闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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70話 聖騎士

 あつい。やべー。あつい。あたまがゆだる。あちー。

 

 思考回路がどんどんポンコツになっていくのを実感しつつ、おそらく人間より図太い天使の肉体でこんなにあついんだから愛しい人間たちはどれだけ辛いだろうと思い、振り返ってみれば……なんか、わりと元気そうだな。俺はあつい。やべー。

 

 もうあちーので、街の散策や情報収集より先にちょっと休憩しよう。そうしよう。天使の使命? 体が茹だったらできねー。あちー。

 

 まだ日も高いが宿に行って、冷たい水でも、いや、もう熱湯じゃなきゃなんでもいい、飲んで、すずもう。やべー。こんな日照りより俺のリッカたんへのあつい想いの方があちーけど。ほんとだぞ。

 

 今だってかわいくてかわいいリッカたんにあいたいけど、こんなヘロヘロで会うなんてカッコ悪くてできないだろ。だから現地の宿に泊まる。好きな子にはカッコつけて会いたい。そんなお年頃。

 

 街の地図を見てまっすぐに宿に向かう。異国の町を物珍しげにきょろきょろしていたマティカがさっと寄ってきて、かわいい。暑さにものともしないきょうだいが階段のエスコートをしてくれた。すごい。

 

 こんなあつい中、他者に気を回すとかやべーと思う。いいこだな。俺もいいこになりたい。いいこだったら、こんなにいいこたちといられるんだぜ。やべー。もっといいこになったら、もっと、共にいいこたちといられるのかもしれない。俺は多分、わるいこだけどな。外面だけ、いいこになろうとしている。

 

 あつくともリッカたんを想う。俺の頭の中のリッカたんはかわいくて、真面目で、かわいくて、大好きだが、驚くなかれ本物はもっとすごい。あつさに負けてる場合じゃない。しゃんとしなければ、と思う。思うけどあついのでとりあえず冷やさなければならない。

 

 しゃんとして、とっとと女神の果実を集めて、師匠に会って、報告して。そんで俺はリッカたんを護る天使になりたい。なれるもんなら専属になりたいが、多分俺は、よそ見してほかの人間も見てしまうから、だめなんだ。人間全部かわいく見える。リッカたんだけ見る、リッカたんだけ護る、一途な人間の男が現れたら身を引くんだろうな。

 

 そのための休息だ。いつもよりずいぶん早いチェックインだが、大陸を越えての船旅の後、休みもせずに砂漠を越えてきたんだから、みんなも疲れてる、そうだ、きっとそうだ。俺が弱っちいのも多分本当だが、みんなが疲れてないってのはない。それも本当のはずだ。

 

 ……みんなぴんぴんしてる。すごい。やべー。なんなら城下町の散策までやってのけそうな勢いだな。だが俺はもうダメだ。辛うじて表情には出ていないし足ももつれていないが、もうダメだ。エスコートされなかったら階段を越えられずに顔から地面に突っ込んでいたかもしれない。

 

 高度の高い、空気の薄い、人間界より寒い、天使界が懐かしい。こんなに懐かしく、戻りたいと思うなんてめったなことじゃない。ただ、俺は寒いほうがいい。あついのはだめだ。頭がぼーっとしてしまう。やべーよ。

 

 砂漠に突入する前、ガトゥーザがすばやくもはっきりと兜をとるように言ってきたが、正しすぎて頭が下がる。被りっぱなしだったら俺は一体どうなっていたんだ。蒸され天使の一夜干しか。蒸され天使とかやべーよな。まずそう。煮ても焼いても蒸しても天使ってなんか不味そうだよな。

 

「お救いするための氷の精霊が寄り付かない熱砂の地獄を滅ぼしてきます! 滅んだらきっと涼しく……」

「馬鹿なこと言ってないで宿取ってきてください兄さん」

「はい」

 

 あつい。あつい。

 

 正直冷やされてもしばらくしたらまたこうなっちまいそうですでにこわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷えた。しっかり頭冷えた。よく冷えた。万全になった。よし。世界が輝いて見える。眩い世界だ、そりゃあかわいい人間たちが住む世界だからな!

