森の中の行軍は神経を使う。視界を生い茂った森林で塞がれ自身の現在位置を見失う可能性もあるし、足場の悪さは体力を奪う。野生の動物の襲撃、潜伏している敵からの奇襲、急激な天候の変化。ましてやそれが夜ならば危険は倍増する。
つまり何が言いたいのかというと・・・この山寺を見つけたことは幸運以外のなにものでもないということだ。
「流石に疲れたが・・・まだいけるか」
意識を失ったままの長秀を境内の中に降ろし、仙波は溜息を吐いた。
山の中にひっそりと建っていた山寺は、荒れに荒れ辛うじて形を保つ程度だったがそれでも屋根がある分マシだった。追手だけが問題だったが、長秀の容態を考えればここで処置をするべきであろう。
「・・・丹羽には申し訳ないが、今は仕方ない」
仙波は長秀に謝ると彼女の着物に手をかけ、負傷している肩の部分を肌蹴させた。汗ばんだ柔肌と更に緩んだ衣服から胸を隠す晒まで見えるも、仙波は理性を働かせて応急処置セットでの治療に集中した。最後に包帯で固定し、服をしっかりと着せれば処置は終了。
仙波はふぅ・・・と溜息を吐き、柱に背中を預けて長秀の寝顔を眺めた。
大人びた風貌は今は寝ているためかどこか幼さが覗く彼女の顔に、仙波には穏やかな感情が生まれていた。それに加えてどこか物悲しさも。
「これがこの戦国時代か・・・」
仙波は別に女性が戦うことを否定している訳ではない。MSFにも女性兵士は居たし、何より自分のボスであるスネークの師匠、ザ・ボスも女性だ。
だが、何故だろうか?
今、仙波は目の前の女性が戦うのに強い拒否感を覚えていた。
「・・・雨か」
山寺の外から水が滴り落ちる音が聞こえる。先程までは全くそんな予兆はなかったら、通り雨かもしれない。そう仙波が予想した途端、大きな落雷の音が鳴り響き、視界を一瞬白く染めた。
「うお・・・っ。近かったな。・・・・?」
軽く驚く仙波だったが、突然掴まれた手に視線を落とした。
揺れる瞳と僅かに荒い呼吸、そして掴まれた手から伝わる振動。いまだ意識がはっきりしていない中で長秀は咄嗟になのか、寝ている体勢から上半身を起こし、縋るように仙波の手を掴んでいた。
「頭の中で・・・鉄砲の音が・・・。家臣達の死に際が・・・断末魔が・・・。誠に申し訳ございません・・・」
「大丈夫か?」
どうやら先程の落雷の音が引き金となり、昨日の出来事がフラッシュバックしてしまったらしい。シェルショックに近い症状かもしれない。仙波も経験があるし、そのようになった兵士も見てきた。
重度の傷を心に負っていたら取り返しのつかないことになるが、長秀は気丈にも揺れる瞳にはまだ力が残っていた。
「はい。ですが・・・少しだけ・・・」
「・・・何が少しだけだ」
「え・・・?」
長秀の微かに震える手に僅かに力が篭ると、仙波はそのいじらしさ思わず動いていた。掴まれた手に力を込め、寝ている長秀を出来るだけ痛みがないように引き寄せて抱き締める。長秀の息を呑む音が耳のすぐ傍で聞こえるが多少心臓に悪いが、抱き締めたまま優しく彼女の頭を撫でていた。
「仙波・・・殿?」
「目の前で仲間が、家族が死んでいく。辛いよな、無念だよな。・・・ああ、分かる」
優しく語り掛ける声とは裏腹に仙波に目に宿るのは憎しみの黒い火。火の海に包まれ、海に沈んでいく
「・・・」
長秀は何も言わなかった。だが、恐怖で強張っていた体から徐々に力が抜けていくのは分かった。そして、何時しか彼女が眠りにつくまで仙波はずっと頭を撫で続けていた。
しかし、仙波が虚空を見つめる火は一向に消えることは無かった。
日が昇りかけている早朝。
仙波は長秀を背負い山寺を出発した。いまだ長秀は目を覚ましていない中、森林から林道に抜けて黙々と歩いていく。勿論、周辺の警戒は忘れてはいない。だが、襲撃の気配は全く無い穏やかな空気だった。
「んっ・・・」
「ああ。目が覚めたか」
