闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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63話 山雨風楼

 顔を見られたならば、顔を隠し、服装をちょっと変えて他人のふりをして別行動をすれば良い。そう兄妹は結論を出し、俺たちはそれに賛成した。

 

 俺は単独で情報を探し、顔を見られたマティカも単独行動、どうせ何をしても親にはバレると判断した二人は一緒にいることにしたようだ。

 

 マティカが顔を隠すのかそうしないのかは個人の裁量だとして。金髪はありふれているし、そんなに目立つ顔立ちではないから大丈夫だとは思うが、顔を見ただけで勘違いするショタコン夫人がいる街だし、十分気を付けてほしいものだ。腕は立つことだし、武器も持っているし、そこまで過保護になるのはおかしいか。

 

 船がなければこの大陸から動けず、女神の果実探索が出来なくなるってわけだから、なにかあのマキナお嬢さんの情報がないかをおのおので探すということで決まりだ。少なくとも、もう一度話を聞いてもらわなくては。その上でダメだっていうならもう他の方法を探すしかないが。

 

 例えば……天の箱舟をどうにかして移動に使えないか、とかな。

 

 さて、まだまともに街を散策していないからな。栄えた街をいろいろ見るのはそれだけで面白いもんだ。それに俺はだいたい人間の営みを空から見てきたから、最初から足で回るのはなかなか新鮮でいいな。花の溢れる整えられた街並みは美しく、道行く人々もだいたい幸せそうな顔をしている。

 

 飢えが見るからに目につくってこともなく。いい街だ。だがそれは、誰かにとってはそうではない。メルティーとガトゥーザはこの街を飛び出したいほど息苦しかったらしい。人の営みは天使のそれと比べ物にならないほど複雑で、繊細だからだ。

 

 俺は人間じゃない。だから理解しきることは難しい。だが目を開いて、見ようとすることは出来る。町を静かに歩きながら、少し困った人に手を差し伸べることが出来る。こっそりと助けるのではなく、実体を持ち人の形をした者として。

 

 てくてく歩きながら、道行く人々にマキナお嬢さんについての話をいろいろ聞くことにした。そしてそれはいつもの聞き込みと違って、俺を人間扱いした返答で、うれしかった。

 

 見るからに旅の者といった服装ではフルフェイスの兜もそこまで目立たないらしい。天使だとはわからないらしい。いつもより視線を感じないのはなんて快適なんだ。……つまり、いつもはオート天使バレが起き続けているってことだよな? 天使に生まれついたのは、俺にとっては罰ゲームか何かか?

 

 まあ、それはそれ。本当に百三十年前の人間ならリッカたんに出会うことなくくたばっていたに違いないから結果オーライ。

 

 リッカたんに出会えた天使生は、どんな偉大な天使生よりも最高なんだぜ?

 

 あぁ、人間扱いとはこんな素晴らしいものだったのか。誰かとすれ違ってもすれ違いっぱなし。いきなり謎の感動をされることもない。話しかけても普通に素朴な返事がある。俺、普通の人間になりたかったんだ。擬似的な、勘違いだとしても、俺は。

 

 分析するとだな、首から上のどこからか、天使だと分かるような要素があるってことになるな。なんか目とか耳から変なガスでも出てるのかね? 天使成分的な。誰もいないところで意図的になんとかして、出尽くしたら枯渇しねぇかな。

 

「ちょっとすみません」

 

 さて、マキナお嬢さんについては、あの大きなお屋敷に一人で住んでいるってことと、友だちならば欲しがるものが高価なものでも贈りまくっているってことぐらいしかまだわからねえ。他にもっと有力な情報はないものか。旅人に聞いても仕方がないから、店の人や明らかな普段着の人間などを選んで声をかける。

 

「旅の人かい、ようこそサンマロウへ。何か困ったことでもあったのかな?」

 

 さっきから割と子どもに近い扱いを受けている。いやまあ、マティカの受けている若い旅人扱いというのはこんなものだろうが。……俺の方が少し、背が高いのだが、似たようなものなのだろうか。

 

 まぁ人間には重要だろう、三十や四十の年齢差なんて俺にとってはあんまり変わったもんじゃねぇし、そんなものか。オムイ様にとっては瞬きみたいなものだしな。

 

「困ったことというほどではないのですが、お屋敷のマキナお嬢さんについて少し、気になっておりまして。その、最近になって、いきなり友人に贈り物をするようになったとか。彼女の過去の知り合いをご存じないですか?」

 

 この言い方だと俺も彼女の恩恵に与りたいようだが、船を借りたいというのはまさにその通りだからな、隠し立てはしない。

 

「おやおや、うわさは旅の人にまで及んでいるのかね。あそこのお嬢さんはね、両親を亡くしてからやっと病弱だった体質が改善されて、それでお友達が欲しくなったらしくてね。いろいろと物で人を寄せているんだよ。

