じわじわ意識が浮上したのと同時に起き上がる。さっさと起き上がるのが重要だ。翼が邪魔でうつ伏せに寝ていたからか、顔に思いっきり布のあとがついているからな。起きて、身支度をさっさと整えれば、外に出る前に消えているだろ。
身支度といっても俺の部屋には鏡はない。わざわざ自分の気に食わねぇところを爽やかな朝から見たくねぇだろ。一応くしゃくしゃになった髪を整えるブラシはあるが、鏡を見なくてもしゃんとなるしな。
もともと髪に癖はあるから多少の寝癖は誤魔化せる、と俺は信じている。誤魔化せていなくても本命のリッカたんは俺のことが見えないし、ほかの天使に見られても一応整えておけばそこまで心象だって悪くならないだろ。
タイツを履いて、ひらひらの天使の服を着て、ブーツをしっかり履けばこれで完成。正直パジャマの体を締め付けない白いゆるい服の方が人間にとって想像する天使に近くねぇ? まあいいか。こんなもの着てちゃ戦えねぇし、空飛んでたら風が吹きこんで寒いわ。
起きるには早く、まだ天使通りも少ないが、これもまぁいい。早起きは少なくとも悪印象ではないからな。
どこまでもこうして他人の目を気にしているのは前科があるからにほかならない。天使の中でも翼をもぎにかかったのは俺しかいねぇ。そして失敗したせいでズタボロになっているのもな。これで素行が悪ければ問答無用で問題児だぜ。
神が俺たちを創るってわけだ、神はその点は完璧で、遣わされる中に飛べない片翼の天使なんているはずもなく、俺が一番、悪い意味で目立っている。優等生な天使として早くもっと仕事を任せてもらえるようにならなければ、つまり目をつけられないようにしなければ愛しの人間たちとたくさん時を過ごせねぇからこっちも必死だ。
まぁ今回の天使界への帰郷で師匠もオムイ様も満足しただろ。俺は地上へすぐにでも行きてぇ。生存報告は大事だが頻繁に戻るのなんて真っ平御免だ。めんどくせぇし。いない間に何かあったらどうするんだ。
とにかく明日にはもう文句もねぇだろ。今日をいい子ちゃんに真面目に過ごすとするか。さてまずは朝飯だ。それが終わったら、花に水をやって、掃除して、時間になったら師匠に教えをこいに行き、星になった天使たちへ祈りを捧げて……あとは見習いの中でも生まれたてのやつらに顔を出しに行くか。見習いは不安も期待もいっぱいだからな、見習いだけで置いとくのも良くないだろ。
そういや抜け毛、いや抜け羽根がそんなに酷いわけじゃねぇと思うが、最近ちびっこが俺の抜けた羽根で遊んでねぇ? 拾っているのを見たんだが。
別に構わねぇけど、そういうのはハゲ師匠のようなご立派な翼の持ち主でやると立派な飾りができるって教えてやらねぇとな。見栄えが違うからなそもそも。
……抜け羽根が酷くなれば、そのまま翼がすべて抜け落ちたりしねぇかな。切り落とすのが無理ならすべて毟ってしまうってのも……いや……そもそも軸の骨を毟るだけでどうやって折るんだって話だよな。確証がないのにやらかすのは子どもがすることだ。とりあえず目をつけられないようにしないと。
星星へ祈りを。先達たちへ捧げる祈りを。俺は天使界へいる限り、そこまで忙しくなければ「祈り」を欠かさないようにしている。星となった先達たちへの祈り、世界樹への祈り、人々の幸福への祈り、神への祈り。
この場所は「天の祈り」そのものだ。人間たちの祈りの行く先だ。俺は敬虔でなければならない。どこまでも下僕として忠実でなければならない。それはもちろん、外面的な問題で、それからそう強いられているからで、そして天使が強いられているということは本心ということだ。
父へ祈る。創造神へ。俺を遣わせた神へ。ただ俺はどうにも反抗期なので、どうやれば翼と光輪を失うことが出来て、どうやれば人間になれるのかをひたすら問いかけ続ける。
もちろん、神は見ているかもしれないが、返事のない安定の助けてくれないっぷりは裏切らないので今のところ神の助けも天罰も下ってねぇ。
そんな一見敬虔な俺を、ラフェット様は褒めてくれる。くすぐったくて、少し罪悪感があって、だから決して謙遜しているわけじゃねぇけど、こんなに穏やかな良い天使を騙さなきゃならないのは気が引ける。俺は全体的に見れば真面目な天使ではない。
だから、いっそう、少しでも期待通りであるために真面目に人間たちの幸せを祈った。すべて嘘じゃなきゃ罪悪感はないからな。
ちなみに師匠は、師匠自身があんまり祈る天使じゃねぇからなんにも言っちゃくれねぇ。あれくらいのハゲになると祈らなくても常に祈りパワーに溢れているのかもな。だから祈らなくてもいいのだ、とか俺は適当に理由を想像する。
だってよ、俺と違って煩悩なさそうだろ? 俺なんてこのまえラフェット様が撫でてくださった時の、おっぱいの一瞬の触れあいを忘れちゃならねぇと電波を受信したから忘れてねぇんだ。
エレッタ様が抱きしめてくださる時の柔らかさは脳内保存安定だ。むぎゅっと。他にも、詳細は省くが、いろいろむにっとしたことがある。これらを忘れないようにしている。
俺自体は天使の例外にもれずむきだしおっぱい見ても別に何も思わないようにはなっている……はずなんだが、これは一体どういうことなんだろうか。もしかすると未来の俺からの温かいメッセージかもしれないな、これは。
もちろん、その手のことといえば、大好きなリッカたんが入浴する時は絶対覗いたりしないしむしろ覗くような輩が現れた場合は紳士的に天罰・撃退をするつもりなんだが、見たい気持ちが全くないわけじゃないからな、神は天使の設計においては完璧ではない可能性がここで出てきた。俺が変態だからか?
