闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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8話 急先鋒

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 先陣切って魔物に横薙ぎ一閃を加えるアーミアスの姿は俺のようなただの村人ではなく、戦い慣れた様子までもをひしひしと伝えてくる。やつは村でも売ってるような何の変哲もない銅の剣を装備していたが、強者に得物は関係ないと言外に言われているみたいだった。

 

 剣を振るう事に旅芸人が着ていそうなひらひらの服が揺れる。天使の衣装だと思ってみてみればなるほど、重力を感じさせない鳥のような衣装だ。それがこいつの一挙一動でぴらぴら動く。

 

 そういえば朝のあの後、アーミアスが倒れたとか誰かが言っていたような気がするが……。その割には足取りはしっかりしているし、あの大怪我から一週間と少ししか経っていないのにそんな様子は微塵もない。天使といえども流石にあの酷い怪我は治っていないらしいのにも関わらず、だ。

 

 魔物を倒し、ひと段落つく事に膝をついて弔う姿やちらりとこちらを見て怪我を確かめる姿を見ていれば、話そうと思っていても……もはや神々しさに圧倒されて何も言えなくなっている。

 

 こいつは毎回ではないものの、なるべく倒すのを一太刀で終わらせるためか、銅の剣はたいてい魔物共の体を真っ二つにしていて、その度に飛び散る血が早くも灰色の髪を真っ赤に染めていた。甘んじて受け止めているように俺には見えた。受け止めることで生から開放してやるのだと言われているみたいにだ。

 

 血を浴びるなんていう行為。普通、狂気的にも見えるはずなのに、天使の相貌はそれすらも神聖なものに魅せるのは流石としか言いようがないな。剣を振るう姿は断罪にも裁きにも見えるのに……アーミアスの表情は解き放ってやろうとばかりの慈愛にすら取れる。

 

 天使の慈悲を受けた魔物共も死ぬ時はどうも安らかに見えて俺の手で死んだ奴ら……声なき断絶魔の悲鳴をあげて死んだスライムが哀れに見えて仕方がない。あっちの手によってトドメを刺されればせめて浮かばれただろうに、と。

 

 つか……天使だろうが魔物には襲われるみたいだな。というよりも天使だからこそ魔物に襲われるのだろうな。そして浄化してやる、と。明らかに敵意をむきだしにして襲ってくる凄まじい形相のモーモンを切り捨てつつ、……そんなに真摯に弔えるものなのか……天使という奴らは。なんて奴らなんだ。

 

「そんな魔物共倒したらほっときゃいいだろ」

 

 何回目か分からないが、アーミアスがまた死んだモーモンの前で膝をつくのを見かねて言えば、アーミアスはいっそ辛そうにこう、返したのだ。

 

「次の生では共に歩んでいく者達ですよ。見送らなければなりません」

 

 ……天使サマはそもそもの考え方から違うらしいな。そうこうしている間にも魔物共はこっちの都合なんざ考えることなく襲ってきたり、逃げたりだ。ちょっと油断して一撃を食らいそうになればアーミアスが斬り捨てて難を逃れ、アーミアスが代わりにダメージを受け……。

 

 …………。自己犠牲が激しいのか? 天使ってやつは。リッカも起き上がれもしないうちから外で使命を全うしようとしていたとかなんとか言ってたしな……。酷い怪我ではないみたいだが元々怪我をしているせいで茶色の上着にじんわり血が滲んできている。目撃したのをバレないようにさり気なく隠されても、もう遅い。

 

「おいアーミアス。今何隠した」

「……」

「怪我したんだろ、俺のかわりに。……無茶したら俺がリッカに怒られるからそんな事しなくていい」

「……ニード、俺はやりたくてやっているんですよ?」

 

 夜の闇より深く濃い目が俺を咎めるように射抜く。咎めているのは俺の方だというのに、居心地が悪い。ようやっと着いた峠の道内部は魔物が出ないと知っているからか、魔物から逃れるように引っ張りこまれ、目に射止められて逸らすことも出来ない俺にアーミアスは事もなげに言うのだ。

