闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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73話 捕獲

 さて、城の侍女やら兵士やらに話を聞いておおよその情報は集まった。「黄金の果実」を持っていそうな人物がひとり、見つかった。サンマロウからそう時間をあけずに次の女神の果実のありそうなところを発見した。その点においては俺は幸運だな。

 

 だが不運なことに、相手がグビアナ女王、ユリシス女王だったってのがなあ。

 

 もちろん、この国で一番偉い彼女に、ただの旅人が謁見を申し出て簡単に叶うかわからねぇし、叶ったところで俺の言いたいこととは「黄金の果実の果実を持ってますね? 実は俺たち、それを探してるんで、ください」だ。

 

 どう考えてもふざけてるとしか言えねえな。そんな話、まともに聞いてもらえるとは限らない。しかも話を聞いて貰えたところで、望み通りの返答になるかどうかなんてもっとわからねぇ。

 

 何故なら、俺は「黄金の果実」より人間たちにとって価値がありそうなものを持ち合わせていないのだから、向こうの善性やら思惑やらに運良く沿わなきゃどうやっても譲っちゃもらえないだろう。

 

 俺だって、できることなら正当な対価を渡して穏便に交換したいが。仮に金払って何とかなるなら稼ごうと思うが。今回、金銭的な話では向こうは一国の主で、俺はしがない旅人だ。到底どうにかなるとは思えない。俺の持ち物で人間的に高価だと言えるものはなにかあるか? あるわけない。俺たち天使にとって大事なものは、人間にとって一切価値なんてない。

 

 なんせ星のオーラは人間に見えないんだからな。俺にも見えねぇけどよ!

 

 まあ、星のオーラよりも俺の脳みそに刻み込まれた愛しい人間たちの成長記録のほうがよっぽど価値があるんだけどな! だがこっちは取り出して見せられないときた! まったく困ったもんだぜ! 

 

 その中でもお宝中のお宝、この世で最もペロペロいリッカたんのキュートな成長日記はもちろんプライバシーの問題があるから永遠に門外不出だしな! ノートに書いてる分なんて生易しい、本当のリッカたん成長日記は俺の頭の中にしかもはやない! 文字なんてものは完璧に記録できないからな!

 

 ともあれ。

 

 あー、要求された物によっては一旦天使界に戻って誰かの知恵を借りるってことは出来るか。それくらいしかどうにもなんねえし……それにしたって、そもそも相手がある程度交渉に応じてくれなきゃ意味は無いけどな。

 

 とりあえず玉座の間に向かってみるか。さっきもちらっと通り抜けたわけだが、その時は彼女は沐浴で不在だったし、そろそろ戻っていてもおかしくはないだろう。だめなら大臣らしき人物にどうにかなんとか取り次いでもらうとして……。

 

「あら、なにか少し、騒がしいですね、アーミアスさん」

「そうですね。先にちょっと見に行きましょうか」

 

 階段を登る前に静かなはずの城内に場違いな騒がしさを感じて俺たちは見回した。侍女がひとり、あっちこっちを忙しなく見回している。下のほうを見て、呼びかけるように声をあげて、明らかに何かを探しているような。

 

「あの失礼、どうかなさいましたか?」

「あぁどうしよう……」

「あの?」

 

 相当彼女は焦っているらしく、声をかけて二度目でやっとこちらを向いた。幼き人間の中でも年若い、おそらくはまだ新人の域を出ないような子だった。マティカよりは年上だろうが、メルティーよりは年下だろう。

 

「あぁ、旅の方ですか。どうぞお気になさらず……」

「気になってしまいますよ、そちらこそお気になさらずに。困った時は……そう、お互い様です。何を探しているんですか?」

 

 メルティーの穏やかな言葉に彼女は少し落ち着いたようだった。

 

「ああ、私、私、ユリシス様の大切なアノンちゃんを逃がしてしまったんです……」

「アノンちゃん……失礼、女王のペットかなにかなのですか?」

「えぇ、ユリシス様の唯一の家族と言っていいくらい仲の良い……小さな金色のトカゲなんです。リボンを巻いた……」

「それは大変でしょう。俺たちも探すのを手伝います」

 

 彼女はこっちを見た。俺は強烈に嫌な予感を覚え、それが的中するまでの時間の猶予が一瞬しか無かったことを悔やんだ。

 

 嫌な予感。つまり、うぬぼれでもなんでもない、やっかいな天使の権能。勝手に命名したのは「オート天使バレ」。天使の能力を失って星のオーラが見えなくなるならこっちもきれいさっぱりなくなってりゃよかったのに。

 

「あぁ! ありがとうございます! 旅の方、あなたはまるで、」

 

 俺はぐっと奥歯を噛んだ。

 

「天使様のようですね!」

 

 ああ。何がいけないのか。砂漠のど真ん中でも屋内ならばプラチナの兜をしっかり被っておくべきなんだろうな? 俺の首から上のどこからオート天使バレ成分が出ているのかわかんねえけど、一回バラして調べるべきか。それともオート天使バレ経験者であるメルティーとかにあとでこっそりどういうところで俺のことを天使だと、ぴんと来てしまったのかしっかり聞いておくべきなのか……。