いいや、俺は紳士だから。紳士だから妄想ですらおっぱいを具現化したことはねぇ。本当だ。触れたいわけじゃない。見たい訳でもない。ただ、一つの興味が……いやいや。
分からない。俺が男性型の天使だからなのか? ペロい。きっと想像をしっかり巡らせて妄想まで漕ぎつければペロリズム高めになるだろ。わかっている。
だが、俺が、俺が女性型の天使だったとしてもきっとリッカたんのことが大好きになった。だから煩悩は関係ない。
とりあえず、おっぱいはいいもので、ペロいんだ。柔らかいのは幸せなんだぜ。それを覚えていることも、きっとあとから意味がある。だがこれはきっと修行不足だ。師匠くらいになれば悟りを開いているかもしれねぇだろ。これは未来の自分に期待だな。
もちろん、真相はといえば「天使」アーミアスがおっぱいに興味がなかったのは事実だったが、「人間」のアーミアスが人並みにおっぱいが好きなのが事実だっただけで、結果的にグランゼニスへの熱い風評被害は過去への思念を飛ばせる程度の俺の執念ってだけのことだったんだが。
真っ赤になって恥ずかしがるでなく、自ら触れにいくでもなく、ただ何も感じていないようなポーカーフェイスでおっぱいについて忘れられない、ただの思春期の妄執が天使すら突き動かす煩悩になっただけだ。
もちろん、俺はそれよりもリッカたんをペロるほうが大事だった。
可愛い天使な天使たちの戯れをゆっくりじっくり楽しんでいたのに、イザヤールったら邪魔するなんてひどいじゃない。勢いあまって、天使たちの邪魔までするなら私、あんたの翼を毟ってまで止めたんだから!
ほらみて、あの天使たちの空間を! 本当に無垢な可愛い子どもたち! そしてその子たちに囲まれたアーミアスくん! こうして見ると昔と変わらず可愛い! ちょっと大人っぽくなったけれど、あぁして遊んであげる優しいところはちっとも変わらないし!
本当に天使で天使なのよね!
「……私も天使、エレッタも天使だろう」
「馬鹿、喩えなんだから!」
床、もとい絨毯の上に座ったアーミアスくんにたくさんの子天使たちが集まるの。一人一人優しく頭を撫でてやって、何かを教えているみたい。私が近づいたら上級天使が近くにいるってことで萎縮しちゃう子もいるし、あぁいうのは大人がいないから楽しいものなの。だから詳細はわからないのだけど。
でも、まったく見えない訳じゃない。何枚かの羽根を組み合わせているのも見えたから……流行りの、というよりは伝統の羽根遊びじゃないかしら。他に遊べるものもここにはないから。
あんまりあの手の遊びをする子じゃなかったけど、師匠でもない私はアーミアスくんのことをあまり知らないのね。あんなふうにたくさんの天使と一緒に戯れているのも初めて見た。
大きくなっても変わらず可愛い。あのふわふわな頭をたくさん撫でられるイザヤールはいいなぁ。この男はめいっぱい褒めるというよりは、褒めるときは静かに称えるって感じの教育なんだから、きっと頭の触り心地を知らないのよ、勿体ないわね!
「さっき講義のあと私の抜けた羽根を拾って出ていったのだが、まさかそのために……?」
「……」
そのためじゃなかったらなんだって言うつもり!
