闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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9話 哀悼

 オラオラオラオラオラァッ! 俺の邪魔をする魔物は死ねェ! そしてその魔物としての生はそれで全うしたことになるんだから来世で会おうぜてめぇら! 今はとっとと死ねェ! オラオラそこのきゅうり! そっちのゴーヤ! 縦切りは面倒臭いから横切りで安らかに死にやがれ! オラオラァッ! 痛みはねぇぞ、即死だからな!

 

 俺が使ってるのはなまくら同然の銅の剣だが、勢いよくぶった斬れば切れ味なぞ関係ない。その代わり返り血とかすごいがな。さっきから俺の髪の毛がべたべただ。ニードが引いていないのは純粋にありがたい。

 

 斬られると分からないのか、それでも向かってくる無謀で愚かで哀れなスライムを一太刀でこの世から解放してやる。ズバッと下から切り上げれば体が二つに泣き別れって寸法だ。

 

 哀れな魔物達は一応、天使界では死ねば悪しき心を浄化されて平和に再び生きられるのだ、と教えられたからな。死んだこともないし、嘘か本当か分からない事はもう試すっきゃないだろ? それに心なしか死ぬ時こいつら解放された顔してるくね? 安らかに見えるのは都合よく解釈しているだけなのか?

 

 後は後ろから付いてくるニードが怪我しないことだけ気をつけてだな、怪我しそうなら俺が颯爽と割って入って守護してだな、その他もろもろの問題を全部無視して突撃だぜ! 峠の道とやらはそこそこ、つか歩けば遠いからよぉ! 二度と翼なんて要らないが、あった方が便利ではあったと思うレベルだ、クソ面倒い。微妙になんか遠い。

 

 ……俺が何でこんな脳筋戦法とってるかを説明しよう。俺は戦闘とか諍いに対しては、実に天使らしく好きじゃないから当然、戦闘が好きとかそういうことはない。やりたくてやってるんじゃねぇ。ただ外に出たら当然のことだが、早く着くために走ってるわけだよな?

 

 もうそれだけで既に背中の傷が開いたっぽいんだわ! やっべぇ! クソ痛い! 包帯まいてたが血が滲んでないか心配だぜ! 幸い初日程じゃないがな! つぅことで早く行って帰りたい。ホント、それだけだぜ……このペースだと腹の傷も開きそうだが。せっかく治りかけてきたところだが、まぁ村人を守れるならその程度安いしな……。こいつ何回庇わせれば気が済むんだ……?

 

 だが俺にとっての朗報もある。あと少しでホイミが覚えられそうなんだ。……これはここに来る前からな。前々からいけそうではあった。俺が例え旅芸人扱いだとしてもあと少しには変わりねぇし。

 

 とっとと覚えて帰ったら寝て魔力を回復してこの煩わしい怪我ともオサラバ。さっさと癒したいもんだ。傷跡は残りそうだがなぁ……歴戦の戦士っぽくてかっこいいと思える年齢でもないから消せるもんなら消したいが。

 

 だからモーモンよォ! 俺の糧になりやがれ! そんで幸せに生まれ変われ! せめて一撃で葬ってやるからな。オラオラッ! 痛くないだろ! せめて苦痛はないように。

 

 ッ…………。……ごめんな。

 

 ……俺がこの手で切り裂いて死んだモーモン。どことなく穏やかな死に顔。師匠が倒したモンスターもみんなこんな顔をして死んでいった。

 

 何故か周りに天使だとバレる補正があるというなら、倒した魔物が次は狂暴に人間や天使を見るなり襲いかかる存在ではなく穏やかに過ごす何かになる補正があって欲しいと祈るのは当然だよな。

 

 膝をついて祈る。どうか、どうか、次の世では笑っていられますように。天使だから祈れば神に少しは届く、と信じてぇ。人間よりは届きそうじゃね? 数の少なさ的に優先して聞いてくれそうじゃね?

 

 何度も何度も殺す事に膝をつく。祈る事に魔物の死体にそっと触れるとそれらは青い光になって空気に溶けていく。ふわふわと暫く俺の周りを漂った光は空へ昇っていく。そして、青空に吸い込まれていくんだ。俺にとっては二度と帰りたくもない天使界の方へ、さらなる高みへ。

 

 青いそれは綺麗なのに、見ているとどうにも悲しくて、しかも傷が痛むものだから俺はすごい形相だろう。だから、どうした。ニードに見られて減るもんでもない。悼む心を押さえつける必要はないんだぜ?正直に、想う時は想えばいい。

 

 だが、心も体も痛い。

 

 あぁ、出来るものなら、命を奪いたくは……。

 

 いや。これはリッカを、人間を守るためには必要なこと。そう心に決めて今までやってきたじゃないか。守護天使たる者、魔物を撃退して人間達の生活を平和で円滑にしなくてはいけない。そうしたい。だから師匠のエッグい剣のシゴキに耐えて、だが魔物を殺した感覚が消えなくて、吐きそうで泣きそうな時、ラフェットさんに抱きしめられた事もあった。

 

 見習いで一番俺が頑張ったから、一番俺が最初に辛い目にあった、らしいぜ。辛くなんかないって答えたが。辛いのは俺ではない。死んだ魔物だろ?手が震えて、眠れなくて、だが見習い共には弱音なんて吐けねぇだろ?

