仲間が死んでいく。
我が家が燃えていく。
数多の弾丸、数多の爆発。
手を伸ばして叫んでも、それらは止むことはない。
誰も助からない。
誰も助けられない。
何故?何故?
誰が。誰が?誰が!!
許さない
絶対に
絶対に・・・
仙波が感じたのは爆発するような肺の痛みだった。
身体中の細胞が酸素を欲し、呼吸しようとすれば口と鼻から大量の水が流れ込んでくる。
本能的に身体が動き、無我夢中で手足を動かし、ひたすら上を目指す。
そして・・・
「ッッッガッッハッァァァアアアア!!!」
鼻から口から大量の水を吐き出し、仙波は胸一杯空気を吸い込んだ。水面から飛び出した勢いのまま再び身体が沈んでしまうが、再度手足を動かして水面から飛び出し、貪るように空気を吸い込む。
この一連の動きが身体を進めていたのか、何時の間にか底に足が着いていた。仙波は鉛のように重い身体を引き摺り、一歩一歩水中の足を動かして陸地を目指す。そして、遂に身体が水面から完全に出るほど進んだ時、体力の限界を迎えたのか膝から前のめりに倒れてしまった。
顔に伝わる固く冷たい感触は沢山の石か。霞む仙波の視界が広がる砂利とその先に鬱蒼と生い茂る森林を写していた。
砂利?
森林?
俺が落ちたのは海のど真ん中だ。
何故俺は川岸に打ち上げられている?
次第にハッキリとしてきた思考が今自分の置かれている状況の異常に警鐘を鳴らし始める。
一体俺は何処にいるんだ?
AM69を杖代わりにして何とか川から移動した仙波。
鬱蒼茂る森の中を移動し、大木の根元で何とか腰を落ち着けることが出来た。
「一体何がどうなって・・・」
仙波は呟きつつも苔が生えた木の皮に体を預け、胸の内ポケットに手を伸ばす。全身ずぶ濡れではあるが、辛うじて水浸しになっていないタバコを取り出し、気だるげに咥えてライターで火をつけた。
タバコの先に赤い火が燈ると共に紫煙を胸一杯吸い込むと混乱し切った頭が次第に治まってくる心地がした。少なくとも自分が生きているのは確かなようだ。
「まずは装備か・・・」
タバコを地面に押し付けて揉み消し、吸殻を携帯灰皿に押し込むと自身の装備の確認に移った。点検を含めて一つ一つの装備を外して地面に置いていく。
アサルトライフルのAM69と拳銃のAMD114は完全に水没したが、問題はなくAM69のスコープも無事。予備弾倉は多めに持っていたこともありAM69の物が5つ、AMD114の物は3つ。手榴弾、スモークが各三つ。サバイバルキットや応急処置キット、携帯食料などは所々凹みがあったりしたが機能的には問題なかった。
しかし幾つかの装備は使えなくなっていた。
「これは・・・動かないか」
仙波はボタンを押しても全く反応しないiDroidを握り、力なく呟いた。
iDroidとはMSFが技術力を結集し独自に開発した通信から3Dでの位置情報の把握まで出来る情報端末である。水密加工されているはずだったが、落下の衝撃で内部に水が入ってしまったのかもしれない。
「これじゃあ通信も出来ないし、自分の位置も把握出来ないか・・・」
仙波は溜息を吐いてiDroidを元の場所に戻し、次いで地面に広げていた各種装備も元の場所に戻していく。そうしながら思考を巡らしていった。
この状況下でまず最優先すべきは生き残ることだ。水は先程の川から、食料は自分の携帯食料があるからいいとして、まずはこの濡れたままの格好を何とかすべきだ。このままでは体調を崩しかねないし、現在位置の特定はその後でも十分なはずだ。
「なら、野宿出来るところでも・・・ッ!?」
全ての装備を装着し直して立ち上がった時、1発の銃声が何処からか響き渡った。仙波は反射的に身を竦ませてしまったが、すぐに自分への銃撃ではないことが分かった。しかし断続的に銃声が続いている。加えて馬の嘶き。
