闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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50話 愚計

「どうだ、綺麗な場所だろう。ここならゆっくり話せると思ってな」

 

 おっさんといたいけな少女という組み合わせでなければ俺もゆっくり出来たんだがな。お前、もしかしてペロリスト・邪か? たまにいるんだよな、偉大なる初代ペロリストのような素晴らしく謙虚な人物と違って相手を不快にしてまでぺろぺろする困ったやつが……。

 

 邪悪なペロリストには天罰という名の拳だからな。相手の気持ちがわからない幼き者には夢枕にでも立つ能力が欲しくなってくるぜ。

 

 もちろん夢の中でこんこんと相手の気持ちを考えて行動することによって互いに平和に過ごせるのだということを説くためにな。もちろん、ペロリズムにも考慮はするぜ? 頭の中で考える分には自由だとも話すさ。リッカたんを思う存分ぺろぺろするのが許されるのは俺の心が自由だからさ。

 

 俺の心は天使の理にガッチリ縛られない限り常に天使を辞めたがり、人間たちと同じ時を歩みたがり、リッカたんをなによりも大好きに思ってるんだからな!

 

 てかこいつオリガちゃんの肩をぽんっとしたな。ふむ。こいつは疑惑の判定。

 

 ところでこの肩タッチはどう判断すればいい? 俺もトト少年の頭を撫でたくらいだしソフトタッチはセーフでいいのか? それともこいつをしょっぴいたあと俺もショタコンとしてしょっぴかれるべきなのか? 俺の年齢からするとおじいさんに触れてもショタコンになるが。それはまぁ関係ないか。

 

 とりあえず俺が幼き者へ邪な心を持っているのは確かだしな……。い、いや断じてさっきは健気でかわいいなーと思っただけで、邪な気持ちで撫でたんじゃないからな! かわいいなーって、それこそが邪な気持ちか! 別に、頭が触りたかったわけじゃねぇから! せめて安心してくれよなー、本当に人間はかわいいなーくらいの軽い気持ちだからな!

 

 で、この村長は邪なんじゃないか? と、疑うのは良くないが、オリガちゃんはすっごく可愛い女の子で、健気で、優しくて、特に守りたいような子だ。可愛くて無垢な存在を人間も天使も神も好むからなぁ。それが一種の「さが」とはいえ許されることではないだろうが。自己天罰すべきなのかもな。

 

 まぁ待て、俺はただの人間大好きな真摯なペロリストでつまり、たとえ姿が見えなくともパンツは覗かない紳士なのでリッカたんに恥ずべきことは何もしていない。ゆえにセーフ。見えたらラッキー、それだけだからな!

 

 よし、俺はまだ地上にいたい。ここはセーフにしておいてやる。タッチについてはオリガちゃんが嫌がったらアウトだ。そうだ、相手が嫌そうならアウトでそうじゃなきゃセーフなんだ。そうだろ? さっきのはセーフ、これもとりあえずセーフだ。

 

「ここのところ祈ってばかりでお前は疲れてしまったんだろう、うん……仕方ない。浜でお祈りをするのはもうやめようか」

 

 お? こいつ名村長?

 

「村人にはワシから、お前の力は消えたのだと言っておこう」

「村長さま……」

 

 やべぇ俺、完全に先走ったんじゃね? これは頃合を見計らって連れて帰るよりも、頃合を見計らって隠れて護衛を遠くから見守りながら帰る方が正しい。俺の心が汚れていた。すまねぇ。

 

 人間はいつまでも幼い存在ではないと、改めて学ぶことになるとは。俺もまだまだ人間に対して真摯になりきれていない天使なんだな。人間に俺はいつも学ばせてもらっていたじゃないか。

 

「それでだなオリガよ。お祈りは浜ではなくここでこっそりとしようではないか」

「……」

 

 やっぱなし。やっぱさっきの撤回。きな臭い。こいつは邪悪なペロリストだ。可愛い子にタッチ罪だ。悔い改めろ。安心しろ、お前も天使から見れば可愛い人間だ。だが考えてみろ、いたいけな少女にとってお前は欠片も可愛くないおじさんだ。可愛い子に恐怖を与えるような行為はするんじゃねぇ。

 

「海の底には珊瑚や真珠、沈んだ船の宝があるだろう? お前ならそれをぬしさまに持ってきてもらうこともできるのではないか?」

 

 お前は可愛い子にタッチ罪現行犯で天罰だ。拳骨は頭にしておいてやる。

 

 なんで人間とか一部の魔物は光り物が好きなんだ? あんなもの食えねぇじゃねぇか。病気が治るわけでもねぇし。魚を欲しがるのはわかるが、なんでそんなもの欲しがるんだ? 貨幣経済は分かってるぜ。価値があるのも、わかってる。

 

 だがそもそも、なんで欲しいんだ? 

 

 俺は誰かの幸せの方がずっと嬉しいし、飢えずに済んだ人間たちの安堵を見ているとこっちまで腹一杯になって満たされる。天使というのは根本的に人間と感性が違うんだろう。それも理解している。だからこそ、愛する人間たちよ、どうしてそんなもの欲しがるんだ。それが知りたい。リッカたんも好きなんだろうか?

 

 その財宝とやらは何かを産むのか?

 

 今回に至っては可愛い子の顔が曇ってるし、嫌がってるじゃねぇか。負しか生んでねぇ。しかも今、こっそりって言ったな?

