闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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71話 加虐趣味

「……すごく、すごくあついね、目の前がまっかっかになりそう」

「そうですね、マティカ。

ですがアーミアスさんの周りだけは非常に涼やかに感じます。ええ、彼こそが本当にまぶしいので。目もくらむようなので。砂漠の暑さなんて大した問題にもなりません。

もちろん、適切な水分補給、休息はきちんととっていますから万が一にもアーミアスさんに不要なご心配をかけることもありません。体調は万全、視界は極めて、極めて! 良好。

ええ、ご覧ください、兄さんなんてあまりのまぶしさのあまり目がつぶれかけ、不気味に笑っています。現状を顧みていついかなる時にも真っ当に、真摯に、神のしもべとして行動してもらいたいものですね。ああ、神のお使いのしもべとして、が正確でしたか」

「そういう難しい話してるんじゃないよお……」

「あら、そうですか。マティカのように純粋に考えることもまた、とても大切ですね」

 

 メルティーは優しいお姉さんだけど、あんまりおれと話をするのは好きじゃないみたい。これ以上話す気はないって言ったりしなかったけど、そんな感じだ。まくしたてるだけまくしたてて、それでおしまい。

 

 でもね、おれのことがどうでもいいとか嫌いとかそういう理由というよりも、それより大事なことがあるからなんだ。ガトゥーザと話すほうが大事で、アーミアスさんのことを考えていたり見てるほうが大事で、アーミアスさんのために何かすることが一番大事だ。

 

 今、グビアナのお城の上にいたパラディンのあの女の人が言ってた、パラディンになるためにセイレイを宿す方法を、アーミアスさんは一生懸命にやっている。

 

 それは、この砂漠で、戦ってるとき、魔物の攻撃を、おれたちに向いたのを、「かばう」で守る。

 

 すごく、それはよくあること。よくある光景、いつもの風景。アーミアスさんはいつもすごく、おれたちのことを小さな子どもか、すぐ死んじゃう存在だと思ってる。アーミアスさんは天使だから、おれたちはすぐ死んじゃうのかもしれない。アーミアスさんはずっと年上だから、おれたちは赤ん坊のようなものなのかもしれない。

 

 でもおれ、おれは、小さくて、メルティーやガトゥーザみたいに大人じゃないけど、本物の赤ん坊じゃない。怪我なんて少しくらいへっちゃらだ。小さいころから喧嘩して傷まみれになって、ひとりぼっちでびーびー泣いてたんだし、仲間もいるのに、治せる人がいるのに、怪我しても怖くなんてない。痛くて泣いてしまうかもしれないけど、それはおれが泣き虫すぎるだけで、別に本当にその怪我が問題ってことじゃないんだ。

 

 おれ、おれは、アーミアスさんが怪我したほうが怖い。アーミアスさんが魔物の攻撃を受けて頬を切ったときに赤い血が飛ぶのが怖い。それをすごく綺麗だと思う自分も怖いし、きっと俺はアーミアスさんが攻撃を代わりに受けるなんて二度とないほうがいいって思ってる。アーミアスさんが怪我するのを見ているのが、おれは好きだから、そんなこと起きないほうがいいと思ってる。

 

 あったまおかしいんだ。おれって。だんだんわかってきた。でもおかしすぎて治らないのもわかった。どうやって治すの? 綺麗だと思うきもちを。そんな、きもちわるいきもちを持って、おれはぼんやりじりじり焼かれてた。あつい。あつい。まっかっかだ。飛び散る血が。乾いた砂にしみこんで、おれは、見ないようにその血を踏む。

 

 アーミアスさんが無事に「かばう」をしなきゃだから、魔物を先に殺しちゃだめだから。セイレイを宿すために必要なことを、アーミアスさんが頑張ってるのに邪魔したら、この戦いが長引いちゃう。こんなに暑いのはアーミアスさんも得意じゃないみたいで、グビアナについたばかりなんてゆだったみたいに真っ赤な顔をしてたもの。あついのは何だって本当によくない。早く終わらせなきゃ。

 

 だからおれ、邪魔しない。ぎゅっと手と、剣を握って、魔物を攻撃しないで待ってる。泣きそうだ。涙は熱い風に飛ばされて、すぐに乾いて、もしおれがグビアナ育ちなら泣き虫じゃなかったのに。泣いてない。

 

 小さい子を守るのって、わかるんだ。おれにも。多分、そういう、気持ちなんだろうな。だからやめてくれって言えないんだ。本当におれってアーミアスさんからしたら弱っちいんだ。だから強くならないといけない。

 

 だって、アーミアスさんは魔物に攻撃されても、痛いって言わないんだ。おれの目の前で、体を張って攻撃を受けて、血が飛んだり、体を揺らしたりしても、痛そうな顔をしないし、何も言わない。じっと、おれたちなんて見ずに魔物を見て、何かを話しかけているみたい。痛くないはずないんだ。痛みを感じないひとじゃないって、知ってるのに。

 

 アーミアスさんはおれたちに笑いかけるし、宿屋のあの子に笑顔だし、知らない相手にも優しく笑いかけることだってあるけれど、いつだってなんだか、そう、穏やかだ。おれたちを見て笑っている。