 

 俺はあの時な……一番守護天使に近い見習いだったからな。みんなの期待が重かった。投げ出せないし、何より今も人間が魔物に殺されていると思えば剣を捨てることも、守護天使を諦めることも出来やしない。

 

 あの時は、たしか、ナツミの子供、お転婆なエンカが魔物に襲われそうだったんだよな。助けれて良かった。あの笑顔が曇らなくてよかった。

 

 これだから天使は最高だ、人間を守ってナンボ、それって守ることだけ考えてりゃいいんだぜ? 人間になりたい俺でも人間になったら守ってばかりじゃなく自分も守らなきゃいけなくなって集中出来なくなる。それは困る。俺は人間が好きだからな。こんな時は天使でよかったって思うからマジ俺現金。

 

 ……ニードが俺が祈る理由を分からないとかいう顔をして質問してくる。センチメンタルな今は丁寧に答えてやるか。

 

 別に人間のお前が分かってくれるなんて思ってないんだ。お前達は、人間達は……天使と違って生を営み、命を繋げていく。魔物もそうだ。だから、天から湧いてくる俺達には、気持ちがわからないし……お前達も理解出来ないだろう。使命だけを胸に生きるのが真っ当な天使だからな。愛なんてダメらしいぜ?博愛じゃないとダメ、らしいぜ?

 

 クソ食らえ。

 

 ちなみにな、子を残せもしない天使には()()()()欲は欠片もないんだぜ? いだけもしないし、多分リッカたんのぱんつみてもテンションが上がるだけで、本当に上がるだけで、俺の最高の思い出になる()()だ。……そのくせ神は俺達に「あいするこころ」だけは与えていきやがった。

 

 全くもって解せないが、だから俺は人間が大好きでいられるんだぜ?

 

 ほら、ニード。また余所見してるから俺が庇ってやって怪我を拡大しているんだろうが前を見やがれ! クソ痛いだろうが!!!! 守るのもいいが早く帰りてぇ……。

 

 おうおう、やっと着いた峠の道、さて入るか……。うわ、腹辺りに食らった傷が服に滲んで気持ち悪……。俺の精神衛生上良くないから見えないようにしてみただけなのに、またニートが突っかかる。いいからお前は黙ってろよ。あん? 傷? 薬草貼りゃあ満足か? ……これでいいのか?

 

 あーー、自分のわがままに付き合ってもらってるっていう意識がねぇなこいつ。ま、さっきでホイミ覚えたからウィンウィンではあるんだがな? それとこれとは話が別。守護が使命の俺がパラディン真っ青なぐらい庇ってやったのも当然のこととして……。

 

 あ? なんだこりゃ。

 

 さて問題の土砂崩れはどれだと思った途端目に飛び込んで来たのは……あの、例の大異変で天使界に顔を出したはいいものの雷に貫かれて俺と一緒に人間界に落っこちたやつじゃないか。名前は知らん。

 

 ……乗り物、みたいだな? こっち向きに開けてみろと言わんばかりに扉みたいなものがある。ここから開けて入ればこいつが空へ飛んだりするのか? ……気になるな。

 

 またニードがなんか言ってるぞ。……おう、お前には見えないか。ならやっぱり俺がリッカたんの栞を取りに帰るために来てくれた迎えなんじゃね?これ。なんつー……何でもありかよ?!

 

 あーあー、さいですか。土砂崩れが先っすか。分かってる、俺は守護天使だから自分のことより人間達のほうが大事なんだぜ? 俺もそっちの方が重要事項だと思うしな?

 

 さぁて土砂崩れを……ってこりゃ何とかならねぇわ。イオナズンを使える魔法使いでも連れてこい。吹っ飛ばして、んで被害を拡大してくれるだろうよ。魔法すら使えないただの人間と魔力のない手負いの天使にはどうにも何ねぇぞ。帰ろうぜ?

 

 からの、土砂の向こうからの伝言を聞いた俺達。それを胸に歩いて帰る気のアホを引っ掴んで俺はキメラの翼でウォルロに帰ったんだが……体中傷が開いたり新たに出来たりと治ってきたのも散々なことになっていた。おかげでリッカたんに怒られるわ、さっさとベッドにぶち込まれるわだ。

 

 だがリッカたんのお粥が神がかってたから問題なし。人間界って幸せの塊じゃねぇの?

 

・・・・

・・・

・・

 

 深夜。人も犬も寝静まったウォルロ村。聞こえてくるのは滝の音、風がそよぎ木の揺れる音。揺れる木々も眠っているのだろうか、外の魔物達も眠っているのだろうか。月明かりすらぼんやりとしたそんな夜。

 

 さくり、さくりと草を踏むゆっくりとした足音が聞こえてくる。

 

 足音は滝の前で止まり、桶で清らかな水が汲み上げられた。すると今度はざばりざばりと水をなにかに……汲み上げる本人にかけ続ける音が留めなく続く。

 

 月夜の下、水に濡れていればその本人が気にしている灰色はよく目立った。黒になりきれず、白にもなりきれない濁った色は少し濃く見え、一層彼を「灰色の天使」だと知らしめるごとく、淡く、そこにある。

 

「……なさい」

 

 水を体にかけているのは清めのつもりなのだろうか、(みそぎ)なのだろうか。彼は一度浴びる事に何かを呟いているようだった。

 

「ごめんなさい」

 

 見開かれた目は罪悪感だけを宿し、その感情すら自分は抱いてはいけないのだと洗い流す。その声は「哀」を堪えるように震えて。

 

 月に雲がかかり、彼の姿もぼやけていく。

 

「ごめんなさい」

 

 優しい天使は魔の生命をも悼む。

 

 黒い(まなこ)はふいと天を仰ぐ。人になりたかった天使は、空に答えを求めたかった。自分が命を奪った者達は本当に幸せになれるのだろうかと。ただ苦しんだだけではないのかと。

 

「師匠……」

 

 白い手が空を掻き、虚しく下ろされる。

 

「迎えに来てください……」

 

・・・・

・・・

・・




「愛する心」「哀する心」

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