堕天使に愛された言霊少女   作:ひきがやもとまち

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最近職場で嫌な事が重なっていたからか軽く病んでたみたいで今話の作風は若干ブラックです。タグに「残酷描写」を入れざるを得ませんでした。
本格的に書いてる人のと比べたら問題ない程度だと思いますので、体制が皆無の方のみお控えください。

久しぶりにイリナとゼノヴィアがメインの回です。黒く染まった聖剣使い二人の活躍をお愉しみ下さい。
それから久しぶりに宗教批判な台詞が出ますので、お気を付けて。


なお、本来ならばここにも書くつもりだった原作誤用の理由説明なのですが、長くなってしまって短く纏められなかったので詳細は、活動報告『試作品集の一作「私には、あなたの夢を継ぐことが出来ません。」を書き直します。』の下記の欄をご覧ください。


16話「大虐殺です」

「そろそろ時間ね」

 

 部長がそう言って、立ち上がる。

 決戦日の当日。俺たちは深夜にオカルト研究部の部室に集まりレーディングゲームの会場へ赴くため最終準備を終えたところだった。

 

 アーシアがシスター服、ゼノヴィアとイリナは例のエッチな戦闘服で、夕麻ちゃんは駒王学園に転校してきてからは着なくなってた初対面時の他校の制服姿。他の俺たちは駒王学園の夏服だ。

 学区が違うのか、セレニアだけは相変わらず見たことのない制服姿でお茶を飲んでいる。微妙に混沌としている気がするが、まぁいつものことか。

 

 部屋の中央にある魔法陣に集まると光が走り、転移の時を迎えようとしていたーー。

 

 

 

「・・・・・・着いたのか?」

 

 光が消え去って視力が回復してから目を開く。するとそこには、だだっ広い場所が広がっていた。一定間隔でぶっとい柱が立ち並んでいて、後方には巨大な神殿の入り口が!

 

 ここが俺たちの陣地ってことかー。・・・そう言う風に前向きな解釈をしていた俺の横で銀髪の他校性は、

 

「だだっ広い場所の中央に集められてて、周囲に立ち並んだ太い柱が絶好の自然防備壁となり、無防備な空中からは狙い撃ち放題。魔法陣でのワープ移動を使用しているため進む道も戻る道も後方にある神殿ただ一つだけ。

 敵を誘い込んで十字砲火を浴びせる上では、最高のクロスファイアポイント足り得る場所ですね」

 

『『『!!!!!』』』

 

 小さくて聞き逃してもおかしくない、でも何故か聞き逃したことなど一度もない独特の声に反応して部長たちが即座に互いを庇い合うようにして構えるが、いまいちセレニアが何を言っていたのか理解できなかった俺は反応が遅れ、神殿とは逆方向に魔法陣が出現しだしてからパニクってしまった。

 

「え!? ディオドラか!? まさか、今度のゲームは間近で合戦とか!?」

「イッセー! バカなこと言ってないであなたも早く構えなさい! 敵がすぐそこまで来ているかも知れないのよ!」

「へ、は・・・え? 敵ってどういう・・・・・・」

 

 何がなんだか分からないまま呆然としてしまう俺だが、他のみんなは分かっているらしく真面目な顔で相談しだした。

 

「アスタロトの紋様じゃないわね・・・」

「魔法陣すべてに共通性はありませんわ。ただーー」

「全部、悪魔。しかも記憶が確かならーー」

「記憶違いでも一向に問題ありませんよ。これはレーディングゲームです。魔王をはじめとして冥界貴族の大御所のみが参加できる余興である以上、事前通達もなく悪魔以外の種族が来ることなどあり得ません。

 また、封建貴族制が敷かれており部族ごと領地ごと各家門ごとに集まって暮らしている割合が多い現在の冥界において、部族も家門も関係なく寄り合い所帯ながらも一大組織を形成できてる悪魔の一派などひとつしか存在してはいませんのでね」

 

 ・・・??? いったい何の話をしてーー

 

「やはり、魔法陣から察するとおり『カオス・ブリゲード』の旧魔王派に傾倒した者たち・・・!!」

「ーーなっ!?」

 

