闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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62話 偽友人

 カラコタから川を越え、野を越え。翼があったらひとっ飛びの距離だが、二本の足で進むには結構遠い。だが大地を踏みしめるというのは飛ぶより余程いいと俺は思うがな。見下ろすのは性にあわねぇ、それだけのことだ。

 

 花の咲き乱れる野をまた越えて、段々とはっきりしてくる道を歩き、美しく完成された街並みに俺たちは辿り着いた。

 

 レンガできちんと舗装されたサンマロウ。セントシュタインもそうだったが、なかなか栄えたところらしい。さて、どうせここの守護天使も職務放棄してるだろうが。なにか起きていないか調べるのが先決だ。

 

 俺たちが人間たちを見守り、護ってきたのは星のオーラを集めるのが目的だとしても、俺より年上の天使たちは俺より長いこと人間たちを見守っているんだから……少しは情がわかないものなのかね? 

 

 ま、もしかすると、地上に落ちてしまった天使の区分かもしれないからこれ以上考えるのはよすか。だがセントシュタイン、あそこは違うからな。リッカたんになにかあったらどうするんだよ!

 

 てか俺もウォルロから出てるし! オムイ様の命令だからって、俺は何より前にウォルロ村の守護天使のはずなんだがな! 

 

 あぁ分裂したい、三つに。ウォルロに一人、旅するのが一人、リッカたんのところに一人。そうすればやりたいこと全部やれるはず。

 

 ……駄目だ、俺のことだからリッカたんのところに行ける幸せな俺を取り合うために血みどろの争いをするに違いねぇ。

 

「アーミアス、ねえちょっと」

「なんでしょう?」

 

 呼ばれて振り返る。その先にはサンディがいるが、傍目からみると誰もいないので露店のオバチャンが首をかしげた。

 

 ……気を使った方がいいんだろうが、恐らく周りにばれない程度に頷くだけでもサンディは気にしないのだろうが、振り向いちまったものはしょうがない。

 

 というかそろそろ俺はいろいろと諦めてきた。だからか、気が抜けた。誰が呼んだか気にする前に振り返って、これだ。

 

 よく考えれば、サンマロウではオート天使バレしないかもしれない。輪っかを失ってそろそろ久しいと言ってもいいんじゃないか? なら、天使の力も薄れてね? いけるかもしれない。それなら諦めるべきではない。

 

 「天使様」じゃリッカたんに意識されないだろ! 信心深いリッカたんにとっては特にそうだろ! だからまずは普通の男にならないと……。

 

 よし、全力で不審にならないようにしよう。

 

 と、決意したところ、デキるメルティーがガトゥーザを引っ張ってきて適当な位置に配置する。これではばかることないですよ! と言わんばかりに目をキラキラさせて。

 

 一方、使われたガトゥーザは故郷にいるのが相当嫌らしく、されるがままな上に目が死んでいる。

 

 続いてマティカが俺の前に立って、人間たちには見えないサンディとの会話をさりげなく隠そうとしてくれたが……残念ながら背が足りずに隠れていない。

 

 メキメキ伸びる年齢でたくさん食べてたくさん寝て、たくさん運動しときゃきっと師匠くらいにでかくなれるさ、気にすんなよ。

 

 これだから人間はかわいいな、と頬が緩んだ。

 

「ココに女神の果実があってもなくてもさ、これ以上どこにも行けなくね? ほかの大陸に行く手段を見つけないといけなくね?」

「確かに……船などがあれば良いのですが、定期便などはあるのでしょうか?」

「アタシよりそこの二人に聞けば?」

「そうですね」

 

 メルティーが船、と聞いて顔を上げた。

 

「船をお探しですか? 定期便はありませんし……確か、お屋敷の人なら所有していたはずですが」

「お屋敷とは?」

「ここで一番大きなお屋敷のことですよ。そこのマキナお嬢さんとは同世代で……まぁ、会ったことはないのですけれど」

「なるほど、そこの方が船を所有されていると」

 

 まぁ、カルパドだろうとエルシオンだろうとグビアナだろうと、果実が全部集まらないなら行くことには変わりないだろう。となると、定期便がそのうちのどれかを繋いでいない限り、船を出してもらっても一時しのぎにしかならないわけだが。

 

 聞くだけでも聞いてみるか。対価がどうなるかわからないが……はて。一番大きいお屋敷、か。少なくとも裕福な家庭で育っただろうメルティーがそう言うのか。

 

 俺にとって金銭は大した価値がないが、たくさん必要となると用意するのにどれだけかかることやら。それとも、求められるのは労働か? はたまた、なにかを持ってこい、とか?