 

 そしてそれで俺が諦めないと見ると溜め息を吐いてシャツを捲りあげ、薬草をぺたりと傷口に貼る。ちらりと治りかけの傷が、なまっ白い腹にも無数にあるのを目の当たりにしながら……連れてきた人選、というか天使選間違えたなと思う。

 

 これなら一人の方が良かったのでは、とも。だがそれはアーミアスが代わりに受けた怪我をすべて自分で負っているということだ。それに耐えられた自信が無い。本当にこいつは……ウォルロ村の守護天使の名前は伊達じゃないな。

 

「……あれ」

 

 俺の視線から逃れるようにふいと気まずそうに顔を逸らしたアーミアス。その視線は木が何かになぎ倒された場所に釘付けになっていた。……不自然な倒れ方をしているが、ただそれだけの場所。何もない。妙な空間だけがそこにある。

 

「おい、どうしたアーミアス?」

「……あそこ、なにか見えませんか」

「木が倒れてるだけだろ」

「そう、ですか」

 

 否定しようがなおもその「何もないところ」に近づいていこうとするアーミアス。その顔に表情は、全くない。それどころか目にも何の感情も浮かんでいない。……天使でも倒れている、わけでもなさそうだな。むしろ操られているみたいで不気味すぎる。

 

 漆黒の中に穏やかな星を宿した目が、虚空を見つめて、釘付けになって。それが、俺たち人間を見ていないのが、どうも苛立って。

 

「何もねぇから、それより土砂崩れはこっちだぜ?」

「……そうですね」

 

 無理やりぐいっと腕を引っ張れはやっとアーミアスはこっちを見た。少し不機嫌そうにも見えるが引いてはくれた、らしい。それでもなおもその場所を見ようとするのにさらに苛立って無理やり引っ張れば、諦めたのか大人しくついてきた。

 

 ……天使にしか見えない何かがあそこにはあるみたいだな。幽霊か? 天使なら死者を見れそうだし。それなら幽霊がいると素直に言いそうだが。

 

 結局真相はわからないが、ともかくアーミアスの興味は目の前の土砂崩れにちゃんと変わったらしい。……俺達で少しはなんとか出来るか、と思ってたんだが……これはどうにもなんねぇな。二人じゃ下手に岩や砂を動かしただけで巻き込まれてもおかしくない。……無駄足だったか。

 

「ちっどうしょうもねぇな」

「難しいですね……」

 

 天使サマとはいえどもどうにもならないらしく、腕を組んで土砂を見つめる。と、その時だ。

 

「……ーい! おーい! そっちに誰かいるのか!」

「お、おう!」

 

 少し向こうから男の声。耳をすませてみれば何人かいるのかセントシュタイン側は騒がしい。

 

「こちらはセントシュタイン兵! この土砂崩れはこちら側で何とかするから、ウォルロ村は心配しなくていいぞ!」

「そうか! 村長に伝えておく!」

「それから、ルイーダという女性がそちらに向かっているようだ! よろしく頼むぞ!」

「おう!」

 

 ……。話、終わっちまったな。兵士が出たとなるとこっちができる事は本当になくなっちまった。名乗ろうと思ったがアーミアスが余計な事は言うなとばかりにこっちを見てやがるから言えもしない。さっさと帰るかとばかりに踵を返したアーミアス。何を思ったか肩を掴んできた。

 

 ルイーダとは誰だ、と考える暇もなく。

 

「もう無為に戦う必要はありませんね。帰りはキメラの翼でいいでしょう。捕まってください」

 

 ……捕まってください、じゃないだろ。言うが早いか翼を放り投げ、青い光に包まれていたんだから。

 

 この後俺は親父にもリッカにもほかの大人にも怒られることになる。峠の道が開通すればわざわざ危険な目にあって聞きにいかなくても分かっただろうとも、あの戦闘でアーミアスが背中の傷が開いていたんだとも。あの時の視線は痛みをこらえていたのか、と少し合点もいった。

 

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