 マジかよ! なんでカオス・ブリゲードが俺たち若手悪魔のレーディングゲームに乱入してくるんだよっ! テロリストだからか!? でも、なんで俺たちの試合だけーーって痛ぁっ!? 何しやがるゼノヴィア!!」」

 

「阿呆が。場所と事前に得た情報を符号すれば答えなど考えるまでもあるまい。

 ディオドラ・アスタロトが魔王サーゼクス・ルシファーを見限って、カオス・ブリゲードに荷担した。ただ、それだけの話だろうが」

「な、なんでディオドラが部長のお兄さんを!?」

「自分が王に取って代わりたいからだろう? 権力を持つ者が支配者に反旗を翻す理由が他に必要か?」

「・・・・・・な・・・あ・・・」

 

 アッサリと、何でもないことのように言うゼノヴィアの言葉が理解できなかった俺は思わず唖然として黙り込み、次第に理不尽な連中に対する怒りがこみ上げてきた。

 

 許せねぇ・・・! そんな手前勝手な理由でサーゼクス様を裏切るなんて絶対に許せねぇ! ディオドラの野郎、ぶっとばしてやーーあ痛ぁっ!? またお前かゼノヴィアぁぁぁっ!!」

 

 ポコポコポコポコ人の頭を後ろから殴りやがって! 何様のつもりだこの野郎!

 非難を込めて睨みつけてやるとゼノヴィアは呆れたような顔で俺を見つめながら、

 

「本物の阿呆か貴様は。低い視点だけで他者を決めつけるな。別の視点からも物を見ろ。支配する側とされる側では事情が異なる、立場が違う。

 背負っている名前の重みも行動の意味も、周囲へ与える影響までもがまったく違うのだ。同じ基準で考えてよいことなど、何一つとして存在してはいないのだ。

 生まれたときから支配する側にいた者に、地を這う虫けらの気持ちは分からない。

 生まれついての弱者には、強者として生まれた者の孤独は理解できない。

 それらを承知の上で相手を否定し罵倒できなければ、身勝手な子供の癇癪と同じだ。感情にまかせて吠えたところで何ひとつ守れないし解決もしない。無闇に敵を増やすだけ。

 護りたい者が側にいるなら、言葉はよく咀嚼し吟味してから口に乗せるようにしろ。でないと貴様の不用意な発言が、仲間と主を死地へと誘う結果を招くことになる」

「ーーーっ!!!」

 

 咄嗟に言い返そうとした瞬間、頭に浮かんだ色々な事が邪魔してなにも言えなくなってしまい、ただ黙ったまま相手を睨みつけていた俺は冷徹すぎる相手の目力に耐えかねて視線を逸らす。

 

 気づけば周囲を囲まれていて、中の一人が部長に向かい挑戦的な物言いをしてきていた。

 

「忌々しき魔王の血縁者グレモリー。ここで散ってもらう」

 

 ーーやっぱり旧魔王派を支持している奴らか! 確かにこいつらにしてみたら、現魔王に関与している俺たちは目障りなだけだろう。

 部長の命を狙う奴らは俺の敵だ! まとめて叩きのめしてやるぜ!

 

 ・・・などと勇みよく構えて気分を一新し、拳を構えなおした次の瞬間ーー

 

「キャッ!」

 

 ーーアーシア!?

 

 悲鳴が聞こえてきた方へ振り向くと、そこには空中で逆さ釣りされたアーシアを捕らえたディオドラの姿が!

 

「やぁ、リアス・グレモリー。そして赤龍帝。アーシア・アルジェントはいただくよ」

「さわやかにふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、このクソ野郎! つーか、どういうこった! ゲームをするんじゃなかったのかよ!?」

「バカじゃないの? ゲームなんてしないさ。キミたちはここで彼らーーカオス・ブリゲードのエージェントたちに殺されるんだよ。

 いくら力のあるキミたちでもこの数の上級悪魔と中級悪魔を相手にできやしないだろう? ハハハハ、死んでくれ。速やかに散ってくれ」

 

 俺の叫びにディオドラは初めて醜悪な笑みを見せ、それを見た部長が宙に浮かぶディオドラを激しく睨みつける。

 

「あなた、カオス・ブリゲードと通じたというの? 最低だわ。しかもゲームまで汚すなんて万死に値する! 何よりも私のかわいいアーシアを奪い去ろうとするなんてっ!」

 

 部長のオーラがいっそう盛り上がる。キレてる! ですよね! 俺だってブチ切れ寸前だ! こいつだけは! この野郎だけは絶対に許さねぇ!

