モモンガさま漫遊記   作:ryu-

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第8話

「お待ちしておりました、モモン様」

 

 深く礼をする少女の名は、ラナー。その姿は王族の振る舞いというより、それに仕える臣下に近い。

 

「ああ、ご要望の品だ」

 

「お初にお目にかかるラナー殿。我が主の命に従い、これより汝に仕えよう」

 

 空間より突如現れた仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)の横には、数々のマジックアイテムを身に付けた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿があった。

 

「デイバーノックと名乗らせている。六腕にちょうどエルダーリッチが居たのでな、私が用意したこいつが成り代わろうが誰も判らないだろう。今後はこいつを通して事に当たるがいい」

 

「お心遣いありがとうございます。それでは八本指は既に……?」

 

「処置済みだ。魔法で永続的な洗脳は面倒だからな、“調教”が得意なモノを召喚してやらせた。一部実行中だが、大部分はすでに支配下にある」

 

 ラナーは恍惚の笑みを浮かべる。何しろ、今この時より彼女は王国の裏を支配したも同然なのだ。腐りきって表の力は無いも同然の王国では、実質全てを支配下に置いたと言っても過言ではない。彼女の夢は、もはや手に入れたも同然だ。

 

「一応、他のシモベもいくらかくれてやる。後はせいぜいうまくやるがいい」

 

「了解いたしました。それで、報酬の件ですが……」

 

「まあ、貰える物は貰っておこう。多少の金銭等、正直私にとってはそう価値のあるものではないんだがね」

 

「申し訳ございません。もし、他に何がご要望があれば可能な限りお応えいたしますが……」

 

「……そうだな……では一つ、お前達の政策について」

 

 モモンガは少しの躊躇の後、口を開く。その言葉は強大な魔法詠唱者には見合わない優しい言葉だった。

 

「アレがもう少し、生きやすい国にしてやってくれ。窮屈そうだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 八本指の件もある程度落ち着いた事から、関係者たちは集まって宴を開いた。

 流石に王女であるラナーこそ参加できなかったが、蒼の薔薇、レエブン候の私兵、クライム、モモンガ、そして会場でもある自らの家を提供したガゼフ達は、皆で持ち寄った料理や酒を大いに楽しんでいた。

 

「一番、俺! 踊ります!」

 

「やれやれーい!」

 

「ガハハハ! いいぞー、へたくそー!」

 

 一同は笑い、叫ぶ。なにしろ悪名高い八本指を打ち倒したのだ。酒がうまくなる程度には高揚感を覚えて当然だろう。女性だけの蒼の薔薇とて例外ではなく、男達程ではないが宴を楽しんでいた。

 

「よお童貞! 呑んでっか!?」

 

「え、ええ、ガガーラン様。まだ公務があるので少しですが」

 

「みみっちい飲み方してんじゃねぇぞぉ……今回ので男を上げたんだしよぉ、なんならこの勢いで童貞も卒業すっか?」

 

「はは、遠慮しておきます」

 

 男達並みに豪快な飲み方と厄介な絡み方をする者もいるにはいる。飲食できないモモンガは酔えない体に恨みを覚えつつも、一応の弟子を庇ってやる事にした。

 

「こほん、ガガーランさんその辺にしてやって下さい。今回一番の功労者ですし、労ってあげるのも大人の役目ですよ」

 

「モモン様……」

 

「……」

 

「な、なんです?」

 

 庇って貰い感動しているクライム。どうも今まで彼女のセクハラを嗜める大人は居なかったようだ。

 それはそれとして、ガガーランが真剣な表情でモモンガを凝視する。短い付き合いだが、戦闘中でもないのに彼女の様な豪快な人間には珍しい表情に思えた。

 

「なあ、モモンさんよお」

 

「はい」

 

「アンタ、童貞だな?」

 

「はい、はい?」

 

 ―――静寂が、広がる。

 

「……」

 

 誰も口を開かない。

 身内で盛り上がっていた蒼の薔薇だけでなく、先ほどまで馬鹿騒ぎしていた人間も、あのガゼフでさえ、静寂魔法にでもかかったかのように口を閉じ、モモンガを見ていた。

 (あ、精神沈静化した)とモモンガはどこか他人事のように思う。

 

「……趣味が悪いですよ、ガガーランさん」

 

「冷静な反応だな……チッ、確率は5分5分ってとこか。俺のセンサーも鈍ったかねえ」

 

「大の大人が肉体はピュアとか、ちょっと萌える」

 

「肉体がピュアなのはラキュースと同じ」

 

「ティアあああああ!」

 

 蒼の薔薇の盛り上がりで、再び宴会に騒ぎが戻ってくる。一部下世話な冒険者がモモンガに絡んできたが、適当にあしらってお茶を濁した。

 

(アンデッドでなければ即死だった……ありがとう茶釜さん! 散々からかわれてたのがここで生きましたよ!)

