闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

56 / 103
51話 奪

 天使だから特別強いとかいうことはない。ただ、天使にはたまに人智を超える力を持つやつもいる。もちろん最初からそうだったわけじゃねぇ。外見が若くてもそういう天使は何百年も生きているから、経験の賜物が物を言うだけのことだ。

 

 俺の年齢から考えてみれば普通の人間に毛が生えた程度だってことが分かるだろ? それにウォルロの周辺は魔物が弱くて穏やかな地方だ。わざわざひよっこ天使を強い魔物の巣に放り込むような非天使道的なことをするような師匠じゃねぇし。

 

 決して強くはない俺は立つ。俺は戦う。それは人間たちの安寧のためであり、俺のためだ。人間たちの幸せは俺の幸せであり、彼、彼女たちの不幸は俺の咎。

 

 そういう風に最初からできてやがる。それを嘆くことはねぇ。どう言い繕っても人間の笑顔のためだけに命を投げ出せるし、それが俺にとっても幸せだからだ。人間たちを通さなければ幸せにもなれない輪廻の外の、存在だ。なにせ俺には来世はない。星になるだけ。前世ももちろんないだろう。星屑の記憶から生まれたような、神の下僕が俺たち天使だ。

 

 俺はどうしようもなくそういう風にできてやがるんだ。俺たちは、俺は、生き物というよりも明らかに機構だ。そうだろ? 命を最優先にしない生き物なんて、子孫を残せない存在なんて、肉と血でできた「からくり」や「しかけ」だ。

 

 間違いなく幾度もかばった体で攻撃を受けたらやばい。そう確信しながら俺が飛び出すのをやめないのもきっと、俺が人間たちのことを愛しているからではなく、そういう風にしかなれない存在だからだ。

 

 俺が、人一倍、いや天使一倍か、人間のことが大好きな天使だからってだけの理由なら嬉しいんだがな! 強制されているなら胸糞悪い! 効率的じゃねぇだろ、ここは生き延びさせてくれよ、神よ! もっと沢山救わせろ! 俺がもっと丈夫なら話は違ってきたんだぜ? なぜ俺は弱いんだ、なぜ!

 

 この戦いが終わったらリッカたんのところに帰るんだからな!

 

 というか相手の攻撃力が高すぎて魔法使いや僧侶が被弾してから津波がきたらマジでやばいから! バトルマスター? ついでにかばわれとけ! 回復は全体にできない現状なら一人回復してる方が楽だろ!

 

 メルティーの悲鳴。大丈夫だ、痛みによるものではなく、目の前で俺の腹部がえぐれたからだ。トラウマを植え付けちまったならすまねぇ。ドでかいくじらに腹をついばまれる同年代の外見の野郎なんて見たかないだろうな。その上イケメンならこういう場面でも絵になるらしい。こんなところで格差社会!

 

 俺にもっと太い眉をくれ! 俺の肌がなまっ白いのが悪い、小麦色の肌になりてぇ! 目力が足りねぇんだ、覇気のない目よりも迫力あるつり目になりてぇな! そして何よりホコリと同じ色をした髪の毛が悪い! 灰色以外なら何だって良かったのによ!

 

 俺は激痛をもたらす「ぬしさま」に唾を吐きかけてやりたいが、外面が悪いんで堪えながら、必死で睨みつけた。そんなことしたくたって口から真っ赤なトマトジュースが降り掛かってる気がするが、まぁ不可抗力はガラ悪くはないだろう!

 

 「ぬしさま」。ツォに海の恵みをもたらす存在。だが今は間違いなく人間たちの敵だ。まぁこいつくじらだし、なんらかの感覚で俺のことを天使とわかって食ってるならいいが、俺を普通に人間だと思って食ってるなら災害指定してやる! 俺よりもすげぇ歴戦の上級天使の討伐隊を組む様にオムイ様に進言してやる!

