森の中を進む仙波と長秀。
いきなりここに現れた仙波はまったく道が分からず、長秀も目的地までの大まかな方角は分かるがそこまで詳しくはないらしい。
「その信奈という人物の所までどのくらいかかるんだ?」
「馬を使えば1日で到着するのですが・・・こう山の中を進むことになると何日かかることになるか・・・」
すでに2人は半日歩き続けている。所々に休憩はいれているがやはり体力は消耗しているもので、MSFの任務で不整地での行軍慣れしている仙波は兎も角、長秀は息が上がりかけていた。
「そろそろ休憩をいれよう」
「いいえ・・・まだ・・・」
「まだ大丈夫だから休むんだ」
長秀は難色を示すが、仙波は構わず近くの木の根元に銃を置いた。そこまですれば長秀ももはや何も言わず、仙波から少し離れた所に腰を下ろした。やはり歩き疲れたのか長秀が表情を僅かに歪めて足を擦るのを見つつ、仙波は自身の腰に取り付けていた水筒を差し出した。
「水を飲んでいた方がいい」
「・・・ありがとうございます」
プラスチック製の水筒を受け取った長秀ではあるが、両手に持っただけで一向に飲もうとはしない。仙波は胸ポケットから煙草を取り出そうとして、そのことに気付いた。
「どうした?」
「いえ・・・その・・・」
長秀はジッと水筒を眺めると、やがて言いづらそうに目を逸らして言った。
「開け方がわかりません・・・。3点です」
「え?3点?・・・あぁ、そうか」
戦国時代にキャップなど無い。開け方が分からないのも当然だ。
まさかこんなことですれ違うとは思わなかったと仙波は長秀から水筒を受け取り、キャップを外してから再度手渡した。
「ほら。水はこれだけだから飲みすぎないようにな?」
「そのくらいは把握しています。・・・ありがとうございます」
すこし恥ずかしかったのか若干頬を赤く染めた長秀は、水筒を両手で持ちゆっくりと水を口に含んでいく。その様子を見つつ、仙波は煙草に火をつけゆっくりと紫煙を吸い込んだ。吐き出した紫煙が立ち昇る様子を見つつリラックスしていると、目の前に水筒が差し出された。ちゃんとキャップが閉められている辺り、もう使い方はわかったようだ。
「仙波殿。ありがとうございました」
「ああ。気にしなくていい」
水筒を受け取る為に煙草を携帯灰皿に入れようとしたが、そこで長秀の疑問を含んだ視線に気付いた。
「どうした?」
「いえ、その口に咥えているのはなんでしょうか?」
「これは煙草だよ。つまり・・・煙管だな」
「それが未来の煙管ですか・・・」
何か感心したように長秀は煙草を見ているが、仙波は煙草がもう手に入らないという事実に気付いてしまった。もどかしげに携帯灰皿に煙草を突っ込み、胸ポケットの煙草の箱を確認すると半分程、数本しか残っていない。この調子では強制的に禁煙生活だと、憂鬱げに溜息を吐いた。
「・・・さてと、そろそろ行くか」
「ええ。行きましょう」
お互いに銃を、薙刀を手に取り二人は再び歩き出す。日は傾いてきてはいるが、もう少し距離を稼ぎたかいのが現状だった。
二回目の野宿は、やはり静かなものになった。
山の中は夜になれば気温が下がり、体力の消耗にも繋がる。万が一のことを考えて焚き火は必要最低限の大きさに限定していた。
「これが未来の兵糧ですか・・・。美味ですね。口の中が乾きますが・・・80点です」
「80点・・・。まぁ、これはうちのボスのお気に入りだからな」
長秀が淡い炎に掲げるのはMSFで支給されている携帯食料の1つ。小さな長方形のレーション、カロリーメ○トである。MSFのボス、スネークの大のお気に入りであるこれはもちろん他のMSF兵士にも人気で、仙波もよく携行していた。今回も任務の前に準備しており、残っていた物を長秀と分け合っていた。
「未来ではこのような物を食べているのですか?」
「いや、これは戦闘用の食事だ。普段は・・・国では違うが、この時代の食べ物と変わらない」
「国では違う・・・」
仙波の何気無い一言だったが、長秀は何か考え込み尋ねてきた。
「これを食べている日ノ本は世界に生きているのでしょうか?」
「・・・少なくとも俺が生きていた世界ではそうだった。俺も日本には住んでいなかった」
「だから貴方は始めてあった時、南蛮語を使っていたのですね」
「そうだ」
「得心を得ました。90点です」
「90点・・・?」
それ以降長秀は黙々と食事を続け、仙波は手早く食事を終えて拳銃の簡単な整備をしていた。このまま見張りの順番でも決めて寝てしまおうかと考えていた時だった。
ガサリッという草を掻き分ける音に仙波は瞬時に反応した。傍らに置いていた銃を掬い上げる様にして構えると音の発信源に銃口を向けた。仙波の急な動きに長秀も薙刀を持って立ち上がる。
「敵襲ですか?」
「分からない。だが、誰かいるのは確かだ」
