「これで作業が進みます。ありがとうございます、モモン様」
「いえいえ、次が片付いたらお声掛けください、またお手伝い出来ることもあるでしょう」
あのスレイン法国襲撃から数日。モモンガはカルネ村の復興に尽力していた。
(こうしてみると建設というのも中々楽しいものだな。ナザリック大墳墓の各階層を作るときには殆ど口を出さなかったけど、惜しいことをしたのかもなあ)
気分は街ならぬ村建設ゲームである。下手にギルドメンバーから教えてもらった(ゲーム内では殆ど意味のない)建造知識のせいもあって、この地には無い特殊な技法を用いた家が次々と出来ていく。おかげで殆ど必要も無いのに耐震、耐熱、換気等非常に高度な技術が盛り込まれた家がいくつもできていた。まあ殆ど魔法でのゴリ押しで作っているのだが。
「モモン様!」
「おお、エンリか。畑の調子はどうだ?」
「はい、モモン様のおかげで何とかなりそうです。ゴブリンさん達も精一杯がんばってくれてますから」
「それは良かった」
魔法やアイテムで人手不足は解消できたようだ(ゴブリンやゴーレムを人手といって良いか不明だが)。村人も体を動かしている間は辛いことを忘れられるようで、今では笑顔も見えるようになってきている。
「ふむ……」
「も、もう村を出られるのですか?」
「ええ、村の復興は軌道に乗っているようですし。もちろん召喚した使い魔は置いておきます。護衛や労働力として、好きにお使いください」
「……ですが」
村長の表情は暗い。自らの有用性をこれでもかと見せたモモンガとしては、それも当然の事だと受け止める。
「私達はモモン様に何のお返しもできておりません。色々として頂くだけ頂いて、これでは余りにも……」
だがその言葉は利己的なものではなく、義理堅く善良な人のものだった。それに驚き、アンデッドと化した心に一筋の暖かさが灯る。
「ははは、ではこうしましょう。またいずれこの村に立ち寄らせていただいた時に、何か催し物でも見せてください。
何せ私にとってここは異国の地。ちょっとした祭りでも新鮮な気持ちで楽しめると思います」
「おお、分かりました。その時までにきっとこの村を立てなおしておきます。
もしモモン様がご飲食できるようでしたら、可能な限りの食事もご用意させて頂きますので」
「あ、ええ。私もその時までに飲食不要のアイテムを簡単に脱着出来る手を探しておきます」
そういう事にしておいた嘘に軽く動揺しながら、硬い握手をする。
偶然と打算から始まった出会いだったが、リアルですら一度もなかった温かく良好な人付き合いができた。それだけでもこの村を救った価値があったと、モモンガは仮面の下で微笑む。同時に人間に変化する方法を早いところ見つけないと、面倒が多そうだとため息もつきながらとはなったが。
◇ ◇ ◇
(ようやく一息ついたな)
ガゼフ・ストロノーフは大きく息を吐いて、殆ど座ったことのない執務室の椅子にドカリと座る。全身の力を抜き、椅子に体を任せた姿はそこそこの威厳はあったが、疲れきっていても戦士達の長は獰猛な貫禄を持っていた。つまりは落ち着いた部屋の雰囲気に余り似合っていない。
(貴族共も今回ばかりは静かなものだったな)
今回、あの大立ち回りを終えて王国に帰ったガゼフは、凱旋とばかりに迎えられた。何しろあの法国の襲撃を退け、多少ながらも生きたまま連行する事が出来たのだ。しかも一部貴族たちの嫌がらせを受けて武具を制限されたまま、さらに噂のみで知られていた特殊部隊を、だ。これ以上の戦果というと中々に難しい。
(ソレもコレも、モモン殿のおかげだな)
少し自嘲気味にガゼフは笑う。
王国には彼の希望もありガゼフと部下のみで陽光聖典を退けたことになっているが、本当ならば殆どがモモンの手柄だ。
(悪目立ちしたくないから、などと。本来ならば大手を振って王国に迎え入れる人物だというのに)
強さだけではなく、慈愛に満ちたその言動に深く敬意を覚える。
だがその中に少しの疑念がある。目的は知れず、富や名声を求めない仮面の
(馬鹿者め、恩人に感じる感情ではない。少なくとも王国に仕える俺ならともかく、村人を助けたのは善意以外の何物でもない筈だ)