「騎馬兵でもいるのか?アフガニスタンじゃあるまいし・・・」
ここはアフガニスタンの乾いた大地とは無縁の緑豊かな森林。自分の馬鹿な考えを鼻で笑いつつも、警戒を解くことなく銃を構える。少なくとも、銃声の元を探さなければならない。仙波はAM69を手早く点検してから立ち上がった。
移動を始めた仙波は、時折響き渡る銃声を頼りに歩き続けていた。
銃を構え、ブーツの中の水に辟易しながら草木を踏みしめること数分。仙波は自分の目を疑うことになった。
「・・・何だ、これは?」
思わず呟いた仙波の視線の先には、時代劇のような日本の鎧と鉢巻をつけた男が1人。体に草を巻きつけて原始的な銃・・・火縄銃を持っている。その男が見ているのは、森の貫通するように続いている道だった。簡単にカモフラージュを施した仙波の存在には全く気付かずに、男は火縄銃に次弾を装填し始める。
「映画の撮影か?それにしても手の凝った・・・」
仙波が呆れたような目で見ていると、再び馬の嘶きが響き渡った。更に、沢山の足音や人の怒号まで。仙波はスネークから教わったスニーキング技術を駆使して道全体を見渡せる草地へと移動した。果たして、次はいったい何が出てくるのか・・・。
ややあって現れた騎馬兵の部隊を見て、仙波は目を奪われた。誰しもが傷だらけで逃走しているのは明らか。だが、仙波の目が奪われた理由はそれではない。先頭の騎馬を駆る人物だった。
まるで着物のような衣服に、薙刀らしき武器を持った女性。その表情は厳しく引き締まっていたが、その美貌に仙波は思わず目を奪われてしまった。
仙波が気を取り戻したのは、至近距離で銃声がしたからだ。直後、女性が乗っていた馬にぱっと赤い花が咲き、暴れるようにして倒れた。女性も地面に投げ出されてしまう。
「ッ!さっきの奴か・・・!」
ハッとして気を取り戻した仙波。思わず飛び出そうとするのを理性で押さえ、じっと草地に身を潜める。視線の先では女性の後ろに続いていた鎧姿の男たちが慌てて馬を止めていた。
「姫様!?」
「どこからの攻撃だ!?」
1人の男が馬を降り女性を助け起こそうとしていると、背中に波のような模様の旗を背負った別の騎馬隊が現れた。傷だらけの一団の反応を見るに、どうやら彼等から逃げていたらしい。
「姫様を連れて逃げろ!拙者等はここで足止めを!」
「・・・あい分かった!」
姫さまと呼ばれた気を失った女性を抱えた男を残し、4人の男達は迫り来る敵騎馬隊に突撃していった。死を覚悟した捨て身の突撃。
「・・・ッ」
仙波は眉を顰めて小さく息を吐いた。
彼等の姿がマザーベースで戦いながら死んでいった仲間と重なったからだ。無意識の内に引き金に伸びていた指に気付き、仙波は頭を振った。ここで自身の姿を晒すようなことをすれば、自分も戦闘に巻き込まれる。何も分からない今の状況でそれは避けたかった。
だが、仙波の思いとは裏腹に状況は更に悪くなっていく。
「お命頂戴いたす!!」
「何!?ガハッ・・・」
女性を助け起こそうとしていた男が突如として動きを止めた。先程仙波が見かけた鉢巻の男が忍び寄って脇差で貫いたのだ。女性を支えることが出来なくなり、地面に崩れ落ちる男。その目が偶然、潜んでいた仙波の目と合った。生気が消え、伽藍のようになっていく目。それでも、男は確かにこう言った。
「姫様を・・・頼む・・・!」
『ボスを・・・頼む・・・!』
マザーベースで力尽きた仲間の最後の言葉と男の言葉が重なった。
仙波の胸にはあの時の憎悪の炎が再び燃え始めた。
所属不明の敵がナイフを振り上げ、地面に倒れた誰かを殺そうとしている。倒れているのは・・・ボス、スネークだった。
また奪おうというのか。