 

 少し恨み節を残しながらも、ギルドメンバーだった卑猥な触手に脳内で礼を言う。『モモンガお兄ちゃんのエッチー☆』と懐かしい声色が聞こえた気がした。

 

 

 (一部の人間にとって)尊厳の危機こそあったが、酒の肴はまだ尽きず、宴は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後。

 未だ宴は終わらず、騒がしさは鳴りを潜めていない。モモンガはその喧騒を背中で受けながら、独り部屋を出る。

 

(はあ、やっぱり飲食できないのは早々に解決すべき問題だな。<流れ星の指輪(シューティングスター)>でどうにかなるかもしれんが……まあこれは最終手段だな)

 

 宴に心から入りきれない寂しさを紛らわすように、思考の海に彷徨う。ガゼフの家から出て空を見上げると、綺麗な夜景が広がっていた。

 

(ああ……飽きないなあ、この空には――――ん?)

 

 しばし美しい星空に浸っていると、視界の端に小さな影を確認した。

 

(あれは、なにしてるんだろ)

 

 その人物が誰か判ったモモンガは、屋根の上へと跳び上がった。できるだけ静かに着地してその人物を見やると、こちらに気づいていたのか驚く事なく此方へと視線を向けてきた。まあ、仮面のせいで視線の動きは分からないのだが。

 

「お前か」

 

「どうも、宴には参加しないんですかイビルアイさん」

 

 その人物は興味なさげに視線を空へと向け直すと、無感情に口を開いた。

 

「ああいう雰囲気は苦手でな」

 

「そうですか。私も今は飲食できないので気持ちは分かります」

 

 少しの会話、それで彼女が此方を疎ましそうにしているのが判る。だが、モモンガはあえて空気を読まずに突っ込んだ。あの喧騒から逃げ出しても、一人にはなりたくなかったのかもしれない。

 

「隣、よろしいですか?」

 

「え? あ、ああ。構わないが」

 

 断られると思っていたが、イビルアイはあっさりと許可を出した。彼女と同じように屋根の端に腰を下ろす。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何を話すでもなく、二人空を見上げる。

 共通の話題が無い、というのもあるが、彼らにとって一人夜空を見上げるというのは日課のようなモノでもあるからだ。相手が話さないのなら、何時までもこうしている事ができる。

 

「お酒は飲まれないんですか?」

 

 その心地良い沈黙をあっさりとモモンガは崩す。

 

「……飲まない事はないが、別に美味しいとは思わんな」

 

 やはり無視されると思ったが、イビルアイは真面目に答えてくれた。

 

「果実酒もありましたよ」

 

「まあそういうのだったら飲んでもいいな。体質で酔えないからあまり意味を感じないが」

 

「へえ、酒豪という訳ですか」

 

「別にそういう訳じゃない。そもそも飲もうと思わないんだから酒豪とは違うだろ?」

 

「確かにそうですね」

 

「お前はどうなんだ、飲食不要のアイテムとやらが手に入る前だ」

 

「あー……まあ付き合いでビー……麦酒なら飲めますが、別段好きという訳じゃないですね。酒を飲む金があったらアイテム買います」

 

「冒険者としていい心がけじゃないか」

 

「いやまあ冒険者になる前からそうなんですけどね……」

 

 どうでも良い会話が何故かぽつりぽつりと進む。その事を互いに疑問を覚えつつも、答えには至らない。

 一つの共通点(種族)と、一つの共通点(寂しさ)が彼らをそうさせていることは、二人の認識外の事だ。まさか英雄として親しまれている男や、王国一のパーティーにいる少女が、そんな苦しみを抱えているなど互いに予想できないことだろう。

 だが、今日のモモンガは一味違った。それは宴の酔いに当てられたか、童貞といじられて昔を思い出したか、定かではない。

 

(似てるなあ)

 

 モモンガはふと思う。彼女は自分に似ていると。

 

(顔を隠して人々にまぎれて暮らし、酒は飲めずにこうして抜け出し、だからと言って寝るでもなくこうして夜が明けるのを待っている。俺はしょうがないけど、彼女がそうする必要が――――)

 

 

 

 

『もしかしたら、イビルアイさんなら満たしているかもしれませんね』

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうした、いきなり黙りこんで」

 

