多分、私は勘違いをしてしまっているから。
その、優しい優しいひとが、天使様なんだって理解しなきゃいけない。
それでも勘違いしてしまいそうになって、それで、私は「二人」のアーミアスを見てるの。
彼はアーミアス。よく泊まりに戻ってきてくれて、ウォルロ村という共通の話題もあって、彼はとっても聞き上手で、お話しだって声は穏やかで、落ち着いたそれは聞いていてすごく好き。
同年代に見えて、そうじゃなくて、身近に感じて、そうじゃなくて、私はどこか勘違いしてしまいそう。
優しくて、穏やかで、心地のいいひと。天使のような微笑みの、……もちろん彼は、「ような」じゃなくて本物の天使だけど。誰よりも、綺麗な男の子。
「あら、おかえり! アーミアス!」
「ただいま戻りました、リッカ。今日も四人泊まります」
「わかったわ。アーミアスがいるんだから従業員価格でいいからね」
疲れているはずなのに、いつも通り綺麗に微笑むアーミアスは、今の私にとっては多分、失礼だけど「友だち」とか「村に良くしてくれた旅の人」とかそういうひとに見えてしまう。
三人の仲間の人たちと一緒にカウンターに来て、ほかの旅の人と同じように鎧を着ていて、剣を背負っていて、まるで普通の人間みたいに振舞おうとしてくれる。私たちが親しみ深いように、気後れしないでいられるように。
でも、その清らかな空気は誤魔化せなくて。でも、精一杯そうしてくれている。
ちょっと静かになっていた宿のほかのお客様は……常連さんはいつも通りだけどね……アーミアスたち一行が二階に上がってから、口々にうわさをしはじめるの。
あの人綺麗ね、まるで天使様みたいね、夕飯の時に声をかけてみようかなって。アーミアスの周りにはいつも仲間の人がいるから、本当に話しかけるのに成功しているのは見たことがないけど。あんなに仲良しなのに、割ってはいるのには勇気がいるもの。
仲間の人たちとご飯を食べて、一階で休んでいる姿。そういう、旅の人をやってて、どこか友だちみたいに錯覚してしまうアーミアスにはちょっと隙があって、まるでただの同年代の男の子なんじゃないかって、一瞬思ってしまう時がある。
私がぼうっと見てたら、にっこり笑いかけてくれる。
もう一人の……ううん、もちろんアーミアスはひとりしかいなくて、同一なのは分かっているんだけど、もう一人のアーミアスは言うなら、「天使様」としてのアーミアス。
私、アーミアスが訪れる前のセントシュタインを一瞬しか知らないけど、随分犯罪率が下がったんだって。かつては牢屋にいたこともあるお客様の話を聞いたことがあるけど、到底犯罪なんてしそうにないように見える、穏やかな顔をしたそのお客様は、一度だけアーミアスとお話したことがあるんだって。
その時は、本当に偶然で、別に犯罪の現場を見られた訳でもないし、自分の前科を旅人であるアーミアスが知っているはずもないけど、あの目で見られて、静かで、穏やかで、不思議な空気の中でお話ししたら、まるで自分の中の「毒」が抜かれてしまったみたいに思ったとか。
自分を一人の人間だと尊重してくれて、当たり前に接してもらえるのは久しぶりだったんだって。そんなの当たり前じゃないですか。そう言いたかったけど、悲しいけど、そうじゃなかったんだって。そうじゃなかったのは自分のせいだった、とも。
隣で聞いていたルイーダさんも、彼は少し前は悪い意味で有名な人間だったって言ったもの。でも、今のあなたならルイーダの酒場に登録して、人に紹介することだってできるとも。
彼はずっと嬉しそうだった。自分が変われたことに? 当たり前に接してもらえたことに? 私には、わからなかったけれど。
あぁ、アーミアスのあの目。アーミアスの瞳は夜空。星がたくさん煌めいていて、いつも穏やかで、吸い込まれるようで、自分がちっぽけに思えてしまう。でも、あの目は私たちに、人間に、溢れんばかりに愛してくれていることを教えてくれるの。
私たち人間をとても大切に思ってくれているとありありと分かるから、アーミアスと話したその日は特に、明日も私たちの天使様に恥じないように頑張ろうって思えるものね。
あのお客様は前科者と知っても他の客と差別しないこの宿もいい宿だ、そしてあのひと、つまりアーミアスもよく泊まっているなら間違いない、次の宿王は私に違いない、なんて陽気に笑って言ったくださるものだから、困ってしまった。
まだまだ私は未熟なのに。でも、そう思っていただけるのは嬉しい。私、もっと頑張らなくちゃ。期待に添えるように!
