マキナお嬢さんについての進展があったとかで、マティカ少年が街の中を駆けずり回って私たちを集めてくれました。急いでメルティーと共にお屋敷に向かい、アーミアスさんの位置を精霊に知らせてもらうと、どうやら、奥にあるお墓にいらっしゃるようでした。
屋敷の主以外はいないはずのこの屋敷。そしてお墓。つまり、この先にはあのマキナお嬢さんか、幽霊しかいないでしょう。
アーミアスさんは天使様ですから、霊魂と話すことも当然できます。妖精と話すこともなさります。人ならざる守護者は、同じく人ならざる彼らの力を借りつつ、使命をまっとうされているのです。
その邪魔をしないようにそっと、私には虚空にしか見えない場所を見上げているアーミアスさんに近づきました。私には小さな少女の形に見えました。いえ、私に幽霊は見えないのですがね。
えぇ、精霊と霊魂は別ですから、全くの「虚空」に見えます。なにかいることは分かるのですがね。それは空中に無数に漂う精霊がちょうど人のかたちにぽっかりと不在であるからわかるのです。
見えないことで見えているようなものですね。幼い頃、人のかたちをした虚空が恐ろしかったのですが……もしかしたら、その中のいくらかは天使様だったのかもしれませんね。
とはいえ、アーミアスさんよりも素晴らしく慈悲に溢れ、美しく、気高く、位の高い天使様なんてこの世にいらっしゃらないに違いないのですから、天使様を見逃していたにしても取るに足らないことです。
アーミアスさんにとっての、上の「立場の」天使様はいらっしゃることが既にわかっていますが、たとえ立場があるからといって、空の彼方におわし、悪く言えばふんぞり返って自らは手を下さない存在がいくら偉いとしてもなんだというのでしょうね。
神を信仰しているとうそぶき、その権威として立つ存在が私欲に肥え太っているように。下々のことに見向きもせず、良い暮らしをし……それでも名君ならば問題ありませんが、遊びに明け暮れるような暴君も、聖職者を騙る豚どもも。
すべて人間ではありますから、アーミアスさんは心を砕いてしまうでしょう。分け隔てなく人を愛してくださる、そんな大きな慈悲、善行が表れたお姿に惹かれた身ではありますが。
日々、与えられるものを享受するだけの者にまで救いの手を差し伸べるだなんて、どう考えてもアーミアスさんにとって不必要な慈愛。
先回りして片付けたく思います。私怨にすぎませんけどね。
……それができたら、苦労はないのですけどね。精霊の力を悪用したならば、あるいは、とも。いえ、まずはアーミアスさんの使命のお手伝いからですが!
麗しき天使様、ああ私の道しるべ! 私を、どうかお導きを! なんだってお申しつけくださったらよいのに! ええ、どんなことでも! 欲を言うならば、翼をもがれた天使様の、その美しく白い御見足がお疲れになった時! 使え慣れぬ足を! 私を下敷きにすることで! 少しでも癒されるとか! そういうことはございませんか?
例えばその華奢な指で、一つ必要のないものをお示しになるのならば! 私はそれを消すのに! どんな手段を使っても!
ああ、私になんなりと命令してくださればよいのに!