「あ、いや、なんでもありません」

 

 自らの言葉を思い出し、少しの沈黙を作ってしまう。

 そう、点と点が繋がる。顔を隠し、飲食せず、眠らず。体格は小さく声も若い、そんな少女が最上級の冒険者チームに属し、この世界では深い知識を要する魔法詠唱者である。

 

「イビルアイさん」

 

「何だ、突然かしこまって」

 

「もしかして、あなたは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――アンデッドなのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の言葉に、彼女は“する必要も無い”呼吸を忘れた。

 

「……」

 

 深い沈黙が降りる。

 少女は、焦らない。いや、もう焦ってはいないといった方が正しい。

 急激な精神の揺れは強制的に安定化される、そういう“体質”だからだ。

 

「突然、何を言い出す」

 

 焦りは無い、だが抑えきれない殺気を抱えて、イビルアイは口を開く。

 人をアンデッド認定など、普通するものではない。そうではないのだとしたら大小どうあれ確証がある筈だ。

 イビルアイは当時から覚悟が出来ている。もし、自分の正体がバレて彼女たちに迷惑を掛けるとしたら、可能な限りの事をしてから立ち去ろうと。

 だが、もしまだ収拾がつく状態ならば、相手が誰であれ処置する腹積もりだった。即ち、吸血鬼が言うことではないのだが、死人に口無しという事だ。

 

「……すみません、不躾な事を言いましたね。忘れて下さい」

 

 だが、モモンガは変わらぬ声で殺気を受け流す。

 イビルアイは戸惑う。その声からは嫌悪や侮蔑といった負の感情ではなく、優しさを感じたからだ。

 

「もし、もしもの話ですが」

 

 イビルアイの動揺をよそに、モモンガは勝手に話しだす。やはりその声色は優しい。

 

「イビルアイさんが大事な人達に置いて行かれて……貴方が置いていくのかもしれませんが。どちらかで一人になった時。その時はまた会いませんか?」

 

「え?」

 

「きっとその時は私も“生きている”でしょうから。貴方がよろしければ、一緒に旅にでも行きましょう」

 

 まるで遠い遠い未来を見据えるように、視線を何処かへと向けながらモモンガは話す。そして言いたいことを言うと、「おやすみなさい」とだけ言ってその場を離れた。

 残されたのは、時が止まったかのように微動だにしない少女一人。

 

「モモン、さん」

 

 少女の200年以上動かなかった心臓が、トクンと小さく跳ねた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うっほおおおおお! 何キザな事言ってんだ俺えええええ!)

 

 少女が呆けている中、あてがわれた部屋に戻ったモモンガは恥ずかしさの余りベッドの上で悶え苦しんでした。

 

(あれじゃ口説いているみたいじゃん! 『異形種同士、パーティー組みません?』って言うだけのセリフがどうしてあんなに遠回しなの? 馬鹿なの!?)

 

 何度目かの精神安定がかかるも、現在進行形の黒歴史に無いはずの心臓がじりじりと焼かれていく。

 

(はあ、でもまあ、一人じゃ寂しいだろうしな。いずれこの世界の異形種を集めて、新しいギルドを組むっていうのも悪くないかも……)

 

 過去の輝かしいギルドを思い出して懐かしむ。

 ――――ふと、気付いてしまう。あれだけ執着していたのに、あれだけ悲しんでいたのに、あの思い出を『過去にできて』しまっている事に。

 

(そうか。これが辞めていった皆の気持ちなんだろうな……)

 

 悲しいなあ、と零れた小さな呟きは、誰に聞きとられる事もなく消えていく。

 強制的に安定される程でもなく、さりとて別の事を考えられる余裕もなく、モモンガは悲しみにくれながら夜を過ごした。泣けない体にほんの少しの恨みを覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木製の扉が小気味よい音をたてる。

 あの戦いから数日、モモンガは再びガゼフの家を訪ねていた。

 

「はい、どなた様で―――モモン様! お久しぶりでございます」

 

 応対してきたのは見覚えのある若い娘、ツアレニーニャ・ベイロン。あの事件が終わり、彼女を持て余したモモンガはガゼフに丸投げした。自らの屋敷にはゴーレムがいるので使用人は要らず、さりとて放りだすにはトラウマを抱え過ぎている。その為に彼女をメイドとしてしばらく雇う事にガゼフは快諾してくれたのだ。

 

「ああ、元気そうで何より。ガゼフ殿は在宅か?」

 

「居られます。御会いになられますか?」

 

「頼む」

 

