今回のお話は最終話から数日後、お祭り騒ぎが終わって少し落ち着きを取り戻し始めたナザリックの出来事です。
ちなみに宜しければ最終話のラストあたりを読み直して頂けると楽しく読めるかも。読まなくてもいいようにはしてありますが。
アフター1
(どうしよう……あいつらマジだよ……)
モモンガは執務室で悩んでいた。
それはもう悩んでいた。
(テンションあがって格好良く演説しちゃったせいか、アイツ等の視線が熱い。視線が合うだけで恍惚としてて熱い。アルベドとシャルティアは猛禽類じみてて怖い)
以上の様に、悩みの種はもちろん彼の部下であり子でもある守護者達だ。
調子乗った結果の末路なので自業自得としか言いようがない。
(まあ、それはしょうがない。俺が凡人ってことは少しずつ納得させていくしかない。だが、放置できない問題もある……)
困って頭を抱えたポーズ、には見えない様に思慮にふける大物感をかもしながら何も無い机に向けていた顔を上げる。視線の先にはアルベドがしずしずと控えていた。
「何か御用でしょうか、モモンガ様?」
「ん、いや、そうだな……」
満面の笑みを返すアルベドに、改めて悩みの種のことをモモンガは思った。
―――こいつら何で世界征服するつもりになってんだ? と。
「なあアルベド、先日の王座の間で話した内容を憶えているか?」
「もちろんでございます! 一言一句、モモンガ様の挙動も指先一つまで憶えております!」
「そ、そうか。それは凄いな」
たじたじになりながらモモンガは改めて思う、ならなんで軍隊編制なんぞしてるんだこいつら、と。あの時モモンガは
アインズ・ウール・ゴウンを護るため、皆で防衛を頑張るぞ!
(全ての障害、全ての外敵を退け、アインズ・ウール・ゴウンの栄光を永遠に保ち続けるのだ!)
ほとんど皆不老不死だし、ほんとに永遠ってのはきついから飽きるまでね!
(期限はそう―――我々がこの世界という箱庭に飽きるまで、としておこう)
と通告した筈なのだ。―――言い廻しはちょっと凝ってみたが。
だというのに守護者たちときたら、やれ『強襲部隊、遠征部隊、情報部隊。全て編制済みでございます』だとか『先駆ケハオ任セ下サイ』だの『は、高範囲魔法でグチャグチャにするの、得意です!』とか『あの子達はいつでも準備万端です!』や『見目の良い女はつまみ食いさせて欲しいでありんす』などと……いちいち物騒な方向でやる気まんまんで非常に困る。一人だけ違うか。
「しかし……少々懸念があってな」
「何でございましょうか」
「皆に私の真意が伝わっているか、という事なのだが」
アルベドに電流走る―――
真意。つまりはモモンガを一番理解している人物。それは自分しか居ないという確信。ここで良いところを見せればモモンガは感心。ヌレヌレ。朝まで大運動会……!
「さて、どうでございましょうか? モモンガ様の深謀深慮を果たして皆が理解できているかどうかは……ああ、わ た く し は別でございますわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ、もちろんでございます!」
「そうか、いやそれは良かった。流石はアルベドだな」
何処か安心した様な声色を出すモモンガに、アルベドは心の中で大きくガッツポーズを取った。これで他の守護者達よりも一歩リードできた、と。
―――ここまでがアルベドの絶頂であり、叩き落とされる事になるとは誰が予測しえただろうか。
「いやあ、何故か皆が世界征服などと言うものだからどうしようかと思ったぞ。誤解を与える言い方をした私も悪かったが、やはり伝わる者には伝わっていたのだな」
「えっ?」
「えっ?」
アルベドの背に冷や汗が流れる―――
「アル、ベド?」
「も、もももちろんですわモモンガ様! 当然理解しておりましたとも! 全く皆は何を先走っているのだか……!」
「う、む。まあ、あ奴等も悪意あっての事ではないだろうからな。ニンゲン達には悪意タップリだろうが」
「全くですわ」
オホホホホ、と上品に笑うアルベドの背中は汗でびっしょりだ。
なにしろ、モモンガの言葉を曲解してしまい世界征服に主軸で動いたのはデミウルゴスと他でもないアルベド自身であるからだ。
ぶっちゃけ、他の守護者達はある意味正直に言葉を受け入れ、『よくわからないけどいつも通り拠点防衛してればいいんだな』と思っていたのだから。それも、二人の「貴方達はまだまだね、ッハン」的な上から目線の言葉でひっくり返してしまったのだが……
「……ちなみにモモンガ様、世界征服は本当にされないのですか?」
「……まさかアルベド、お前も、」
「いえいえいえ! 単純な好奇心でございます!」
「ふむ。正直に言えば興味はないな。征服欲とかないし」
「そ、そうでございますか」
実にあっさりとしたものである。
「うーむ、しかし他の者たちの誤解を解く必要があるな」
「と、もうしますと?」
「これは私自ら動くしかあるまい」
カッ、とモモンガの眼が激しく輝く。
「個人面談だ!」
「忙しいところすまないな、セバス」
「いえいえ、モモンガ様の命以上に優先することなどございません」
(重いわ、相変わらず)
ここはナザリックが九階層、いくつかある談話室の一つだ。彼らはソファーに腰掛けて対面していた。ちなみにアルベドもモモンガの隣にいるが、嬉しそうでありつつもどこか青い顔をしている。
(まずいわ……この流れでモモンガ様の命を履き違えていたなんてバレたら、守護者たちから総スカン! いえ、それだけで済めばいいけど、モモンガ様から軽蔑の眼で見られてしまう! それはそれでイイ!)
