戦国時代に傭兵1人   作:長靴伯爵

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第十一話

 

 

 

 まだ日の昇らぬ清洲城下丹羽屋敷。

 

 装備を整えた仙波は長秀の厚意により貸し与えられた馬の準備をしていた。タイムスリップする直前に行っていたアフガニスタンでの任務でも移動には馬を使っていたのだ。乗馬には全く不安はない。

 

「馬の扱いは大丈夫なようですね。100点です」

 

「丹羽、起きていたのか」

 

 心配してくれていたのか長秀がやって来た。予想以上に仙波が馬の扱いに手馴れているのを見て安心したのか、ほっと溜息を吐いて微笑み仙波の正面に立つ。そして、向き合った仙波にそっと一振りの脇差を差し出した。

 

「これは?」

 

「持って行って下さい」

 

 この脇差には仙波は見覚えがあった。2人が始めて会話を交わした洞窟で、長秀が仙波に向けていた一振りである。丁寧に脇差を取り上げて僅かに刀身を覗かせると、研ぎ上げられた刃が覗いた。

 

「孤立無援の戦です。せめて、お守り代わりに・・・」

 

「分かった。ありがたく使わせてもらう」

 

 祈るような長秀の頼みを仙波は快く受け入れた。その場で脇差を弾帯の腰の位置に差し、いつでも使用できるようにしておく。不安の色を隠さずに見つめてくる長秀に仙波は頷いて見せた。軽やかな動きで騎乗し、安心させるようにと微笑んで言った。

 

「3日後に会おう!」

 

「・・・はい!御武運を!」

 

 長秀に見送られる中、仙波は馬を走らせ清洲城下を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼と茂った森の中に1つの古城がある。

 築城されたのは何十年も前になるのだろう。草木に侵食されて所々崩れた石垣がその時の経過を如実に表していた。石垣に囲まれている本丸は三階建てで堅牢な造りをしており、所々が劣化していたが補修された跡があった。

 石垣内には見える限りで約100人ぐらいの兵が常駐しており、多くの天幕が立てられ武器や物資を集積していた。ここが斉藤方国人衆の展開する街道封鎖の補給線の要であるのは一目瞭然だった。

 

「さて・・・どう潜入するか・・・」

 

 木の枝葉に紛れるように草木を用いて迷彩を施した仙波はAM69のスコープを双眼鏡代わりに古城の状況を把握し静かに呟く。

 この任務が、戦国時代での初の任務となる。

 最初が一番重要なのだ。この任務の評価によって仙波がこの時代で生きていけるかが決まるといっても過言ではない。だからこそ、今の自分が用意できる全ての装備を、AM69から各種手榴弾まで準備してきたのだ。補給が望めない分使いどころを見極めるのが難しいが、使うとなれば躊躇はしない。

 古城の様子を見た限り、潜入すること自体は難しくないだろう。見張りや森への巡回もあるがさして問題は無い。ネックとなるのは捕らえた敵将をどう運ぶか、だった。現代だったら、マザーベースからの支援でフルトン回収とヘリによる輸送が出来たが、今仙波がいるのは戦国時代。マザーベースはおろか、ヘリも車両さえない。手元にある輸送手段といえば、森から少し離れた所で待機させている馬だけ。

 

「もう少し、情報がいるか・・・」

 

 情報が作戦の生命線であることは重々承知している。古城に関する情報は長秀経由で信奈から貰っていたが、現地での得た情報との擦り合わせが不可欠だ。MSFでは諜報班の担当だった仕事を今は1人でしなければならない。つくづくMSFが規格外の傭兵組織だったと思い知らされる。

 仙波は頭を振って気持ちを切り替えてスコープを覗く。その後、数時間偵察に費やすとスルスルと木を降り、別の地点から再び偵察を行う。最終的に仙波が偵察に費やした時間は凡そ1日。そして潜入から脱出までを迅速に行うために下準備に費やしたのが丸1日。信奈から提示された期限の三分の二を費やしていた。

 しかし、仙波はそのこと関してまったく焦りはない。

 作戦は短ければ短いほどいいのだ。敵が全く気付かない内に目標を達成させればそれにこしたことは無い。その為の準備期間があるのならば、その時間をフルに使うべきだ。

 

 

 

 作戦期間最後の1日が始まろうとしている。

 刻限は夕刻まで。

 

 古城の警戒網から離れ、しかし古城を一望できる小高い丘で仙波は作戦の最終確認をしていた。

 何も問題はない。すでに下準備は済み、後は作戦を実行するだけ。

 東から昇り始めた朝日を望み、仙波はゆっくりと腰から脇差を抜いた。刃に沿うように朝日が反射し、刀身に自信の顔が映る。

 タイムスリップしても自分は変わらない。MSFの傭兵として自分に課せられた任務を達成する。そう、何も変わらないのだ。スネークに教えられた通り、己の全力を以って己に忠を尽くすだけ。

 

「さて・・・やるか」

 

