今おきたことを有りの侭に話すわね。

 

 ーー堕天使状態になってもいない、平常モードのレイナーレが、拳一本でドライグと一体化したイッセーを殴り飛ばして神殿の壁に頭から突き立ててしまいましたとさ。終わり。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うっそーん・・・・・・・・・」

 

 

 

 英雄って・・・本当になんでも有りにしちゅう存在だったのね・・・・・・。

 

つづく


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