 

 感情の高ぶった俺はドライグの力でこいつをブン殴ることしか頭になかったし、部長だってアーシアを救い出すことに意識が集中していたんだろう。

 

 

 

 ーーだから気がつかなかった。気づけなかった。この場にいる全員が当事者なんだと思い込んでいた。とんだ凡ミスだ。

 

 今ここには第三者がいる。第三勢力がいる。俺たちとは異なる理由と価値観を持った赤の他人が参戦している。

 

 頭に血が上り、その事実をすっかり忘れてた俺も部長もディオドラさえもが油断しきってたんだ。

 

 

 

 空を走る鋼鉄の糸がアーシアの右足を掴んでいたディオドラの左手を掠め飛び、右肩を刺し貫いて鮮血が舞い上がったその瞬間までーー。

 

 

「ぎ、ギャァァァァァァァァァっ!?

 肩が! 高貴なる僕の右肩からち、血がぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あっはははは☆ しっつれーい、ごめんあさ~せ~♪

 あんまり隙だらけだったから、つい手が滑っちゃったのよ~☆

 わざとだけど、かわいいから許してね♡ あっは~ん♪」

 

 わざとらしくーーいや、明らかにわざとだがーーふざけた口調とふざけたセクシーポーズを取って見せた不意打ち攻撃の犯人は紫藤イリナ。

 俺の幼馴染みにして元教会の戦士で聖剣使い。そして、ゼノヴィアと同じく今はセレニアの腰巾着でもある少女。

 

「多人数で取り囲み、騙し討ちしようとしたのはそっちが先です。

 まさか不意打ちぐらいで卑怯だなんだと騒ぎ出したりはしないでしょうね? ディオドラ・アスタロスさん」

 

 一歩、俺たちの前へと進み出て、旧魔王派の悪魔たちに公然と胸をさらしながらセレニアは、平然と自分の手下が行った不意打ちを正当化する。

 まるでそれが相手のせいであるかのように。非は相手にこそ有るとでも言うかのように。お前がクズだから自分も合わせてやったんだ、ありがたいと思えとでも理不尽な要求をしてくるかのように。

 

「き、貴様・・・あの時にいた人間の小娘・・・っ!!」

「異住・セレニア・ショートと言います。ああ、別に覚えておかなくても結構ですよ? これから殺すつもりの相手の名前なんて、戦士ではない軍人には覚えておく価値は皆無なのでね」

「くっ・・・!」

「言うまでもありませんが、今のは警告です。先手必勝は戦の常道なのに、取り囲んだだけで勝った気になっている甘ちゃん坊やを一撃で殺さなかったのは貴方がアルジェントさんを掴んでいたからです。彼女に当たる可能性を考慮して、先の一撃は警告にとどめてあげました。

 ようするに貴方の流した血の価値は、私にとって彼女の掠り傷一ヶ所分にすら及ばないと言うことです」

「貴様っ!」

「いいですか? よく聞いておいてくださいね? 二度は言いませんからね。

 彼女に掠り傷一つでも付けてご覧なさい。あなたを切り刻んで邪神ショゴスさんたち用の餌にして差し上げましょう。貴方以外の誰かが偶然に触れて傷が付いてしまった場合も同様です。

 御自身の命を大切に守り抜くため、せいぜい彼女を大切に慎重に丁寧に扱ってあげてください。ザコ悪魔のディオドラ・アスタロスさん」

「・・・!!!」

 

 無表情に嘲笑されるなか、ディオドラは顔色を怒りの赤から青へ、最後にはドス黒く変色させて魔力の弾を放ってくるがゼノヴィアによって軽く切り捨てられ霧散する。

 

 返す刃で切りかかっていくゼノヴィアの攻撃をディオドラは魔力の弾を放って牽制するが、彼女は即座に後方へと飛んで距離をあける。

 

 逃げるのか臆病者めと口汚く罵りだしたディオドラの肩を“背後から”放たれた赤い光線が再び貫き、また悲鳴と血しぶき。

 