寄ってくる人間の全員が全員、悪人というわけではないだろうけど、みんなお嬢さんより物目当てらしくってね。最近は花よりも観光の目玉かもしれないよ。だから……まぁ、欲を出しすぎない程度には行くのもいいんじゃないかねぇ。お嬢さんは喜んでいるみたいだし。

そうそう、昔からの知り合い、もとい使用人はみんな気に入らないって首を切っちまったそうだねえ……マキナお嬢さんの昔を知るのは……からくり職人くらいかねえ」

「からくり職人、ですか?」

 

 饒舌な花屋のおばさんは、お屋敷の方を向き、屋敷の前で右往左往する人間たちを見て頷きながら、まさに他人事といった様子で言葉を続けた。

 

「マキナお嬢さんは、ずっと遊び相手だったお人形を作ってくれた職人のことを気に入っていて、いまもたびたびやり取りがあるとか……詳しくは知らないけどね」

「いえ、ありがとうございます」

 

 彼女自身はマキナお嬢さんに擦り寄る人間になるつもりはないが、彼女がいることで街に人が寄せられるなら自分の収益にもなるからそれなりに歓迎してるって感じか。

 

 だから彼女について聞いてもなんとも思わない、と。

 

 まぁそうだよな、それが普通の人間だよな。いっそ愛おしい。

 

 さて、そっちでまた情報収集するか。からくり職人の家はまあ、地図でも見ればわかるだろ。

 

 

 

 

 

 

 マキナお嬢さんの癇癪を伝えた旅の少年は、他者からの視線を拒絶するように顔を覆う兜をかぶっていたが、決して人を拒むような様子はなく、声色も物腰もやわらかで、たいそうお人よしに見えた。声変わり前の高い声で、俺と自称していなければ性別も分からないような若い子だった。

 

 屋敷へ向かいながら、勇ましくも剣を帯びた小柄な背中を眺める。マキナお嬢さんよりはいくらか年下だろうか。

 

「お嬢さんはどんな方なのですか? まともに話す前に追い出されてしまったので……」

「優しい子だよ。病弱だったころ、外で遊べなかったお嬢さんにお嬢さんそっくりの人形を作ったことを大層喜んで、今でも私を屋敷に招いてくれる。その時は気難しいことまでは知らなかったがね」

 

 何故かひどく驚いた少年は、足元の小さな段差に引っかかり、たたらを踏んだがなんとか転ばずに済んだ。

 

「おや、大丈夫かい」

「はい、大丈夫です、すみません。あの、つかぬ事をお伺いしますが、お嬢さんが黄金の果実を食べたとかいう話を聞いたりはしませんでしたか?」

「黄金の果実……いや、知らない。もしかしたら、彼女をなんとか健康体にするために取り寄せたものの中にあったのかもしれないがね」

「そう、ですか」

「それを探しているのかね?」

「ええ。それが俺の旅の目的なのです。あんなに大きなお屋敷のお嬢さんなら見たことがあるかと思いまして……」

 

 少年は言葉を切った。屋敷についたからだろう。

 

 一応、突然の来訪にお嬢さんを驚かせないように声をかけつつ、部屋へ向かっていく。広い屋敷だというのに人気がなくがらんと寂しい様子は、彼女の両親がご存命だった時とは全く違う。

 

 彼女の部屋の応接間には誰もいなかった。部屋に閉じこもっているのだろうか。なんとはなしに部屋のドアに触れると開いているようだった。

 

 立ち去ることもできるのに、未だお嬢さんを心配してそこにいる少年は、どこか不安そうに人気のない屋敷を見回していた。

 

「どうしたのかね」

「いえ、本当に使用人がいないと思いまして」

「そうだね、こんなに広い屋敷なのにどうやってお嬢さんは維持しているのやら」

 

 扉をノックしても返事はない。話し声や足音は聞こえるだろうに。かつて彼女は病弱だった。もしかしたら倒れているかもしれない。

 

 そう思ったのは私だけではなかった。顔は見えなかったが、少年の兜の奥に瞬く黒い瞳はことさら不安そうに揺れていた。

 

「マキナお嬢さん! 失礼しますよ!」

 

 少女らしい飾り付けの部屋には、主の姿はなく、もぬけの殻で。狼狽えていると少年が何やらベッドから手紙を見つけて、そしてその中身を兜からのぞく目で素早くいくらか追うと、手紙はくしゃりと握りつぶされた。

 

 思わず少年を見ると、慌てているようだった。そうするつもりはなかったようだ。

 

「あ、あぁ、失礼しました。内容が、あまりにもひどかったもので」

「貸してみなさい」

 

 少年は慌てて手紙のシワを伸ばし、私に差し出した。

 

「はい。……これは、事件ですね」

 

 少年の言う通り、そこに書かれていたのはマキナお嬢さんを誘拐したことと、身代金の要求だった。

 

 正義感の強そうな少年は、怒りに震える指で他になにか賊の痕跡が残っていないか、と調べるようにベッドのシーツをひっくり返したが、他には何も残っていなかった。




山雨来たらんと欲して風楼に満つ
類語 嵐の前の静けさ

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