80話 流星天使
部屋に備え付けられた鏡で身だしなみを確認する。気に食わねぇなにもかもを変えることはできなくとも、気を遣えば清潔感くらいは何とかできるもんだ。耳の近くで跳ねていた毛先をそっと抑えておく。
ま、そもそもの髪の色に清潔感がないからどうしても限界はあるが。だがこういうのは気持ちが大事だろ。
あー、明日目を覚ましたら突然師匠のように濃い眉毛が似合う男前な顔になって、師匠のように見るからに筋肉質でイケメンな肉体を手に入れ、黒でも金でも茶でも白でもいいからこんなきったねぇ灰色ではないはっきりした髪色になってねぇかなぁ! そしたらなんとかして小麦色に肌を焼くぜ! 完璧なイケメンの出来上がりだ!
ワイルドな容姿って憧れるよな! 力強い筋肉! こんがり焼けた肌! 清潔感ある髪! そして男前なはっきりとした顔立ち! 今の俺は真反対だからな、憧れるぜ! あと師匠並みに身長も欲しいぜ! 天使が欲望まみれで笑えるぜ!
リッカたんが人の外面の良さで簡単になびくような女の子だとは微塵も思っちゃいないが、それでも容姿がいいにこしたことがないだろ! かわいいリッカたんの隣に立っていてキマるのはやっぱりイケメンだし、リッカたんが世界一可愛い以上俺もイケメンになる義務があるに違いない。しかも純情なリッカたんが一瞬でも俺のことをかっこいいと思ってくれたら……もうそれだけで星になっちまうぜ。今すぐにでも師匠みたいなイケメンになりてぇよ! 俺なら断固として髪は剃らないけどな!
ツルッパゲときたねえ灰髪、どっちがマシなのか……。まだ自分で剃っているハゲかもしれねぇけど。だがちっとばかしハゲは好みが分かれるだろ……。
ふざけたことを考えるのはそれまでにして、部屋を出た。ご丁寧にもユリシス女王は俺たちに一人一部屋用意してくれたから、リッカたんの素敵な宿屋じゃなくても快適だったぜ。
部屋の外にはすでに仲間たちが勢揃いしていた。うわ、バカなこと考えてモタモタしていてすまねぇ。とっとと出てくるんだった!
「みなさんおはようございます」
「おはようございます、アーミアスさん! 聞き及んでいた通り、砂漠の夜は大変涼しかったですね!」
「そうですね。みなさん、寒暖差が激しかったですがお加減は大丈夫ですか?」
「元気いっぱいだよ!」
「溌剌としております!」
「力なら有り余っております! ですからなんなりと! なんでもお申し付けください!」
「元気なのが一番ですね」
みんなが元気ってのは大変結構、良いことだ。
だがそれじゃあ休むためにわざわざセントシュタインに戻って、リッカたんの顔を見るためだけに宿に泊まる理由がねぇ……雇い主だから何をやろうが俺の勝手っちゃ勝手かもしれないが、休息が必要なさそうなのに酒場に登録された仲間を遊ばせておくのってどうなんだ? やる気もみなぎっている様子だしよ。そろそろリッカたん不足のあまりペロ不足だが……俺の心の中にいるリッカたんではなく本物のリッカたんを見て内心ペロッペロしたいところだが……迷いどころだな。俺の中のペロリストの元気がない。こころなしか髪の毛まで萎びているような気がする。リッカたんに会いたい。
だが俺の問題だし。仲間たちには知ったこっちゃねぇだろ。
早く女神の果実を見つけなくていいのか? また大惨事が起きているかもしれないし、今度は騒動に間に合わないかもしれないのに? 心の中の理性がそう囁く。心の中のペロリストがやだやだリッカたんのところに戻るんだ! リッカたんぺろぺろ! リッカたんにただいまって言いたい! と騒ぎ立てる。
うるせぇ! 私欲を優先しようとするな!
じゃあ……あとで戻るにしても、このまま船でヤハーン湿地に向かい、カルバド大草原の方へ行き、カルバドの集落の方へ行っていつでもルーラで行けるようにしてからセントシュタインに戻るか。それともヤハーン湿地からはエルマニオンの方へ行ってエルシオン学園をルーラ登録してセントシュタインに戻るか。なんにせよなんの進展なしに戻るのは……なんとなくはばかられる。
「アーミアスさん、今回もいったんセントシュタインに戻られるのですか?」
おっとガトゥーザ! お前ってやつは! もしかして俺の心が読めるのか?! そいつはあまりにも俺に都合が良すぎやしないか! 頷くだけでリッカたんをペロれるようにしてくれるのか?!
「いつも戻られていたのでそうかと思ったのですが」
「兄の発言が差し出がましいものでしたらすみません! しかしいつもの流れでしたらそうだったと思っておりまして!」
メルティーまで! 俺の欲望まみれの心なんて読まれて困ることしかないが、想いを汲み取るその気遣い、染み渡るぜ!