 血が流れて痛む右肩を押さえたいのに、アーシアを掴んでいるから左手が使えないディオドラにセレニアは、

 

「貴方の意思確認は、すでにあの時済ませてありました。ならば情勢から見てあなたがゲーム会場に罠を張ってくるのは道理。見破られている罠は、敵側にこそ利用価値があるものです。

 この会場の周囲は別働隊によって包囲を完了してあります。逃げだそうとすれば狙撃されますよ。お気をつけて行動してください」

「お前・・・お前お前お前お前お前ぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「アルジェントさんを傷つけたときも同様です。あなたの死命はこの場にいる限り、我々の手の中にあるものとご理解ください」

「ーーーーーー!!!!!!」

 

 怒りのあまり声を出す余裕もなくなったらしいディオドラは、アーシアを掴んだまま空間を歪ませ退却していった。

 

「アーシァァァァァァァァッ!」

 

 俺は宙に消えたアーシアを呼ぶが、返事として返ってきたのはセレニアの冷静すぎる冷ややかな指示だけ。

 

「敵指揮官の離脱を確認。統制を失い逃げ場のない、敵残存兵力の排除をお願いしますね、紫藤さん」

「りょうか~い♪ それじゃあ皆、いっくよー☆

 殺っちゃえ人造聖剣! 『エクスカリバー・ガリアーン(罪人)』!!」

 

 自分たちに指示を出すはずだったディオドラがいきなり消えちまったせいで混乱している敵にたいし、容赦なく追撃を仕掛けようとするイリナ。武器は、いつか見た聖剣エクスカリバー・ミミックだったが、刀身だけ黒く塗り替えられていた。

 

 少なくとも見た目に関して変わっているのは、それだけだった。

 だがーー中身は全くの別物だ。あれは聖剣なんかじゃない。遙か昔にあったっていうエクスカリバーの模造品なんかじゃ断じてない。

 あれは兵器だ。正真正銘敵を殺し尽くすためにのみ生み出された殺戮兵器。

 その禁断兵器にかけられていた封印(セーフティー・安全装置とも言う)が今、解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我流『ウェルカム・トゥ・ヘル(地獄へようこそ)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリナの手元にあるエクスカリバーの柄から伸びている刀身は一本だけ。

 どうあっても剣では一人の敵としか戦えないし倒せない。それが常識だったはずだが・・・こいつらは常識破りの常習犯だ。自分たちにとって邪魔なルールなんざ、ぶっ壊して新しいルールを力付くで決めさせることに躊躇いはない。

 

 この聖剣もそれだ。いや、今まで見てきた中で一番ひどい、最低最悪のルール破りだ。吐き気がする。

 

 なぜならこの聖剣エクスカリバー・ガリアンは敵と斬り合うためではなくて、敵を切り裂き皆殺しにするためだけに作られたとしか思えない、おぞましい武器だったのだから・・・!!!

 

 

 

 

 

 ビュルルルルルルルルルッ!!!!

 

 

「なっ!? 剣の刃先が別れたのか!?」

「だが、それならどうして全ての描く軌道が別々なのだ!? 道理に合わないではないか! あれは上級悪魔のなかでも取り分け力のある者が使える能力と同じものだぞ!」

「しかし! あれほど多くは枝分かれしない! あれほど変幻自在に意志ある一個の生物であるかのような動きを無数の刃に行わせるなど不可能だ!」

「ならば、あれはなんだ!? どういう理屈で成立している!?

 そもそも人間ごときが我ら上級悪魔と同等の魔力を持っているはずがない! なにか必ずトリックがあるに違いないのだ!

 

 

「わ、わぁぁぁぁぁっ!! こっちに来るーーーーぐべぇっ!?

 ーーう、腕がぁ~・・・俺の右腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁごほぁっ!?」

「ひっ!? なんだこれは!? なんだと言うのだこれは!?

 何故追ってくる!? 何故避けたのに避けきれない!? 何故、どこまで逃げても追ってきて、俺を切り刻もうとするんだよぉぉぉぉぉっ!!!!!」

「助けてくれ!助けてくれ!助けてくれ!

 俺は、俺はまだ死にたくねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 かあさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!!!!!!!!

