闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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78話 和解

 再三繰り返してきた気もするが、俺には「特別な才能」ってのはない。人間から見れば神秘の力に分類されかねない、幽霊が見える力は天使としての標準的な力であり、天使なら全員見えるのだから普通だし、その他のちょっとした能力……心ばかりの悪意を吸い寄せるとか、呪いを吸い寄せるとか、妖魔の呪いが効かないとか、落下したときのダメージで死んだりしないとかも天使由来だ。師匠なら完全上位互換でなんでも出来るだろうし。俺の特殊能力ではない。

 

 上級天使のように聖なる雷も呼べない。俺は嬉しかったが、能力としては翼がないから飛ぶことも出来ない。星のオーラすら見えない。それでいて剣の才能や魔法の才能があるかというと並だ。

 

 本当に、俺って並なのだ。人間から見たら俺の剣は多少上手く見えるだろうが、それでも百年以上毎日振るってきたと考えるとどうだ? 時間の割には達人級ではない。かといってずぶの素人ではない。才能がなさすぎる訳でもない。ただ振り慣れただけの、稽古の期間を考えてみれば、並の腕だ。

 

 俺は小柄だから、縦にも横にも自分よりはるかに大きいトカゲの攻撃を素直に受け止めたら潰れるか吹き飛ぶ。かといって凄まじく重いその攻撃を受け止められるほどの頑強さもない。体格も才能の一つだし、将来有望そうな仲間たちのような才覚があればまた違ったのかもしれないが……前に出て攻撃を引き受けるとはいえ、俺が死んだら次の盾がなくなってしまう。味方に当てないために俺が前に出ているというのに受け止められるわけでもなく、相殺するわけでもなく、避けるという悪手に出る羽目になった。

 

 要修行だ。背後でマティカは避けたんならいいが。強くもない振り返るなんてできなくて、だけど元気に俺の頭上をマティカの剣が通っていったし元気そうだ。武闘家だったのに今はバトルマスターとして板についてきているマティカは剣の才能に溢れているな。こんなに短期間で慣れるなんて素晴らしい。自分の腕はともかく見る目はあったらしい。

 

 元のアノンちゃんを思えば、戦闘したことがある……のか? 女王のペットだぞ。なさそうだ。実際、攻撃は俺の剣を叩き落とそうとしたり、頭を狙ってきたりと分かりやすい。分かりやすい弱点しか狙ってこないし、攻撃は体重相応に重いが洗練されているわけではない。殴ってきたかと思えば突然口から火を吹いたりと油断はできないが。戦っていて自分が人間になったわけではないと気づいてもいいんじゃねえかな……。

 

 姿かたちが人間に似ていても、俺は人間じゃねえ。翼がなくても、光輪がなくても、人間にはなれねえ。それっぽくはなれたが結局オート天使バレなんてして顔をしっかり隠さなければあんまり意味もない。どっかに行方をくらまして人間としてひっそり過ごす、なんてのもできねえ。

 

 アノンちゃんは人間になって寂しがりやな女王と幸せになりたかったみたいだが……ん? トカゲが人間になりたいと願ってもドラゴンもどきにしかなれないのか? 喋ることはできても、それだけってことか? 女神の果実で俺は人間になれないのか……? どうせ俺のものにはならないし、使っていい訳もないのに衝撃的じゃねえか。

 

 なんて。戦闘中に考えたって仕方ないだろう。

 

 何も殺さなくていい。ぶん殴って一回冷静にさえなってもらえれば、言葉は通じる、願いも世界滅亡とか言ってねえし、望みはある。

 

 ただ、今の自分を理解して欲しい。確実にダメだ、とは言えないが、その姿で女王を本当に幸せに出来るのかどうかを。その、相手の状態すら理解できない夢中な状態で穏やかに暮らせるのかどうかを。寂しがり屋の女王だが、でも、ひとりぼっちではないのだということを。

 

 女王の身を案じていた人間がいる。女王をこんなにも想っている「家族」がいる。姿を変える覚悟があって、元の環境を捨て去ってもよくて、二人だけになっても構わなくて、相手のことを想いやって救い上げたいと願う存在が。親を失い、ひとりぼっちで寂しくても、でもちょっと顔を上げたらひとりじゃないのだと。言葉を得たなら言ってやればいい。きっと届くとオレは信じている。

 

 さぁ目を覚まして。小さな魂よ。幼く、優しく、相手を想いやれる、いとしい光の子よ。

 

 目を覚まして、なんてやさしげなこと言いながら剣でぶん殴ってるわけだが。それ以外に、もっと穏やかな方法は無いのかよ!? 俺のなけなしの天使パワーをオート天使バレなんて無駄なところにリソースを割かずに、なんかありがたい光のパワーで冷静じゃない生きとし生けるものに「ちょっと一旦冷静になって話聞いてくれるか? そっちの言い分も聞くからさ」を出来るようにしてくれよ! 戦いなんて本当はないほうがいいに決まってる。血なんて流れないほうがいいに決まっているんだ、食事のための戦い以外は、本当は無意味なんだからよ。