イザヤールは間違いなく上級天使として実力のある天使。誰からの信頼もあり、その弟子もエルギオス様の再来と誰もが思うような優秀な守護天使になったのだし。
だけど、羽根遊びの羽根の製造元には向いてないと思うの。
遊んで作った飾りを身につけたり、眺めたりしているとやっぱり持ち主のことは思い浮かぶ。
だからみんな憧れの人や上級天使のものを使うのだけど、このままじゃ無垢な子どもたちが憧れのアーミアスくんと遊んだあと、「これは誰の羽根なんですか?」なんて聞いて、返事が「師匠のイザヤール様のものですよ」だったら震えあがるに決まってる。自分にも他人にも厳しいってもっぱらの評判なんだから。
地上にいつまでも留まるアーミアスくんを捕まえて帰ってくるのはもう名物だし。ええ、アーミアスくんは人間大好きだから、毎回目に見えて落ち込んでいるものだから余計イザヤールが怖く見えるのよね。
というかそれのせいで叱られないか不安になっちゃうに決まってる。アーミアスくんが叱られているのはもう、見たことのある子天使ちゃんはいないだろうけど、誰もが想像できるのよね。顔が怖いから。
私の羽根をあげましょう。まだマシでしょう。子天使ちゃんたちが凍りつく前に。
「……顔が怖い、か……」
天使で天使な天使たちのところへ行くと、アーミアスくんはあわてて立ち上がって、私に頭を下げる。真面目なんだから。それを真似した子天使ちゃんたちも可愛い。
私はニコニコしながら頭をあげるように言い、羽根をぶちぶちっと毟った。天使たちがかわいいからちっとも痛くないわ。幸い、まだ糸を通していないみたいだし間に合うよね?
「……エレッタさま?」
「ごらんしん!」
「いたくないんですか!」
「ふわふわー!」
「はねがいっぱい!」
「ちっとも痛くないよー、怖くないからねー」
目を見開いて固まるアーミアスくんと、降り注いだ羽根にふわふわになる子天使ちゃんたち。これなら紛れてどっちがどっちかもわからないでしょう。
「材料の提供、感謝いたします。……エレッタ様に一肌脱いで頂いたのだから、俺もすこし」
「そういえばアーミアスくん、翼については触れちゃダメだったよね! 二度としないでね!」
ぼろぼろの翼をそれ以上ぼろぼろにするのを許すわけにはいかない! むしろうとするその手を止めると、理を発動させたつもりはないのだけど、生真面目なアーミアスくんはぴたっと止まった。……うっかり理が発動してしまったかもしれない。アーミアスくんは真面目だもの。
「え、えぇ、そう仰るのであればもちろん」
「本来なら勝手に抜け落ちた羽根を使うものだからね! でも原材料のことを考える子天使ちゃんがちょっと不憫だっただけだから」
「原材料……ですか」
アーミアスくんはちらりと自分の師匠のことを見て、首をかしげ、でも私の手前だからか曖昧に頷いた。
そう、そうだった、アーミアスくんはいい子なの。優しくて、気遣いができる子。厳しいイザヤールにあれだけ長いことついていて音を上げないなんて、双子のラヴィエルか師匠のエルギオス様くらいのものなのに、ついていく子。
イザヤールのことを心底尊敬しているからハゲのことが頭に浮かんでもなんにも思わないのかも。子天使ちゃんたちが怯えることも分からないのかも。えぇ、怯えさせたのは翼を毟る奇行に走った私ですけど!
「じゃあ、そういうことだから……」
「はい、ありがとうございます。あの、これをどうぞ」
私は何かを被せられたみたい。ふんわり笑う天使ちゃん。本当に可愛い! って抱きしめたくなるけれどイザヤールの視線が背中に突き刺さっているからやめておく。私はとりあえずお礼を言って立ち去った。
被せられたのは、羽根で出来た素敵なリースだった。人間だけじゃなくて天使にまで天使でどうするのよ! ねぇ、イザヤール、あなたのところの天使は本当に天使! イザヤールの羽根でしょう、これ! 天使な天使が手を加えるだけでこんなに天使の羽根になるなんて!言っている意味が自分でもわからないけれど本当に!
え、贈り物をされたことがない? もしかして落ち込んでる? イザヤール? 大丈夫?
普通は師匠になにか贈ることはないから、ね? ごめんなさい、ほら、イザヤールもその剃りあげた頭に被る?
……案外子煩悩、いえ、弟子煩悩なんじゃないかな。もっと褒めてあげればいいのに、あの笑顔が好きなら。大切なら。
それから、アーミアスくんと遊んでいた子天使ちゃんたちは羽根の飾りを大事につけていたけれど、アーミアスくん自身は身につけてなかった。服装が真面目だから? あれくらいの飾りすら、真面目に考えて付けないのかな? と思っていたから私は何にも違和感がなかった。
でも、そうね、誰よりも天使らしく、模範的で、優しいあの子は……翼を疎んでいた。あの出来事を、百年の歳月が癒したとばかり思っていたのは愚かだった。
幸せになれたのだから、えぇ、終わりがよければ全て良しなのだけど。
あまり睡眠しない 燃費がいいのでそこまで食べない とくると三大欲求のうち一つがない上二つも希薄 となり、天使が何かにむしろ執着しない方が人間視点ではおかしいような気がするのでアーミアスは人間らしい天使(支離滅裂)
幸せにしている姿を見るのが幸せ、とくると 覗きを直接して裸体を見るより、可愛い服を着て喜んでいるところを見るのをありがたがるニッチな変態 つまり健康的な体つきをよく健康に育ってくれたと嬉しく思うような
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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