 ぐほぇはぁっ!? ひげ、ほげ、ふげげげげげぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね死ね死ね死ね死に絶えろ~♪ みーんな綺麗に惨殺だぁ~♪

 死体に身分と生まれは関係な~い♪ みーんな最後は死んで土の中♪

 貴族も庶民も墓の中♪ 墓の下♪ 土の下♪ 腐って虫に食われて土になる♪

 人も悪魔も天使も堕天使もみんなみーんな、お腹を切れば中身は同じ♪

 どいつもこいつもお肉の塊、肉袋♪ 肉は切って焼いて食べるが吉よ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリナの歌う歌声にあわせ、カオス・ブリゲードが無数の刃に包囲されて切り刻まれて死に絶える。

 腕を切られて足を切られて切り落とされる。切られた足を拾おうと伸ばした腕を切り刻まれて、失った腕の痛みで上げた悲鳴は四方から襲いかかる刃の檻に閉じこめられて外には漏れ聞こえない。

 

 切られた肉体は更に無数の肉片へと切り刻まれて、原形を留めていられる時間は秒単位。悪魔が悪魔だった物へと変わって、やがて影も残さず完全に掻き消える。

 

 会場から逃げ出そうとした者もいたが、赤い光によって即座に眉間を撃ち抜かれ落下していく味方の死体を目にして空は真っ青な顔で死に物狂いで足掻き回りながら次々と惨殺されていった。

 

 

 逃げ出す事が不可能な、無限剣地獄。

 落とされた者に、切られて死ぬ以外のエンディングは存在しない。

 

 

 残るのはただ、血。血、血、血。

 

 血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血ーーーーーーー

 

 

「イッセー! 見ちゃダメよ!」

「ーーっ!? うぷっ!!」

 

 部長の声で我に返った俺は、思わず手で口を押さえて込み上がってくる吐き気を必死に押さえる。

 意外すぎる展開に頭が付いていかなったおかげで今まで見続けていられたが、あらためて正気を取り戻してしまうとダメだ。我慢できないし直視することも出来ない。

 悲惨すぎる、地獄すぎる。この世に地獄が実在するなら、今目の前にあるこれがそうだと本能が俺に訴えかけてくる。

 

 

 俯いて口を押さえる俺には部長の後ろ姿だけが辛うじて見えているが、イリナとセレニア、それにおそらく残りの二人も地獄を見つめ続けているんだろう。

 その証拠に聞こえてくる会話内容は穏やかに、そして冷静に地獄を観察しているものだったから。

 

「敵は戦意を損失して逃げに徹しているようですね。戦略的には正しい判断です」

「はい。もとより奴らは寄せ集め。アスタロト家に代々仕える譜代の臣と言うわけでもない。雇い主が撤退し、残された自分たちも不利となった現状で命を懸けて戦う気概がある者ならば野合して徒党を組んだりはしませんよ」

「同感ですね。彼らからは勇気も覚悟も、意地と負けん気すらもが感じられません。ただただ恐れと恐怖が今はあり、最初は嗜虐心と歪んだ悦びのみがありました。

 彼らの言う戦争とは、自分たちが一方的に敵を殺せる虐殺のことです。

 敵が自分たちに対抗できる力と意志を有していない時だけ発揮される勇敢さは、蛮勇ですらない。単なるサディズムに過ぎません。身勝手な親が、無抵抗と信じる子供に対してのみ暴君になれるのと同じ理屈ですわ」

「・・・斯くて日は沈み、旧魔王派の零落は決定づけられた、と言うわけですか。呆気ないものでしたね。

 あれでも積み上げてきた時間と歴史だけは冥界一だと聞いていたのですが・・・」

 

 セレニアの言葉にゼノヴィアが「ふっ」と微かに笑い、首を振る気配を見せた後、

 

「伝統の正体は時間です。どれだけ長い時間それを尊い、すばらしい、正義だと信じ続けてきたかで伝統を根拠とする正義は正当性を得られる。

 現在という視点から見れば、今より古いものこそ正義となるでしょう。当時の過去から見れば、より古いものが正義と言われていたように。

 要するに正義とは時間のことなのです。数千年間の時を経て降り積もった歴史こそが、伝統に正当性と権威と力を与えている。古いものが正しい。長く続いたものこそ正義なのだとは、つまりはそう言うことでしょう?」