一人で顔を青ざめて心拍数を上げ続けつつ、軽く濡らしている彼女はどうしようもない。だがどうしようもないなりに現状を打破しようと優秀な頭脳をフル回転させていた。
(なんとかしなくては……皆に投げかけた指示をひっくり返さずに、世界征服の事実だけをなかった事にする……できるかぁ、そんなの! いえ、でもやらなければならないのよ! ファイト、アルベド!)
「さて、少し確認しておきたい事があったのでな。わざわざ呼びつけた」
「私めにお応えできる事であれば、何なりとお申し付けください」
「そんなに深く考える必要はないぞ? あくまで打ち合わせ……いや、雑談レベルにとらえていればよい」
「はっ!」
(雑談で「はっ」とかかしこまらないよね、普通)
内心頭を抱えつつも、モモンガは話の切り出し方に悩む。別に誤解している彼らを頭ごなしに叱るつもりはないので、誤解をしたとはいえ彼らにできるだけ責任を感じさせない方向に持っていきたいのだ。
「……実は先日の王座の間で皆に出した命なのだが、お前はどう思った?」
「……その事でございますが、失礼ですが私の疑問にもお答え頂けませんでしょうか」
「セバス! モモンガ様の問いに問いで答えるなど不敬な事を―――」
「よい、アルベド。これはあくまで雑談だ。そう目くじらを立てるな。というより公式の場でもなければ基本こういう心持でいてほしい。じゃないと私が疲れる」
「そ、そうでございますか?」
「うむ、アルベドも仕事中と私事の切り替えははっきりできるようにな」
『はあ』
アルベドとセバスは生返事を返す。『仕事中じゃない時っていつだろう』と思っているのだ。このナザリック、まだまだ闇が深い。
「それでセバス、お前の質問とはなんだ?」
「はい。その、世界征服との事でしたが……モモンガ様はそれをどのような形で行うのかと思いまして」
「いきなり核心だな……まあ、まずは私も聞いてみたいのだが、お前は何故そのような事を聞く?」
「恐れながら「いちいち畏まらんでよい」あ、はい。申し訳……いえ。ではお話しさせていただきます。
私はご存じの通り至高の御方であるたっち・みー様より創造されました。そして、ナザリックでは珍しく相手がだれであろうとも悪意を強く持たない様にと創られております」
「うむ、お前のカルマは極善だったな」
「はい、しかし世界征服となれば現地人との衝突は必至。今のデミウルゴス様が主導になって動いている現状では、罪なき人々にも多数の悪意が襲いかかるのではないかと思いまして……」
「なるほど……」
罪なき人なんて居ないよ、だなんて垢の付いた問答をするつもりはない。
モモンガにとって外の人々など他人どころか虫以下の感情しかない。一部を除き。そういう意味ではセバスの懸念はどうでもいいものであり、かつ一部に関しては同じように気になる所ではあるのだが……
「まあ、先に一つだけ安心させておこう。私としては敵意や害意を持った相手でもなければ、無闇に非道なことをするつもりはない」
「それは……素晴らしいことでございます」
「どの道その懸念は必要ないんだがな。セバス、私はもともと世界征服などする気はないのだよ」
「は?」
「そこまで驚くことか? そも何故お前達はその様なことを私がすると思ったのだ」
「は、はあ……それは……アルベド様とデミウルゴス様がそのような事を……」
(余計なことを言うんじゃないわよセバスゥー!!)
「ん? アルベド、どういう事だ?」
モモンガの視線がアルベドへと向く。普段なら彼女にとって喜ばしいことのはずなのに、今の彼女は知恵熱と冷や汗で寒暖の差が激しいことになっている。アルベドの内心は台風のように荒れ狂っていた。
(どうする、どうするのよアルベド! ここを切り抜けなくてはモモンガ様にお仕置きされてしまう。ムチや蝋燭で体を痛めつけられ……それはそれでイイ! そうじゃなくて!)