ですが、私とて心知らぬ人間ではありません。
人の心を理解しようとしない豚どもとは違うのです。お優しく、慈悲深く、いつでも正しい我らがアーミアスさんは、過激なことを好まれないに違いない。平和で愛しいなんということのない、そしてかけがえのない生活を大切にしてくださる。不和を好まれない。ですから、強硬策はイコール不和であることですので、決して私は進言いたしませんし、そう望まれる日がこないことも、もちろん弁えております。
アーミアスさんの目が届かない場所でこっそりと、麗しのお方の邪魔者を静かに消し去ることぐらいは「致し方なし」ですがね。妹も、少年も、賛同してくださるはず。……アーミアスさんと同じく、純真で潔白そうな少年はどうでしょうか、それは少し、分かりかねますが。
アーミアスさんほどではありませんが、彼のことはよくわかりません。あまり興味もないのですが。とりあえずは、私の味方でなくとも、メルティーの味方でなくとも、アーミアスさんの味方であればよいのですから、どうでもいいことかもしれません。
野良猫のようにしなやかに戦い、そして猛犬のようにアーミアスさんをお守りしてくれるならば私が少々噛まれるくらいは問題ないのですから。
「……あなたのお友達を、きっと、人さらいの手から助けましょう」
不思議な緑の光を宿したアーミアスさんの瞳が、「少女」へ向けて優しく微笑まれました。そして、こちらに振り返られました。
まだ、まだ、アーミアスさんのお顔が何者にも遮られずに拝めることに慣れていない私はその麗しき天使様の美貌に心臓を撃ち抜かれましたが、問題ありません。本望です。
口から潰れたカエルのような声が漏れたのは失態ですが、幸いにも誰一人気にかけなかったようです。特にメルティーの目は、雄弁にもアーミアスさんの前でそのような失態を演じるとは修行が足りないとこおりのやいばで突き刺してくるようです。
「皆さんには目的地に向かいがてら、情報を共有しますね」
少し緊張したような面持ちで、アーミアスさんは足早に街から出ていくようでした。
やべーわ、女神の果実のパワー舐めてたわ。
てかよ、俺って人間の可能性を無限だと思ってるピュア天使なんでな? ……ピュアはないか。人間はなんにでもなれるし、俺たちと違って未来を繋ぐこともできるし、どんな魔にも、どんな
これまでの女神の果実の被害者……ダーマの大神官も、ツォのオリガのお父さんも人間、もしくは人間だった存在だし、ビタリの石像は言うてもマトモな自我なんて無かったろ。対話できるほどの知能はない。
だがどうだ、魂のなかった綿人形に、魂が、そして命が宿っただけでなく、あんなにはっきりした自我を持ち合わせてるんだぜ? もう神の所業としか言いようがねぇわ。いや、神の所業なんだが。女「神」の果実だしな。
ま、人形を作ったからくり職人のおっさんからしたらこらまで作り上げたもの全てに魂も命も宿っているという気持ちかもしれねぇけどよ。
それが事実かそうでないかはともかく、これまで魔法のかかった物以外と喋ったことは今までないからな、とりあえず無いものとして扱うとしてだな。カマエル?
……あー。とりあえず、そうであれと作られたわけでもない物に魂が生まれ、そこで息づいているってことだ。
やっべ、女神の果実を一つでいいから拝借、つか着服したら俺人間になれるんじゃね? 余裕だろ、むしろ。俺には……まぁ、石ころよりはマトモな魂と、紙切れよりは人間らしい肉体がある。
それで人間になれるのなら、理で縛られる前に食って願うことが出来るなら、俺は……。
まぁよ、人間ってのは天使よりは儚く、天使よりよっぽど素晴らしく生きているもんだ。まがい物の生き物である俺が使命を果たす前に任務放棄してだな、人間たちに危険が及ぶものを回収する前に私欲にうつつを抜かしてだな、そんでそんな不誠実な野郎は働き者で誠実なリッカたんにフラれるに違いないわけだ。
まがい物はどこまで行ってもまがい物、それなら天使として見守ってた方がマシだったと悔やみ苦しみながら星にもなれず、赦されることもなくたった一人で死んでいく。俺たち天使にとって、星にもなれずに死ぬということは喪失だ。俺たちは輪廻に入れない。
俺たちに来世はない。俺たちは……赦されなければ、嗚呼、四肢をずたずたに引き裂かれたほうがましだろう。犬の餌になった方が余程死に甲斐があるってもんだ。
わりとひでぇ末路だぜ。そうなるくらいなら、天使として大して飯を食わずとも、眠らずとも生きていける肉体を駆使して人間を一人でも、うっかりミスで死ぬまで救い続けた方がよほどいいってもんだろ。どんな極悪人だろうと、俺たちとは違う輝ける魂を持つ存在を一人救って消えていくことこそ本望。
はー、希望はあるが叶わねぇな。どうせ女神の果実を必死に揃えても一言労われて終いだしな。褒美なんてねぇよ、天使は無償労働だ。一応の対価は……いつか赦され、星星となるか、神の国で安らぎを得るか。どっちでもいいか。どんだけ働きたくねえんだ。生きていることを罰ゲームだと思ってねえ?
もがき、苦しみ、輝いて、繋ぎ、未来へ歩んでいく人間たちを影ながら護ることを素晴らしいと心底思っているならまた意見も違わねえ?
