闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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閑話 成天使

 (前略)本日はよく晴れていましたが、少々風が強すぎたようでたくさんの村人の洗濯物が吹き飛ぶ騒動となり、私はどうやって気づかれずに高い木の上に引っかかったシャツを投げ落とすのかを考えて……(中略)

 

 おお神よ、感謝いたします*1。今日もリッカは元気に健やかで、毎日のように勤勉に働き、非常に敬虔で、祖父と二人で幸せに暮らしています。

 

 一方、リッカより余程長く生きているはずなのにまだまだ未熟な私は、どうしてもリッカを気にかけてばかりです。いつか師匠に認められ、ウォルロ村の次期守護天使になる身としては贔屓は良くないことはわかっているのですが、それでも大事なリッカの周りにいることをやめられないのです。

 

 守護天使は愛しく幼い住人に対して平等でなくてはなりません。罪深い私はそうなることが出来ないのです。しかし、この日々を幸福だと感じています。

 

 ですが罪深い私は願っています。愛しい人間たちと言葉を交わせたら。もしも見守るだけでなく、リッカと笑い会うことが出来たなら。私がもし、(紙に裏うつりするほど真っ黒に塗り潰されている)

 

-アーミアスのある日の日記より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、リッカ!」

 

 朝から真面目に宿の掃除をしているリッカたんに今日も声をかける。はぁリッカたん。今日も一段とはつらつとしているな! おはようリッカたん! 真面目なリッカたんぺろぺろ! 返事? んなもんない。俺が天使でリッカたんが人間だからだ。なんてことだ! 世知辛すぎる現実がつらい。今すぐ、できるものなら翼をもぎたい。ああ人間になりてえ。夢の中でもいいからリッカたんとお話ししてえ!

 

 もしかして、もしかしなくとも、この世で一番ペロリズムが高いリッカたんの方こそ本物の天使かもしれないが! あぁぺろ! 今日もぺろっぺろじゃないかけしからん! けしからんからもっとぺろぺろさせてくれ! もちろんリッカたんがぺろぺろけしからんわけだが、この場合最も罪深いのは俺がペロリストでリッカたんをそういう目で見ていることが、だがな! セルフ天罰いっとくか!

 

 おお神よ! 天罰はリッカたんと同じ人間にするということで手打ちになりませんか! 翼を捧げます! 光輪を砕きます! それでいかがでしょう! 俺にとってはご褒美にしかならないのが明け透けすぎなんだよなあ!

 

 リッカたんの几帳面にきっちりとバンダナをしているのがぺろい! バンダナの下のサラサラまっすぐな青い髪がぺろい! くりくりの目がぺろい! 真っ白なエプロンがぺろくってぺろっぺろ! ……いけない、意識がリッカたん百パーセントになるところだった。それはそれで本望だが、それではいけないな。

 

 ともかく、俺は朝から大好きなリッカたんに挨拶できたことでペロリズムが高まり、急性ペロ不足にならずに済み、嬉しくって嬉しくって、そのままリッカたんの宿屋や家の周りの枯葉とか枝とかのゴミを吹き飛ばしに行った。

 

 そうだ、吹き飛ばす。そう、今の俺は風。そういうことにしよう。風だから人間の目の前で動かしても問題ない。やりやすいように箒を持つと多分浮いて見えるからダメなんだが……ダメなはずなんだが……待てよ? 

 

 今身に着けている俺の服とか剣とかは見えてないよな。失せ物探しで物を持っても浮いてる! って騒ぎになったことはないし。だが……やっぱりバレる気がするんだよな。俺の天使力が不足しているせいか? それとも、天使界から箒を持ち込めばあるいは? 師匠に聞かなくては!

 

 なにはともあれ、今日もウォルロ村は平和だ。村の外を空から巡回し、危険そうな魔物が増えすぎていないかを確かめ、続いて村中を巡回し、誰かが困っていないかを探す。病気が流行る兆候がないか、争い事が起きそうになっていないか、はたまた失せ物に困っている人間や、日頃の何かに悩んでいる人間がいないかを探し回る。俺が助けられるのはほんのささやかなことだが。まぁ、困ったことなんてないことが一番で、今日は特別なにもなくて俺は満足だ。

 

 気づけば午後になり、ひと休憩をするために教会の屋根に降り立って腰掛け、そこからリッカたんの宿屋を眺める。小さな村だからそこまで客がひっきりなしに訪れるってわけにはいかないが、手入れの行き届いたいい宿屋だ。ぶっちゃけ世界一だよな……。ほかはあまりよく知らないが!