貴族社会に囚われたせいか、まず人を疑うようになってしまった自らを責める。戦士長として、男として、彼は敬意と礼儀をもって恩を返すべき御仁なのだから。
「そうだ、彼への礼を用意しなくては。久しぶりに貯金を切り崩すかな。いやはや、有意義な出費だ」
これから少なくない金銭を失う男とは思えない、晴れやかな表情がそこにはあった。
いざ立ち上がり準備をしようとしたその時、控えめなノックが部屋に響く。
「ガゼフ様、お客様がこられました」
使用人の言葉に思い出すのは先程まで思いを馳せていた仮面の魔法詠唱者だが、彼と別れてからまだ数日しか経っていない。ガゼフはモモンガから村の復興を手伝うと聞いていたし、後から馬で追いかけたとしても早すぎると思った。
「誰だ?」
「えぇと、モモン様とおっしゃっていました」
「何だと!?」
慌てて玄関へとかけ出す。疑問こそあるが、立たせて入り口で待たせていいような相手ではない。
階段を5段飛ばしで駆け下りて目にしたものは、
「やあ、ストロノーフ殿。元気そうで何より」
「な、も、モモン、殿……なのか?」
漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ、立派な体躯の男がいた。
「一報もいれずに突然すみません」
「いや、恩人の貴方が気にするような事ではないさ」
訪れたガゼフの家は、肩書からは想像出来ない程にこじんまりとした物だった。せいぜい商売がそこそこ上手く行っている家族の一軒家といったところだろうか。
現実では裕福ではなく、一般庶民の感覚を持つモモンガから見ればもちろん大きな家だが、華美な装飾にこだわらないガゼフの家は実に彼の好みに合っていた。
「随分と早いのですな。我々は馬を飛ばして帰ってきましたが、それから十日も間が空いてない」
「まあ、私も魔法詠唱者ですので。移動手段の一つや二つは持っているのですよ」
流石に<
村の復興を手伝っていたのにこの早さは、少々警戒を与えてしまったかもしれないとモモンガは反省する。だが、適当に濁せばいいだろうと思っていた。
そう、彼はいつもの慎重さを少し失い、実に楽観的に過ごしているのだ。村人たちとの交流や、初めての土地である王都観光に、彼のテンションは振り切れない程度に高い水準を維持していた。
「流石ですな……それで、せっかく来て頂いたというのに不躾かもしれんが、質問をしても良いだろうか」
「ん? ああ、そこまで改まらなくて構いません。ストロノーフ殿とは形はどうあれ同じ敵と共闘した仲ですから」
「そう言っていただけると助かる。では、一つ聞きたいのだが……なぜそのような格好を?」
漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ男が、キョトンと首をかしげる。可愛くは無い。
「ああ、これですか。あの村で確認したのですが、私の姿は目立つようでしたので拵えてみました。この姿ならば身の丈にも合ってるでしょうし、悪目立ちしないでしょう?」
そう言って軽快に動く全身鎧。
「……モモン殿、恩人に対して生意気な口を出すようで憚られるのだが」
「え? ああ、何かご意見が有るなら聞きますが」
「その一目で高品質な物と判る漆黒の鎧は、正直目を引くでしょう。大剣も、軽々とそれを背負える筋力とあいまって、目立ちます」
「……目立ちますか?」
「……残念ながら」
ガゼフ監修の下、鎧を作りなおすモモンガ。
魔法で武具を作り出すことが既に常識外の出来事なのだが、この魔法詠唱者は何でも有りだなとガゼフは達観しつつあった。
「成る程、これはこれで悪くありませんね」
最終的に一般的な騎士の装いを、少々アレンジした形の武装となった。
異国(正確にはユグドラシルでモモンガが見た武具)の装いを含んだそれは、少しの気品を感じさせるセンスの良いものとなった。
「ええ、私も欲しいぐらいですな」
「……ストロノーフ殿にも作っても構いませんが」
「本当か!」
「魔法で作ったものなので、何かあった場合は戦場で丸裸ですよ?」