 彼女の案内で客間へと通される。

 ガゼフを待つ間、モモンガはツアレニーニャと……彼女の妹の事を考えていた。

 

(もう大丈夫そうだな、獅子の指輪が無ければどうなるか分からんが……

 会わせるか? しかし目標を失うとモチベーション管理が難しいだろうしなあ)

 

 人として会わせてあげたい、なんて気持ちは当然のごとく無い。要はモモンガにとってメリットがあるか無いかが全てだ。

 会わせたとしても感謝から努力を続けるかもしれない。だが逆に、意欲を失い失速するかもしれない。

 教えなければ目的がある以上は確実にモチベーションは保たれる。だが、バレたときに信頼を失う可能性は否定できない。

 

(……ま、なるようになるか)

 

 どちらになっても寿命のない自分にとっては大差は無いだろうと気楽に結論を出す。

 彼女たちの本願をあっけらかんとした発想で決定した頃に、ガゼフが現れた。

 

「お待たせした、モモン殿」

 

「いえ、此方こそ突然すみません……そういえばいつも突然でしたね。申し訳ない」

 

「ははは、気にしないでくれ。私も気兼ねなくしてくれた方が嬉しい」

 

 そう言って二人は笑いあう。互いに何度も面倒事に巻き込まれた仲ではあるが、その間には和やかな雰囲気があった。

 

「それで、今日はどのような件で来られたのか」

 

「一つお願いと、まあ報告がありまして」

 

「お願い、というとまた訓練だろうか?」

 

「いやいや、あれはまあ、また今度で。今回は彼女……ツアレニーニャさんの件です」

 

 その名を聞いて、ガゼフの表情が引き締まる。彼としては女性の扱いは不慣れな事を自覚しているが、国の失態をまさしくその身に受けていた女性である。可能な限り力になりたいと思っていた。

 

「実は彼女のいも……弟が私の知人の冒険者でして。ガゼフ殿がよろしければ、ここで二人を引き合わせてやりたいと思っているのですが」

 

「……」

 

 絶句しあんぐりと口をあけるガゼフ。

 モモンガは仕方ない事だ、一人と納得する。たまたま助けた女性が知人の姉妹だなんてどんな確率だと自分でも思う。

 

「モモンどのお!」

 

「へぇ!? は、はい?」

 

「今まで何故モモン殿が彼女を助けられたのか……正直分からないでいた。

 単に正義心か、彼女に情を覚えたものなのだと、申し訳ない事に勝手に想像していたのだ。

 だが、だが、貴方はただ二人の姉弟の為に! 彼女たちの小さな幸せの為だけに! その身を掛けて戦ったと言うのですな!」

 

「え……えー、まあ結果的に言えば」

 

「何と……」

 

 器の大きい御方なのだ……と勝手に盛り上がるガゼフ。モモンガの偉大さによほど心打たれたのか、まるで役者のようにオーバーなリアクションだ。当のモモンガがちょっと引くくらいに。

 

「いや、まあ私の事はおいておき。どうだろうかガゼフ殿、彼女達を引き合わせてはくれないだろうか」

 

「断る理由がありません。このガゼフ、責任を持って場を設けましょう。ただ彼女はまだ外を出歩くには辛いだろうから、我が家をお貸ししようと思うのだが」

 

「そうですね、では私は弟が此方にくるように連絡しておきます。それとどうせなら二人にこの事は内緒にしておきませんか?」

 

「何故だろうか」

 

「ちょっとしたサプライズですよ。知っていてから会うより、思ってもいない再会の方が感動も一入でしょうし」

 

「なるほど、悪くありませんな」

 

 良い歳をした男たちの悪だくみで、細かい日程が進められる。

 

「では、そのように」

 

「お願いします。それでお願いについては終わりなのですが、報告について」

 

「そういえばそういうお話でしたな。何か問題でもありましたかな?」

 

「いえ、そんな大した話ではありません。実は少々王国を出ようと思いまして」

 

 

 ―――そのさりげなく放った一言に、ガゼフは時間が止まったかのように硬直した。

 

 

「ガゼフ殿?」

 

「あ、ああいや、すまない、少し考え事をな。

 どちらに行かれるのか、カルネ村の様子でも見に行かれるので?」

 

 そうであってくれ、とガゼフは願う。もし自分が考える最悪の想像が当たれば、出来たばかりの信頼できる友人を失う事になってしまう、と。

 

「いえ、どうせなら帝国を見に行こうかと。冒険者としての仕事は少ないようですが、マジックアイテムが豊富と聞き及んでますので」

 

