さて、地下水路から帰還し、戦いを終えた直後の姿ながらグビアナ城内にて。私たち、豊潤な水のある沐浴場からいまや使用されていない地下水路、そしてその先の洞窟で行って戦ったので泥水まみれなのですけど、そのままの姿で玉座の間に躊躇なく招き入れられました。
そして今度はアーミアスさんが受けるに相応しい歓待を受けました。えぇ、最初からこの素晴らしく慈悲深い天使さまを歓迎していればよかったものを。後から言っても仕方がないですが。
「改めて。みなさん、ありがとうございました。おかげでアノンちゃんも、わたしも無事ですし、騒動で怪我人も出なかったと報告を受けました。
それに……わたしはひとりぼっちではなかったとこの騒動を通して知ることになりました。アノンちゃんも、ジーラも。あんなワガママなわたしを見ながらも……見捨てないでいてくれた、わたしを想ってくれた周囲に気付かされました」
「得難い周囲の想いにそうして気づくことが出来る人間は稀有です。ユリシス女王の行先も、グビアナの将来も明るいでしょう」
「アーミアスさん、ありがとうございます。どうか、みなさん。何か困ったことがあれば申し付けてください。グビアナはあなたがたをいつでも歓迎します」
「でしたら、俺の目的は黄金に光る果実をあつめること。もし噂を耳に挟んだら少し、耳を傾けていただけると幸いです。黄金の果実がもたらす災厄はあの通りですから。生きとし生けるものにとって過ぎたるものなのです」
「……わかりましたわ。えぇ身をもって知りました。不謹慎ながら、アノンちゃんの言葉を聞くことができたのは嬉しかったですが……」
「えぇ、もし黄金の果実に『正しい使い方』があるのだとすれば……本来言葉を交わせぬ相手との意思疎通もそのひとつなのでしょう」
そして、思い出したようにアーミアスさんはかぶとを外しました。天使さまという上位存在でありながら人間に礼を尽くすアーミアスさんらしい行動で、これから灼熱の外に行くのでどちらにせよ城内で外すことになったのでしょうけど……これではアーミアスさんのことをグビアナの人間が気に入ってしまうかもしれないじゃあないですか。
アーミアスさんの行いすべては、それはそれは天使らしく、誰にでも救いの手を差し伸べてくださるので……フルフェイスヘルムですこしも顔が見えなくても結果は変わらないといえばそうなのでしょうけど! 人間なんてほとんど愚か者しかいないので見てくれが良ければさらに好感度が上がってしまいます!
現に、アーミアスさんのやや幼くも、神さまが丹精込めて創りあげたとわかる、輝くばかりに美しいかんばせに周囲の目は釘付けです。いけません。これはダメです。アーミアスさんは……アーミアスさんは、決して私たちのものじゃありませんけど、あなたたちにはあげませんよ!
「ユリシス女王、ならびにグビアナ王国に神の御加護があらんことを。
それでは、みなさん、行きましょうか」
「あらお待ちになって。そのような姿で急いで出発なさらなくとも。あなたがたは恩人です。傷はもう治されたようですけど、せめて戦いの疲れを癒し、汚れを洗い流してからでも良いではありませんか。恩人に恩を報いることも出来なければわたしは変われただなんて思えません」
「……」
アーミアスさんは前衛ですから、先陣切っていちばん傷を負い、いちばん疲労していらっしゃるはずですが……私たちの方をちらりと見ました。
盾も持たずに……持てず、というのが正しいですが……巨大なトカゲに攻撃を仕掛けていたマティカ少年は頭からつま先までどろどろ。後衛の兄さんと私は汚れこそ大したことではありませんが多少は魔力不足の疲労が顔に出ている自覚はありました。
ルイーダの酒場で雇った仲間に対する待遇とは思えないほどの厚遇をくださるアーミアスさんですから、申し出があれば断ることはなさらないのでした。
とはいえ、女王の沐浴場を使用するのは即決で辞退されていました。
贅沢にも水をふんだんに使用させてもらって汚れを落とし、宿に案内され、ようやく一息ついて。
アーミアスさんが部屋に戻られたあと、私たちは集まっていました。正直なところ疲労感も眠気もありますが、そんなことより大事なことです。話に夢中になりすぎ、明日に響かないように気をつける必要はありますが、それにしたって魔法の聖水でも使えば最低限の仕事はできるはず……いえ、疲労をアーミアスさんに見抜かれてしまえば要らぬ心配をかけてしまいますから、適度な自制はしますが!