「……やめておきましょう」
心底に残念そうに呟くガゼフ。反面、武人らしい武具への拘りにモモンガは少し和やかな気持ちになった。
「そうだ、報酬の話なのだが。今回の働きに対して王から恩賞を頂いている。良ければモモン殿にはこれをそのまま受け取って欲しい」
「そうですか。しかし私は使い魔を貸し出したのと、最後に少し手を出しただけです。それを全て私が頂くというのは少々心苦しいですね」
「そんな事を仰らないでくれ。貴殿が居なければ私だけでなく部下や村人も助からなかった。今回の恩賞を受け取って頂いても足らないぐらいだ」
「ふむ……まあ頂いて困るものではないのでそう言って頂けるのなら。
しかし実はストロノーフ殿には他に頼み事がありまして、打算的で恥ずかしい話なのですが報酬の代わりに申し出るつもりだったのです」
「お願い、か。元々私個人としてもモモン殿にはお礼をしようと思っていた。私にできる事なら受けさせて頂くが」
「それはありがたい。では一つ教えて頂きたい、近接職の闘い方というものを――――」
◇ ◇ ◇
城塞都市エ・ランテル。この地を拠点と見定めたモモンガは、当初の予定通り冒険者組合へと登録した。
そしてその翌日。再び組合へ訪れていたモモンガは、依頼書が貼られているボードの前に一人立っていた。
周りには少し距離を離し値踏みするような視線を向ける冒険者達。ガゼフのおかげで落ち着いた装備になったモモンガだが、立派な全身鎧を身にまとうも苦もなく動く姿が彼らの注目を集めていた。
とはいえまだ銅のプレートを付けている者をどうこうする程、彼らも暇ではないのだが。
(うーむ、なんとも微妙だなあ)
その視線を故意的に無視しつつも、モモンガは悩んでいた。
(薬草取り。情報収集。配達。どうにも地味な仕事ばかりだ。こんなものをちまちまと続けてランクを上げるのはダルそうだ)
翻訳アイテムで依頼書を幾つか見て、ため息を漏らす。先日の登録時にある程度はわかっていた事だが、本当に夢のない仕事だと理解してしまった。
(とりあえず何をするにしても落ち着く拠点の用意、それにはまず金稼ぎだと思って登録したはいいが、これじゃあただの便利屋かモンスター専門の傭兵だな……こうなったら)
ボードから視線を逸し、受付に向かう。
「すまない、先日登録したモモンと言うものだが」
モモンガは方針を変える事にした。多少面倒な事が降りかかっても一気にランクを上げる事にしたのだ。
「はい、何か御用でしょうか?」
「私は見ての通り1人でチームは組んでいないが、ギガントバジリスク程度なら倒せる実力はある」
受付のみならず、周囲にいた冒険者達もざわつきだす。当然だ、ギガントバジリスクは恐るべき魔獣であり、容易に討伐できるモンスターではないからだ。
単純な強さだけでなく、『石化の視線』といった厄介な能力を持っており、町一つを滅ぼす事すらできる脅威そのもの。最高位のアダマンタイト級冒険者でなければ戦えないとまで言われた化け物。それを1人で倒せるなどと、誰が聞いてもホラ吹きと嘲笑するだろう。だが、モモンガの立派な体躯や全身鎧、そして泰然と語る姿を目にした彼らに、それを簡単に嘘だと否定する事はできなかった。
「力を示せと言われれば、そうしよう。だから銅のランクに限らず、難易度の高い仕事を受けられないだろうか?」
「……申し訳ありません。規則ですので、そういった事はできません」
とはいえ、回答は否定だった。まあそれも当然の事だとモモンガは思う。組合としては強くても信頼が無い者に重要度の高い仕事など任せられないだろう。
「まあ、そうでしょうね。此方こそ申し訳ありません、無茶を言いました。
それでは代わりと言っては何ですが、難度の高いモンスターと遭遇する可能性がある依頼等を紹介して頂けませんでしょうか。もちろん、銅のプレートで受けられる範囲で構いません」
「それでしたら。少々お待ち下さい」
明らかに安堵した様子を見せて、受付がリストを机に広げる。それを斜め見しつつも、モモンガは周囲の様子を不自然でない程度で窺っていた。
(これで釣れてくれればいいんだが……流石に直ぐには無理かな?)