 そして最悪の予想が当たった時、ガゼフは言葉を発することができなかった。ただ押し黙り、渋面を作って拳を握りしめる。

 

「……ガゼフ殿、何かあるのか? やはり敵国へ行く話というのは少し礼に欠けただろうか」

 

「いや、そうではない。そうではないんだ、貴方が悪い事等何も無い」

 

 ガゼフの表情は晴れない。苦しく、辛いという感情がありありと浮かんでいる。

 彼の内面を悟る事のできないモモンガは、困惑するばかりだ。

 

「モモン殿」

 

 どれ程そうしていたか判らない。

 互いに口を閉ざして気まずい時間を過ごした後、絞り出すようにガゼフの口から言葉が紡がれる。

 

「この国に仕える気は無いだろうか」

 

 そして切りだされた言葉は、ある意味予想の外にあるものだった。

 

「は?」

 

「戦士として、魔法詠唱者として、どちらでも構わない。素性については私が保証しよう。

 私から王に進言して王国戦士長に就任してもらうのはどうだろうか。もし役職が息苦しいのであれば、私の部隊に入ってもらっても構わない。

 宮廷魔術師の場合は残念ながら何のツテも持っていないが、モモン殿がひとたび力を振るわれれば誰もが納得するだろう。魔法詠唱者はこの国で重要視されていないが、モモン殿ならばその心配はない」

 

「いやいや待ってくれ、一体何を言って」

 

「もしくはラナー殿下に仕えるのはどうだろうか。今回の件で図らずとも縁ができている。クライムの師として近くにいられる事は貴方にも都合がいいだろう」

 

「な、何の事だか……いや、そうではなくて。一体どうされたのだガゼフ殿。貴方らしくありませんよ」

 

「私らしくない、か」

 

 その言葉に、ガゼフは真剣な表情にどこか自嘲した笑みを浮かべる。

 

「そうだな。モモン殿、これは王国戦士長としての要望だ。どうかこの国に仕えては頂けぬか」

 

「……」

 

 その言葉自体に、モモンガは疑問を覚えていなかった。

 この世界において自分の力がどれだけ圧倒的であるかは十分理解している。だが、だとしても解せない事がある。

 

「何故、今なのですか?」

 

 モモンガは何度もガゼフと接触した。こういった要請は何時でもできたのだ。だからこそ今になって彼がこういった話を切り出した事が不思議でしょうがない。

 

「……帝国に行けば、必ずモモン殿はスカウトされるだろう。『帝国に仕えないか』と」

 

「ああ、そんな事ですか。私にそのつもりは全くありませんよ」

 

「違うのだ、モモン殿。あの国は、正直に言って王国よりも魅力に溢れている。国としての活気や、充実した魔法技術、力を持つ為政者。特に、あの鮮血帝であれば自らモモン殿をスカウトに出てもおかしくは無い。仮にも王だ、万が一にでもモモン殿に魅力的な提案を出さないとも限らない」

 

「……」

 

「王国戦士長として、それを見過ごす訳にはいかない。故に、お頼み申し上げる。こちらの勝手な都合だと言うことは分かっているが、我が国に仕えて欲しい」

 

 そう言ってガゼフは、深く頭を下げた。

 

「……ガゼフ殿、それは本当に貴方自身の言葉でしょうか」

 

「どういう、意味だろうか」

 

「今の話は戦士長として義務での発言か、それともガゼフ殿個人の言葉か」

 

「私、個人の……」

 

 その問いかけに答えるのは簡単だ。先ほども言った通り、戦士長としての義務である。

 だが、モモンガの言いたい事はそうではない。彼は、ガゼフ個人としての言葉を聞きたがっているのだ。少なくともガゼフにはそう聞こえてならなかった。

 そしてふと、考える。戦士長として王に仕えてからというもの、自らの意思に従い動けたのは果たして何度あっただろうかと。

 

「……私は……いや、俺は……貴方に憧れている」

 

 思い悩み、一度口から声を出してしまえば、続きはすらすらと出てきた。

 

「俺以上の力を持ちながらも、誰にも仕えず、自らの正義に従い事を成す強い意志。そうだ、俺は貴方の自由な生き様に憧れている。

 本当は、国に仕えてなど欲しくはない。帝国だけの話ではない、王国にもだ。この国の腐った貴族たちの思惑等に、貴方の高潔な意思を汚されるなどあってはならない事だ。だからこそ、貴方には自由に生きてほしい。思うがままに正義を成して欲しい。だが……」

 

 再びガゼフは渋面を作る。

 

