闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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49話 浅知恵

「おはようございます、みなさん。さて、今日はどうしましょうかね」

「船が出ないみたいだから、外で修行しようよ!」 

「それについては同意です。完璧なヒーラーになって見せます!」 

 

 ヒーラーって、あなたは僧侶ですよ兄さん。信仰心がないのもいい加減にしてください。いくら家が完全に教会の悪いところを掃き集めたところだとしても。あなたは慈愛の心を持って人々を癒し、導き、神の教えに忠実な修行の身であって……。こほん。

 

 あんな兄さんの言葉にもアーミアスさんは眉一つ動かさずにしてらっしゃる寛大さにもっと感謝したらどうなんですか。つまり私たちが天使様を疎かにされたような気持ちを、神を軽く見たその言葉によってアーミアスさんが味わっているわけですよ。

 

「私はオリガさんのところに行ってからにすべきだと思います。昨日の様子ではきっと、すげなく断られているでしょうから、心配です」

 

 アーミアスさんは頷き、私の案を取りました。ところが彼女は家にはいませんし、村人いわく、今日は村長直々にぬしさまを呼ばない日にしたらしいのです。ですから浜にもいません。

 

 一日くらいはなんとかなるらしく、話があるということで村人からはのほほんとした答えしかありませんでしたが、まぁいいでしょう。

 

 ですが、村長の家にもいませんし。どこで話すというのでしょう?

 

 すると、オリガさんくらいの年齢の身なりの良い少年が私たちを見てやってきました。

 

「……旅人さん? オリガと昨日話してたよね?」

「えぇ、そうですが。彼女がどこにいるかご存知ですか?」

「パパが、オリガがもうぬしさまを呼びたくないって言ったら、プライベートビーチに連れて行っちゃったんだ。あのね、なんだか嫌な予感がするんだ。だから、その、見てきてほしいんだ、旅人さん!」

「プライベートビーチに?」

 

 子どもだから信用していい、信用してはならないということはないですが、なんとなく信じても良い気がします。プライベートビーチということは他人は入ってこれないところでしょうから、なにがあったとしても助けを求める声は届かないはず。

 

 あの小さい子をそんな目危険な目にあわせるわけにはいきません。久しぶりに私にも情が湧きましたから。

 

 あぁ、アーミアスさんについて行って良かった。アーミアスさんなら必ず、必ず彼女の身を案じる方ですから!

 

「洞窟の向こうにあるんだけど、洞窟に魔物が出るからオリガ、一人で帰ってこれないよ……」

「分かりました。危険そうですし、みんな連れて帰ってきますよ」

「ありがとう! あっ、僕はトト! オリガに言ったら、分かってくれるよ!」

「分かりました、トト。俺はアーミアスといいます。もし誰かにこのことを咎められたのなら旅人が勝手にしたということにしておくと良いでしょう。では、みなさん、いきましょうか」

 

 篭手をはめた手が少年の頭を撫で、少年の手によって村の奥の木の扉の鍵が開かれました。

 

 少し浜を歩いたその先の洞窟は想定よりも深く広く、なるほど戦うことも出来ない少女一人では歩いて帰ることすら困難でしょう。その上外よりも強い魔物までいます。

 

 急いで向かわなければどうなっているかもわからないのです。魔物はやむを得ない場合以外は倒さず、追い払うように進んでいきましたが、強い魔物というのは早々逃げたりしません。結局戦うはめになり、それによって経験を積むことは出来ましたが、時間はどうしてもかかってしまいます。

 

 内部の複雑な入り組み方にも原因があります。足を取られる深さの水を避けて飛び石を頼りに進んでいても足場は悪いですし、そんな状況で魔物と戦っているのですから、疲労もします。

 

 しかしアーミアスさんはまるで道が分かっているかのように進まれているので迷うことはありません。

 

 普段は私たちが置いていかれないように五感の足並みを揃えてくださっているのでしょう。しかし天使様として見過ごせない時は存分にその力を発揮してくださる……こんな時じゃなければ拝んでいるところでしたよ! あぁなんと素晴らしい!