ともあれ、私たちが休むのを先送りにしてまで集まった議題はもちろん……。
「アーミアスさんの傷の話ですが、兄さん?」
「えぇメルティー。実のところ、アーミアスさんに古傷があるのは知っていました。範囲が広い。ただれは腕にも及んでいますので……私は知っていました」
「でしょうね」
「その時、傷について聞いたのです。アーミアスさんは仰いました。そらから落ちてきた時の傷だと。そら、というのは天界のことでしょう。しかし、直接広範囲の傷を目の当たりにしたことはなかったのであれほどまでとは……翼なき天使さまであるアーミアスさんですが、かつては純白の、輝くばかりの翼をお持ちだった。天界から落ち、翼を失い……傷を負われた」
少年が叫びました。
「ねぇ! それって、空から落ちたから、怪我で翼がもげたってこと? 落ちたから、翼がなくなったんなら、じゃああの二本ある縦の傷はなんだって言うんだよ。あんなの、絶対に誰かがやらなきゃつかない傷だ。翼の位置に刃物の傷だよ、ねぇ、ガトゥーザなら見たらわかってんだよね」
「もちろんですとも。あの傷、あの深さ、あの背中という位置。まかり間違っても自分で傷つけられるものではないです。しかも全身に及ぶ火傷の上にあった。これは予想にすぎませんが、……翼を失ったことと、全身火傷になったことと、背中を傷つけられたこと。これが別のタイミングでアーミアスさんを襲ったということです。あぁいえ、天界はおそらく人の目には見えませんが……空の彼方にあるのでしょう。そこから落ちればもしかして、流れ星のように燃えるかも……」
「兄さん、たしか今年……流れ星、ありましたよね?」
「ありましたね……大地震の日でしたっけ。落ちた方向までは覚えていませんが、セントシュタインからはかなりはっきりと見えました。目撃情報を洗えばすぐ分かることでしょう。セントシュタインを拠点にしているアーミアスさんですから、聞き込みの機会はあるはず」
地震の後の、綺麗な流れ星。少しの間酒場でも話題になっていたのを思い出します。あれが天界から落ちてきたアーミアスさんだったとしたら。
時に摩擦により、物体が高温に達することは理解できます。木を擦り合わせることでも上手い人間なら火さえ起こせるでしょう。流れ星の着地地点が時に焼け跡になっているという話も知っています。しかし、地上からあれだけハッキリとした光が見えるなんて……本当なら、火だるまでしょう。どんな壮絶な灼熱地獄だったのでしょう。
しかし、そちらよりも。
「新しい方の、人為的としか言いようがない背中の傷……アーミアスさんに直接聞くのは不埒でしょうね。特に古傷の痛みがある動きをされていませんし、聞く動機としては薄いです」
「ただの好奇心で聞いて良い内容ではないことくらいには私にも分かります」
「聞かれたくないことくらい、誰にだってあるって分かっているけど……」
仮にアーミアスさんが傷について何ら思ってないとしても。痛みを感じられたことは間違いないのです。あの白い肌に、あの優しき天使さまが傷をつけられ、苦しんだ過去には違いなく。
「何にせよ、犯人を許してはおけませんね。賢者になれば過去を見ることができればいいのですが」
「犯人がわかることはなさそうですが……備える分には損しないはず。私は毒矢でも用意しておきます。別の機会に役に立つこともあるでしょう」
「じゃあおれはぶった斬る練習をするよ」
なんて、私たちは犯人がアーミアスさんと同じ天使さまによる凶行だとは知らずに話し合っていたのです。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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