 

 にしてもなっさけねえ俺! 有能な仲間たち! 挽回しなくては、情けなくて頼りないやつだと思われたくない。大体あってるが、ほら、いざというときにだな、こいつを前に置いていて大丈夫か? と思われたらやばいだろ。安心安全な壁になれないだろ!

 

 俺は壁。防壁。だからパラディンになりたい。仁王立ちして、幼く愛しい人間たちを傷つける者に指一本触れさせない。そのためには「かばう」では役不足だ。「におうだち」が必要なのだ。人を導けるほどの素晴らしい腕前のパラディン……俺はそんな人物を求めていた。パラディンとして、その教えを仰ぎ、俺もパラディンという名の聖騎士に! なりたいと常々考えていた!

 

 そして、俺は、見つけたのだ。パラディンを。心得がない者に対しても教え導けるほどのパラディンを! 俺はもう見ただけで分かった。多分。暑さで頭がやられてるんじゃあない。鎖帷子に槍に盾。その恰好を見て察せないわけがない! 俺の思い込みじゃないよな? と不安になるような弱気な心は多分暑さで蒸発したし、問題ない!

 

 もう教えを乞うしかないよな! じゃあどうやったら彼女は教えを授けてもらえるか考える。相手はパラディンで、人間で、それで、教えることに意欲的かどうかもわからない。

 

 そうこう考えているうちにもここは城の上だ。室内じゃない。つまり直射日光がえぐい。布で雑に作ったフードがなくては、もう星になっていたかもしれない。元気いっぱいなマティカは少し離れたところで流れる水をぱしゃぱしゃして遊んでいるし、ガトゥーザはどっかいったし、メルティーだけが俺の後ろにいる。

 

 うん、仲間が勢ぞろいしてなくて心細いとかじゃないからな。本当に後悔はしたくない。

 

 普段クールなメルティーは、お茶目さも持ち合わせているのでちらりと見ただけで目をきらきらさせて微笑んだ。なんでも任せてくださいとうやうやしく。俺の立場なんてものはそもそもなかった。仲間たちが頼もしいからな。壁になるくらいしか出来ねえ。

 

 こんなにも頼もしい仲間がいてくれるのに臆している場合か! 天使の度胸だ!

 

「もし、聖騎士の方と、お見受けいたします」

「……なにかしら」

 

 いきなり名乗りもせずに何やっているんだという話だが。

 

 話しかけた瞬間、水場で遊んでたマティカが砲弾のようにすっ飛んできて腰に抱きついてきたのが目立って、パラディンの彼女はそっちに目をひかれている。

 

 ……まぁ、あれだ、マティカはたぶん、甘えたい盛りの年齢だし仕方ない。いつも警戒気味じゃあないか。いわゆる「他人」に。

 

 だがそれも微笑ましい。幼き愛しき人間だから。俺にとってはメルティーとガトゥーザより年下であること以外、「幼い」なんて意味がほぼないことだが。人間はすべからく、幼く、愛しく、守護すべき者たちだからだ。

 

 多少人見知りらしいマティカが猫のように可愛らしい威嚇をしているので、ぽんぽんと背中をたたいて抑える。身のこなし軽やかなバトルマスターは腰をぎゅうと締め上げてくるが苦しくない程度には抑えてくれている。気遣いのできるいい子だからな。

 

 とはいえ、大人なメルティーがさりげなくマティカを引き剥がした。

 

「俺はアーミアスと申します。この通り、旅する戦士です。戦士の身ながら、聖騎士となる事がひとつの目標でありました。そして貴女が私が初めてお会いした聖騎士であります」

「これはご丁寧に。あたしはパスリィ。あなた、パラディンになりたいっていうの?」

「はい。教えを乞い、パラディンとしての悟りを開けるのであれば。俺は戦い、仲間たちを護ることこそを至上として旅をしていますので」

「そう。ひとつだけ、訂正をしておくわ。聖騎士パラディンは博愛の騎士でもある。あなたに博愛の心はあって?