背中でもぞりと動く長秀に仙波は軽い調子で声をかけた。肩越しで見ると、ぼんやりとした表情から段々と覚醒していき、そして頬に朱が差して恥ずかしそうに目を逸らした。
「・・・申し訳ございません。まさか背負ったまま移動するとは・・・」
「昨日も1日お前を背負ったんだ。今更苦じゃない」
「重ねて申し訳ございません。本当に・・・3点です」
やがて長秀は自分で歩くといい、仙波の背中から降りた。最初はやや危なげな足取りではあったが、渡された薙刀を杖代わりにしっかりと歩き始めた。
「解毒薬を使ったが、まだ毒の影響が残っているかもしれない」
「毒・・・。クナイに毒が塗られていたのですね。だからここまで気を失うことに・・・。もう0点です」
「・・・そうだな。0点だな」
長秀の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていく。昨夜の雷雨が嘘のように晴れやかな天候は、状況が状況ならピクニックに来ているのではないかと錯覚してしまいそうなほどに穏やかなものだった。
しばらく2人は黙々と歩いていたが、どちらからともなく歩みを止めた。
「・・・何か来るな」
「馬のようです。恐らく、敵かと」
「脇の森に。隠れてやり過ごせるならばそれがいい
「もし見つかれば・・・」
「逃げればいい。兎も角、俺の後ろに」
長秀を急かし近くの茂みの中に身を潜めると、仙波は静かに銃を構え初弾を装填した。こちらに気付いた瞬間に発砲し、森の中へ退けばいい。
「来ます」
長秀の合図に仙波は安全装置を解除した。スコープ越しに見る林道の先から一騎また一騎と騎馬兵が現れてくる。人差し指が引き金にかかるが、騎馬兵が背負う旗印が見えた瞬間に人差し指を止めた。
「旗の模様が違う。あれは・・・花か?」
「花?・・・まさか!?」
「待て!丹羽!!」
仙波の言葉を聞くや否や、長秀は制止の声を振り切って林道へと躍り出て騎馬の一団の前に立ち塞がった。仙波は血相を変えて長秀の前に飛び出すと騎馬兵に銃口を向ける。
しかし、それを押し止めたのは長秀自身だった。
「何をする!?」
「仙波殿!あれは・・・」
「万千代!!!」
響き渡る空を裂くような高い声と共に、騎馬兵の一団の中から奇抜な少女が飛び出してきた。茶髪を茶筅のように結い上げ、盛大に着物を肌蹴させて肩を出し、何故かブラジャーらしきものを惜しげもなく見せつけている。腰には荒縄に瓢箪。馬に跨ってこちらに突撃してくるその姿に驚いた。そして更に度肝を抜いたのは刀を抜いたことだ。
「万千代から離れなさい!この下郎!」
「万千代って誰だ!?」
慌てて押し止めてくる長秀を突き放し、少女の突撃を飛び込んで避けた。だが少女は即座に反転して切り殺そうと更に迫ってくるのだ。しかも後続の騎馬兵達も到着しようとしている。
反撃しなければ殺される。ここで死ぬわけには絶対にいかないのだ。
ならば・・・。
刀の振りかぶって迫り来る少女に仙波は銃の狙いを定めた。
「死ねぇぇえええ!」
「クソッ!?」
その直後だった。
「駄目です!!!」
目の前に現れた長秀の背中に、長秀は慌てて銃口を上に持ち上げ、少女も馬を急停止させた。
「どいて、万千代!万千代を酷い目に合わせた奴なんてここで打ち首にしてやるわ!」
「誤解です、姫様!仙波殿は違います!」
以前に刀を納めず睨んでくる少女。長秀が姫様と呼んでいることは・・・つまり・・・。
「姫様。仙波殿は私を救ってくださった・・・命の恩人です」
「ふ~ん。・・・南蛮風だけど変な格好。でも万千代がそこまで必死になるってことは本当みたいね」
やっと刀を鞘に納め、勝気な目に疑問の色を混じらせつつ馬上から見てくる少女が、長秀が仕える織田家の頭首、織田信奈ということだ。
「とりあえず、城に戻りましょう。そこの男も一緒に付いてらっしゃい。その南蛮の衣服といい変な銃といい、色々と聞きたいわ」
『もう訳が分かんないな』
思わずここに居る人には誰にも分からない英語で愚痴ってしまうのも仕様がないだろう。