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青い不思議な光が、ぬしさまの頭の近くにともる。アーミアスさんの背中に庇われたまま、その光の正体を見て、あたしは思わずあっと、声をあげそうになった。
「オリガ……」
お父さん!
思わずアーミアスさんの手を振りきって、懐かしい顔を食い入るように見た。本物のお父さんだ、間違いなく! 青い光に包まれて、空中に浮かんだ、その姿は……どう考えたって幽霊だったけれど、あたしのところに帰ってきてくれたんだ!
「オリガ、欲望に目が眩んだ村の連中にあんな目に遭わされて、怖かったろう」
お父さんはそう言って、怒りの表情を剥き出しにする。あんな目って、ぬしさまを呼ぶように言われたこと? それとも、こっそりここで祈るように言われたこと?
でも、あたし、それについてもっとしっかり言えるんだよ。それがいけないことだって、分かったから。ちゃんとダメなことは分かってる。
「そちらの方は村人ではないようだな。たしかに、ぬしさまの姿で丸呑みにしたならば、オリガを怖がらせることにほかならない。忠告に感謝してこの姿で話すことにする」
「『ぬしさま』の正体はオリガさんの父上だったのですね。娘を想う気持ち、それを否定することはできません」
「……あなたは、私を迎えにきたわけではないのか?」
お迎え?
なんとなく、何かが引っかかる気がして、あたしはアーミアスさんに振り返った。彼はお父さんを見てどこか厳しい表情をしていたけれど、あたしの視線に気づいてすぐに優しい顔になった。
「いいえ。あなたがそこにいたこと、そしてオリガさんと会話できること、その奇跡をただ見守ることのみです。それで未練が果たせるならば」
「……感謝しよう」
アーミアスさんはあたしにどこまでも優しい顔をしていた。透き通った表情で、お父さんとも違う包み込むような優しさを持って。
お父さんはあたしが理解できるように嵐の中、沈む船の中ぬしさまに助けられ、そして死んでしまったあともあたしを見守っていてくれたことを話してくれた。そして。
「オリガ。村を出て私と一緒に住もう。もう寂しい思いはさせない。強欲な連中に食い物にされることもない」
「お父さん……」
「心配はいらない。また二人で暮らそう」
嬉しかった。お父さんはあたしのことを想ってくれているってすごく感じたから。その手を取りたいと思った。でも、それは、きっと、良くない。それも分かってた。
でも、あたしは、迷った。なんとなくアーミアスさんならどっちも正しいって言ってくれるような気がしたけれど、もう頼っちゃいけないって、それもわかってた。
「オリガー!!」
叫ぶトトの声を聞いて、青い光に包まれた、死んでしまったお父さんを見て、あたしの頭はさぁっと、晴れた。あたしの手は青くない。透けてもいない。お腹がすいて、息をする。それが全てで、それが答えなんだ。
「オリガのお父さん! 僕はオリガを一人にしないって約束する! お父さんや村の人がオリガにもうあんなことをさせないって約束する!」
「トト……!」
「オリガのお父さんが心配して見に来ちゃうくらい、村は酷かったんだ、でも僕は……オリガがいてくれないと、寂しいよ……」
お父さんはしばらく目をつぶった。そして目を開くと優しく笑った。張り詰めていた何かが解けたようなそんな優しい笑い方。
「私は、勘違いしていたのだな。死者が出しゃばってしまったようだ」
空気が緩んだ瞬間、アーミアスさんが地面に膝をついた。あんな怪我をしてたからなんだと思う。苦しそう、なんだけど、なぜか笑ってる。幸せそうに。なんで? 駆け寄った仲間の人たちに起こされながら、それでもあたしに笑いかけてくれる。
「あぁ、心配はいりません。……ほっとして力が抜けた、だけですから。俺のことはいいですから、お父上とお別れをきちんとしましょう、ね?」
「どう考えてもひどい貧血ですよアーミアスさん……」
「ガトゥーザ、今はいいですから」
「はい。えぇ、分かってます。私も色々わかってきましたから。とりあえず腰をおろしましょう」
二人に促されて、あたしはお父さんを見た。穏やかな顔をしたお父さんは強くなる光に包まれて、だんだんと薄くなっていく。アーミアスさんの言葉通りお別れなんだとはっきり分かって、ぬしさまの前に駆け寄る。
「オリガ。私はいつも見守っている。姿は見えなくなってもずっと一緒だ」
「うん、うん、お父さん」
「トトと、ツォで笑って過ごせるように祈っているよ……」
光が薄くなって、そして一瞬強く光って。
お父さんは消えてしまった。あとに残ったのはお父さんの漁師のお守りと、金色の果物。果物からはぬしさまから感じたような恐ろしいような、近づいてはいけないような……そしてどこかアーミアスさんみたいな感じがした。
