53話 船便
俺の左半身はほぼ乗っ取られた。茶髪の男の仕業だ。もっと言うなら腕をしっかり掴まれている、つか抱きしめられている。暑い。むさい。体重負けはしているが職業柄引きずって進めるのが幸いだ。俺を休ませようとしているようだが余計に疲れていることには気づいていないようだ。まぁいいけどな。
昨日のは俺が脆いんじゃない、敵が強かっただけだ。あともう回復したから構うな。いいから構うなって! メルティーとマティカなら可愛いからいいけどガトゥーザは同年代の男にくっつかれたとしたらむさ苦しくは感じねぇのかよ?
むさ苦しい、少なくとも俺はそう感じる。間違ってもいい匂いはしないし、柔らかくもない。可愛い可愛い人間には違いなくとも、どうせなら可愛い女の子がいい。俺の感性はこの点では普通だと分かってるぞ。
俺だって男だから、やっぱりこう、ほら、男の胸筋押し当てられるよりは柔らかい方がいろいろいい。ムキムキに抱きしめられているわけではないのが救いかもしれないが、ムキムキだったらムキムキなりに憧れがあるのでかえってよかったかもしれん。いつかムキムキになって師匠みたいなかっこいい顔になりてぇ。
てか、くっつくなら誰よりもリッカたんがいいよな! リッカたん、ぺろ! だが俺が情けなくぶっ倒れたのは見られたくないからこれでいい。脳内のリッカたんペロペロ。アッ……笑ってくれた……ペロペロ! 全部俺の妄想! むなしい!
せめて俺の負傷の記憶はウォルロの墜落事故までにしておいて、あとは回復したらリッカたん成分補充しに帰るからな。まず大陸渡ってルーラの行き先登録が先決だな。そしたら俺は帰るぞセントシュタインに。
天使界? 俺の帰るところはリッカたんのいるところだからな! ハゲ師匠がいない天使界は……ちょっと寂しいからあまり帰りたくない。
なんだかんだ言っても俺はハゲのことを慕っている弟子だからな。禿げていること以外は全てにおいて尊敬している。禿げていることも普通にスキンヘッドに剃ってるだけだと思う。なんていさぎのよい。痺れるぜ師匠。真似はしない。
飯食って寝たら昨日の負傷はほぼ治った。ちょっとふらつくのはまぁ昨日の今日だしな。とりあえず今日は戦わないことを仲間たちに約束させたられたが、まぁ妥当だろう。
ところでそろそろガトゥーザは離してくれないか? 人間を振り払うなんてやらないが、そろそろ、暑い。やっぱ撤回だ、暑苦しい、離せ! ……もちろんやんわりとしか言わないが。キラキラした目で信じきってる相手をあまり無碍にもできない。
とりあえず漁師に船を出してもらう約束を取り付け、準備までのあいだに装備品を物色することにした。とはいえ新しい大陸の装備品の方が普通に考えたら有用だろうよ。向こうの方が魔物も強いらしいしな。
てか……ゴム長靴って装備品でいいのか? お鍋の蓋のように日用品も防具になるのか。
まぁ金に困ってるわけじゃねぇし。後衛連中にはみかわしの服を、マティカにはブーメランパンツを、俺はスライムピアスを買った。マティカのパンツについては俺がショタコンな訳ではなく、弁解の余地がある。守備力+8。それが全てだ。あと本人に頼まれた。もちろん服の下に履いている。俺も誘われたがそんなピチピチのパンツを履く趣味はねぇ。
それだけ履いてあとは露出なんてするわけねぇよなぁ、……なぁ? 俺が表情筋をフルに使ってにっこり笑うとマティカはいい子だからちゃんとズボンを履いた。若い人間の間で露出が流行っていても、腹が冷えるのは良くないと思うぜ。
余談だがピアスを買ったところで品行方正に見せかける俺にピアスの穴が空いていなかったのでこの際だろ、ブツッと空けた。上級天使にバレてもただの装備品だし、別に特に意味が無いならいいだろ。叱られたら素直に穴埋めるわ。
だが空けた瞬間ガトゥーザが卒倒したのでこいつは僧侶のわりには血に弱く、向いていないのは本当なのだろうと俺は正直同情した。適した職業、見つかるといいな。俺もできる限り協力するぜ。
