戦国時代に傭兵1人   作:長靴伯爵

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第七話

 

 

 

 織田家領地、尾張、清洲城。戦国大名、織田信奈の居城である。

 別の世の戦国大名、織田信長はこの城を起点とし天下布武の覇道を歩み始め、数々の戦を戦い抜き、天下統一まで後一歩という所で本能寺でその生涯に幕を降ろした。

 そんな日本の歴史の聖地とも言える城を城下に建つ屋敷の縁側から、着物を着た仙波は煙草を吹かしつつ、ぼぅと眺めていた。

 

 一歩間違えれば斬り殺されていた事態にはなったが、結果的に幸運なほど早い段階で織田信奈と合流することができた。当初の目的であった長秀の護送は完了した形になる。次の仙波の行動目的は少しでもこのタイムスリップに関する情報を集めるために織田家の未来人に会うことだ。その未来人と会うには信奈に話を通す必要があるだろうから、こうして信奈本人から城に同行するように言われるのは渡りに船だった。

 信奈の一団に加えられて清洲城下に入った仙波だが、そこである問題が起きた。それは仙波の滞在場所である。信奈は城のどこかを適当に割り当てるつもりだったらしいが、彼女の帰還を待っていたある人物が待ったをかけた。

 織田家一の猛将、柴田勝家である。

 最初、勝家は信奈と長秀の帰還にとても喜んでいたのだが、仙波のことを聞いた途端まず胡散臭い目になり、信奈に銃を向けたと聞けばその目が怒りの色に激変し、城に泊めると知ると猛烈な勢いで抗議した。

 

「どこぞの馬の骨とも知れない胡散臭い奴を姫様のおわす城に泊めるなど絶対に駄目です!!!」

 

「六、いくらなんでも心配のしすぎよ。確かに胡散臭いけど、一応万千代を助けてくれたんだから」

 

「いいえ!!もしかするとそれは姫様に近づくための計略なのかもしれません!現に、姫様に銃を向けたのでしょう!」

 

「それは私が勘違いしていたからって言ったでしょう?」

 

「だとしてもです!姫様、どうかお考えを改めて・・・」

 

「分かりました」

 

 頑なな勝家に段々と面倒くさくなり機嫌が悪くなる信奈の口論に終止符を打ったのは、長秀の静かなしかし力の篭った一言だった。

 

「仙波殿は私の屋敷に。それが100点です」

 

 こうして、仙波は長秀の屋敷の縁側で煙草を吹かすことになった。今は借り受けた一室に装備を保管し、更に衣服も借りて着物姿になっている。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 縁側から続く部屋から長秀の声が聞こえたので、仙波は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し込んだ。煙草の残り本数に少し哀愁を感じつつ敷居を跨ぐと、仙波にとっては珍しい日本家屋の部屋の上座に長秀が正座していた。淡い藤の色の着物を着て艶やかな黒髪を首の後ろで結んでいる姿に、仙波は一瞬固まってしまった。それは数日前、馬を駆る長秀の姿を見た時とまったく同じ感覚。彼女はあまりにも・・・

 

「仙波殿、どうかしましたか?」

 

「あ、ああ。いや、なんでもない」

 

 不自然に固まってしまったのを取り繕いながら、長秀の正面に腰を下ろす仙波。面と面を合わせて座るというのはどこか落ち着かないものがあったが、1度座ってから動くのも何か違う気がする。そんなことを考えている仙波に、長秀が口を開いた。

 

「改めて仙波殿。私はあなたに何度も命を救われました。感謝してもし足りない程に。加えて数々のご無礼、どうかお許しください」

 

 三つ指を突き深々と頭を下げ長秀に仙波は慌てた。ここまで感謝されたことは初めてだったからだ。

 

「そんなに畏まることじゃない。顔を上げてくれ」

 

 ゆっくりと顔を上げた長秀は真剣な表情だった。そんな彼女に仙波は少しはにかみつつ口を開いた。

 

「あの時の俺の仕事は君をここまで送り届けることだった。だから、それに自分の出来る限りの全力を注ぐことは当然だ」

 

「ですが、傭兵というのはそれと同じぐらい自分の命が大切なはずです。私はそう言って逃げる者達を何度も見てきた。だから、あなたのことも信じていなかった。ですが・・・」

 

 真剣な表情から、まるで花開くように柔らかで可憐な笑顔になり、仙波は思わず見蕩れてしまった。

 

「ですが、あなたは違った。戦に負け、数多の家臣を失いましたが、仙波殿、あなたに助けてもらえて本当によかった。100点です」

 

「・・・」

 

 仙波はすぐには反応できなかった。

 自分が丹羽を助けた理由は、そんな純粋に感謝されるに値するものではない。人間の汚い怒りと悲しみと欲望・・・そういった負の感情を暴力に込めた結果、そうなっただけだ。勝手に自分の境遇と丹羽のものと重ねただけ。傭兵の仕事を隠れ蓑にした、一方的で歪な自己満足に過ぎない。なのに・・・

 

「・・・ありがとう。そう言ってもらえると・・・嬉しい」

 

 結局、感謝を受け入れてしまった俺はクソ野郎に違いないだろう。ボスに顔向けできない。

 


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