闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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58話 彫刻町

 天使様。

 

 あぁ天使様。

 

 神と同じく救いに来てくださらなかった、と思っていた過去の私を撲滅したい。こんなに素晴らしい天使様が目の前にいる以上、疑いを持つ過去の自分なんて必要ありません。

 

 アーミアスさんは、山頂の石でできた精巧な町につくと、芸術家のおじいさんを手分けして探すようにおっしゃりました。

 

 私はもちろん二つ返事で探しに回りましたが、灰色の石でできたエラフィタ村のようなこの場所には、特に生命の気配がなく、えぇ、見つかったとしてももはや……いえ。不吉なことは考えないと、決めたばかりではありませんか。

 

 生命なきこの場所におわすアーミアスさんはいつにもまして神秘的で、お美しいのでそうそうに諦めた私はこっそり見ていることにしました。速攻でメルティーから一撃貰いましたが。

 

 レンジャーというのは耐久面において僧侶より優れているようですね。以前よりはダメージが減ったように思います。魔力を吸わないように手加減してくれただけかもしれませんが。

 

 あぁそんなことは良いのです。メルティーが私を咎めているのはわかります。わかりますが、私はもっともっと見つめていたい。あの天使様になら何をされたって構わない。むしろなにかして欲しい。なにか……なにかを。……考えているだけで何故か鼻血が出てきましたが些細な問題ですよね。

 

 足蹴にされたい。あの優しく慈悲深く、星を宿した美しい目を持つ天使様に冷たくされたい。優しくされたいのももちろんですけど、天使様はお優しいので新鮮な一面が見たいのです。

 

 お導きを受け、私は自らの道を得ました。この身を捧げても一向に構わないのですが、さらに欲を言うなら……ということです。はしたないことですが、願うのをやめられそうにありません。

 

 もちろん、もちろん! あえて嫌われるようなことをするつもりはありません。私は誠心誠意仕えさせていただきたい。真摯に励みますとも。それはそれです。平手打ちをされたい。あの、白魚のような小さな手で。えぇ、それは見た目だけ。実際には硬くなった剣のタコが出来た、天使様の努力の手で思いっきり……アイタッ。

 

 ストロスの杖で思いっきり殴られ、たんこぶができました。ダメージ、三十くらいあったのではないですか? 容赦ないですね、私の妹は。

 

 とりあえずホイミ。

 

「本当にそろそろ真面目になってくれないと困りますよ」

「メルティー、貴女だけは私のことを理解してくれるはずです」

「理解? 理解ですか。ガトゥーザはいろいろ生温いんですよ。全力を尽くしてから妄想の世界に羽ばたくべきです。

平手打ち程度で満足してしまうようなただの喚くだけで食べることも出来ない豚にはなりたくありません。

私はもっと役立つ家畜になります。私は豚であり、牛であり、馬になります。羊にもなります。それくらいの意気込みを持てないのですか?」

 

 メルティーはキッパリと言い切りました。あぁ、それでこそです。私の半身は言うことが違いますね。

 

 素晴らしい。たしかに叩かれて悦ぶだけの豚ではなんの役にも立てません。もっと有用な存在になり、ぞんざいに扱われたい。いえ、もちろん、どんな扱いだって構わないのですけれど。

 

 アーミアスさんが私を褒めてくださるその瞬間は、そんな邪な欲望をすべて忘れて、ただただ天にも昇るような気持ちですからね。えぇ、本心としては「見ていただきたい」でしょうか。

 

 天に愛された麗しの、幼く整ったあのかんばせに。

 

「さすが私の妹ですね。志が違います」

「あなたの妹になった覚えはありません。あなたこそ弟なのでは? 考えが劣っているという点において、私の方が姉にふさわしいのでは?」

「そんなぁ……」

 

 近くを散策していたアーミアスさんが静かに頭を抱えました。一体どうしたというのでしょうか。しかし、近づこうとすると、ぴったりアーミアスさんに張り付いても許される羨ましい無表情の少年に遮られてしまったので、どうしようもありません。

 

 幸い、アーミアスさんは体調不良などではない様子。なにかお気づきになったのでしょうか? 石で彫刻された精巧な木に軽くもたれかかっていらっしゃいます。あぁ、顔を覆ってしまわれた。本当にどうなさりました?

