闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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6話 急加速

・・・・

 

 朝日に透き通るアーミアス様の髪は、……柔らかい灰色から銀色に変わり、神々しく輝いていて……息をするのを思わず、忘れていた。これが彼の真の姿かと、平素より一層美しい姿が目に焼き付く。こちらに視線を移したアーミアス様の漆黒の瞳も朝日を受ければ星のように無数の光を宿し、煌めいていた。

 

 ……そうだ、アーミアス様に失礼なことを言ったニードさんのこと、謝らないといけないっスね……。

 

「ど、どうもすみませんアーミアス様。ですが行ってやってく、くださいっス」

「わかりました。それから……俺に敬語なんていりませんよ」

 

 そんな神々しい姿で言われても、誰がはい分かりましたなんて言えるんスか。彼の瞬きでその睫毛に視線が釘付けになるのが止まらないのに、そんなこと。

 

「まさか、守護天使様に、そんな……」

「みんなリッカみたいにしてくれたらいいんです。様付けなんて、俺には合いませんから」

 

 本当にそう思っているようにアーミアス様はおっしゃられたっスが、リッカみたいに……って。あの子みたいに友達みたいに接せってことなんスか?あんなの、無理に決まってるっスよ!

 

 返事が出来ないままでいると、ふっと、星を宿していた瞳が暗く、淀むように、色をなくされたっス。

 

「俺は、灰色ですからね」

 

 そんな目をして欲しくないから必死に否定するしかなかったっス。今まさに銀色に輝いている姿を見て、誰が彼を貶めたんだろうと疑問に思うぐらいなのに!

 

「っ、いえ、アーミアス様は天使様ですよ」

「…………、もう、俺は翼も光輪もないので」

 

 ……それを言われれば、もうそれ以上言えることはなくなってしまったっス……。確かにアーミアス様に翼も光輪も、ない。ニードさんはぼそっと削ぎ落とされたみたいだっておっしゃってたから、あの地震のせいで失ってしまったってこと、なんすかね。

 

 空の彼方から落ちてきて生きているのはさすがとしか言いようがないっスけど、彼にとって大事な大事な翼を失ったのは、慰めようもないことじゃないスか……。ことに人間からなんて、とてもじゃないっス。

 

 それでもさらに話そうとすればアーミアス様は軽くこちらを見て、目を細められる。背筋が冷たくなって……目にはキラキラしたあの光はまだなく、それどころか睨まれているような気がして……。

 

 だから彼が表情には出さずに、でも辛そうに少し足を引きずりながら道具屋の方に歩いていってしまうのを止めることだってできなかったんっスよ……。

 

・・・・

 

「アーミアス様、無茶しないでよ……」

「リッカ……様付けは……やめてください……」

 

 疎外感を感じるんです、なんて言いながら道具屋を手伝っている最中に倒れて外から運び込まれ、ベッドに寝かされたアーミアス様は、どことなく不服そう。みんなアーミアス様が表情を変えるなんて見たこともないなんて言い始めてるけどそんなことないのになぁ。よく微笑むし、よく……悲しそうにしてる。あ、でもね、嬉しそうなことも多いよ。

 

 私のご飯を初めて食べた時は本当に幸せそうに笑ってたんだもの。見とれたのは勿論だけど、あんまり美味しそうに食べるから私も嬉しくなっちゃった。あまりたくさんは食べられないんですってすごく悲しそうにしてたぐらい。食べる量がそもそも違うみたいで、でも誰よりも美味しそうに食べるんだよ、アーミアス様って。

 

 天使様はご飯を食べないのって聞いたらそんな事はないって言ってたけど、天界には想像も出来ないぐらい美味しいものがありそうだなって思うんだけどそんなこともないのかな。それともなんだろう……それは人間の食べ物とは違うのかもしれないなぁ。珍しいのかもね。

 

 アーミアス様の、ちょっと悲しそうな顔を見ていたら様付けされるのは本当に嫌なんだなって分かって私はどもりながら、聞いてみた。

 

「じゃ、じゃあアーミアスって呼べばいいの、アーミアス様」

「……言ってるそばからそれ、矛盾してますよね、リッカ」

「あははっ! 確かにそうね!」

 