耳を澄ませると草を掻き分ける音が複数聞こえる。相手側から何も意思表示をしてこない以上、友好的だとは考え難かった。仙波が周辺を警戒している中、長秀も薙刀を構え仙波と背中合わせになる。
「・・・きます」
「ああ」
森の暗闇から、2人を包囲するように複数の人影が現れる。皆、一様に体を黒装束を纏い、覆面と手に短刀を持っている。どう見ても忍だった。確実に殺すつもりらしく、タイミングを計るようにジリジリと距離を詰めてくる。
「斉藤方の忍ですか・・・10点。絶対絶命ですね」
「・・・お前を狙っているのか?」
「おそらく」
「まさか本当の忍者と戦うことになるとは・・・」
目の前にいる忍者は銃に警戒してか一向に動こうとしない。ちらりと仙波が背後の長秀を伺えば、彼女はやる気のようで顎を引くように小さく頷いた。仙波も頷き、銃のセレクターを単発に切り換えた。補充が望めない以上、弾はなるべく節約しなければならない。
「先手必勝だな。いくぞ」
「はい」
長秀の返事を聞いた瞬間、仙波は引き金を引いた。銃口からのマズルフラッシュが暗闇を一瞬切り裂き、正面にいた忍が倒れた。それとほぼ同時に、周りに忍達が飛び掛ってきた。彼等が知る鉄砲は1発しか撃てないもの。仙波が撃てばこれ以上攻撃手段がないと判断し、一気に殺しにきたのだろう。
だが、仙波が持つ銃AM69はこの時代からして400年後のオーバースペックの銃。そして仙波はこの銃を体の一部のように操るMSFの傭兵。忍達が飛び掛ってくる前に、すぐさま狙いを定めて2人目3人目と一瞬の内に撃ち抜いていた。そして4人目が来る直前に、仙波は銃を手放して両手を構えた。
「フッ・・・!」
仙波を焚き火の光をギラリと反射させる短刀の刃。それを仙波は迎え入れるに動き、そのまま刃をすり抜けるようにして忍の手首を掴んだ。覆面から覗く目が驚きで見開かれ、その一瞬後に忍は地面に叩きつけられ意識を失った。
スネーク直伝のCQCは忍にも通用するようである。
「丹羽!」
こちらの忍は片付けた。次は長秀の援護である。
長秀は忍3人を相手に薙刀で立ち回っていた。地面に1人倒れているということは当初は仙波と同じ4人を相手にしていたらしい。長秀の太刀筋は鋭く、3人を近づかせないでいたが、表情が厳しい。今までの移動で体力が消耗しているようだ。
仙波はき地面の銃を拾い上げるのを諦め、腰の拳銃とナイフを抜き長秀の背後を伺う忍を狙った。走りながら引き金を引くも当たるわけもなく、しかし掠めた弾丸でこちらに注意を引くことは出来た。忍がこちらと対峙した時には、すでに仙波が拳を振り抜きその拳で殴り飛ばされていた。たたらを踏む忍に追撃の銃弾を放ち、完全に息の根を止める。
そこで、長秀の悲鳴が聞こえた。
「クッ・・・!?」
振り返った仙波の目に映ったのは一人の忍を薙刀で貫くも、肩にクナイを突き刺された長秀だった。体勢を崩してしまった長秀に止めを刺すべく、最後の1人が短刀を掲げている。
仙波は拳銃の引き金を引いていた。
額を撃ち抜かれた忍が仰向けに倒れるのを見つつ、仙波は長秀に駆け寄った。傷自体は大して大きくないのか長秀は既にクナイを引き抜き、布を押し当て止血を試みている。
「大丈夫か?」
「この程度掠り傷です。それより早く移動を・・・ッ・・・」
仙波が気遣いに長秀はあくまで冷静に対応しようとする・・・が、不意に彼女の体勢がグラリと揺らいだ。仙波は慌てて受け止めるが、長秀が尋常ではない汗をかき視線が乱れているのに気付いた。
「おい!?どうした!?」
「わ、わかりま・・・せん。しかし・・・体が急に・・・まさか忍の・・・」
「忍の?まさか・・・毒か!?」
地面に転がっているクナイと長秀の体調の急変を見てクナイに毒物が含まれていた可能性が高い。ならばすぐに対処しなければ手遅れになってしまう。
仙波は腰のポーチから応急処置セットを取り出し、中にある解毒薬を意識が朦朧としている長秀に注射した。1本しかないがMSFの医療班が開発した新薬らしく、大概の毒を解毒できるらしい。今までこれを使用する機会が無かったので実際の効果は分からないが・・・。
仙波の心配をよそに解毒薬はしっかりと働いたらしく、長秀の表情はいくらか安らかになる。しかし、自力で動くことは到底無理そうだった。新たな忍が現れることも否定できないのですぐにでも移動すべきである。
「・・・すまない」
一応一言入れてから仙波は長秀を担ぎ上げた。銃はスリングで下げるようにして長秀の薙刀も持つ。体に掛かる負荷が一気に増えたが、仙波は表情を変えずに歩き始めた。敵に捕捉されてしまった今、どこか安全な場所を確保して体勢を立て直す必要がある。
(きつい行軍になりそうだな)
肩にかかる重みと温かさを感じながら仙波はやれやれと嘆息した。もうこれ以上の厄介ごとは御免だった。