俺は天使的に救済されるなんて真っ平御免だが、天使的にはハッピーエンドだな。俺もきっとそうなるんだろう。星になった天使は見守ることか瞬くことしか出来なくなるだろ。なったことないから分からないが。
それってもう、生き地獄じゃね? 死んでるけど。そこに救いたい幼き者がいるのに見てるだけとかもう死にきれねぇで降ってくるレベル。俺隕石になるわ。流れ星となって燃え尽きて、少しでも目を楽しませた方がいいわ。
急募、上司にバレず、不誠実にならず、人間になる方法! 翼と輪っかはセルフで取り除いておいたぜ! 背中のズタズタっぷりは目も当てられねぇけど服脱がないから大丈夫だ! 鏡で見たらもうあれだな、俺の背中は荒地だったわ。
てかよ、あの落下で顔と手が割と無事なのが納得いかねぇ。この顔だぜ? 少し傷でもあった方がワイルドでちっとはカッコよくね?
さて。
どこか間の抜けた誘拐犯どものアジトに堂々と入り、なんともひょうきんな言葉で歓迎されたわけだが。もうすでに気が抜けてこいつらへの怒りはどっかに行っちまった。
おー、おー、極悪人と言うには随分間の抜けた対応で。俺が悪人だったらどうしてたんだ? 強盗だったら危険だろ、もう少し用心しろよな。
ま、なんつーか、話の流れでマウリヤは無事だってわかったしいいか。だが彼女はアクティブで、とっとと逃げたみたいだが。人間ではない彼女が、マキナお嬢さんのために人間のフリをしていたからって本性がなかなか変わるはずもなく。
本物のお嬢さんなら逃げたりできねぇんだが、それは分からないのだろうよ。俺だってまだ翼があるような心地ですっ転んだりするからな。階段を越えようと翼を開いたつもりでなんもなかったりな。
魔物の巣窟に向かっていっちまったのは面倒なことだが、ま、彼女は人形だ。少々の衝撃じゃ死なないだろう。俺の大事な仲間たちに負担がない程度に救出に行くかね。
なぁマティカさんよ。メタルブラザーズを追いかけ回してる場合じゃねぇぞ。ガトゥーザもセミ取り少年みたいな顔しやがって。落ち着きのあるメルティーを見習えよ、なぁ?
あー、信仰心が暴走したメルティーが拝み始めた。どこかに俺の事をそれなりに雑に扱ってくれる人材はいないのか?
……そうか、サンディか。お前だけだよ……。
イラスト作成 ホシの子メーカー
イラストの著作権はホシの子メーカーの作者れぬ/Lenuさんにあります。
れぬ/LenuさんのTwitterID→@caphricina02
未加工、作者の名前とTwitterIDの記載をもってのハーメルンでの挿絵使用は問題ないと確認をとりました。
なお、原作ゲームならびに闊歩するは天使本編と完全に合致しているわけではありません。また、イメージと異なりましたら、こちらの画像はイメージ画像としての挿絵であるためイメージと違う! というのもまた正解です。
【挿絵表示】
星星の光に照らされて、銀光を帯び煌めく髪こそ星屑のように。
今は無き、頭(かぶり)に戴かれた光輪が、きらりきらりと月の光で蘇ったかのように幻視する。
麗しき君、守護天使。目を閉じて、今はもう感じられぬ星のオーラはここにいるのだろうかと手をかざす。愛しき人間たちが、我ら天使へと感謝した時に生まれるそのオーラ。
人のように大地を闊歩するようになった天使は、懐かしさから少し微笑んだかのように見えた。
だがその心のうちは、もう天使としての機能が欠けている自分に対しての歓喜によるものだったのだ。あぁ、もう、俺は天使としては未完成なのだ、と。
人とともに歩みたかった。時間から切り離されず、愛しき人々とともに老い、朽ちたかった。
誰よりも人を愛した天使は、己の欠如を喜ぶのだ。人に少しでも近づきたかった天使は、天使の身のまま仮初の堕天に歓喜する。
……ところでよ、夜の散歩に出かけようとする俺に気づいたリッカたん、すっげぇ可愛かったんだぜ? 今日は月が綺麗だものね、行ってらっしゃいってな。それも笑顔だぜ? ぺろ! 最高! 大好き! 可愛いぜ! リッカたんこそ天使!
そのあとしかも、こう付け足したんだ。アーミアスはいつも私たちを守ってくれるくらい強いけど、やっぱり夜は危ないから気をつけてってな!
あーもう! 健気! 俺なんてもうそのへんで寝っ転がっても風邪なんか引かない程度には丈夫なんだぜ? 飯だってそこまで食わなくていい外道なんだぜ? 輪廻から外れているという意味で!
なのに俺の心配! リッカたん優しい! ぺろぺろ! リッカたんぺろ!
俺って幸せ者だな! リッカたんの星のオーラだけなら見えるままがよかったな! 女神様よ、何とかならないのか?
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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