闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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81話 確率論

 よい休暇だった。

 

 リッカたんとお話している間こそ、幸せいっぱいでまさしく「天にものぼるような心地」だ。俺は「地に墜落する心地」の方がよっぽど好みだけどな。地面にめり込んで、天使界への帰還を拒否する構えでいきたいよな。俺は常に人間たちと共にありたい!

 

 いってらっしゃい、頑張ってねと最高にペロい言葉をかけて手を振って見送ってくれたリッカたんに後ろ髪引かれつつ。リッカたんペロい。リッカたん尊い。リッカたんが応援してくれたんだ、頑張れないわけがないな! 頑張るか!

 

 だから、これ以上ゆっくりしてちゃ残りの女神の果実が何かやらかすかもしれねぇと頭を切り替える。もう既に何か惨事が起きてるかも……と過度に不安がるのはやめておく。そこまで考えても仕方ないしな。

 

 さて。仲間たちがくれたありがたいリッカたんペロみ成分補充期間に今後のことを考えていたが、カルバドの方から見て回ることにした。この前まで灼熱のグビアナ砂漠にいたんだから、いきなり吹雪吹き荒れるエルマニオン地方に行ったら寒暖差で体ぶっ壊しちまわないかと心配になってきたからな……。

 

 砂漠で一番へばってたの俺なんだけどな! 情けねぇ! 恥ずかしいなちくしょう!

 

 とはいえ寒い方は暑いよりは慣れているから大丈夫だとは思うんだが……俺より仲間たちの方が恐らく肉体的に余程頑丈とはいえ、念には念を入れておく。女神の果実についての情報がないのはどっちも同じなんだからどっちから行ったって一緒だろ? 

 

 大雑把でいいからどのあたりにあるのかくらい分からないのかねぇ。

 

 もしかしたら、カルバドにもエルマニオンにも女神の果実がなく……あの異変の日に残りの果実は海に落下していて、途方でもない投網作業が待ち構えているかもしれねぇけど、それこそそんなことは考えないでおく。

 

 もしそうなっても俺はいいさ、何年だって、何十年だって、百年かかったって上級天使の言いつけならやれるし、同じことを何年やろうが別に構いやしねぇ。ほっといて人間たちに何か悪影響がある方が嫌だしな。

 

 そうだったら悪夢なのは優しくも正義感に溢れる信心深い仲間たちに契約解除を言い渡さなきゃならないのが嫌だと思った。そりゃ人手が多い方が見つかるのは早いだろうけど、広大な海を全部さらうとなると何年かかるか分かりゃしねぇんだし、まだ人間としても若い仲間たちをそんな気の遠くなる作業をしてくれと頼む訳にもいかねぇから、そうなったら天使界から天使を何人か無理やりにでも連れてきて一緒にやらせるさ。みんなに別れを告げてからな。

 

 あと二つの女神の果実を見つけるのは俺にとっては逆らいようのない使命だが、人間たちにとっては関係ないことだ。永遠のような徒労なんて感じさせるものか。

 

 今はまだ、戦いや世界を回ることで成長にもなるだろうから、俺は甘えさせてもらっているけどよ。本当なら俺ひとりでなんとかすべきなんだよな。なまじ見習いひよっこ天使ゆえに戦闘力的になんとも出来ねぇので甘えているんだよな。師匠並みだったらひとりでも良かったんだが。ハゲ師匠はどこにいるんだか。

 

 師匠を見つけたら「女神の果実は海に落ちたのかもしれません!」とか大真面目な顔して言ってみるかな。陸地と海の比率を考えたら残りが全部海の方がむしろ自然だろ。全部海より面積の狭い陸にあると考える方がおかしいよな……見つけ次第、師匠にも海さらいをしてもらうか。俺もやるからよ。まったくため息が出るぜ。使命だろうがなんだろうが面倒には違いないだろ!

 

 ま、それは残りの地方でも見つからなかったらの話だ。まだ諦めはしない。

 

 さて、灼熱の砂漠を突っ切って、船へ。暑い暑い砂漠とはこれでおさらばして海へ漕ぎ出す。地図や太陽で方角を見つつ、遠く見える大陸へ一直線だ。サンマロウ地方とグビアナ砂漠ほどは離れていないし、最初から見えているのはありがたい。海での戦いは誰かうっかり海に落ちないか不安になってくるし、とっとと大陸へ着岸しなきゃな。

 

 大陸についたら目指すはヤハーン湿地だ。そこからやや北西を目指せばカルバド大草原に着くはず。天使界で学んできた人間の情報が古くなきゃ、カルバド草原のどこかに遊牧民がいるはずだ。こっちもまぁ、広いし見つけるのは骨が折れそうだが……海をまるっとさらうよりはマシだよな。

 

 遊牧民たちが旅人を歓迎してくれるかは話は別だが……守護天使像もその「遊牧」という特性上なさそうだし、それでも守護天使はいるはずだと思いたいが、像がないならオート天使バレはしないかもしれねぇよな。ちょっぴり期待しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおー、新天地だ! すっごくじめじめするね、アーミアスさん!」

「そうですね。俺も自分の足でこの地を踏むのは初めてです。この辺りはヤハーン湿地というそうですよ。ここから北西に進めばカルバド大草原、東の方から橋を渡ればアシュバル地方やエルマニオン海岸です」