「……だが、万が一でも帝国に仕えられたとして、モモン殿と敵対する事が恐ろしい事も事実だ。それ故に、王国に仕えてほしいというのも嘘ではない。

 だからモモン殿、どうか、どうか王国に仕えて欲しいのだ。もし貴方の力を王の為に振るっていただけるのであれば、言う事はない。私の私財を投げ打ってもいい。どうか、考えて欲しい」

 

 そうして、結局は頭を深く下げる。

 それを見たモモンガは、深くため息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と思いあがったものだな、ニンゲン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶるり、とガゼフの体が震える。ゆっくりと下げていた頭を上げれば、先ほどまで目の前に座っていた男は立ち上がり、全身鎧を初めて会った時の魔法詠唱者の物へ戻していた。

 

「モモン、殿?」

 

「私が、ニンゲン如きに仕えろと。脆弱で、欲深く、同じ種族ですら御しきれない愚劣な生き物に?」

 

 言葉に静かな感情が宿る。彼の面を模すかの如き、怒りの色。

 

「ガゼフ。ガゼフ・ストロノーフ、貴様の無知蒙昧を、その愚かさを、その双眸によく焼きつけよ」

 

 その仮面を、剥いだ。現れるのは、雪のような、白。

 

「――――アンデッド」

 

「自らの愚かさがよく理解できたか? お前が王国に招き入れようとしたものが、国を滅ぼしかねない化け物であると」

 

 ガゼフは恐怖に震えながらも、自嘲じみた笑みを浮かべた。

 

「ほう、意外に冷静なモノだな」

 

「ああ……もしかしたら人間では無いのではと思っていた。まさかアンデッドとは思わなかったが……

 それで、どうするのだ。正体を知ったからには俺は殺されるのか」

 

「……いや、私はお前の全てを許そう。無知故の無礼も私にとっては子供の過ちのようなものだ」

 

「流石はモモン殿。寛大なご処置、痛み入るな」

 

 ガゼフの様子は、もはや自暴自棄と言っても良い。友人と思っていた男がモンスターと判り、怒るでも混乱するでもない。彼はただ、自らの無力さにうちひしがれていた。

 自身の存在が近隣の村を脅かし、その外敵に敗れ、自らの国に蔓延る病巣に見て見ぬふりを続け、結果的に友人を一人のモンスターに“変えた”。

 全てが自らの不甲斐なさによるものだと、錯覚し始めていた。

 

「さて、ニンゲンに仕えるつもりは無いとはいったが、個人的にはお前に恩がある。何も礼をせずに去るという恩知らずになるつもりは無い」

 

「恩……まさかカルネ村にいたアンデッドと同じモノに改造される、などだろうか」

 

「ははは、お前が望むのならそうしても良いがな。

 私はこの国で、ニンゲンの欲というものを学んだつもりだ。今の私なら、お前が真に望むモノも理解できる」

 

 骨の手が差し出される。理想郷へと誘う神のように。死の国へと誘う悪魔のように。

 

「この手を取れ、ガゼフ・ストロノーフ。さすればこの国に私の加護を与えてやろう」

 

「何、を……」

 

 心に染みだすような、超越者の声。親から子へ語りかけるようなモノに、ガゼフの心はぐらりと揺れる。

 

「お前の望みを叶えてやる。

 この国を食い物にしている者共を、全て悪魔達の贄にしてやろう。魔術で洗脳し、お前が信ずる王の傀儡にしてやっても良い。

 お前も、そしてお前の王も、人を超越した存在にさせてやる事も可能だ。心配はしなくても良い、人の姿を保つ事は容易だし、何なら人の身のまま人外にしてやる事も可能だ」

 

 悪魔の誘惑は、次々にガゼフの心を揺さぶる。当然の事だろう、つい先ほどまで嘆いていた自らの不甲斐なさを、何年も煮え湯を飲まされていた愚かな貴族共を、まとめて解消してくれるというのだから。

 そんな事は不可能だと、当然出てくる筈の言葉は口から出ない。目の前の存在からしてみれば容易い事なのだと、この身が実感している。

 

「何を、求めるのだ。俺に、この国に、一体何の代償を」

 

「何を? 何も」

 

「そんな馬鹿な話がっ」

 

「お前達が用意できる物に、私には何の魅力も感じない。力も、権力も、財も、私は全てにおいてお前達を超越している。この私が、お前達に何を求めろと言うのかね?」

 

 否定要素は無い、ガゼフはとうに気付いていたのだ。目の前の男が英雄的な、人よりも大きな力と視点を携えていた事に。

 