家を焼き、仲間を殺し、次はボスまで。
また奪おうというのか。
させるか。
許さない。
絶対に許さない。
殺す。
仙波はAM69を構え、潜んでいた草地から立ち上がった。
いきなり現れた仙波に敵は驚いているが、全てが遅すぎた。
躊躇い無く引き金を引き、肩に軽く衝撃がかかったのを感じた瞬間には、スコープ越しに男の頭は破裂していた。
これだけでは終わらない。
「銃声!?」
「見ろ!まだ敵が居るぞ!!」
「なんと珍妙な格好!?」
「問答無用!織田の重臣共々首を取れ!」
荒波のように迫り来る十数騎にもなる騎馬隊の前に仙波は真っ向から立ち向かった。
スコープを覗く目の憎悪の炎はまだ消えない。
「・・・ゥゥゥウウウオオオオオオ!!!」
怨嗟の雄叫びと共に引き金を引く。引き続ける。
向かってくる騎馬は血を撒き散らし、顔を驚愕と絶望に染めて地に倒れた。
だが、仙波は引き金を引くのを止めない。弾を撃ち尽くすと叫ぶのを止めて再装填し、ゆっくりと歩き出した。
騎馬は全て地に伏せた。後は致命傷を負いつつも死に切れずにうめき声を上げる者だけ。
仙波は何の躊躇いもなく引き金を引いていた。
先程までの戦闘音は一切止み、辺りは風が木々を揺らす音や、鳥の鳴き声しか聞こえない。
仙波は無表情のままAM69の弾倉を新しい物に換え、そこでやっと大きく息を吐いた。自身の怒りのままに動いてしまったことを後悔しつつも、今はここから移動すべく行動を開始するべきだ。先程の銃声を聞きつけて、敵の増援が来るかもしれない。仙波はもう一度自身が倒した騎馬兵たちを見た。
「こいつらは本当のサムライなのか?だとしたら・・・ここは何処なんだ?」
仙波の疑問に答えられるのは、気絶している姫と呼ばれた女性だけだ。彼女を助けようとした男の最後の言葉もある。仙波はAM69を背中に回すと未だ気絶している女性を担ぎ上げた。既に日が傾いていた。
いくら薙刀を振り回しても敵は一向に減らない。
1人、また1人と味方は敵の刃に倒れ、地に伏していく。
馬で逃げても敵は追いすがってくる。
ここで死ぬのでしょうか・・・?もう姫様の夢を見ることがないなんて・・・0点です。
諦めかけたのが運の尽きだったのか。
どこからか飛来した弾丸が私の馬を貫いた。馬が進行方向に崩れ落ちてしまうままに、体が宙に投げ出されてしまう。それをどこか他人事のように認識した直後、凄まじい衝撃が全身を貫いた。そこから記憶は途絶えてしまったけれど、唯一記憶に残っていることがあった。
憎悪に彩られた鬼のような唸り声だ。
パチッパチッ・・・という細かな音で私は目を覚ました。
ぼんやりとした頭で体を起こそうとするも、体に走る痛みに息を詰まらせてしまう。
「っ・・・くぅ・・・!」
落馬した時に酷く背中を打ちつけてしまったのだろう。それでも、何とか周りの状況を確認したくて苦痛に漏れる声に構わず上体を起こした。
どうやらここは洞窟の中。パチッパチッという音は焚き火の音だったらしい。私の薙刀や刀、脇差はすぐ脇に置いてあった。いつの間にか日が暮れ、真っ暗になった辺りを柔らかく照らしていた。そこで・・・初めて自分の体に掛かっている物に目が行った。
今まで見たことのない着物だった。深い緑色で所々に金属が付いており、どことなく姫様がお持ちになっている南蛮の衣服に似ていた。
「これは一体・・・」
『目が覚めたみたいだな』
聞き覚えのない声と言語に脇差を取った私は悪くないだろう。
脇差を向けた先に居たのは南蛮人のような衣服を着た奇妙な男。見た目は日ノ本の男性だが、今彼がしゃべっているのは明らかに南蛮語だった。
私は鞘から抜いた脇差の剣先を奇妙な男に向けて、睨みつけた。
そう、これが私と彼の出会いだった。