闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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84話 演技

 なにか、違和感がつのる。しかしそれは不信感ではない。目の前の旅の少年はどこからどう見てもまっとうな人物だろうと思えたし、虚言で集落を脅かすような不審人物だとは考えないが……何か、別の違和感がある。

 どうにもちぐはぐななにかがある。喉まで出かかった違和感が、確かにある。

 

「俺たちの旅の目的は世界中に散らばった『黄金に光る果実』を求めることです。『黄金の果実』とは……一見すれば美しく輝く美味しそうな果実です。が、それは罠であります。今まで口にしてきた人間や、果実の神々しい外見に縋って願い事をした存在は歪んだ形で願いを叶えられ……膨大な力に体が耐えられず、姿が魔物のようになったり、性格が凶暴化したりするなど、不幸になってしまっています。

 例えば人々を善く導きたいと心底願っている敬虔な人間でさえも果実を食べただけで邪悪な意思に取り憑かれ周囲の存在を攻撃したり、人間の手のひらサイズの生き物がたったひと口黄金の果実を口にしただけでドラゴンさながらに姿が巨大化、凶暴化したり……そのように危険なものであります。

 良き隣人たちがそうとも知らずに不幸になるのを避けたいのです。ここに黄金の果実があったならば食べず、願わず。どこかで見かけることがあればこれを念頭に置いて近寄らず。俺は危険な黄金の果実を回収することを目的としていますが、それ以前にまずはご自衛願いたく」

 

 美しい少年の言葉は、どこに根拠がなくとも不思議と聞き入りたくなるような、説得力が伴ったもののように思えた。彼は非常に真摯に語ったし、真面目な光を宿した目に曇りなどなかった。

 話自体は突飛だ。とはいえ、わざわざそのような虚言を流布して回る意味があるだろうか? 「黄金の果実」なぞ聞いたことがなかったが、注意喚起ならばまぁそうか。回収したいということは……彼の元いた場所にはそれがあったのだろうか。だが、どちらにせよカルバドに存在しない以上はあいわかったと返事する以外のことはできまい。

 

 その「黄金の果実」は少年の言葉通りならば高価に見える外見をしているようだが、いくら見た目が良いものでもいつまでも青果を飾っていることなど出来るはずもないし、いくら見た目が良くとも金銭的価値はどうだろうか。少年が見つけた頃には腐り落ちているのが関の山ではないだろうか?

 さらに言葉通り口にすれば不幸に見舞われるとなれば……その見た目で周囲を騙す災厄の種、といったところか。

 

 少年たちが「黄金の果実」を集めて利益を得ている集団である可能性も考慮したかったが……いかんせん探し物が「果実」である。日持ちするものではないのにそれを慣れた旅人らしい彼らが不安定なそれを収入源とするだろうか? こちとら遊牧の民である。生活の不安定さについての不安についてはよくよく身に染みている。不安定さに縋るなど、選びたくはない選択だ。

 

 であれば、彼らはそれ以外の理由で警告して回っているのだろう。例えば……その果実を生み出した場所の者である、など。不祥事を揉み消すため、あるいは不祥事を未然に防ぐ為ならばその行動は矛盾も不自然さもない。

 

 人が異様に良い、ということを除けば。しかし、そのような埒外の「善人」を演じているようにも思えなかった。

 

「なるほど。忠告感謝する。しかしだ、今のところ『黄金の果実』の話は聞いたことがない。もちろんすべてのカルバドの民の見聞きした物を把握しているわけではないから確実とは言えないが……」

「いえ十分です。全員ではないのは重々承知ですが、すでに聞き込みと注意喚起はさせてもらいましたから」

「そうか……して、旅の方」

 

 美貌の少年はこちらから何かを問われるとは思っていなかったのか、不意をつかれたように瞬きした。が、すぐに微笑んで首を傾げる。

 

 ようやく「違和感」の答えを見つけた。

 どう見ても彼はずっと年下の子どもに見えたが、何故か遥か年長者を相手にしているような……不思議な感覚がまとわりついているのだ。小柄な体躯の少年だというのに、彼の目を見ていると妙に緊張する。そのちぐはぐさはどこからきているのか。いくら若くして旅をしているゆえに大人びているといっても限度があるだろう。

 一種の貫禄がこちらを射抜く。穏やかで、優しげで、それでいて強いまなざし。

 

 がたん、と後ろで誰かがつまずいたような音がした。ナムジンだろうか。

 

「なんでしょうか? 俺にお答えできることならいいのですが」

 

 彼が気遣わしげにこちらを見上げた時だった。

 

 外が妙に騒がしい。人の声が大きい……いや……これは悲鳴だ! 

 

「何事か!」

「族長! 魔物が入ってきて暴れだしたべ!」

 

 しっかりと魔物よけはしていたはずだが、どこか手薄になっていたのか?! 慌てて外に飛び出すと彼らも一緒に飛び出した。それどころかリーダーの少年は仲間に指示を出そうとしながら、本人もすばやく剣を抜く。

 戦いに手慣れている、そう思った。魔物のすみかを潜り抜けてここまで来た旅人にしても、戦い慣れている。三人の護衛はいるが、自分も戦うのか。

 

 少年の正体がますますわからない。

 

 逃げ惑う集落の人間と勇ましい旅人の姿をどこか他人事のように私は眺めていた。思考が停止している、と冷静な私がようやく囁く。そうだ、魔物を倒さなければ。私が出るよりも跡を継ぐ息子に対処させねば……シャルマナは強いが、だからといっていつまでも甘やかしてはいけないだろう。

 臆病なナムジンをも優しく見守る彼女は好ましいが、次期族長となるならばナムジンもまた強くならねば。

 

「あれは……マンドリルです!」

「アーミアスさん、マンドリルはご存知の通りかなり凶暴な魔物です! このままでは人的被害が!」

「攻撃しますか?!」

「おれはいつでもいけるよ!」

「待ちなさい、今攻撃するのは……流れ弾の方がかえって危険かもしれません! あくまで脅かし、追い払う方向で!」

 

 流れるような指示を聞きつつ、飛び出していく少年の背が小さくなっていく。旅の人間に集落の防衛を任せるわけにはいかない、とようやく私は理性を取り戻した。

 同時に、猶予も理解する。あの少年たちは腕がたつようだ。ならば最悪の事態にはならないだろう。であれば息子の成長を促す余裕がある。

 

「ナムジンよ! あの次期族長としてあの魔物を倒してみせなさい!」

「……ボクが?! そんな! ボクに、魔物を倒すなんて恐ろしいこと、できるわけがない!」

 

 なんと情けないことか。ナムジンは集落の危機だというのに涙目で一目散にテントの奥へ逃げ込んでしまったではないか。しかし息子を叱りつける時間はない。今は魔物をどうにかしなくては。

 

「まったく……!」

「いいではないか。ほほほ、まだまだナムジンには可愛いところがあるんじゃの」

 

 シャルマナは泰然と笑っている。彼女の視線の先では旅人が魔物の元にたどり着き…。

 

 魔物は、あの美しい少年を見るや、慌てたように逃げ出したのだ。

 

「ほう……?」

 

 シャルマナが少年を見て意味ありげに眉をあげた。


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