 

 それにしても。会ったこともないツォの村長は、聞いている限り自分の身を可愛く思うという点では普通の人間です。ですから、腕のいい護衛を連れているはず。オリガさんは無事なはずです。えぇ、現状に流されることなくきちんと声をあげることができる強い子なので、無事ですよね。

 

 それに、村長にとってオリガさんは失いたくない存在でしょうから。えぇ、それは喜ばしくなくても、彼女の身を守るなら、それで良いのです。……と、アーミアスさんなら言うでしょうね。私ではそんな考えは持てませんよ。

 

 私なら、アーミアスさんを煩わせることになった力がそもそもなければよかったと思ったでしょう。彼女の心を知るまでは。しかし、私はオリガさんの心を知りました。私は、苦悩する人間に吐き捨てる言葉を持ちません。ですから、えぇ、天使様のようになれなくても、優しくありたいです。彼女には。だからこんなことは思いたくなかった。

 

 この先で何が待ち受けているかわからないので作戦が変わりました。魔法を節約するために、私はもはや恐怖も躊躇もなく魔物の頭に向けて杖を振り下ろします。何度も何度も振り下ろします。魔力を奪い、その命まで奪います。

 

 えぇもう、何も怖くありません。魔物を哀れには思っても、恐怖によって竦むことはありません!

 

 私はきちんとしたお導きを受けています。あの手が指し示すその道をゆくことになんら疑問を持ちません! えぇ、この道が正しいものであると素晴らしいことに確信でき、正しく努力することの出来る私はなんて幸福なんでしょう!

 

 

 

 

 

 

 洞窟を抜け、空が見えるところまで来た。俺の予感はこの先にとんでもない存在がいるんじゃねえかって囁くが、引き返すような時間はない。ガトゥーザに回復は薬草を中心にするように言って、メルティーも魔力を節約するようにしてもらい、俺たち転職組はそろそろ発揮できるようになった力でなんとか道を切り開く。本領発揮はまだまだ先そうだが。

 

 さすがに緊急事態だからな、サンディがこっそり先回りして、道を教えてくれてるんだが、喋ってる余裕もないし黙ってやってるから俺がなんかすげぇ勘が良い奴みたいになってね? まぁいいか、あとでサンディには甘いものでもあげよう。妖精が人間や天使と同じものを食べられるかなんて知らないが。

 

 もどかしく白い階段を駆け上がる。するとようやく、目の前が拓けた。

 

 無粋な看板を無視すれば、そこは確かに独り占めしたくなる気持ちも分からないでもない、美しいビーチ。

 

 ここにリッカたんを連れてきてみたい。ロマンチックじゃねぇか。吊り橋効果でもなんでもいいから良く思われてぇ……。つい思考が逸れるくらい、海と空の対比は綺麗だった。白い砂の地面と、青い空と海。その先は切り立った崖だったが、十分だ。ここで日の出を拝んでみたいぜ。

 

 で、オリガちゃんと村長を発見したから俺たちはこそこそ隠れる。護衛のやつら? とりあえず気づかれなきゃいいだろ。気づいても話が始まれば雇い主の邪魔にならないように騒がないはずだしな。頃合を見計らって全員村に連れ帰るぞ。

 

 後で文句言われてもまぁ最悪ツォを追い出されるだけだしな。

 

 とにかくなんか話してるみたいだ。そのために連れてきたんだろうし、流石にそれを邪魔する気はない。とっとと話してくれ。トトが心配しているはずだ。

 

 美しい空、穏やかな海。だというのに俺はなんとなく、胸が嫌な感じに波打って、居心地が悪かった。嫌な予感というやつだろうか。




サブタイトルに法則があるのですが(一覧にして見たらわかります。波になってるだけです)43話と44話の間に四文字のタイトルを付け忘れていました。特になにかの伏線というわけではありません。

どの閑話が読みたいですか?

  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
  • その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)

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