 

 えぇ、何故かお疲れのようですが、怪我や病気ではないことはわかります。何が原因でしょうか。魔物ですか? 敵襲ですか? 殺しますか? 覚えたてですが、弓があるのでお手を煩わせることなく暗殺もできる……ようになります。今はまだ、修行不足なので。

 

 あぁこれでは良くない! 私はお役に立てない! お役に立って、あの瞳に映りたい、それだけなのです! えぇ、それだけ! 私の信仰は、私の全てですよ!

 

「兄ちゃん、姉ちゃん、ちょっと……」

「なんでしょう」

「なにかご提案があるのですか?」

 

 マティカ少年は、とんとんと背負った剣の柄を叩いてから言いました。子どもの無表情って無性に怖いですよね。

 

「今すぐたたっ斬られたくなかったら黙っておじいさんを探そう?」

「……」

 

 ……すべて理解しました。この少年は外見よりも頭が良いようです。私たちはこんなに美しく静かな芸術作品そのものの空間で騒ぎすぎた、ということなのですね?

 

 えぇ、美術館で騒いではいけません。当たり前の事です。この静粛の中の美を汚すような真似をするなということですね? よく分かりました。

 

 えぇ、私たちこそが幼すぎました。悔い改めます。

 

 口をつぐんだ私たちを見て、静かになったことに気づいたらしいアーミアスさんは感動したのか賢い少年の頭を沢山撫でました。当然の権利でしょう。

 

 そして……あっ、抱きつかれた! 羨ましい! それは羨ましい! なんて羨ましい! 子どもを慈しむ兄のように、アーミアスさんは自分とさほど変わらない身長のマティカを可愛がっていらっしゃいます。もっと身長差があれば抱き上げてくるくる回しそうな勢いです。

 

 アーミアスさんからすれば、私たちはすべからく赤ん坊みたいなものでしょうから、おそらく他意はないのでしょう。ただ慈しまれているだけなのでしょう。そう信じていますが。ですが、羨ましい。

 

 アーミアスさんの肩越しでこっちを見て、いいだろうと言いたげに無邪気に笑う少年が、アーミアスさんが思っているような純真な少年とは到底思えないのです。えぇ、絶対私たちを利用して美味しい思いをしたのでしょうけど、全面的に私たちが悪いので何も言えません。

 

 しかし、彼が完全なる善人であるかは疑問があります。あの少年の周りにいる精霊らしき光もなんだか……その、アーミアスさんを取り巻く美しく清浄なものとは正反対に見えるので。

 

 彼ならアーミアスさんの敵が人間であっても叩き斬ってくださるでしょうね。私たちがなにか狂ってそうなったとしても。頼もしいです。えぇ、善性でない、ということは必ずしも良くないこととは限りません。善性でないからこそ必要悪になれますから。

 

 ですから、私は少年を取り巻く精霊たちのことを口に出したりしません。なぜなら、いくら彼が羨ましかろうと、アーミアスさんのお役に立っているという意味では重要な人物だからです。私は私欲だけで動いたりしません。

 

 それにそもそも、善人でないから、というのがなんだと言うのでしょう。それを言うなら私たち、極悪非道な詐欺師の子どもですからね。生まれながらの罪ならば背負いすぎているくらいです。

 

 メルティーがこんなにいい子に育ったのは奇跡みたいなものですよ。すごくいい子なんですよ。私みたいな人間と過ごしてくれる優しい子。

 

 ここは少年に花を持たせましょうね。でも、いつか挽回しますから。それに家畜は主に逆らったりしないので。ねぇメルティー、そうでしょう?

