闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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68話 順風満帆

 さて、今度こそマウリヤと落ち着いて話すかとお屋敷に戻ろうとすると、街の入口で出待ちしていた兄妹の両親、と家族……と使用人だろうか。それなりの人数に阻まれた。

 

 目を釣りあげたメルティーが杖を構え、笑顔で、しかし目が笑っていないガトゥーザがそれを手で制した。だが、妖精、というかもはや精霊たちのポルカを発動させつつだ。なんつーかポルカってるのに見えねぇから多分あれは精霊だ。

 

 進行を阻まれたとはいえ、各々の家庭の事情に口を挟む気は無い俺は所在なく引っ込んでいることにする。興味なさげなマティカと一緒に小さくなっているとしよう。できるなら退散した方がいいだろうか?

 

 とりあえず兜は被ったままで。オート天使バレ抑制機能が付いている優れものだから、少なくとも俺が天使であるということで話がこじれることは無いだろう。天使がいるからって話がこじれるとは限らないけどな。

 

 仲裁とか頼まれても出来ねぇし。天使は見えないで守護するものだから何だ、つまり、コミュニケーションには自信が無い。もちろん、俺はリッカたんと話すことをずっと夢見ていたわけだから、並みの天使よりは「人間と話す」ことに自信があるがそれはそれ。

 

 てことで、ちょっとずつさりげなく下がろうとしたが、しかし、回り込まれた。

 

「随分な挨拶ですね」

「丁寧すぎて反吐が出ますよ!」

「メルティー、はしたないですよ」

「そういうガトゥーザはとっくに精霊に『お願い』しているではありませんか」

「えぇもちろん、挨拶には挨拶で返さなければ失礼でしょう?」

「それもそうですね、さすがは兄」

「ええそうでしょうとも。丸焼きは芸術的ですが、お目汚しにも程があるでしょう?」

 

 険悪だな。だがまぁ、「みんな仲良く」なんて言う気は無い。しかし有耶無耶にしたくはないようだし、待ってるか。それとなく離脱するのもありかもしれんが、どうにも。ガッチリ囲まれた。これだとこっそり退散できねぇ。

 

「あのお方を出しなさい、ガトゥーザ。我らが教会の力を高め、いっそう我らの……いえ、神々のその偉大さを世に知らしめるために!」

 

 あー、そういう? 神々の偉大さ……なるほどな? まぁ俺会ったことねぇし逆らえないだけで偉大なる神々よ! とはならねぇんだけどな。んー、まぁ、幼く愛しい人間たちの創造主だからそれなりには信仰しているんじゃねぇかな。誰しも。

 

 はー、ほー、なんだろうか。俺には彼らから信仰心は特に感じられないが。あー、俺の守護してきたウォルロはほかの場所よりも純朴な人間が多いらしい。そう師匠に聞いてきたから「純朴でない」人間はどうなのかはよく知ってはいない。

 

 だがまぁ、幼き人間たちだ。幼いんだから目もくらむ。純粋故に歪んでしまう。人間同士ではたまったもんじゃないだろうが、俺からしたらまぁ別に……守るべきことには変わりねぇし。神への信仰心の有無で護るか護らないかを決めるわけじゃねーし。

 

 俺の偏見によって決まるんだしな。もちろん人間である限り守るつもりだが、全部が届くわけじゃねぇから。一にリッカたん、次に仲間たち、ウォルロ村、宿屋の人たち……優先順位は明確だ。俺がまだ見習いであることはつまりはそういうことなのだ。

 

 しかし「あの方」って誰だ? ガトゥーザという後継者に戻ってきて欲しいんじゃないのか?

 

「悪評高いハウトゥニア、そろそろこの街のみならずほかの所でも知られてきたのではないのですか? 街の教会と断絶してかなり時間が経っているらしいではないですか」

「お黙りなさい、メロイドギーネの娘。あなたがうちの跡取りを誑かさなければもっと素直に差し出したでしょうに!」

「何を言うか、生臭坊主共め! うちのメルティーの神秘を奪ったのはそこの息子だろう、帰ってこい、メルティー」

 

 メルティーの父だろうか、杖を構えたままの娘に強い口調で言う。紫の髪、涼しい目元、良く似ている。呪い師のような服装すらも。実に似ているが、まぁ、うん、そうだな……似てるのに似てないな。

 

 だが、仲間のルーツ見てるの面白いな? 俺たちにはないし、親とか、そういうの。俺が双子で遣わされたりしたら多少は顔も似てるのがいたのかねえ? こんな薄い顔の天使が二人もいなくてよかったとも言えるが。

 

「帰って何をするのです? 私は見つけたのです。目指すべき道を」

「メルティー、父は寂しく思っている。戻ってこい、なぁ、頼むよ」

「生まれた時からあなたの演技を見てきた私が絆されると本気で思ってます?」

「演技だなんて! 早く帰ってこい、そしてあのてん……」

「そこから先を言うのであれば、『本物の魔法』がその顔を焼きますよ、えぇ本気です。私はあなたがたの言う『本物』なのですよ。奇跡的な、本物の魔法使い。

私はもう、自分の魔法を恐れたりしません。むしろ嬉嬉として振るえます。お退きくださいな」

 

 ……えーっと、雇用主として止めた方がいいのか? だがまぁ、家庭内の喧嘩を仲裁する義務はないだろうし……。しかしさすがに怪我をさせるのは問題があるだろう……。

 

 今にも弓を乱射しそうな顔をしているガトゥーザともどもとりあえず回収して、落ち着いて話す時間は後で設ける。これしかないか。今は頭に血が上ってるんだよな。

 

 時間を置いて落ち着いてもらった方が……いいよな? 師匠、これで合ってるのか教えてくれよ。

 