 

 だが今は! オリガちゃんを返すまでは俺は退かねぇからな。腹を食われたまま俺は剣を突き立てた。何、この巨体だ。これぐらいじゃ俺と違って少々痛いだけだろ。死にやしねぇ。

 

 抵抗するように津波が押し寄せる。もう足を取られることはない。打ち寄せる波によってダメージを受けても呼び寄せている存在に思いっきり組み付いているからな。

 

 はは、クソ痛てぇ。ガトゥーザの回復が届くたびに牙が食い込んで腹に大穴が開きやがる。足元を見なくても俺とこいつの血で赤い水たまりが出来てることがわかるぜ。くじらって臼歯ですり潰すように食べるんじゃないのか? こいつ肉食の……捕食種の種類なのか? 随分牙がご立派なことで。ますますオリガちゃんの無事が気になる。

 

 てかせっかく食った朝飯全部食われちまったんじゃね? 大した量ないけどな。だがこうして俺が抑えている限り仲間たちには遠距離攻撃しかいかねぇってことだろ? なぁ? 人外同士仲良くしようぜ。人間にはそれぞれ手を出さないってことで手を打とうぜ?

 

 ほら見とけ、俺を抜いても三対一だ。分が悪いぞ、早くオリガちゃんを離せ。メルティーからルカニが降り注いでいて不利になっていくぞ? 俺の攻撃も結構痛くなってきたんじゃないのか? 俺もそろそろ臓物あたりを攻撃されるのは勘弁だしな。なぁ?

 

 鈍い音を立てて「ぬしさま」の顔がマティカに何度も何度もド突かれている。何も剣を捨てて考えなしに特攻しているわけじゃないだろう。あれはあれでなにかの技っぽい。

 

 いいな、あれ。本当にむかつくやつには拳で殴るって決めてるからな。いつかぶん殴ってやりたいほどむかつく野郎が現れたときのためにあれだけは覚えておきてぇな。てかあれ、まだ武闘家抜けてねぇよな? 普通に強い技だしまぁいいか。マティカの魔力はすべて戦闘力に変換だしな。

 

 人間も天使も基本構造には変わりはねぇ。痛みでハイの俺は疲労も痛みもだんだん慣れてきて、頭が冴え、素晴らしく周りがはっきりゆっくり見えた。

 

 そして剣を突き刺したり殴りつけたりと死ぬ気配なく暴れまくる俺を「ぬしさま」は離した方がいいとやっと気づいたらしい。ぺっと剣ともども吐き捨てられた。俺はといえば、我ながら見事な生命力によって地面に叩きつけられても生き残り、若干遅い解放にむしゃくしゃしながら、跳ね起きて構えをとる。

 

 傷は駆け寄って来たガトゥーザによってじわじわ塞がりつつあるし、まぁいけるだろ。腹はとりあえず中身ぶちまけなきゃいいんじゃね。世話をかけたガトゥーザも後でサンディと一緒に甘い菓子やるよ。ていうか俺の腹の中身を見るハメになった幼い子にはアフターケアだ。みんな食ってけ。

 

 味はそこそこ保証するぜ? 何せパンと比べても量も値段も可愛くないやつだからな。セントシュタインで見つけたんだが、あれって多分貴族とかそういうやつが食うんじゃね? まぁいい、俺は人間より食費がかからねぇから金は浮いてる。人間が好きそうな味だったな。あそこまで甘くなくてもいいだろうに。だがだからこそ、詫びにはふさわしい。

 

 俺からわずかに距離を置いて見定めるような「ぬしさま」と睨み合いをしていると、サンディがすっ飛んできた。俺が解放されるのを待っていたんだな? 賢明だ。食われてる時の俺の抵抗の中じゃ巻き込まれかねないからな。

 

「ちょっとアーミアス! 食べられてたケド、ヤバくね?」

「サンディ。危ないですよ」

「アタシは飛んで逃げれるし!」

「ガトゥーザは優秀な人です。もうすっかり塞がってしまいました。ほら、安心なさい」

「アーミアスがやられちゃ、ニンゲン助けたって意味ないじゃん!」

「俺はやられたりしませんよ」

 

 サンディは優しいな。俺の心配をしてくれるなんて。天使は人間たちのためならきっとその場で朽ちることが出来るのに。……天使界に当てはまりそうにない守護天使がごまんといるのは嘆かわしい。だがこれに限ってはとやかく言えることじゃねぇな。命が惜しい天使もいる。俺は惜しくない天使、それだけ。もちろんできるものなら生き残りたいが。

 

 それでも「ぬしさま」から目はそらさない。だというのに気を悪くしないサンディは本当に優しいな。ガングロギャルは優しい、覚えた。それともサンディが優しいのか?

