闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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65話 進

 じめじめとした洞窟。全身に苔の生えたおっさんを斬り捨て、祈りをささげたアーミアスさんは薄暗い辺りを見回した。返り血が一つもなくて、戦士になったのももう慣れたのかなと思う。

 

 おれはまだバトルマスターという職業に慣れてないんだけど、さすがだ。そろそろ慣れなきゃいけないのは分かっているんだけど、武闘家になってからも爪を持つ前はずっと素手だったし、素手から爪に慣れるのにもとっても時間がかかったものだから。

 

 たまに、うっかり剣を持ってることを忘れて殴りかかって、刃じゃなくて柄で魔物を攻撃しちゃうことがあるくらい。メルティーがそのたびにちょっと冷たい目で見てくる。ガトゥーザみたいにおれにまったく興味がないあまり気づかなかったらいいのに、気づく程度にはあの(ひと)は優しい。

 

「迷いそうですね……」

「足を取られないように気をつけてください。『マキナお嬢さん』の正体はお話したように人形のマウリヤですから、恐らく人間のように肉体の損傷によって死に至ることは無いはず。視界が悪く、魔物も強いので、ともかく自分の体の安全を第一に行動してください」

「わかったよ! アーミアスさんも、気をつけて!」

「ありがとうございます」

 

 メタルスライム三段重ねのメタルブラザーズがちらちら見えて、思わず駆けだしそうになるのをぐっとこらえた。あんなの見てたらうっかりよだれが出ちゃうよ。

 

 ベクセリアの封印の洞窟でメタルスライムに気を取られたことをちゃんと学習して、今度はそういうことにならないようにしないと……行く手をふさぐ敵だけを倒さないと。アーミアスさんは、魔物だってなるべく死なせたくないと思ってるように見える。

 

 そして、殺したときは、深く祈りを捧げて、その死のもっと向こうが苦しくないようにしてくれる。ねえ天使さま、おれが死ぬときもそうしてほしい。独りぼっちは寂しいから。一人じゃなくて、この天使さまに看取られるなら怖いことはない。

 

 でも、「天使さま」じゃなくて、「アーミアスさん」に看取られると思うと、アーミアスさんに悪いって思うけどね。人の死を、おれよりずっと見てきたのだろうけど、あんまりきれいなものじゃないし。

 

 みんな、死ぬときは……と思ってる。アーミアスさんはおれたちを守ってくれるけど、その恩をきっと返そうと思ってる。おれは口には出さないけど、あのきょうだいは口にまで出しそうな勢いで。でも、でも、口に出したらこんなに優しいアーミアスさんは悲しむと思うんだ。まぬけに、でも、誇りをもって死ぬ間際、穢れのない手をおれの血で真っ赤に染めて、看取りながら悲しそうな顔をしてしまう。

 

 アーミアスさんの間反対で、よく映える鮮血はいいけど、悲しいのは良くないから、そんな日が来ないように、強くなりたいな。

 

 だからさ、アーミアスさんに斬り捨てられた魔物は幸運なんだ。本気でその死を、みじめで汚いはずの死を、悲しく思ってくれる人に殺されるって。そんなことめったにないことだから。

 

 アーミアスさんを傷つけた魔物もある意味じゃ幸運だけど、そこで全部の運を使い果たしたからすぐ死んでほしい。血がパッと飛んだらもう用済みだ。綺麗な綺麗な天使さまをもっともっと魅力的にしたのは認めるけど、それはそれで、ものすごく悪いことであることは間違いなんだし! おれが好きなことと、アーミアスさんが嫌なことは別の事。

 

 おれたちはアーミアスさんのことがいろんな意味で大事だから、怪我してほしくないっていうのも本当の気持ちだ。

 

 そんなおかしくなっていく思考が、一瞬でパッと吹っ飛んだ。銀色の素早い影を見て。

 

 ……あ! 思わず垂れそうになったよだれを飲み込む。見間違えじゃない、本物の銀色の影。ほとんどの旅人が躍起になって倒そうとする、みんな大好きなアイツ。つまり、それはメタルブラザーズ。

 

 あああ、あっちにもメタルブラザーズが! こっちにも一匹! 全部おれたちに気づいて逃げていく! すっごく勿体ない! あいつらを倒したらどんなにすごい経験値がもらえるんだろうね! ちっとも想像がつかないや!

 

 一匹くらいこっちに来てくれないかな! あいつらものすごく臆病だけど、ついうっかりしてたとかでさ!