 

 人がいる街を見て幸せそうで、魔物を見たって同じ。そう、魔物が襲ってきたらおれたちを子ども扱いするのだけど。襲ってこなかったら、こっちを見向きもしなかったら剣を抜こうともしないんだ。

 

 おれは、この、優しいひとが好きだから、傷ついて欲しくない。おれの中の何かを無視して、それは本当だから、おれ、本当は、アーミアスさんがパラディンになるのは反対なんだ。

 

 言えないけど、言えないけど! だってアーミアスさんはおれたちの事を思ってやってる。おれたちは本当にアーミアスさんより年下で、護るべき存在に見えている! おれのちっぽけな人生よりずっと長くそうしてきた天使だもの。

 

 二人はどう思っているんだろう。隠しもしない、好意を全面に押し出す二人は。二人だってアーミアスさんが怪我する度、この世の終わりみたいな顔をするんだもの。何も思っていないはずはないけど。

 

「……少年」

「なに」

「次にアーミアスさんが攻撃を受けられたら、あの魔物を素早く倒してくださいますか? もちろん、このガトゥーザ! 持てる力を使えるだけ使って素早く倒すつもりではありますがバトルマスターほどの威力はないのです。ええ、素早く。次で終わりですから」

「わかったよ」

「結構。物わかりが良くて助かります」

 

 ガトゥーザが魔物に悟られないように弓をちょっと構えた。多分、あの矢より早くは動けない。でも、仕留め損ねたら殺れる。間違いなくおれは殺れる。

 

 武闘家だったころに学んだように、テンションを溜めて溜めてまってたんだもの。

 

 アーミアスさんが飛び出す。砂漠のクイナがアーミアスさんの盾に弾かれる。最後の一撃を無事に受けたのを見届けた瞬間、ガトゥーザの矢とメルティーの魔法が飛んでいく。

 

 おれも、できる限りのスピードで剣を振り下ろした。

 

 後には焦げ跡が少し。それだけ。思いっきり動いたからかな、おれの中にあるあつさも、少し引いたみたいだ。

 

 魔物はいいよね。血が飛び散っても、ほとんど蒸発するみたいに消えてしまうから。もちろん全部じゃないけど、ほとんどは消えるから。興奮も一緒に引いていく。

 

「さぁ! グビアナに戻りましょうアーミアスさん!」

「ここは暑い! とても暑い! よくありませんね!」

「行こうよ!」

 

 さぁさぁ! とみんなで手を引いてお城の方に向かおうとすると、おれたちのあんまりにも素早い「掃除」に目を丸くしていたアーミアスさんは、ちょっと手で制して、先にいつも通り魔物へお祈りして、それで、ルーラでひとっ飛びしてくれた。

 

 

 

 

 

 ちょっとだけ休んで、それでお城に向かう。

 

 アーミアスさんはこれでパラディンになってしまう。メルティーに聞いたけど、パラディンには「かばう」よりすごい「におうだち」って技があって、それを使うと攻撃だろうと呪文だろうと全部、味方を守れてしまうんだって。

 

 アーミアスさんは、イオとかの呪文は全部受け止められない。その度すごく悲しそうだから、それが無くなるのはいいのかもしれない。

 

 でも。嫌だ。アーミアスさんが怪我するのが増えるってことかもしれないから。

 

 本当に? おれは、本当に嫌なんだろうか?

 

 攻撃を受け止める度に飛び散る、赤い血が綺麗で。どきどきして。触れたくなって、そう、あの血を流す天使さまを自分の手でどうこうできたらって思ったら、もっとどきどきして、そわそわしてしまう。

 

 なにかできたら? きっと、とても綺麗なんだろう。それを見るのが、本当は好きなんじゃないの?

 

 好きなのは本当。そこは嘘ついたって、嘘になってくれない。

 

 でも、でも、おれはなにもしない。しない。しないったら! これじゃあまるで、泣き虫マティカをいじめて遊ぶやつらと一緒じゃないか! 泣き虫、弱虫、親なし、意気地無しって! おれはいっつも泣いて、見返したくて特訓して、馬鹿にされて、それで、泣いてた。悔しかったじゃないか。だからアーミアスさんに選ばれて嬉しかったんじゃないの?

 

 嬉しかったのに。

 

 あの真っ白い肌の上に真っ赤な血が! 胸がどきどきする。

 

 おれの中の、おれの頭のおかしい心がささやく。それが綺麗だって。もっと見てたいだろうって。おかしいおれ。絶対におかしい。

 

 おれはぐるぐる悩んで、でも、こんなの誰にも言えなくって、黙ってた。

 

 いつの間にかお城の屋上に着いていて、アーミアスさんがパラディンの女の人のところに行くのを見たくなくて、その辺をぐるぐる歩き回っていたら、宝箱を見つけたから、鍵も何も無いところにドーンと置いてあるものだから、旅人への贈り物なのかな、中身を貰っていいのかなって考えることに集中して、それ以上危ないことを考えるのはやめた。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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