わざわざ目立つような事をした理由は一つ。この売名行為で、高ランクの冒険者に共同の仕事を持ちかけてもらう心算だ。そこで活躍することができれば、地味な仕事を引き受けているよりも簡単にランクを引き上げる事ができるのでは……とモモンガは考えた。
まあデメリットとしては此方を利用するだけ利用しようという面倒な手合まで来る可能性だが、それはそれで叩き潰せば良い。
「あの、もしよろしければ私達と一緒に仕事をしませんか?」
そしてそれは思ったよりも早く、そして良い結果として現れることになった。
◇ ◇ ◇
「いやあ、まさか4人で圧倒されるだなんて……もはや英雄級といっても過言ではありませんよ!」
「いえいえ、私等まだまだです。それよりも皆さんの連携には驚かされましたよ」
モモンガは組合で話しかけてきた4人と街道を進む。彼らは“漆黒の剣”というシルバー級冒険者チームだ。街道の安全向上を図るモンスター狩りに誘われ、それを快諾して同行している。
チームリーダーであるペテル・モークと話している内容は、先程行った模擬戦の話だ。お互いの実力を確かめる為にも、1対4で軽く手合わせをしたのだ。
「モモンさんは謙虚なんですね。戦士としてだけでなく魔法対処まで完璧なんですから、もっと高圧的に出ても不思議じゃないのに」
「謙虚ってレベルじゃないぜ、矢を手づかみして投げ返された時には夢でも見てるのかと思ったしな」
「うむ、モモン氏には驚かされてばかりであるな」
魔法詠唱者、ニニャ。
野伏、ルクルット・ボルブ。
森祭司、ダイン・ウッドワンダー。
順に話していく彼らの眼差しは、まさしく英雄を見る目でキラキラと輝いていた。それが何とも気恥ずかしく、モモンは適当な返答で誤魔化す。
「はは、そういえばニニャさんの魔法なのですが―――」
魔法や武技、武器防具の話題と一般的な冒険者としての話題で盛り上がる。
モモンは自分の事を『遠方の地でとある団体に入っていたので、此方での一般常識が足らない』として話していた。ユグドラシルという異なる世界にいて、アインズ・ウール・ゴウンというギルドに所属していたので、ぼやかしてはいるが嘘は言っていない。
この世界に来て初めて組むことになる“漆黒の剣”だが、まさかの一発当たりだった。真面目で常識的、かつ親切。まだ何も知らないモモンガが組むチームとしてはベストと言える。
「ではモモンさんは武技を憶えていないんですね」
「ええ、私の居た地では聞かなかった技術です。こうやって鍛錬法等を聞けて非常に参考になります」
魔法、武技、果ては街や国の話題。道すがら話に興じる。
モモンガにとっては言うまでも無いが、漆黒の剣も上位者との会話は宝になる。互いに益のある対話は、目的地にたどり着くまで続けられた。
「おいでなすったぜ」
先頭を歩いていたルクルットが声を上げる。
この男、飄々としていて仕事ができるか疑問を覚える立ち振舞をするが、野伏としての実力は確かなようだ。
「では、打ち合わせどおりに私が派手に立ち回りますので、追い込みをお願いします」
「分かりました。皆、今日は途中から回りこんで退路を断つぞ。いつもと違う立ち回りだから注意してくれ!」
モモンガという強者がいるからこその立ち回りを、ペテルが改めて指示する。その中で、一人モモンガは剣を抜き、ゴブリンとオーガの団体へ歩みを進めていた。
「さて、モモンとしての初陣だ」
声には喜悦が浮かぶ。
一週間と少し、王国で鍛え上げた近接職としての力を本番で試せる事に心を躍らせて。
オーガは、悠長に歩いてくる一人の騎士にほくそ笑む。それは人間にしてはかなりの大柄で、固そうだが食いでが有りそうだと思ったからだ。
深く思慮もせず、手にした棍棒を横薙ぎに振るう。彼が知る限り、自分よりも小さい敵がコレを受ければ吹っ飛んで動かなくなるのがいつもの事だから。
ガチリ、と大きな硬質音。
手応えはあった、だがいつもとは違っていた。自分が振った棍棒は騎士を通り過ぎ、そして騎士は吹っ飛んでも居ない。
体捌きと盾によりあっさりと往なされたという事を、彼が知ることは無い。何しろ、攻撃を躱されたと認識する前に、彼の頭は胴体から数m離れた位置に落ちていたからだ。
「すごい……」
その、お手本のような一撃までの流れに、その場に居た全ての者が凍りついた。特に剣士であるペテルにとって、背筋に電撃が走るような光景だった。
何か特殊な事をするのではなく、ただ当たり前に避けて、受けて、間隙を撃つ。ただ無駄がなく、鍛え上げた力による一刀。自らの理想の先にある物を、彼は垣間見たのだ。
心が震えた。
口角が歪んだ。
口元から自然に覇気を伴う声が挙がった。
『何れはあの頂きへ……!』
その日、ペテル・モークの運命が決まる。伝説を目の前に、英雄への道へと進むべく。
【どうでも良い小話】
モモンガの身長はアニメサイズをイメージ。原作だと177cm程度との事ですがデカイ方が格好良いので……
あと作りなおした鎧はダークソウルの『上級騎士』装備にマントをつけた物を想像して書いております。アレ格好いいよね。