でも差別しないこと……それは難しい事じゃないの。そういうことは、小さい頃から守護天使アーミアス様の優しさに触れているからかもしれない。
どの人もかけがえのないお客様で、違いなんてない。誰だって泊まっていただけるし、いい時間を過ごして欲しい。
それは、天使様の、どんな人間にだって分け隔てなく見守ってくださった姿を……見えなくても、感じていたからかもしれない。私の中にも天使様が生きているみたい。
夜、私がちょっと遅い夕食をとるとき、いつもじゃないけどお茶をしているアーミアスがいると、きまって一緒に食べてもいい? って聞いてしまう。優しいアーミアスは一度だって断ったことはないぁら、私はいつも甘えてしまう。
天使様だからか、あんまりたくさんのご飯を食べないアーミアスは代わりなのかな、けっこうお茶をするのが好きみたい。*1
いろんなお客様とお話しするのは好きだし、アーミアスの仲間の人たちとも楽しくお話しするし、もちろんこの宿屋の従業員の人たちともいっぱい話すのも好き。でも、やっぱり一番楽しいのはアーミアスとお話ししているときかなって思ってるの。
私はけっして、彼の特別ではなくて、ただの人間の私がそうなれるはずもなくて、ただこの尊い天使様が守護天使様をしている村の住民だから、気遣ってくださっているだけ。
今でも、アーミアスはお休みの日の午前にはウォルロ村に行って、見回りとかをしていて、その日の午後の少し暇になったときとか、やるにお茶をしているときとかに教えてくれる。みんなの様子を、みんなが元気にやってるかとか。天使様としていろいろお忙しいのに、心の底から幸せそうにみんなのことを話すの。
それから、それから、いろいろお話した後に決まってこう言うの。
「リッカの歩む道に神のご加護がありますように」*2
って。そのたびに。アーミアスは私のお友だちじゃなくて、天使アーミアス様なんだって思い出す。神様から遣わされた、尊い天使様だって。
アーミアスは、私に、とっても良くしてくれる。私は勘違いしそうになって、アーミアスは神様の御遣いなんだから、本当に勘違いしているだけなのに。
同じくらいの歳に見える男の子。笑顔がきれいで、優しくて、……私に特別親切だと勘違いしてしまいそうになる。でも、思い違いなの。だって彼は誰にだって優しいし、誰にだって親切で、誰にだって、安心させるように、きれいに微笑む。天使様だもの。私たち人間をいつも護ってくださる守護天使様なんだもの!
私はここで本当にうまくやっているのかなって、不安な日、あのきらきらした夜空のような目に大丈夫だって言ってもらえたら、どれだけ安心できているのか、アーミアスは知らないよね。
ルイーダさんは、きまって悶々と考え込んでいる私に「お似合いに見えるのに何を難しく考えているの」なんて茶化すけど。
アーミアスは天使様で、私はただの人間で、ずっと私が小さいときから見守っている相手に何をおもうっていうんだろう。
「彼女は今日も勤勉で、優しく、俺の挨拶にも、
『アーミアスにも神の御加護がありますように……なんて、アーミアスに言う必要はなかったかもしれないけど、私も祈ってるね!』
とかわいく返してくれる本物の天使でした。リッカが天使でなければ誰が天使だと言うのでしょう。間違いなく、あの微笑みに救われる日々です。ぺろぺろしたい。
今日も、リッカの薔薇色の頬に見とれる日でした。彼女に健やかな日々が続きますように……と」
大真面目な顔をして、低俗な部類の文章で日記を書くのはアーミアス。小心者なのでロウソクの灯りを最大限落として日記を書いているのだ。
部屋の中には他に誰もいないし、カーテンをしっかり引いているのでロウソク程度の光では外に漏れたりしないことも承知しておきながらも、コソコソしているのである。
しっかりインクが乾いたことを確認すると日記を閉じ、胸元に日記を抱いてベッドに転がった。隣の部屋には仲間たちが宿泊しているので音を立てることなくゴロンゴロンするという技量を発揮しながら。
声を上げては誰かの睡眠の迷惑になるかもしれない。それを承知している彼はぎゅっと目を閉じ、口を開くことなく悶えていた。ゴロンゴロンと。
彼の内面を知らないなら、それは日々の反省の結果によるものと思うかもしれない。自分の至らなさを思ったのか、と同じ天使なら考えたかもしれない。狂信者ならなんならの崇高なる儀式なのかとも解釈するだろう。
実のところは、もちろん、意中の相手に対して今日も何も変わることなく接したことに対するもの。
想い人は今日も変わらず。自分も変わらず。彼女が健やかなのはいい事だ、関係性が悪い方向に転じなかったこともいい事だ。だけども、それは自分が何も進展させなかったという意味でもある。
自分のヘタレさに、そしてなんとなく言葉のチョイスが悪いのではないか? と考えつつも真の答えには行き着かずに。
アーミアスはベッドでゴロンゴロンしていた。
どの閑話が読みたいですか?
-
幼少期、天使(異変前)時代
-
旅の途中(仲間中心)
-
旅の途中(主リツ)
-
if(「素直になる呪い」系統の与太話)
-
その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)