 カチリという音と共に脇差が鞘に戻る。地面に置いてあったAM69を拾い上げ、仙波は朝露に濡れる森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処変わって、織田家尾張領、清洲城。

 場内が斉藤攻めで緊張した空気が張り詰めている中、ある1人の男が帰還した。

 

「侍大将、相良良晴!!大手柄で帰還したぜ!!!」

 

「相良氏、ちょっと声が大きいでごじゃるよ」

 

 ドスドスと大きな足音を立てて広間に現れ、大きな名乗りを上げたのは相良良晴。本人の知らぬ間に今まで幾度と無く会話に出てきた織田家に仕える未来人である。平成の世から何の因果か戦国時代に迷い込み、ひょんなことから信奈に仕えることになり、戦国ゲーム「織田信長公の野望」で得た戦国時代の知識を駆使して尽力しているのだ。

大声をあげる良晴を諌めたのは黒装束に身を包んだ少女、蜂須賀五右衛門。良晴と主従の契りを交わした凄腕の忍びである。

 勝家、長秀と共に斉藤攻めに参加しておかしくない人物なのだが、今の今まで何をしていたのかというと・・・。

 

「天才軍師、竹中半兵衛!今孔明とまで謳われた彼女を俺の手腕で・・・」

 

「五月蝿いわよ!!サル!!」

 

「ブベラッ!?」

 

 喜色満面で長々と口上を述べていたが、不機嫌な信奈に投げつけられ扇子を顔面に受けて強制的に黙らされてしまう。床に沈んでしまった良晴だが、彼の後ろから続々と新たな人物が現れた。

 

「姫様。只今帰参した」

 

「随分と遅かったわね、犬千代」

 

 虎の毛皮を被り、小さな体に見合わない大きな朱槍を抱えた少女、前田利家。幼名は犬千代。あまり感情を表には出さないが、出さないだけで相当感情的である。また健啖家といった面もあるが、今は言及することでもないだろう。

 犬千代の隣には、同じくらいの年齢の少女がいた。活動的な装いの犬千代に比べて内向的で弱気な雰囲気が強い。つぶらな瞳には沢山の涙を溜めて、地面に転がった良晴を見ている。彼女こそこの天才軍師、竹中半兵衛であったが、信奈にはただの泣き虫の少女にしか見えなかった。

 

「よ、良晴さんがこんなことに・・・。わ、私もいぢめます?」

 

「ん?誰よ、あんた」

 

「彼女こそ、今孔明、竹中半兵衛じゃ」

 

「あら。マムシ、来てたの」

 

「おお、おお。最近はばたばたしていたからの。顔を出すのが億劫じゃったがな」

 

 そうして最後に現れたのは、斉藤道三。マムシとは彼が戦国の世に轟かせた別名である。現在、織田家が交戦状態にある斉藤家の()当主である。そもそもこの織田家と斉藤家の戦は斉藤家のお家騒動から端を発したものだ。本来の歴史であればこの騒動によって道三の命運は尽きていたが、その命を救ったのが良晴であった。

 今は織田家の客将として身を寄せており、信奈を実の娘のように可愛がっている好々爺となっていた。

 

「相良殿は竹中半兵衛を調略してきたようじゃの」

 

「ふ~ん。サル、いつまで寝てるの。さっさと起きなさい!」

 

「いきなり扇子なげるなよ!痛いだろ!」

 

 信奈が一声かけると床に伸びていた良晴はウガーと抗議の声を上げた。頬のぶつけられた扇子の跡が残り、顔がおかしな様になっている。それを見て、信奈の表情が少し明るくなった。

 

「もう。サルが帰っきたらすぐに騒がしくなるわ」

 

「なんだと!?」

 

「いいから。あんた達がいない間に色々と面倒なことになってるのよ」

 

「面倒なこと?」

 

 信奈の表情が真剣なものになると、良晴の顔も一気に引き締まった。犬千代や半兵衛も揃って真剣な表情になる。そうして信奈は斉藤方国人衆による街道封鎖の件を切り出した。全ての状況を把握すると、最初に口を開いたのはやはり軍師の半兵衛だった。

 

「状況は不利ですね。少数の精鋭で短時間で落とせればいいのでしょうが・・・」

 

「でも言っちゃあ何だが、尾張の兵は弱い。信奈、どうするんだ?」

 

 腕を組んで頭を悩ませる良晴だったが、信奈は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放った。

 

「そんなのとっくに手は打ったわ。傭兵を雇ったの」

 

「傭兵?」

 

「そう。あんたと同じ・・・未来から来たという傭兵をね!!!」

 

「・・・な、なんだって!?」

 

 良晴にとっては晴天の霹靂だっただろう。まさか自分以外に未来から来る人物がいるとは夢にも思っていなかったはずだ。現にあまりの驚きにこれでもかと言うほど目を見開いている。

 そして、言い放った信奈といえば良晴のリアクションに満足したのか、満面に笑みで命令を下した。

 

「三人ともすぐに出陣の準備をしなさい!傭兵が依頼を果たすところを見に行きましょう?」

 


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