「メルティー、ガトゥーザ、そして皆さん」

「はいっ」

「なんでしょうか!」

「話の腰を折って申し訳ありませんが、一旦、時間を頂けませんか。後ででありましたら、ゆっくりと話せますし、落ち着いた場所にすることも可能ですよ」

「なんて寛大な! ありがとうございます! 是非そう致しましょう、ええもちろん、そうするのが正しいのです! 目的はこの者達との会話ではありませんでしたよね!」

 

 メルティーは立ちっぱなしの上に注目されるのが堪えていたのかすぐに同意してくれた。そして、物言いたげな彼らに至極笑顔で提案した。

 

「後にしましょう!」

 

 もちろん、その、説明もなしにヒートアップしていた面々が受け入れるはずもなかったが、メルティーは止まらない。そういうなんつうか、情熱的なまでに猪突猛進なところに「慣れている」ガトゥーザが後押しするからだ。

 

 「兄」でもあるガトゥーザは暇すぎてその辺にフラフラと歩いていきそうだったマティカの手を兄らしくむんずと掴んで爽やかに言った。

 

 なんだか、顔は全く似てないが兄弟みたいでとても微笑ましい。そういうのに弱いんだ、俺は。

 

「行きましょう、メルティーが押さえ込んでいるうちに。大丈夫です、マウリヤ……いえ、マキナお嬢さんのお屋敷にまで詰めかけては来ません。格上の相手の家にあんな人数で上がり込めるほどの度胸はないですから」

「ちょっと、離してくれよお……」

「では、アーミアスさん。行きましょう」

 

 マキナお嬢さん、と聞いた瞬間彼らは明らかに口ごもった。俺たちの歩みを妨害することなく、道を開けてまでくれた。なんだか力関係がはっきりしているな。そんなものなのか。

 

 まぁ、力関係とかいう話をした場合、愛すべき人間たちよりも俺たち天使の方がよっぽどはっきりしていてなんも言えねぇわ。俺はぺーぺー、師匠は結構強め。

 

 例えば、師匠に剣を向けることができるのは「稽古をつけるために剣を向けることを許す」としてもらわなければならない。だが例えば……誰か上級天使が俺を傷つけたいなら、あの流血事件のように抵抗はできない。

 

 人間のが平和でいいな。圧倒的に。人間になりてぇな。里帰りのごとに大出血とかなったらもう帰らねぇぞ。帰れって言われたらもう喜んで! とか心にもないこと言いながら帰らざるを得ない訳だが。世知辛ぇ。

 

 女神の果実を集め終わったら次の使命を賜る前にとっととボイコットしてぇな……そのためなら天使界から地上へダイブをもう一回してもいい。リッカたんに心配はかけたくねぇけど。

 

 そうだ、一度落ちれば翼と光輪を失った。二度落ちたら天使ってことも失わね? そこまで都合は良くねぇか。

 

 

 

 

 

 静かな屋敷の中に、穏やかな時間が流れていた。かつてのように「お友達」による騒がしさはなく、しかし寂しげな雰囲気でもなく。

 

 マウリヤは屋敷の人間に「マキナは長い旅に出る」と告げて既に人形の姿に戻っていた。マキナの願い通りに、そして、マウリヤの想いの通り、マキナに寄り添って。

 

 もはや人形は喋らず、動かず、俺の手の中に黄金に光る女神の果実が収まる。

 

 ひとりぼっちだった少女の末期の願いを叶えた奇跡そのもの。寄り添う魂なき人形に命を吹き込んだ奇跡。

 

 だが、悲しいことに、人形は人間にはなれなかった。命を吹き込まれて、話せるようになっても、マウリヤの友はマキナだけだった。

 

 マキナはそれを悲しんで、マウリヤに人形に戻り、もう傷つかないようにと願ったのだろう。友はそもそも人ではなく、自分の願いのために傷つくのを悲しむ、優しい少女。

 

 マウリヤの魂が、どうかマキナと寄り添っていますように。あの優しい少女が、友と笑っていられますように。

 

 俺は膝をつき、手を組んで祈り、そして屋敷の中にある人の気配に少し安心する。

 

 マウリヤ、マキナ、二人とも。別にひとりぼっちではなかったのだ。二人を思う人はいる。それが今はもう、慰めになるかはわからないが。

 

 旅に出たマキナを待つ人がいる。いつか真実を知るのだろうが、それは今でなくてもいいだろう。

 

 そして船。マウリヤは言伝を忘れなかった。俺たちは彼女の好意をありがたく甘えることにして……メルティーとガトゥーザはそのまま出発したそうな顔をしたが、俺はあの幼き人間たちに「後にしよう」と言った。

 

 嘘をつく気は無いし、そもそもここで有耶無耶にして出発しても後々めんどくさいだろう。

 

 そう説得するつもりだったが、思わぬ伏兵がいたのだ。

 

 俺は戦士だ。力が強い職業。しかし上には上がいて、つまるところバトルマスターとレンジャー二人がかりに勝てるほどではない。

 

 優しさである。家庭のいざこざに巻き込むのは忍びないという。俺はその説明にとりあえず納得して、マティカと船で待つことになった。

 

 しばらくして、晴れやかな顔をした二人が出発しましょうというものだから、もう少しゆっくりとするつもりだったがその通りにすることにした。何があったのか、どうなったのかは聞かなかった。

 

 僧侶であった時ついぞ型に則って祈るということをしなかったガトゥーザが、慣れきった所作で十時を切り、メルティーは何度か杖を打ち鳴らした。

 

 そして陸がすっかり見えなくなると、嬉しそうに報告してきたのだ。

 

「布教完了です、アーミアスさん!」

 

 おう……愛しき子らよ、一体何を? 

どの閑話が読みたいですか?

  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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