しかし内心の荒れ様と背中の冷や汗洪水に対してアルベドの表情は穏やかだ。まさしく鉄仮面の女だ、エンディングの女である。定期的に崩れるが。
「セバス、貴方はモモンガ様の事を何も分かっていないわね」
たおやかな笑みを浮かべ、アルベドは歌うようにさえずる。
「どういう意味でしょうか」
「モモンガ様の演説、そして態度。そこから読み取れる事はいくらでもあったわ。だから私達は皆に一つのヒントを出してあげたの。それを言葉通りに受け取ってしまうとは悲しいことだわ」
セバスとモモンガは完璧に聞く姿勢へと入る。ここからは彼女の独壇場。守護者代表として相応しき知恵と包容力を持って語りを続ける。
「世界征服、一つの言葉でも決して同じ結果は導かれないわ。モモンガ様の世界征服は、貴方が懸念するような形ではなかったということなのよ」
胸を張りはっきりと語るアルベドに、二人は聞き入ってしまう。
「つまりはね―――」
(つまりは―――どういう事なのー!?)
だがアルベドは相も変わらずテンパっていた。
(モモンガ様は世界征服なんてするつもりはなかった。それはもう確定事項っ。だったらあの演説は一体なんだったというの! 栄光を保ち続ける……箱庭に飽きるまで……えーと、えーと)
この間、コンマ5秒にも満たない時間。アルベドの思考はフル回転していた。でも流石にヒントが少なすぎて答えにたどり着けない……言葉通りに受け取れば楽になれるというのに。
(え、え、えっと……直接戦闘じゃないなら情報戦かしら? だだだ、だとするとまず大事なのは……)
そこでアルベドは一つの推測へと辿り着く。征服する気はないっていう前提を忘れて。
「そ……そう、地図を。ええ、モモンガ様の世界征服とは、地図を埋めるようなものかしら。ね? モモンガ様?」
そうやってとりあえずふわっとした回答を返す。しかもモモンガに丸投げして。
「地図を、埋める、ですか……」
当然セバスはよく分かっていない。
「アルベド……お前は……」
「はい、なんでしょうかモモンガ様」
表情が読めないモモンガの白骨顔に、満面の笑みを返すアルベド。だがよく見るとその笑みは引きつっている。
「素晴らしいな」
(は?)
突然のお褒めの言葉に、アルベドは硬直する。もうお仕置き確定、乱暴に強姦されちゃうのかしら、ヤッター☆ と思っていたのに何故か褒められたのだ。それはもう固まるしか無い。
「うむ、そうだな。世界の未知を暴き、一つの地図を作る。確かにそれも世界征服だ、私のやりたいことでもある。もともと我々はユグドラシルで冒険していたのだ、その立ち位置を変えずにいるという意味では間違ってはいないな」
「成る程……ロマンというやつでしょうか」
「分かるではないか、セバス。ハッハッハッハ」
(オッシャー! 何だかよくわからないけど上手くいったわぁー!)
アルベドは再び絶頂を迎える。両方の意味で。そして自らを褒め称える。ついでに嫌悪気味の創造主にすら感謝の祈りを捧げた程だ。
「まあそんな訳でだ、落ち着いたら何れ外へ出かけるかもしれん。その時にはセバス、お前にも付き合ってもらうかもしれんからそのつもりでな」
「おお……その時をお待ちしております」
アルベドの内心はお祭り状態だ。何しろ短いようで長く苦しい戦いを切り抜けたのだ。皆(脳内アルベドs)エールを片手に涙を流しながら喜び称え合っている。だが―――
「さて、セバスとの個人面談はここまでとしよう。ああ、すまないがセバス、――――を呼んで来てはくれないだろうか」
「え?」
アルベドが硬直する。ナニカフシギナコトバガキコエタヨウナ?
「あの、モモンガ様。個人面談はこれで終了では?」
「何を言う、まだ始まったばかりではないか。少なくとも守護者全員とは話すぞ?」
そう、だが―――まだ彼女の戦いは始まったばかりなのだ。
そんなわけで個人面談1人目、終了でございます。
ホントは守護者全員分まるまる1話にするつもりだったのですが、アルベドとの掛け合いとセバスを書き終わったらそこそこの長さになってしまったので、こりゃ全員分書くまで溜めてたらまた長い間放置になっちゃうなー、というわけで一区切り。
そもそもぶっちゃけ他の人の個人面談は書くかわかりません。何しろ最終話の言い訳会ですから。
①モモンガ様は世界征服しないよー
②苦労するのがモモンガ様だけだとは思うなよ!? さすベド。
まあ今回の話しは上記の2点が全てです。
ちなみにこのアルベド言い訳個人面談の難易度については、
セバス: Very Easy
デミウルゴス: Very Hard
コキュートス: Normal
アウラ: Hard
マーレ: Hard
シャルティア: Easy
パンドラ: Albedo Must Die
こんな感じ。