「・・・過激ですね。それに、やや自虐的にも感じられます」

「自虐ですからね。長い間信仰などという子供の遊びを絶対視してきた自分への戒めです。あんなものは路傍で拾ってきた石を、綺麗に磨き上げるのと同じ事でした。

 石も刻めば人の姿を取るでしょう。皆で頭を下げて御神体だと崇め奉れば神の像にもなるでしょう。神の教えも人が口にした時点で、人界で使用される平凡な人語に成り下がる。

 所詮、どちらの正義が正しいかなど、その人が正しいと思うか否かだけで決まってしまうものですよ」

「ゼノヴィア! あなた・・・! 私たちグレモリー家が主張する正義と、カオス・ブリゲードが主張している正義とが同じものだとでも言いたいの!?」

「最初から存在している正しさなどないさ。歴史ある大国に君臨する王家も、元をたどれば一介の平民に過ぎん。現に、魔王サーゼクス・ルシファーの先祖は魔王に仕える臣下の一人に過ぎなかった。

 それが何代も歴史と時間を積み化されていくうちに尾鰭が生えて、権威という名の飾りも付き、魔王などと言う仰仰しい名札が付けられたことで、国家の正義そのものになった。

 ふん。伝統がどうたら言うのであれば、今は亡き先祖の仕えた主君の地位を簒奪して魔王を僭称している己が兄でも、恩知らずとして糾弾すればよかろうよ」

「ゼノヴィア、あなた・・・あなたって人はーーーーっ!!!」

 

 

 パンッ! と、柏手を打つ音が響いて部長とゼノヴィアの間で迸っていた険悪な雰囲気の雷光は霧散して、後には白けた雰囲気だけが残された。

 

 その白けた空気の飲まれたのか、いつの間にか俺の体調も持ち直していて普通に立ち上がることが出来たし、吐き気も治まっている。

 

 音の主、両手を自分の胸の前であわせたセレニアは何事もなかったかのような態度で俺たちの方へと振り返り、いつも通り平常運転な口調と声音で告げてきた。

 

「時間切れです。紫藤さんの露払いが終わりました。我々はこれからアルジェントさん救出のため進軍するつもりでいますが、グレモリーさんたちもご一緒しませんか?

 私たちの暴走とやりすぎを制止する為のポジションに付けますよ?」

「・・・!! ーーわかったわ、その提案を承諾しましょう。これから一時わたしたちグレモリー一派はあなたたちと行動を共にします」

「結構ですね。では先行してトラップ類の排除を試みておきます。あなた方は後ほど体調が回復してから、ゆっくりとお越しください。

 ーーもちろん、やむを得ない場合をのぞき、敵は出来るだけ捕縛を優先するつもりではおりますよ。アスタロスさんのせいで有耶無耶になっちゃいましたが、本来私たちはゲームに参加させていただいてる側ですからね。この程度の命令は聞き入れるのが筋と言うものでしょう」

「・・・わかってるなら、それでいいわ」

「では、後ほど神殿内で。

 ああ、言うまでもないとは思いますがアスタロスさんが逃げ込んだと思しき神殿内には女性を玩具として弄ぶ、嗜虐趣味の彼が『すばらしい、美しい』と尊んで神聖視している如何にも悪魔らしい芸術品が置かれてる可能性がありますので、ご注意を。では」

「ーーっ!!」

 

 最後の一言で俺たちの足を再び地面に縫いつけてからセレニアは、鉄の蛇の群みたいな剣を振り回して地面を抉りながら進んでくイリナを先頭にして、まっすぐに神殿へと向かって行ってしまった。

 

 

 

つづく。

ディオドラ・アスタロトVS混沌帝国軍三長官VSドライグ・イッセーの戦いまで後少し!




書き忘れてましたが、平然としている風に見えてセレニアは結構きつい精神状態にあります。勝った時が一番疲れるヤン・ウェンリーの特徴をそのまま引き継いじゃってますから。影だけは肩を張るのが指揮官の役目と思って相当に無理している状態です。



本来であればそう言うシーンとして、戦い終わってから疲れた声で戦闘終了を告げるシーンを入れる筈だったのに忘れてました。ごめんなさい。次から気を付けます。

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