 

 世界一キュートな看板娘であり、サイコーの宿の主のリッカたんは今日も真面目に働いている。それがあまりにもかわいい。つまりぺろい。なんて真面目なんだ! リッカたんのペロリズムが高いあまり発作が起きそうになるぜ。ぺろ。

 

 しっかりと落とさないように仕舞っていた日記を取り出し、今日のリッカたん観察記録兼日記をつけ、もう一度村をぐるっと回ってから俺は名残惜しく師匠の迎えを待った。俺の翼は見習い相応に小さいから、一人で天使界に戻るのは全然できないわけじゃないがちょっとばかり疲れるからな。上級天使の起こした上向きの風に乗って飛び上がれば簡単だ。だから、師匠はそのほうがいいと思い込んでいて、迎えに来る。夕方くらいにだいたいくるから、それを待つことになっている。

 

 一人で好きな時に帰ってこいって言われたらまぁ帰らないけどな! バレてんのか? 

 

 天使界にはなんたって、幼く健気な可愛い人間たちも、ぺろぺろぺろいリッカたんもいないんだからな! もはや天使界とはなんのために存在してるのか俺には理解できない。別に地上に住んでも天使的にはなんにも問題なくね? 世界樹に星のオーラ捧げる時だけ帰ればよくね? 人間たちに近い場所に住んでる方がもっと守護天使できるくね? 世界樹に新たな天使が遣わされるのを確かめるために何人かだけ置いときゃそれでよくね?

 

 できるものならリッカたんの家から飛行一分の距離に住みてえな! むしろリッカたんのエプロンのポケットの中に住みてえな! だめか。だめだな。邪悪なペロリストとして摘発されてしまう。イエスペロ! ノータッチ! 心の中は自由だが、実際行動するのはいただけねえ! 破るやつは邪悪なペロリストであり、天罰の執行対象だ。

 

 ならリッカたんの家の後ろにテント張りたい……目立つか? 目立つな。なんなら野ざらしでもいいぞ。リッカたんと俺の距離は物理的にも遠すぎる!

 

 そんな叶いもしないことを考えながら、空を見上げると大きな翼を広げた天使の影。師匠だ。師匠は教会の屋根に腰かけているという、見ようによらなくても罰当たりな俺を見ても眉一つ動かさずに見習い天使アーミアスよ、帰るぞ、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみなさい、師匠」

「師匠! 本日の座学、よろしくお願いいたします!」

「おはようございます、師匠」

「師匠、天使界から何か物を持ち込んだ分には人間に見えないでしょうか? 何を、ですか? その……箒を。毎日守護地域の掃除までしなくていいと? そんな! 俺は好きでやりたいのですが……」

「師匠、差し支えなければウォルロ村に一年ほど滞在したいのですが……差し支えますか……では一週間、いえ三日は、……はい、もちろん、俺は見習いなので、師匠の教えの通りに毎日帰還します」

「師匠、剣の稽古をお願いします!」

「師匠!」

 

 毎日は目まぐるしい。やるべきことは多く、また物事は降ってわいてくる。特に弟子をとってからはそれが顕著である。我が弟子、見習い天使アーミアスは非常に真面目で勤勉で、守護天使としての知識欲にも学びにも貪欲だ。多少、人間への感情が強すぎるきらいがあり、行き過ぎているところは否めないが見習い天使が張り切っているのは微笑ましいことでもある。そういうことは成長とともに自らで見極めていくことであるので注意は控えている。

 

 その努力ゆえに最年少で地上へ行くことが許され、見習い天使の身で守護天使に就任することもほとんど確定事項のアーミアス。実際、今も守護天使としての仕事はすでにアーミアスに移行している。そう、すべては私の裁量次第。オムイ様の許可も周囲の評価もすでにあり、ただ私がアーミアスにウォルロ村の守護天使を名乗ることを許すとさえいえばそれで引継ぎは完了する。そうすれば私は本格的に師エルギオスを探すことができるし、アーミアスはより一層励むことだろう。

 

 許可を与えていないのはひとえにまだ、いささか早すぎるのではないかと……ラフェットやエレッタには散々心配しすぎだと言われてしまったが……私が考えているからに過ぎない。

 

 アーミアスは非常によくやっている。天使らしく、いや並の天使以上に人間を愛し、護るべきだと考えて慈しみ、人間について学び、日々剣の稽古に打ち込む。勤勉であり、村を見て回ることを苦にも考えていないようである。その身を投げうつほどに職務に打ち込み、まだ若いゆえか、多少贔屓をしてしまうところはあるものの、すべからく村人を守護するという精神は十分である。

 