 

 そんな願いは残念なことにかなうことなく……阻む魔物にちょっと手こずっても、苦戦したっていうほど時間をかけることなく順調に洞窟の奥に進んでいく。次の休みをもらったら、ここにきっときてメタルブラザーズをたくさん倒そうって思ったよ。本当はその場にアーミアスさんもいたら心強いし、最高なんだけどそういうわけにはいかない。ほんとに残念だ。

 

 寂しい夜の、街の裏通りみたいな、こんなに暗いところはアーミアスさんは似合わないんだ。せめて夜でも月が明るい日じゃないと、よく見えないじゃあないか。楽しいことをしていても、その相手に似合わないのは良くないと思う。

 

 あったかい光の中で。やさしい太陽の下で、あるいはきれいな月の下で、手を差し伸べてくれるのがよく似合う。

 

 だけどおれ、多分趣味悪いから綺麗な人の血塗れの姿が好きなんだ。思わず涙が流れるくらい、赤はいい。押されて、転んで、擦りむいた膝から血が流れて、打たれた頬が青と黒まじりになって、おれの天使さまの絵本はいつだって、最初の白いままの姿を思い出せるのに、汚れてしまった。今はもう、なくなってしまった。

 

 良くて似てる。だから、アーミアスさんの灰色の髪も、もともとは白かったんじゃないかな。そうでもなきゃ、あんなに綺麗なはずがないよ。元々灰色だったなら、魅力的なはずがない。

 

 どんなものだって完璧な形なんてありえないんだ、歪み、汚れて、傷ついて。だからああ天使さま。

 

 あなたはきれいなんだ。白い石でできた、「完璧な」天使像よりも、ずっと。

 

 お星さまみたいに、おれたちを見守ってくれる。あのきらきらした目で、シスターよりも優しく、冬の太陽*1よりも温かく。

 

 

 

 

 

 

 なんか寒気したけど気のせいだよな。洞窟はマグマでも流れていない限りうす寒いものだしな。天使は風邪をひかないわけじゃねえけど、随分標高の高いところにあるものだからあんまり寒くて駄目ってこともないはずだ。

 

 ところで。人形マウリヤよりも、俺は仲間を優先した。正確には、程度がどのくらいかわからない魂を宿した人形よりも、そこに生きている人間を優先した。それは俺が人間の健やかな生を護る守護天使だからということであり、贔屓多めの若輩者ということでもあり、手を伸ばせる範囲を守るという事でもある。

 

 言い訳は色々できるがはっきり言って俺の力不足でしかない。

 

 だが今すぐ強くなるのは無理だ。なら、できるだけ慎重かつ急いで進まなくちゃな。

 

 魔物もまあまあ強いし、足元はそれなりに悪いし、少し視界は悪いしな。どれも少しずつだ。だからこそ油断大敵っていうか……ただでさえメタルなあいつらがうろうろしてるんだ、一人完全に気を取られてるっていうか……自覚はしてるみたいだが、剣を握りしめてぷるぷる我慢してるマティカがいる。

 

 我慢してるのは偉いよな。欲望に負けてないところとか、俗に塗れ欲望に流される俺よりよっぽど自制心があるっていうか。いい子過ぎる。

 

 最高にペロいリッカたんを前をしているとき、俺は全く自制できないからな。たまらずリッカたんの前に飛び出していき、何か話すだろうし、そうでなきゃなにか手助けになることをするし、それも我慢できたとしても頭の中でリッカたんぺろ! ぺろぺろ! 大好きリッカたん! ってやりながら心の中のリッカたんアルバムを満たしながら全く集中力もなく……リッカたんについてだけは普段よりも集中しているが……楽しく天使生を謳歌していることだろうよ。

 

 つまり手遅れ。我慢なんて何もかけらもしてないわけだ。マティカは偉いなあ。

 

 随分剣も上手くなってきたしな。俺に善し悪しがわかるのかどうかということについては分かるようになってきた、と言うべきか。

 

 「かばう」を覚えたらもう後は用済みだと言わんばかりに、旅芸人の時から変わらず剣技ばかりを磨いてきたからだ。戦士になりたかったのはそれが目的だったわけだしな。

 

 なんのためにルイーダの酒場で人間を雇ったかって話だ。俺が盾で仲間たちが矛だ。効率的に使命を果たすべく。

 

 その甲斐あってかそれなりに剣だけは使い物になってきたような気がするぜ。師匠に見てもらいたいレベルだ。これなら、目標のパラディンになった時にも得物を変えずに済むだろう。得物を変えたら頭の中がごちゃごちゃになることくらい分かってることだからな。

 

 なにせ、百年くらい使ってきた得物だ。今更ほかの種類に出来るかよ。

 

 洞窟の最深部、と思わしき場所に俺たちは警戒しいしい突入する。マウリヤがいるとしたらもうここしかないのだ。彼女があの人さらいたちから逃れた理由は分かるが、出口と反対方向に向かっていたのは幸運なのか、不幸なのか。まあ、出ようにもあいつらのアジトがある方向よりない方が行きやすかったのだろうが。

 

 どう考えても危険な方向なんだが。

 

 最深部にはやはりマウリヤが立っていて、何もわかっていない顔して、俺たちの方をゆっくりと振り返った。人形だと知ってもなお、あのからくり職人の腕がいいからなのか、人間そっくりの外見で動き、瞬きまでして見せる彼女。

 

 だが、狂暴と言って良い魔物の巣窟でただのお嬢さんが無事なはずはない。人形ゆえに魔物に見向きもされなかったのか、人形ゆえに人間よりも身体能力が良く、かいくぐってこれたのか、真偽は分からないが、とにかく悪く言うならば「異様」なのだった。

 

 俺だったらとっくにズタボロだろうし。こんな可憐な姿のお嬢さんより弱っちいということになるが。天使って案外頼りないもんだぜ。

*1
帰る家のないマティカにとって冬の太陽は命綱

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