何故か同時にメルティーが発狂したので落ち着けと頭をポンポン撫でていたらマティカも、おれもおれもと擦り寄ってきたので俺の両手はあえなく塞がった。その際ガトゥーザはメルティーによってべりっと離された。とりあえず人間たちはかわいいので役得なのには違いねぇ。
二人とも可愛いな。ガトゥーザも可愛いぜ、一応。ちょっとスキンシップがついていけるレベルではないってだけのことだ。少しばかり控えてくれ。くっついたら天使の加護がうんぬんとかないから。俺なりの加護をかけたつもりだがなんもないだろ? 俺はぺーぺーのぴよぴよ天使なんだ、所詮はよ。
そうそう、ツォの様子はといえば、オリガちゃんも元気に働いて生き生きしてるみたいだし、やっぱり平和な日常が一番だぜ。
船旅はなかなか珍しい体験だったが、もう少し長かったらかなり酔ってやばい事になっていたかもしれない。頭でわかっているつもりでも居心地が悪いあまり空へ逃げようと体が勝手にするんだが、翼はもうないしな。
心配性のガトゥーザが俺が落ちるんじゃないかって、がっちり掴んで離さなかったから船から落ちる心配はなかったが、もう少し風に当たらせて欲しかった。善意の暴走ってやつかよ。てかまたお前はくっついているのか。そろそろ離せよ。怪我する要素なんてないだろうが。
あ? 船が怖い? 仕方ねぇな。いくらでもくっついてていいぞ。
……団子になった。さっきまでマティカお前はしゃいでただろ、メルティーは船の上でもふらつくことなく歩いてたじゃねぇか。
くっ……かわいいな畜生!
そんなこんなで俺たちが戯れているあいだに船着き場に着いた。お礼をして、とっとと先に向かおう。地図にカラコタ橋というところが載っていたからな、そこまでは行きたい。
船着き場に着くやいなや兄妹は挙動不審になり、知り合いがいないとみるとあからさまにホッとしたのが気になるが。……うーん、嫌なら別の人を一時的に雇った方がいいか?
「大丈夫です、大丈夫ですから!」
「兄さんの言う通りです、何事もございません!」
「まだ何も言っていませんよ」
まぁ大丈夫ならいい。今更他の人を探すのも大変だし、実力者かつ信頼出来る人間を見つけれるかどうかも分からねぇ。マティカと近接二人旅ってのは難しいだろうしな。
とりあえず俺はそろそろガトゥーザを振り払い、魔物に見つからないようにカラコタへ向かうことを宣言した。
が、まぁ、新天地の強い魔物たちは俺たちを見逃してはくれず、何回か戦うことになったのだが。許してくれ、不可抗力だ。あと、三人が張り切ったから俺は剣を一度しか振るっていない。気遣いに涙が出そうだが、別に普通に戦えるから気にしなくていいからな。
そして少々歩いて着いたカラコタ橋というのは、なんつうか、スラムというか。流れの人間たちの街であり、行き場の無い人たちの集まりというか。空気が汚い。汚染されているというよりは普通に汚い。
人々はせかせかと歩き、見るからに力強い人間を恐れるようだ。
俺はウォルロ村の守護天使だからな。ほかの町については詳しくはわからない。だがここにもきっと、守護天使がいる……よな? 最近いねぇから「いた」ってことだが、ちょっと判別つかねぇな。
まぁいい。ちょっと見学したらセントシュタインに戻るか。
そのつもりで橋だけは渡りきってみようとしたのだが、俺はそこで、目を奪われた。反射的に手を差し伸べたくなる存在が、そこにいた。
青い光に包まれた存在。幽霊。それも、俺みたいなひよっこでもひと目でわかるような……永い年月をさ迷った悲しい子、だ。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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