 

 同意のアイコンタクトは、冷たい目をしたメルティーがマティカを睨んでいたことで受け流され、まだまだ妹は子どもっぽく嫉妬をするのだなぁと微笑ましく思ったのです。

 

 寛容、寛容ですよ、メルティー。大丈夫です。アーミアスさんは素晴らしい天使なので私たちの中の誰かを選んだりしません。この中の誰か一人の天使になることはありません。

 

 だって出会った時からずっとアーミアスさんは同じ人を見ているじゃありませんか。考えるだけ仕方がないのです。その慈愛の欠片をお与えいただいて、さらにちょっとぶたれたいぐらいなのです。高望みしません。

 

 羨ましくない訳ではありませんが、アーミアスさんの感情は恋する人間のそれではないような気がするので、焦ったりしません。そもそも独り占めするような感情はないですね。彼の世界に存在していたい。空気のようにさりげなく。

 

 天使様。あぁ天使様。お美しく慈悲深い天使様。その尊い行いをこんなに間近で見られる幸運に感謝致します。

 

 かつて翼があったその背中をじっと見つめ、空から降り注ぐ日光がキラキラとした翼の名残を見せるように輝いたのを目にして満足した私は、ようやく麗しの君から目を離しておじいさんの捜索をしました。

 

 

 

 

 

 洞窟とか、入れるところもあるんだけどこの石の町の家って大抵、外見は本物そっくりでも入れない。綺麗なドアノブを引っ張っても相手が石の塊ならどうしようもない。

 

 人間そっくりな石像と、家と、動物と、エラフィタ村のの真ん中にあった大きな桜の木がへし折れる前の姿が本当に生き生きしててすごいね!

 

 これで動く人間がいないなんてウソみたい。すごいなぁ、本当にすごいなぁ。これを作った人はどんな人なんだろう? 何を思ってやったんだろう? エラフィタのこと、すごく想っていたんだね!

 

 おれなら、セントシュタインの裏路地なんて覚えていたくもないけどなぁ。

 

 魔法を使う二人が真面目に探し始めたけど、こっち側に生き物の気配はないよ。村の奥の方ならまだいるかもしれない。そっちまで分からないし。

 

 だから、木の根元を越えて、おれたちは村外れに建っている家の方に向かった。そこにある家を見て、ちょっと首をかしげたアーミアスさんがおもむろにドアに触れた。

 

 あ! 開いた!

 

「こちらが二つ目のご自宅なのかも知れませんね。マティカ、二人を呼んでくださいますか。突然お邪魔したのですから、揃ってお詫び申し上げましょう」

「うん!」

 

 おれが教会の近くで探している二人を呼んでくると、アーミアスさんはまだ家の前にいて、何故かキョロキョロしてたけど、結局何も見つからなかったらしくて、一緒に家に入りましょうと言った。

 

 何故見回していたの? と聞いたら、誰かが見ているような気がしたって。ガトゥーザ兄ちゃんとメルティー姉ちゃんを思わず見たけど、ブンブンと首を振っていたから嘘じゃないと思う。大丈夫、木の彫刻越しじゃ見えないよ。嘘じゃないのは信じるよ。

 

 え、なら、お化け? お化けなの? 怖い!

 

 お化けじゃないにしても、何かがいるってことだよね? 探してるおじいさんならいいけど、そうじゃないなら怖い!

 

 ちょっと涙出て来た……。顔も名前も知ってるメルティー姉ちゃんの怖い顔より怖い……正体不明が一番怖いよね?!

 

 なんなんだろう、アーミアスさんがいるならお化けでも大丈夫だよね? 幽霊はアーミアスさんが何とかしてくれるし、魔物なら斬ればいいけど、お化けはどうにもならなくて怖いんだ。

 

 相変わらず泣き虫治ってないけど、でも怖いから、えっと、この際ガトゥーザ兄ちゃんでもいいや。おれより背が高いから隠れとこ……。




アーミアス「武力行使寸前で暴走を止めてたと知っていたら褒めるまではしなかった」

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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