 あ、ほらやっぱりアーミアス様、じゃなくてアーミアスはよく笑うじゃない。形のいいピンクの唇にふわって笑顔を乗せるの。あんまり顔を動かさないけど……顔にまだ大きなガーゼを当ててるからかもしれないけど……とろけるように、笑うんだ。見ているだけでこっちまで笑顔になるの、その表情。

 

 それにさ、私、アーミアス様の笑顔って心がぽかぽかして好きだなぁ。

 

 …………。なんか恥ずかしいこと考えちゃったな。

 

 さて、と。アーミアスは足の怪我が開いちゃったみたいだから薬草を買ってこよう。でも昼からは行くところがあるんだって言い張るから今だけでも安静にしてもらわないとね。

 

 ゆるゆると瞼を閉じたアーミアスは、疲れてしまったのかあっという間に寝息を立てていて、それでも……眠る私たちの天使様のお顔に痛々しいガーゼが当てられていようと、首に包帯が巻かれていようと、目の前で息をつくのも無礼じゃないかって思ってしまうような雰囲気はあまり和らがない。

 

 なのにね、人間をずっと見守っている遥かに年上のアーミアスが、安らかに眠っている時はちょっとあどけないの。子供っぽく見えちゃうの。幾ら大人の姿じゃないからってアーミアス様はおじいちゃんより年上なのにな。えへへ、これを知ってるのはおじいちゃんと私だけなんだよ。

 

「おやすみなさい、アーミアス」

 

 アーミアスの眠る部屋を出れば、少し寂しくなる。

 

 何故かって、いつもひとりになると誰かが見守っているような気配がしていたから。軽やかな翼の音、優しい声が聞こえたような気がしていたの。それはアーミアス様だってことしかわからなかったから、いつも安心していたし、天使様は神様と同じように万能なんだろうって勝手に思ってた。

 

 想像よりもずっと綺麗だったアーミアスは、怪我をしてもなお守護天使の役割を果たそうとまだ歩けもしない時から外に行こうとしていたよね。必死に止めても、アーミアスも必死だった。優しい優しい天使様を止めるのは大変だったなぁ。

 

 だから私、分かったの。天使様は万能じゃなくて、万能ってことよりも……とても優しい心を持った方々なんだって。そして心が強い方々なんだって。

 

 アーミアス、アーミアス様。本当は天に帰りたいんだよね。私、聞いちゃったの。アーミアス様が誰かを呼ぶ声を。何かを探してるみたいだし、置いてきてしまってんでしょう、大切な何かを。天界にはアーミアス様と同じ天使様が沢山いるはず。その誰かがアーミアス様にとって大切なんだよね?

 

 アーミアス様はウォルロ村の守護天使だから、翼も光輪も失ってもここから離れられないって責任を感じてしまって帰る手段を、他の天使様を探すことが出来なくなってしまってるんだよね。

 

 アーミアス様に居てもらったら私、とっても幸せだよ。でも私はアーミアス様が悲しそうな顔をしているのは嫌なの。

 

 峠の道、崩れちゃってるから今はどうにも出来ないけど、あそこが開通したらアーミアス様が旅立っても大丈夫なようにしておかないとね。

 

 ……本当は、本当はね、アーミアス様。アーミアス様が優しく笑ってここにいてくれるのが、一番嬉しいの。でも、それじゃあ、駄目なの。私たちをいつも守ってくれたアーミアス様に恩返しをしなくっちゃ。

 

 道具屋に行く途中、犬がくーんって鳴きながら近づいてきた。しっぽが垂れ下がって元気がない。なんとなく、俯いてて……。そういえば、アーミアスはよく犬の頭を撫でていたっけ。この子、きっと心配しているんだ。

 

「大丈夫だよ、アーミアス様はちょっと疲れてるだけだから、ね」

 

 そう言って頭をぽふっと撫でた時、犬は納得したのか満足げに私の家の方に行っちゃった。あれは……アーミアス待ちなのかな。

 

 犬にもアーミアス様は好かれてるんだね。あの犬、もしかしたら、翼のあるアーミアス様も見えていたのかも。ほら、動物には不思議な力があるって言うじゃない。あの地震の前も妙にそわそわしてたし、もしかしたら。

 

 まぁ、これはただの想像なんだけど。

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