 

 人間たちを人間たちの基準では長らく見てきたが、見てきただけだ。取引じみたことはしたことがないからなぁ。どうなるのかまったく検討がつきやしねぇ。

 

 てか船って家と同じでひと財産じゃね? そんなの借りられるのかね。

 

 アテもなにもないわけだから、はてさてメルティーの案内通りに行くしかない。ヒソヒソと死んだ目のガトゥーザと元気なメルティーについて噂されているような気もするが、こっちはこっちで俺が関与していいのかどうか。

 

 どちらかといえば繊細なガトゥーザは、耐えるためにかメルティーに手を引かれているが、そこに関しては誰にもなにも言われていないので平常運転のようだが。

 

 仲がいいのは良いことだ。ブツブツとなにか唱えているのが正直怖いが。

 

 無邪気なマティカが綺麗な街並みを見てワクワクしているのを微笑ましく見守ることに注力していいか? いやいや、幼く苦悩する人間たちから目を逸らそうなんてそんな。

 

 ただちょっと個性が強いだけだからな。

 

 ちょっと耳を傾けると、ガトゥーザは延々と闇の精霊に祈りを捧げていたので聞くのをやめた。俺は何も聞いていない。

 

 事情としては家が……えーっと、聖職者だがあまり清らかではないってことだったか? 安心しろ、天使だって清らかじゃねぇだろ。特に俺。俗の塊。贔屓まみれで私欲丸出し。

 

 リッカたんをペロペロするのも天使らしくないところのあらわれみたいなものだろ?

 

 神が直々に遣わせたもうた天使が職務放棄してるんだ、短い生の幼き人間たちが道を誤るのはそこまでおかしなことじゃない。そんな中、行き過ぎだが、敬虔なガトゥーザは俺なんかよりずっと徳を積んでる。

 

 俺はそう思うがなぁ。

 

 

 

 

 

 マキナさんというお嬢さんのところに行き、船の話をした途端くれるというものだからビックリしちまった。だが次の瞬間には追い出されたわけだが。

 

 流石に心当たりがない。

 

 メルティーとガトゥーザは彼女と付き合いがなく、セントシュタイン出身のマティカも同様。俺も当然初対面で、顔見て出ていけと。

 

 あの勢いで俺の顔があまりにもイケメンからは程遠かったからってことはないだろう。なんだったんだ?

 

 同じく追い出された人たちからいくらか恨み言も言われたが、ともあれ。威嚇する兄妹をとどめるのに必死だった。いや、一番困ったのはほぼ唸ってるマティカを止めることだが。

 

 あのお嬢さんはいつからか病弱だったのがすっかり治ってからたくさんの街の人たちを呼び込み、友達になってくれた相手に贈り物をしてくれるとか。

 

 その一環で、船をくれってつもりでメルティーが言った時は目を剥くかと思ったが、とにかく船を譲ることに不満はないらしい。別の何かが逆鱗に触れたようだが。

 

 謎だが、それより屋敷で自分の親を見かけた兄妹の心も心配だ。まぁ、あれだ、完全に全員ってわけでもないだろうが結構な割合で贈り物目当てに甘い言葉を囁いているヤツらの多いこと。

 

 純真な二人にはなかなか辛かったろう。

 

 実際、追い出された二人の親はこっちへ一直線に向かってきているのが見える。また一悶着か? やれやれ、文句を言うなら俺に言えよな、ここに連れて来た雇い主だし。

 

 さて、父親は帰ったらしいが来たのは母親たちか。二人ともそれなりに似ている。二人の仲が良いように母親同士の仲もそれなりにいいのかもしれないな。

 

 二人の共通点は豪華な格好ってことか。まぁ着たいもの着たらいいんだが。

 

「メルティー、帰っていたなら言いなさい!」

「ガトゥーザ、探していたんだから!」

「ただいま帰りました、お母様。では失礼します」

「化粧も服装も聖職者とは思えないですね、無知とは恐ろしい。不敬です。では失礼します」

 

 ぐるぐる獣のように唸っているマティカが俺の手を引っ張る。人間性を取り戻してくれ。

 

「許しませんよ、貴女は世継ぎ、それもとびっきりの。もう充分遊んだでしょう、さっさと役目を果たしなさい。それに何です? その連れは。狂犬みたいな少年と……あら」

「あら」

 