 

 機を逃すな。俺はサンディが押し寄せる波から遠ざかり、巻き込まないと判断した瞬間、足の力だけで跳ぶように努めて、思いっきり斬りかかった。翼の補助はない。それを理解をすることはまだまだ難しいが、分かってやってるなら出来ないこともない。

 

 会心の一撃だろうか。はっきりした手応えを感じ、俺と負けず劣らずずたずたになって「ぬしさま」はとうとうどうと倒れる。

 

 俺は剣をまだ収めることなかったし、怖かったんだろう、俺が生きているか確かめるために後ろからぎゅっと抱きしめてくる小さく幼い子を安心させるために頭を撫でてやることはしなかった。できなかった。まだ警戒していた。

 

 横倒しになった「ぬしさま」の口が少し開き、中からは無傷のオリガちゃんが出てきてくれた時は、俺は本当にほっとして、安堵のあまりうっかり俺もオリガちゃんの無事を確認するために抱きしめに行くところだった。

 

 危ねぇ。可愛い子にタッチ罪で俺も現行犯逮捕されるところだったぜ。

 

 代わりに、俺は血まみれながら少しでもオリガちゃんが安心できるようになるべく優しく微笑みかけた。くっついていたメルティーは俺がなにかする前にマティカに剥がされた。良くやった、俺がロリコンで逮捕されるのは免れた。

 

 い、いや別に? 俺は何もやましい事考えてねぇけど? メルティーってクールビューティーだからすげぇ信仰心に押され気味とはいえここまで分かりやすいデレは貴重なんだぜ。それを堪能したかったわけじゃねぇ。こんなに懐かれるなんてもうサイコーじゃねぇの? 人間は誰でも可愛いんだ。

 

 さて。すべての魂は等しく救われるべきである。天使界一人間好きの俺はどうしたって人間ばっかり贔屓しちまうが、魔物も人間も本来なら共に歩む隣人であり、友になれた存在。なんの因果かいがみあっているし、魔物は天使も人間も排除しようとしてくるやつが多いが、関係ねぇ。その魂は等しく尊く、共に歩むために生きている。

 

 「ぬしさま」は魔物に属する生き物に見えるが、オリガちゃんの祈りで魚という恵みをツォにもたらしていたくらいだし、心底邪悪な存在でもないだろ。だがこの強さは正直異常だ。なにせ、周りの魔物の強さからしてみれば常軌を逸した存在だ。自然にそんな存在が現れるのか?

 

 まぁ現れることは往々にしてあるんだがな。だが今回は疑おう。女神の果実がどこに転がっているのか分かったもんじゃねぇんだ、「ぬしさま」に関してもその線を疑っても損はねぇ。

 

 てか気づいたんだが、村長が可愛い子にタッチ罪なら「ぬしさま」とかアウトにも程がある。可愛い子を食べちゃいたい気持ちは分かるけどな! 本当に食うとか、ないわ! リアルペロリズムを許容するわけにはいかねぇわ!

 

「あたし……なんともない……」

「オリガさん」

「アーミアスさん、わっ、怪我してますよ!」

「今は俺のことはいいですから。離れましょう、とにかく」

 

 オリガちゃんが頷く。すると「ぬしさま」が起き上がって、俺を思いっきり威嚇した。幸いまだまだハイになっている俺は臆することなくオリガちゃんを背後にかばうことに成功した。次食うなら俺にしておけ!

 

「あなたはオリガさんに恐怖を与えていることを理解しているのですか!」

 

 恐らく、「ぬしさま」というのはオリガちゃんのことが大好きなんだろう。健気で可愛い、一生懸命な子だ。よく理解できる。中途半端な心を持った生命体はそういった無垢な存在に惹かれるものなのだろうか。

 

 分かるが許さない。誰だって巨大なくじらに食べられて気分がいいわけがない!

 

「大きな生物に食べられて、口の中でいくら怪我していないからといって恐怖がないとお思いですか! あなたがオリガさんを大切に思っているなら出直しなさい!」

 

 ……なにやら様子が変わった。俺の言葉が響いたようには見えねぇけど。言葉が通じるなら苦労はしねぇよ。最初から敵だとみなしている相手の言葉をほいほい聞くわけねぇし。まぁ、言語という意味なら通じているんだろうが。

 

 オリガちゃんをマティカにでも託してツォまで運んでもらった方がいいだろうか。もう一戦となると流石に庇いながらやれそうにねぇ。いっそ全員で逃げるのも手か。

 

 だめだ、「ぬしさま」なら、ツォの浜までひと泳ぎ、逃げることは出来ねぇ。

どの閑話が読みたいですか?

  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
  • その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。