 

 俺の振り抜いた剣が、マティカの鋭い一撃が、メルティーの氷の魔法が、ガトゥーザの矢が、アノンちゃんに殺到して、痛みか、はたまた何かに気づいたのか、不意に彼は振り上げていた鋭い爪の生えた腕をおろした。

 

 その瞬間、横から小柄な少女が俺たちの間に割って入って俺は大いに慌てた。あぶねえ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください! アノンちゃんを殺さないで!」

「ジーラ……?」

 

 危険なのはわかっていた。アノンちゃんは容赦なく旅人さんたちに攻撃していたし、力の加減も知らないようだったから。でも、暴れるアノンちゃんをこのまま殺してしまったら……女王様は二度と心を開く相手がいなくなって、本当のひとりぼっちになってしまう! 二度と心を開くことができなくなってしまうかもしれない!

 

「アノンちゃんは女王様の家族なんです、お願いです、旅人さんたち……アーミアスさん! ユリシス様の心を開く先がなくなったら、今度こそひとりぼっちになってしまう……!」

「ええ、アノンちゃんはとりあえず落ち着いてくれましたから、殺したりなんてしませんよ。大丈夫です。ほら、もう襲い掛かっては来ませんから」

 

 かぶとを被っていて表情はわからないけれど、彼は笑った気がした。剣を収めた彼はガントレットをはめた手でそっとアノンちゃんを示した。すっかり好戦的な様子を失ったアノンちゃんは、私たちを見て、息を切らしたままの私を見て、それから少し離れたところに退避して、座り込んでいるユリシスさまを見て、頭をかいた。恥ずかしそうに。

 

「なんや、なんや。わてピエロやないか。ユリシスはんのことを想って危険なところに飛び込んでくれる人間はん、おるやないか。ジーラはんがこんな……口から火ィ吐く人間やない危ない存在のところまで来てくれるんやったら、わてえらい勘違いしてたんやなあ」

「アノンちゃん……?」

「なあ、わて人間になれなかったんやな。戦っとる最中に気づいたんや。人間は火ィ吹いたりせえへん。こんなでっかい爪生えてへん。こんなに背ェもデカくもないわ。ユリシスはんの隣に立てるようなシュッとした服も着とらんし、こんなすっぱだかでユリシスはんさらって、そんなえらい騒ぎ起こして……しかも勘違いでやらかしてるなんて恥ずかしいわあ。

 ユリシスはん。わてがこんなことしなくてもユリシスはんのことを想ってくれるひとはちゃんとおったんやなあ、でしゃばってもうたわ。堪忍なあ……所詮は、トカゲの浅知恵やったんやなあ」

 

 私は座り込んでいたユリシス様を助け起こした。アノンちゃんは目を細めて私たちを眺め、大人しく恥じ入っていた。体を縮こめて、少しでも威圧的にならないようにしてくれた。

 

「大丈夫やったんや。ああよかった……すまんなあ。旅人はんにも世話かけてもうた。城のみんなも怖かったやろなあ。もう小さいトカゲに戻るわ。たとえ喋れなくても、ユリシスはんのそばにいれるんは小さくてキュートな姿な方やもんな。こんなでっかい人間モドキじゃなくても、ユリシスはんは一人やないから、トカゲがでしゃばってもしょうがないんや。ほなまた……」

 

 魔法が解ける。私はそう思った。アノンちゃんの体を包み隠す、もうもうと立ち込める煙。それが収まると、そこにはスライスされていたはずなのにすっかり元の形を取り戻している黄金の果実……確かに見た目はキラキラしていて、新鮮で、なんとなくおいしそうにも見えるけど、危険なものだと分かっているので逆に不気味に見える……と、元の小さな姿に戻った金色のトカゲのアノンちゃんがいた。

 

「アノンちゃん……ジーラ。ああ、わたし、ひとりぼっちなんかじゃなかったのね」

 

 アノンちゃんを拾い上げ、微笑んだ女王様。いつもの気を張っている姿ではなく、先王様がご存命の時のようにあどけなく、美しく。

 

「帰りましょう。そしてみんな、ありがとう。気づかせてくれて。

 それから旅の方。随分無礼を働いてしまいました。もちろんその黄金の果実は差し上げます。それから……城に来てください。今度は歓迎いたします。わたし、すっかり目が覚めたみたいですから」

 

 アーミアスさんはゆっくりと黄金の果実を拾い上げて厳重にしまい込むと、ユリシス様に向き直り、どこか嬉しそうにうなずいてくださった。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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