 突然怒気が吹っ飛んだらしいマダム二人は釣り上げていた眉を不意に緩ませた。

 

 反対にガトゥーザが見るからに突沸し、メルティーは真っ白な顔色でふるふると震え出す。怒っているガトゥーザはともかく、メルティーの体調はどうかしたのか? 会いたくない親にあってふらっと来たのだろうか。

 

「メルティー、如何されましたか? 顔色が……」

「あらあらまぁまぁ、可愛い子を連れているのね。見つけてきたのかしら、運命の人を。貴女は昔から類希なる才能を持っているものね」

 

 可愛い子。おい、メルティーをショタコン扱いするなよ。それに確かにマティカは可愛いが、可愛いなんて言われたら傷つくお年頃だ。

 

 二人の関係は俺から見ても清く正しい仲間だ。それ以上でもそれ以下でもなく、ちょっとガトゥーザより懐いてるかどうかってものだ。

 

「あら、占いのメロイドギーネ家があの方の正体を見破れないなんて落ちぶれたものね。私どものような脈々と続くハウトゥニア家にははっきりと分かります。あのお方が人間ごときに懸想するなんてありえません」

「……まぁ、その点は認めても良いでしょう。ともかく、メルティー、お手柄ですね」

「ガトゥーザ。我らがハウトゥニアにさらなる栄光をもたらすその心意気を認めましょう。天使様をお連れしたのですね」

 

 ん?

 

 またオート天使バレしてね?

 

 俺が首をかしげた瞬間、マティカが俺に突進した。そして勢いそのまま俺を浮かせてどこかへ向かって走る、走る。

 

 俺の思考が追いつく前に街の外まで連れ出され、着いてきていたメルティーがマティカをベタ褒めするまで全く状況が読み込めなかった。ガトゥーザが珍しくマティカの頭を撫でてちょっと嫌がられているのが微笑ましい。

 

 なるほど。逃げたのか。それを理解してから二人の親からあぁして逃げるべきだと察することが出来なかったことを詫びた。あぁ、人間というのは複雑なのだ。

 

 必ずしも親は子を慈しまない。だから、あの場で状況がわからずぼーっとしていて悪かった、すまなかったと。

 

 だが、なぜ最初から逃げなかったのか……いや、そうか、マティカが手を引っ張っていたな。鈍くてすまない。

 

「いいえ、アーミアスさんが謝ることは何もないのです。ですが、顔を覚えられてしまったのは問題ですね」

「兄さん、ここの防具屋にフルフェイスの兜が確かありましたね」

「なるほど、流石我が妹は賢い。隠された美貌というものも……素敵ですね……」

「おれ、お使い行こうか?」

「頼みましたよ! はい、私の財布から遠慮せずに良いものを選んできてくださいね」

「アーミアスさんの頭を守るものですから私も出したいのですが!」

 

 メルティーの財布を持ったマティカの背中は見る間に小さくなっていく。

 

 迷惑かけちまったようだな。二人は家に戻りたくない、そして連れである俺からバレるのも良くない、だから顔を隠して……ということか。認識が甘かった。

 

 まさか……ショタコンだったとは。望まぬことにならないように俺も気をつけることにしよう。マティカも顔が隠れるような何かをした方がいいんじゃないか? フードでもかぶるか?

 

 だがまさか、全員が顔を隠せば不審者でしかないだろう。二人が何やら聞き取れない程の早口で語り合っているのを眺めながら、人間の複雑さについて俺は思いを馳せていた。

 

 戻ってきたマティカにプラチナヘッドを渡され、メルティーに代金を支払うことを拒否された俺は甲斐性なしのもやし野郎を早く卒業してあらゆる面で頼りになる男になりたい。

 

 兜をかぶった俺にメルティーが鏡を見せてくれた。いいなこれ。なるほど。頭が見えなきゃそれ関連のコンプレックスは気にならなくなるな。

 

 顔も、髪も、全部隠れて銀と金の輝きを持つ兜を被った俺は天使生でもっとも男らしいといえる。もやしな体つきはどうしようもねぇけど、それ以外はバッチリだ。

 

 礼を言うと、敬虔なメルティーは過剰な程に喜び、金を出せなかったガトゥーザが地団駄踏んで悔しがる。なんつーか、そろそろ天使に夢を見るのもやめてくれ……。

 

 俺よりよほど天使なマティカだけが癒しだぜ。




メロイドギーネ→線虫
ハウトゥニア→ミント
より。


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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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