「これはお礼さ、ガゼフ・ストロノーフ。私は戯れにと人の世に紛れこんだが、お前には随分と世話になった。

 さらに言うのであれば、私はお前を高く買っているのだよ。人間にしては秀でた力と、その希少な人間性をだ」

 

「光栄だな……」

 

「さて、どうするかね戦士長殿。お前はこの手を取るだけで、何の犠牲もなく理想の世界を手に入れる事ができる。お前の慟哭を、ただ腕一つ動かすだけで解消できるのだ」

 

 迷うまでも無い、その理由が無い、最後の選択。

 農民から王の目に止まり騎士となり、これまで自分なりに国の守護者として民の幸せに邁進してきた男は―――

 

 

 

 

 

 

「有りがたいお言葉だが……断らせて頂く」

 

 快活な笑顔と共に、その契約を打ち払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……理解できないな。私の考えは間違いだったか」

 

「いや、モモン殿のお話はまさしく私の苦悩を理解して下さったものだった」

 

「ふむ、では何か私の言動で不快にさせる点があったかね?」

 

「それも違う。腐った貴族共がどうなろうが私の知ったところでは無いし、王や私に力を与えて下さるという点についても、魅力的だったと言わざるを得ない」

 

「ならば何故断る」

 

「……それが、人の手によるものでは無いからだ」

 

「異形種の力は借りたくないと?」

 

「そうではない。モモン殿のお力はまさしく神の所業だ。貴方に願えば、どんな困難であれ解決されるのであろう。革新的な発展であれ、滅亡の運命を回避する事でさえ」

 

「……」

 

「だがそのお力に頼るのは、違うと思うのだ。国とは、個人の集まりで成り立っている。一人の暴君に引っ張られる事があっても、それはあくまで人の出来る範囲の事でしかない」

 

「分からないな、人の分を超えようが力はあくまで力だ。何をそこまで拘る」

 

「そのお力に頼り、王国は確かに救われるだろう。そうだ、我々の力ではなく、神の所業で救われるのだ。それでは人間は何も学べない。

 いずれ新たな問題に対面した時に、再び祈る事になるだろう。『神よ、我々を御救いください』と」

 

「……今、この時もお前が怒り悲しむような悲劇はどこかで起こっている。

 お前がただ手を伸ばすだけで助かる無辜の民を見捨ててでも、その小さな拘りを貫きとおすと言うのか?」

 

「そうだ……それが、人間の矜持だと思っている」

 

 ガゼフは、そう言って力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあ、と深いため息をつく。アンデッドに呼吸は必要ないだろうに、妙に人間くさい仕草だ。

 

「度し難い、まったく愚かな事だ……だが、だからこそ俺はお前に敬意を覚えたともいえる」

 

「モモン殿……」

 

「モモンガ、だ」

 

 威圧感を消して突然自らの名に一文字付け足したアンデッドに、ガゼフは内心肩をなでおろしつつ疑問を覚える。

 

「偽名では無い、私の本名です。もう一つあるのですが……そちらはもう使う気はないので」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「まあ記憶の端にでも入れておいてください。

 さて、ガゼフ殿も私の正体を知って心配は杞憂だったと分かって頂けたでしょうか」

 

「は? あ」

 

 そう言われて今まで何の話をしていたか思い出す。

 豪奢なマジックアイテムを所有し、人を遥かに超えた力を持つモモンガは確かに脅威である。だが、逆に言えば先ほどまでの懸念は全て解消された。なにしろ彼には金や権力、ましてや女に靡くような小さい存在ではなかったのだから。

 

「そう言われれば、そう、ですな……」

 

「歯に何か詰まったような物言いですね。まあそれどころじゃあないか。生ある者に悪意を持つのがアンデッドの性分、私を人類の敵と捉えてもしょうがありませんし」

 

「も、モモンガ殿をそのように考えた事など!」

 

「ははは、何も怒っている訳ではありません、実際私はアンデッドの中でも特別でしょう。

 ―――私の祖国、まあ多分地続きで行けるような場所では無いのですが、気の遠くなるような遠くにありまして。所謂死の国といいましょうか……まともな人間では呼吸すらままならない終末の世でした」

 

 死神の国だろうか、とガゼフは想像する。モモンガがそこに居ても特に違和感が無いことが逆に恐ろしい。

 

「そこは木々は枯れ果て、大地は割れ、毒の空気というまさしく地獄と言うに相応しい地です。人々は少なくなった同族同士で身を寄せ合い、細々と生きていました」

 

 その声色は、モモンガの居た世界を想像させるに十分な陰鬱さを持っていた。だが次に語られた言葉からは、その色に明るさが宿る。

 