 

「なんてこと! 天使様に天使様のよう、なんて……」

 

 咄嗟に暴走しそうなメルティーを止めた。侍女に向かっていきそうに、俺の前に立った彼女の腕をぐいっと引っつかむなんてわりと乱暴だが、ここで騒いで「気難しい女王」の耳に城内でうるさい旅人の話が入ってしまう、というのは勘弁願いたかった。本当にすまねぇ。

 

 メルティーはとてもいい子で賢い子だから、すぐに意図を察して口を閉じてくれた。

 

「では、えぇ、そういうことで。早くアノンちゃんが見つかるように祈っています。俺たちは……そうですね、もしかしたら見落としがあるかもしれません。城の外を見てきます」

 

 不審な行動を誤魔化すためにメルティーの腕をつかんだまま引いてそのまま城から出た。

 

 城の外周、日陰に入ってからやっと、つかんだままだったメルティーの腕を離した。

 

「大変申し訳ございません。メルティー、痛くはありませんでしたか」

「いいえ! いいえ! そんな、痛くなどありません! こちらこそ大変申し訳申し訳ありませんでした! アーミアスさんの意図を理解できないなんて私は……」

「どうかお気になさらずに。城内で騒ぐわけにはいかない。それだけのことです。メルティー。

今はええと、アノンちゃんを見つけるほうが優先です。見つけることができれば、あの侍女も安心でしょうし、大切な家族の行方が知れなければ女王も不安でしょう。それに、打算的ではありますが、女神の果実を持つ女王に謁見することも叶うかもしれませんから」

 

 メルティーは杖を……恐るべき力で……しっかりと固められている土の地面にぶっ刺すと、地面に片膝をついて祈り始めた。動きがもう、見事にガトゥーザと一緒だな……。

 

「あぁ! なんて寛大なアーミアスさん! 私は一層精進致します!」

 

 メルティーにはじっくりオート天使バレはどうやって感じ取ったのか聞きたいが、今は小さなトカゲを探す方が先だ。家族の行方がしれないならどんなに気難しい女王でも不安だろう。はやく元の場所に戻してやらないとな。

 

 そのへん暑くい上に乾燥していてかなわないが、小さいトカゲくらいが隠れられそうな場所くらいはある。そのへんに潜り込んでいるならば見て回ってもなかなか見つからないかもしれない。

 

 小動物の捜索は……正直なところ守護天使として人間に見えない前提だった故にあんまりない。失せもの探しは割と得意なんだが、生き物を気づかれずにそっと返すというのは至難の業だし。

 

 だが今は違う。素直に探せる。つまり、音を立てることが許される。

 

 俺の声も、俺の動作も、気のせいやラップ音扱いではないのだし。

 

 最初はトカゲの名前を呼んでみようと思って、はたと思い当たる。ここは城の外だ。あの侍女にとっては今回の件は「失態」だろう。それをわざわざ宣伝するような行動は避けたい。健気に職務に従事する幼き人間が可愛いのは当然のことだな!

 

 一生懸命に働く人間……尊い。ペロさまで感じそうだ。いいや! 俺にとっての唯一ペロ神体はリッカたんなんだけどな! それはそれとして俺は人間大好き天使だからな!

 

 ともあれ、動物ってのは基本的に音に敏感だ。びっくりしたら姿を見せるかもしれねぇ。俺の脳裏には原っぱで茂みにがさっと足を踏み入れてバッタをぴょんぴょんさせる遊びをしていた子どもがいた。あんな感じに。

 

 パン、と手を鳴らしてみた。

 

 メルティーがビクっとした。だが何も出てきやしない。ここはハズレか。

 

 場所を移動し、またパンパンと手を鳴らす。メルティーがとことこついてきて何事かと俺の手元を覗いた。

 

 そんな俺たちの足元を小さなリボンを巻いた金色のトカゲが駆け抜けていく。

 

「あっ!」

「見つけましたね!」

 

 てかすばやい。上に小さい。たしかに人間たちがかわいらしいと思いそうな、そんなフォルムだ。捕まえにくそうだが幸いここには二人いる。挟み撃ちすればなんとか捕まえられるか!

 

 逃げるトカゲにメルティーが手を伸ばす。怖がるように方向転換して走っていく。だがその先には俺がいるわけだ。潰さないように気をつけつつもするっと抜けられてはかなわないので注意しいしい両手で掴んだ。

 

「さぁ、急いで戻りましょう」

 

 人間の体の構造ならば学んできたが、トカゲにとって何が良くて何が悪いのかは知らない。彼……彼女……彼、か? 彼にとって悪い結果にならないうちに家族の元に返さなくては。

 

 布で包んだ方が良かったか、それともこのままがいいのか。何も分からないのでとっとと行こう。リボンを巻いた可愛らしいトカゲはなんとも恨めしく俺を見上げていた。

 

 俺は、そのトカゲがしっかと掴んでいた黄金の果実に気づいていたが、女王の家族から許可もなしにもぎ取る訳にもいかなかった。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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