 ただ、若すぎるだけ。ただ、私が過剰に不安がっているだけ。わかってはいた。アーミアスは、私の弟子は他の正式かつ見習いでない守護天使と比較してさえ、よくできていると。職務を引き継ぎ、立派に守護天使として働き、星のオーラをいっそう集めるだろうと。

 

 ただ私が、愛弟子をある種の一人前であると認めたくない偏屈なのかもしれなかった。師弟関係を解消するわけでもなんでもなく、認めたとしても上級天使と見習い天使という意味合いでの師弟関係は続く。そろそろ認めてやろうと、私は考えていた。

 

「見習い天使アーミアスよ」

 

 ウォルロ村の守護天使として認めたならば、その時はウォルロ村の守護天使アーミアスと呼ばねばならないな、とふと思った。教会の屋根に大人しく腰かけて私を待っていたアーミアスを見て、私は不意に同じようにして師エルギオスを待っていた幼い日の自分を思い出す。

 

 同じように、私も見習い時代があり。同じように、いつか師に認められるのを夢見て。

 

 それが叶った日の喜び。認められた嬉しさは昨日のように思い出せる。幼き日の私と同じように師を慕い、励むアーミアスにふと微笑みが浮かびそうになって私はつい口元を引き締めた。

 

「帰るぞ」

 

 認めよう、愛弟子アーミアス。私はひとつ決意した。どこで告げるのが適切だろうか。ウォルロ村の守護天使となるのだから、ウォルロ村で告げるべきだろうか。それともアーミアスがオムイ様に報告することを考えれば天使界で告げるべきだろうか。

 

 明日はお祝いになるだろう。慎ましく、小さなものだ。天使の清貧な食事に変化はあるまい。纏うものにも、何も変化はなく。あるのはひとつの称号の変化と人間への認知。それだけである。だが、我が愛弟子にとって忘れられない日になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、私はウォルロ村の守護天使として正式に任命されました。師匠イザヤールは私を認めてくださり、より励むようにと仰りました。

 

 俺は日記にそれだけ書いて、日記帳を閉じた。続きはあとでも書ける。俺は舞い上がってしまいそうになるのを堪えながら、ウォルロ村の上空をぐるんと回るように飛んだ。あぁどこに! リッカたんはどこに! いた!

 

 祖父と仲良く自宅へ歩く姿を見つけ、俺はそっと近くに舞い降りた。天使は通常、地上で足をついて歩きはしないが、少しでも目線を合わせたい俺にはそういうならわし未満の曖昧な暗黙の了解なんてどうでもいいことだ。ともかく、俺は足跡をつけないことだけ気をつけて、リッカの隣に立った。

 

 翼がなければ、光輪がなければ、背格好も同じくらいで、同年代に見えるのに……なんて、くだらない考えを振り払う。日に日に大きくなり、大人の姿に近づいていくリッカたん。

 

「リッカ!」

 

 今日もリッカたんに俺の言葉は届かない。相変わらず人間たちは俺のことは見えやしないし。ただ、これまでと違って守護天使に対して祈る時、リッカたんは俺の名前を呼ぶんだぜ! 守護天使イザヤール様、と言っていた認識は大いなる力で書き換えられ、今までの代替わりでもそうだったように次期守護天使の名前を認識する! これのおかげでリッカたんが俺の名前を呼んでくれる!

 

「俺は今日、ウォルロ村の守護天使になりました。リッカ、今までもこれからも、まだ俺は未熟な見習い天使の身ではありますが、より一層努力します。リッカを守れるように、リッカが健やかに過ごせるように……」

 

 リッカたんに触れることは許されないが、俺はかたく誓った。その働き者の手が働く以外に使われないように、防げる悲しみに見舞われないように。

 

「今日もいい日ね、おじいちゃん」

「そうじゃな」

「いい天気で、とってもいい気持ち!」

 

 すぐそばにいるのに俺のことは見えない。俺は悲しくて、だけども、だからリッカたんのことを守れるんだと思い直す。俺が人間ならこんなに素敵な女の子に出会う前に寿命でとっくに死んでるんだぜ? もったいねぇ!

 

「いつも俺は貴女のそばに……」

 

 見えない誓い。届かない言葉。俺はそれでも願ってた。愛しい人間と話してみたいと。言葉を交わし、その尊い命に触れてみたいと。

 

 俺は叶うことを知らない。まさか天使界から落ちるという力技で叶えられることを知らない。だからまだ、少し悲観的で、終生叶えられることがない望みに諦めて、だけど諦めたくなくて、せめて毎日天使への祈りを欠かさない敬虔なリッカたんから、今日の天使の祈りで俺の名前が呼ばれるのをずっと待っていた。

*1
天使が文面に記す定型文。アーミアスが特別敬虔だというわけではない

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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