ここではないどこかから、あたしたちの届かない遠くから、来たんだ。
「……ありがとう、お父さん」
アーミアスさんは気づくと金髪の男の子に背負われて、ツォに向かって運ばれそうになっていた。でもそれをアーミアスさんは止めていて、あの果実を必要としているのがわかったから、あたしは拾って、渡した。
「アーミアスさん、ありがとうございます。お父さんのこと、あたしの話を聞いてくれたこと、助けてくれたこと。本当にいろいろ。この果実はきっとアーミアスさんのところにあるのが正しいのですよね」
「……ありがとうございます。でも、これはオリガさんのお父さんのものだったのですよ」
「あたし、お父さんのお守りがあるし、トトもいるから、もう大丈夫です。奇跡に頼らなくたって生きていかなきゃ、ダメなんです。みんなでそうして生きてきた浜の、一番の漁師の娘があたしなんですから!」
「えぇ、えぇ、そうです」
本当に嬉しそうにアーミアスさんは頷き、そして糸が切れたように眠ってしまった。
メルティーさんが教えてくれたのだけど、ぬしさまとの戦いは本当に激しいものだったらしい。だから、本当はすぐにでもツォにもどりたかった。でもアーミアスさんはあたしたちを見守ることを優先したって。
メルティーさんは優しくて、あたしたちを怒ったりしなかった。きちんと前を見ることの出来るあなたたちなら大丈夫だとむしろ褒めてくれた。村長様や腰を抜かしてしまった護衛のことは冷たい目をしてみていたけれど、すっかり気落ちして寝込んでしまった村長様に対してもう何も言うことなく、ただあたしとトトの頭を撫でてくれた。
みんなは理解してくれた。護衛の人たちも変なことは言わなかった。トトの話を信じてくれて、あたしたちはまた日々漁をするツォの生活に戻った。
あたしは村一番の漁師の娘としてこれから少しずつ手伝っていく。おばさんたちに網の干し方を教えて貰って、干物の作り方を学んで、ここで生きていく。
あの天使様のような優しい人の言葉を胸に刻んで、お父さんのお守りをしっかり握って。
「ガトゥーザ、もういいですよ。すっかり治ってますから。傷跡だってないでしょう? 顔色が悪いのもちょっと血が足りていないだけなんですよ」
「……はい、そうですよね。あとはゆっくり休むだけですよね」
「はい。……俺はあなたたちに心配をかけてしまったこと、それは申し訳なく思いますが、あの場において庇わないという選択をとることは出来ません。そうしなければ百年でも二百年でも後悔します。ですから、気落ちしないで誇りに思ってください。あなたのおかげで今俺は生きているのです」
透き通るように青白い肌の天使様はそう仰ります。ベッドに全員で押し込んだのでもう大丈夫だとも分かっています。
でも。もし私がもっと素晴らしい技能を持つヒーラーなら、もっと負担を減らせたのではないか、と思いますし、そもそももっと私が強ければあの戦闘は早くに終わったのではないかと思います。
僧侶という職業には忌まわしい思いしかありません。偽りの信仰、腐った教会、金と欲望ばかりの世界。その中枢に生まれた私には。いくら僧侶が回復力は強くとも、私としては戦力としては中途半端に感じるのです。
ですが私がほかの職業になればそれこそみなさん困ってしまいます。なにか新しい道を見つけるべきなのは分かっているのですが。
とりあえず、これ以上天使様を心配させてはいけないのは理解できます。メルティーに引っぱたかれる前に私は退散しました。
彼女は最近本当にハキハキするようになりました。昔は怖がりで、自分の力に怯えて、家を憎んで。でも今は違います。前を見るようになりました。それが眩しい。私は前のままです。
明日には故郷の大陸への船を出してくださるそうです。それに乗って船着き場へ行き、カラコタを通り抜け、ゆくゆくは故郷サンマロウにたどり着くことでしょう。
どうかそれまでに私が歩むべき道を見つけることが出来れば、良いのですが。私に信仰心はありません。信じているのは天使アーミアスさん、それだけなのです。
やはり直接見て、感じて、助けてくださる存在を信仰してしまうものですよね。神は助けてはくださりません。見えません。感じられません。
私は、僧侶として失格なのです。
しかし、私にも力の息吹を感じる瞬間はあります。この世に循環する何か。偉大で身近な何か。その正体を知ることが出来れば、何か変わるのでしょうか。
美しき天使様、どうかお導き下さい。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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