「リッカ姉ちゃんとこ行くの?」
もちろんだとも!
純粋無垢なマティカにもなにもかも筒抜けかよ! ポーカーフェイスなんてとっくに崩れているんだろうな、リッカたん不足がバレてんじゃねーか! リッカたん吸いたい。リッカたんの近くで守護天使したい!
……まぁそうだよな! ほぼ毎回、ことあるごとにセントシュタインに戻ってんだからもはや理由とか言い訳にしか見えないよな! ルーティンにしていた俺、ナイス! それでも一応、当たり前みたいな顔をして頷く。見た目はともかく最年長者だしな……なけなしのプライドで。
もう無駄だけどよ! わかってっけどよ! それでもよ!
「えぇ、一回戻ります。その……」
なんて言い訳しよう。こんだけお膳立てされてもこのザマかよ!
「あの、アーミアスさん、すみません。それでしたら、半日でかまわないのでセントシュタインで用事が出来たんです。戻られるようならお暇を少し頂いても?」
「私も。数時間でも構いませんので……」
言い訳さえいらないってか。聞かなくてもわかるってか! いいから行ってこいってか! こっちのことは気にすんなって? なんて俺の気持ちを理解してくれているいい子たちなんだろう! やっぱり人間は最高だ!
「もちろんです。みなさん、今日は一日休みにしましょう」
「ありがとうございます!」
機転が。仲間の機転が最高だぜ。リッカたんに会える! よっしゃ、じゃあルーラだ!
リッカたん! ただいま!!
アーミアスさんと一時別れるのはとても寂しいですが、取り急ぎ聞き込みがしたかったので仕方ありません。天使様について勝手に探ることは……メルティーならばあるいは罪悪感を覚えるかもしれないですが、私はアーミアスさんについて新たに知ることが出来る! と嬉々としているのでした。いえ、流石に内容が内容ですから完全に嬉しくてしょうがないというわけでもないのですが。
旅の宿の周辺をうろついている流浪の精霊たちに知っていることはないか聞いてみようかと思いましたが、例え初対面だろうが、執拗に私の目を狙ってくるのでやめておきます。目が見えなくなれば弓を引けませんから。戦えない、弓が引けないなら私の利用価値が下がります。アーミアスさんの役に立てる自分でありたいのです。
まぁでも、アーミアスさんに宿ったあの……多少……変わった精霊のような相手ならば聞いても良さそうですがね。変わった精霊ではありましたが、精霊にしては非常に素朴で、ことあるごとに対価をがめつく要求してこないのはもっと珍しい。聖騎士に宿る精霊は聖騎士と同じく博愛基質なのでしょうか?
さて、聞き込みをするなら二手に別れるとしましょう。どうせマティカ少年は戦力外です。なぜなら。
「少年は酒場にいた方がいいですね」
「なんで? 二人よりもおれの方がセントシュタインの知り合い多いよ?」
「だからですよ。昔の知り合いに会うかもしれないんですよ」
「構うもんか。おれは前より強くなったんだから、もう何言われても泣かないし! もし何かやられてもちゃんとやり返せるんだよ!」
「やり返すのはアーミアスさんに迷惑がかかります」
「あ、そうか……それは、そうだけど!」
「少年、メルティーはあなたにアーミアスさんの護衛を任せると言っているんです」
人の感情の機微に特別疎い自覚はありますが、妹であるメルティーの考えていることなら分かります。
聖職者の家に生まれた私よりもずっと神に敬虔なメルティーは、同じように私よりもずっと優しい。ほぼストリートチルドレンとして育ったマティカをかつての古巣に近づけたくはないのでしょう。マティカ少年の利発さの割にはセントシュタインにいる時は宿屋の周りから離れないことも、……私でさえ知っています。
とはいえ、宿屋の周辺にいれば安全ですので。
「護衛? それも……アーミアスさんの邪魔になっちゃうよ……」
「邪魔になるほど近づかなくていいんです。ちょっと離れたところに座ってたまに見るくらいでいいんですよ。アーミアスさんは一人でもお強いのでただの保険ですよ。ほら、飲み物代はいりますか?」
「ガトゥーザ、子ども扱いまでしなくていいってば! 行ってくる!」
駆け出していった金髪の後ろ姿を見送ると、メルティーが振り返りました。
「ガトゥーザ、珍しいですね」
「そうですか?」
「そうですよ」
「メルティーの考えていることくらいは人でなしの私にも分かります。早く聞き込みがしたいですからね」
「そうではなくて。ですが、喜ばしい変化だと私は思いますよ」
「さて。私はあの少年の末路がどうなろうと一向に構わないのですが」
「嘘おっしゃい。まぁいいです。聞き込みしましょう」
そうして二手に分かれた私たちは、想定していた通りに「流れ星」の日が大地震の日と同じであり……さらに落ちた方角もウォルロ村であったと知ることになりました。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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