あぁ、いいの、答えなくっても。パラディンになるためにはどちらにせよ精霊を宿さなくてはならないから。あたしにもほら、ラーミーという相棒がいるの。あなたも精霊を宿せばパラディンになれる。

どう? 試す?」

 

 おお、なんて丁寧な!

 

 俺は感動していた。見ず知らずの旅人である俺を導いてくれるなんて! パラディンになるやり方を伝授してくれるなんて、なんて、いい人間なんだ。さすがは博愛の騎士! 俺は博愛とは縁遠い贔屓多めの天使だが、パラディンになるために必要ならば……頑張って身につけるしかないな!

 

 俺が是と返事をする前にパスリィから黄色に光るなにか……おそらく精霊が飛び出した。

 

 すると今度は精霊に親しいガトゥーザが吹っ飛んできたが。武器こそ構えなかったものの、素手で構え、何やら威嚇していた。俺が諌める前にメルティーが杖でぽかりと……ぽかりと、ささやかに、だというのに大胆に、そして盛大に魔力を奪いながら諌めていたので何事も無かったが。

 

「まぁパスリィ。あなたがこころよく道を示すなんて珍しい。そこの……気持ち悪いくらい精霊に愛された精霊使いじゃなくて、戦士の方……に……」

「……ラーミー、どう? 見てみたいでしょう、このひとに宿る精霊を」

「そうね! きっと、きっと……間抜けな精霊が宿るわ。見てみたいわね!」

 

 高飛車な口調の精霊に、あまりに天使信仰に敬虔なあまり俺にまで敬いが止まらないガトゥーザが噛み付いてしまう。俺はおろおろするだけのヘタレで、天使信仰に報いるほどの活躍をしていない事実に胃のあたりがキリキリする。

 

「精霊なら私がもうたくさん見えてますとも、えぇ、ラーミー。珍しく個体名とひとりの主人を認める精霊よ! アーミアスさんに宿る精霊がいるかもしれないなんて! 羨ましい、なんて羨ましい。今から精霊の手を取って、肉体を捨てて、私が宿りましょうか! えぇだめですとも、私はアーミアスさんのお手伝いをするために、崇高なる使命を少しでもお助けするんですからね! 不敬者のあなたには暗黒の精霊をけしかけてやりましょうか! 砂漠のそこかしこに蔓延る火の精霊で丸焼きにしてやりましょうか!

あ痛ああっ! メルティーなにをするんですか!」

「アーミアスさんの邪魔をするんじゃありませんよ!」

 

 多分ガトゥーザの熱に浮かされた目を見るに、この灼熱すぎる暑さのせいだろう。メルティー、それはショック療法なのかしらないが優しく冷やしてやって欲しいな……。鬼気迫る様子に口を挟めない。俺も暑さにぼーっとしている間に話が進んでしまう。

 

「愚兄が大変、大変失礼しました! お二方! ですが……えーっと、パスリィさん? アーミアスさんを侮辱するのは許しませんので! 今のはまだ宿ってもない精霊のことですから罪はありませんが!」

 

 そう言ってメルティーは俺の後ろにガトゥーザを引っ張っていったようだ。

 

 起きたことを気にしていないパスリィは寛大だな。俺も気にしないことにする。ガトゥーザの悲鳴じみた声とともに耳元で聞き慣れない笑い声が聞こえて、俺のフードを風がふっ飛ばそうとするのを抑えつつも。これがガトゥーザが言う精霊なんだろうか。

 

 ばしゃばしゃと暑さに浮かされたガトゥーザはメルティーに水をぶっかけられているようだが、やはり熱中症かなにかで暑いんだろう。しっかり休ませないとな。

 

「……もういいかしら。方法は砂漠の魔物を戦士の十八番、『かばう』で仲間を十回かばうこと。そうすれば博愛の騎士には精霊が宿る。

楽しみにしてるわね、あなたに宿る精霊」

 

 まさしく博愛の騎士は微笑んで、俺は道を示されたことに喜んで、パーティの末っ子が「道」の内容に盛大に顔をしかめていたことには気づかず。

 

 俺は自身の転職以外に理由もないのに魔物と戦うのはいかがなものかと考え込みながら、優しい優しい人間の葛藤に鈍感だったのだ。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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