「……うーん、知らない地名がいっぱい。覚えられるかなぁ」

「実際に目にしてみれば大丈夫ですよ。これまで訪れた場所なら地名を覚えているでしょう?」

「うん! えっとね、セントシュタインから……エラフィタでしょ、ルディアノでしょ、ベクセリアでしょ、ダーマでしょ、ツォでしょ、船に乗って……カラコタでしょ、石のエラフィタに、サンマロウに、この前のグビアナ! いっぱい覚えてるよ!」

「素晴らしい。エルシオンの教師なら、マティカの地理にきっと満点をくれますね」

「あ、エルシオンはキシュクの、リョウの、学校だよね!」

「よく覚えていましたね。流石ですよ」

 

 相変わらずマティカは癒しだな。これから色んなことを経験するといい。兄妹もこの地方に来るのは初めてらしく、周囲をきょろきょろと見回したり、これまでの地方とはまた違った植生を観察したりとマティカのように分かりやすくはしゃいでいるわけではないが物珍しそうだ。

 

「気温は砂漠のように極端ではありませんが、湿度が極めて高く、それによって視界も悪いですね。太陽まで霞んでいるように見えます」

「この深い緑の植生。初めて見ます。それに、ここは水辺ではないのに水の精霊が非常に多い。反面、火の精霊はほとんど見られませんね。霧の影響ですかね」

「安直に考えるならそうでしょう。霧によって私の炎の魔法が鈍らなければ良いのですが」

「それについては問題ないかと。延焼時間には影響があるかもしれませんが、魔物を焼く威力が減衰する程でしたら上陸した瞬間に私たちはびしょ濡れでしょう。長く滞在すれば話は別でしょうが」

「それもそうですね、兄さん」

 

 なんか頭の良さそうな会話をしているな。確かにここじゃ長い間火が持ちそうにない。どうにか比較的乾燥しているはずの草原まで抜けたいものだ。この湿地帯でキャンプするのは居心地が悪そうだ。朝になったらガトゥーザの言うように鎧の下の服までびちゃびちゃになっているかもしれねぇ。

 

 気温は高くないからプラチナヘルムを被っているが、息苦しいのも問題だ。砂漠よりはもちろんマシだが……天使でも呼吸は必要だ。飯や睡眠と違ってこっちは完全に「人並み」に必要なのは何故なのか。俺たち天使は翼と光輪以外の外見は人間に寄せているから、人間たちより呼吸が少ないのは見た目で違うから、とかか? 何だっていいが。

 

 まぁ、我慢はできるさ。ほかの三人は開放的な頭装備だから問題ないだろう。その分防御が不安になるが、俺が仲間たちに飛来する攻撃をすべて防げばいいだけのことだしな。

 

 視界が悪く、足元も湿っていてやや悪い。あんまりペースをあげると危険だろうから、俺はあまり走らないように、と駆けていくマティカをとめた。体にキノコとカビが生える前にとっととここを抜けたい気持ちはわかるぜ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこになんかあるよ!」

「本当ですね。かなり遠くに……集落でしょうか……向かいましょう、上手くいけば夜までにはたどり着くかもしれません」

「分かりました! 見える魔物を全部蹴散らして進みますね!」

「索敵はお任せ下さい! アーミアスさんのお手を煩わせる前に弓の餌食にしてやりますよ!」

 

 魔物の強さは……砂漠の方と大幅に異なっているわけではないようです。つまり簡単に蹴散らせるほど弱くもなく、過度に強くもなく。少年が見つけた集落らしき場所に夜までに辿り着けるかは怪しいでしょう。

 

 魔物たちはアーミアスさんを見ても不敬にも向かってきますし。これって私たちが弱いせいですよね……。

 

 魔物との戦いは命の危険なくいなせる程度であったのが幸いでしたが、想像通り遠くに見えていた集落にたどり着く前にあっという間に夜のとばりが周囲を覆いました。

 

「夜だと魔物が強いです。無理に進むのはやめて今日は野宿にしましょう」

 

 聖水のビンを取り出したアーミアスさんが仰ったので、私たちは素直に従いました。星を見て方向を見極めて進むかどうかアーミアスさんは迷われていましたが……集落に着いたからといって休める場所があるかどうかはわからない、とも仰いました。

 

「聞いた話ではありますが、カルバドの遊牧民は温和な性格をしているようです。しかしそれでも定住しない彼らに旅人が宿を借りられるかどうかについてはあまり楽観的には考えないようにします。……でも、明日にはみなさんをしっかりとした屋根のあるところで眠っていただきたいところですが」

 

 聖水に守られた焚き火を囲んで、満天の星空を眺めて。アーミアスさんがそこにいて、兄さんも少年もそこにいて、私にはそれで十分であるのですが、アーミアスさんはお優しいのでそれでは不足だと思われているのでしょう。

 

 眠らなければ、そう思いながら星を眺めているとひとつ、星が流れて。

 

 あっと声をあげようとして、思わずアーミアスさんの方を見ようとすると……もうすっかり朝だったのです。流れた星は夢だったのでしょうか、流れ星になって天から落ちてきたアーミアスさんについて調べていたからなのでしょうか。

 

 空にはもう星はありませんでした。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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