「そんな生活の中である時、偶然私はこの世界へと迷い込んだのです。大地は力強く有り、緑は実り、空は美しく青い。

 覚えていますかな戦士長殿、あのカルネ村での一件を。あの日こそ私がこの世界へと足を踏み出した一歩目だったのです」

 

「あの時が……!」

 

「あそこで私は変わらぬ人間の愚かさと、生きようとする人間の美しさを知った。そしてこう思ったのです、この美しい世界を見て回ろうと、必死に生きる人々に触れ合ってみようと」

 

 ガゼフは自らの心にストン、と納得という意識がはまり込むのを感じた。モモンガと相対して常々感じていた『大きな視点』に関して、彼の言葉は実に説得力のある言葉だったのだ。

 彼は、旅人だった。いや、真の意味で冒険者なのだ、と。

 

「実のところ、ガゼフ殿の誘いは嬉しく思った。だが、まだ私は一つの所に留まるつもりは無いのです。

 トブの大森林はまだ散策途中、数有る国も王国しか見られていない。全てを見て回るには十年? 二十年? 一生掛かっても終わらないかもしれない」

 

 寿命は無いんですけど、と自嘲気味に彼は言った。つられてガゼフも笑う。先ほどまでの恐怖がまるで嘘のように消えていた。

 

「だからこそガゼフ殿、貴方の誘いは受けられない。そして私は旅にでます。帝国へ、そして十分に見聞し終わったのなら新たな地へ。今日はただ、そう伝える為だけに来たんです」

 

「そうか……すまなかったモモンガ殿。ならばもう止めはしない。十分に世界を廻り、そして何れ気が向いたときにでも立ち寄ってくれ。旅の話を肴に酒でも飲み明かそう。モモンガ殿はお預けかもしれないが」

 

 そのあまりにガゼフらしい言葉に、今度はモモンガが絶句した。

 

「良いのか、アンデッドですよ私は。王国戦士長がモンスターを家に招き入れて良いのですか?」

 

「もちろん、モモンガ殿ならばいつでも歓迎しよう」

 

 そしてさらりと、無い耳を疑う台詞が続く。

 

「貴方は友人だからな」

 

 

 

 それはあまりにも滑稽で、空気を読めず、正気を疑う発言であり―――――何よりも求めた言葉だった。

 

 

 

 

「ハハ、ハハハハハ!」

 

 笑う。精神が安定化されても、なお笑う。次から次へと歓喜が湧き出てくるのだ、笑わずには居られない。

 

「そうか、いやそうだな。友人なら、仕方がないな、ハハハ」

 

 唐突に笑い出したスケルトンに驚くが、機嫌の良さそうな声色にガゼフの表情にも思わず笑みが溢れる。

 

「ハハ、ハア―――チッ、安定してしまったな。だがしかし、こんなに愉快な事は久しぶりだ。全く、ガゼフ殿には驚かされてばかりだ」

 

「それはどちらかというと此方の台詞だな」

 

「そうか? そうかもな……フフ、なら次に会う時にはお互い心臓に良い再会をしよう、生憎私には無いものだが」

 

「はは、そうだな。そうして貰うと私も助かる」

 

 友人らしい軽口を叩き合い、穏やかに笑い会う。武骨な戦士と恐ろしいアンデッドという不思議な組み合わせだったが、そこには確かに朗らかな空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「さて、ではそろそろ行くとしよう」

 

「そうか……先程の言葉は嘘ではない。いつでも遊びにきてくれ、歓迎しよう」

 

「楽しみにしておこう。では、また」

 

 モモンガの姿が虚空に突如開いた闇の中へと消える。見たことも聞いたこともない、きっと知れば驚くような現象だった筈だが、ガゼフは穏やかにその光景を見つめた。

 

「ああ、また。こちらも楽しみにしているよ、モモンガ殿」

 

 恐れや苦悩などない、晴れやかな表情のまま、ガゼフは別れを告げた。




お互いに無いものを憧れる関係。良いですよね。
カッツェ平野の虐殺でアインズ様とガゼフの会話が妙に好きなんですよね。
話の内容というよりも、敵同士なのに信頼しあっている関係と人間性というか。
今回はあの辺の影響を強く受けていると思われます。


そして皆様。
書 き 溜 め が 尽 き ま し た。

エタるつもりはないのですが速度は(今以上に)遅くなると思われますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。

それでは皆様、またお会いしましょう。
(ギルティとかFGOとかのSSを書きたいが、まずは目の前の事を終わらせようね)

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