 

 今は魚を村全体で分け合っているのに独り占めするってことだろ? このビーチみたいに。

 

 背中が煤けちまいそうだぜ。俺の顔がいつにもまして歪んでるがこればっかりは許してくれ。俺は、人間を処罰するための存在ではなく、人間の健やかな命を陰ながら守護する機構だ。装置みたいなものだ。

 

 だから、この俺の感情が正しいのか間違っているのかは分からねぇ。分からねぇけど、今、俺はオリガちゃんを守るべきなんだ。そうだろう、いつだって神も天使も贔屓三昧だ。いつだって俺は自分の判断で無垢なる者を守ってきた。

 

 オリガちゃんが村長の手を振り払った。有罪確定だ。思いっきり嫌がってるじゃねぇか。ロリへのノータッチを守れ! その原則を守れない悪い子には天罰だな!

 

「財宝?! 村長さまは何をおっしゃるのですか!」

「慌てるでない。たまにでいいのだ。お前が気が向いた時だけで」

「……あの手の輩が、あんな口約束を守った試しがない」

「おれもそう思うよ」

 

 ガトゥーザとマティカにはなんか身に覚えがあるみたいだな。メルティーは最初から村長睨んでるしな。

 

 欲望、か。欲と俗に塗れた俺が憤るのは許されるんだろうか。許されなくてもちっとばかり、むかっ腹にくるな。

 

「そうしてくれば、ワシらは豊かに幸せに暮らすことが出来る」

「豊かで幸せ?」

「そうだ、約束しよう。だからもう、帰ってこない父を待つのはやめなさい。これからはワシがお前の父になろう」

「ちがう……」

 

 サンディが俺の背中をバンッと叩いた。行けってことか。俺も飛び出してぇよ。だがまだだ。今は、俺のような存在が口を出していい時じゃない。俺はどうやったって、彼女たちと同じ目線じゃねぇからな。遥か高みから見ているようなものだ。

 

 だから、まだだ。もし、彼女が助けを求めるなら、もう飛び出してるが。人間の行動はなるべく邪魔しない。地上の生命の営み、その尊い輪廻から外れている者の鉄則だ。身に危険が及びそうならその限りじゃないってだけでな。

 

「やめて! あなたはあたしのお父さんじゃない! あたしのお父さんは……」

 

 ……待て。

 

 海から、怒り狂った巨大な気配が、しないか? 邪悪な気配ではないが、こいつはまずい。あんな崖っぷちにいると危険だ。地面が揺れる。仲間たちより地面を歩き慣れていない俺は周りが踏ん張って耐えているのにすっ転んだ。反射的に羽ばたいて転ばないようにしたつもりだったが、羽ばたく翼は失っていたことも失念していた。

 

 オリガちゃんと村長も海の異変に気づいたらしい。慌てて海を見ている。おい、走れ! こっちだ!

 

「アーミアス、行きなさいよ!」

 

 サンディがなんとか起き上がったもう一度俺の背を叩いた。俺は足をもつれさせながら駆け出す。飛び出してきた巨大なくじららしき存在は怒り狂い、何をしでかすやらわからない。こいつがどんな存在であれ、あの大きさじゃあのしかかられただけで死ぬ! 彼女たちが危ねぇ!

 

「おお、ぬしさま! よくぞいらっしゃいました!」

 

 ばっか野郎! 今はそれどころじゃねぇだろうが! そいつが「ぬしさま」だろうがなんだろうが殺気は抜群、食い殺す準備は万端に見えねぇのか!

 

 俺たちは道をうまいことふさぐようにおろおろしていた、村長の護衛には悪いが強引に道を開けさせてもらった。だが、こっちに連れてくるには少しばかり遠い。まだ、届かねぇ。目の前の巨大な存在に目を奪われた二人はこっちに気づきそうもねぇ。

 

「ほら早く祈りなさい、財宝を持ってきて頂かないと」

 

 くじらは明らかに村長に向かって吼えた。まずい。今の言葉はどう考えても怒らせてるだろう! 後ずさりする村長と、呆然とするオリガちゃん。俺の手は届かない。俺に翼があれば、届いたのに。

 

 翼を疎んできた自分が憎い!

 

 そして、目の前でオリガちゃんが、呆然として、身動きも取れないまま、丸呑みにされた。

 

「……っ!」

 

 反射的に剣を引き抜く。相手が「ぬしさま」と呼ばれるような神聖な存在であっても、これはさすがに守護天使として見過ごせねぇ!

 

 腰が抜けた村長? マティカが後ろに投げ飛ばした。あの程度では酷くても打ち身程度で済む。巻き込まれた方が重傷になるだろうから許せ。

 

「オリガさんを離しなさい!」

 

 くじらは、いや、「ぬしさま」は現れた俺たちにも村長へ向けたものと同じ憎悪を向け、激しく吼えた。俺は立ち竦みそうになる足をなんとか踏ん張り、剣に炎を宿して斬りかかる。威嚇の一撃は退こうともせず、むしろ殺意によって飛び出してきたことによって突き刺さった。

 

 背後から飛び出してきたマティカも同じように火炎斬りを叩き込んだものの、直後、俺たちは激しい水に押し流された。俺は崖の方に引きずり込まれそうになるのに踏ん張る力もなく、ただ地面に剣を突き刺して耐えることしか出来なかった。「ぬしさま」が呼んだのか。天災を操れるような存在なのか!

 

 本能では引き返せと叫んでいる。俺はそんなビビりよりも胸の内からこみあげる、人間を救うために何としてでも行動しろと訴える声の方に耳を貸す。

 

 この憎悪はなぜ俺たちにも向いているのだろう。村長の仲間だと思われているのだろうか。オリガちゃんを食べた「ぬしさま」は、何を思っているのだろうか。考える、考える、しかし理解不能。

 

 ただ、分かったのはな。話しても分かろうともしない敵もいるってことだ。俺が何を言おうがこいつは聞きもしないだろうよ。話せるのは袋叩きにしてオリガちゃんを取り戻してからだろうな。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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