47話 堕落浜
「さて今後の方針ですが」
「はい!」
「とりあえず南下しましょう。ツォという漁村があるようですから、船を出してもらえるか聞いて、別の大陸へ向かう予定です」
「ツォでは船、出してたはずです」
メルティーは勤勉だな。
「良かったです。ではその方針でいきましょう」
女神の果実がどこに落下したかわからない以上、しらみ潰しに探すしかないだろう。ということでいきあたりばったりなわけだが、ゆっくりしているわけにもいかねぇ。放置しているあいだに街一つ吹き飛びかねん。
少なくとも人間の一人や二人はあっという間に殺せるエネルギーがある。ダーマの大神官は救えたが、うっかり食ったなら、吐き出させても命の危険があってもおかしくねぇだろ。
なので俺は泣く泣くリッカたんのところに帰らずにダーマで一夜過ごしたからリッカたんチャージが足りねぇ。リッカたんの行き届いたベッドじゃなかったからタダ宿だったのになんとなく体の節々が痛てぇ。
変な夢を見たからかもしれねぇが、うちのパーティのレベル15以上の魔法使いは妖精の依頼を受ける気がないらしいからもうどうでもいい。悪いが天使の理的にも先約が絶対だ。
というかリッカたんの笑顔をぺろぺろしていないのでそのへんで行き倒れる危険すらあるから急がねぇと。リッカたんの笑顔は最強に可愛いからな、それをチャージしてないんだぜ? もし行き倒れたときはセントシュタインまで運んでくれりゃ自動で蘇生するからよろしくな!リッカたんを覗いて全回復してくるからな!
リッカたんの写真すら持ってねぇ俺はそろそろリッカたん含むウォルロの住人から浴びせるように持たされた薬草でもぺろぺろするしかねぇのかもしれねぇ。とりあえず俺は決めた。次の女神の果実を見つけたら何がなんでもリッカたんをぺろぺろしに帰るってな。
リッカたん! あぁリッカたん! 俺のオアシス! 俺の女神! 神は助けてくれねぇけどリッカたんは存在するだけでもうかわいい。ありがとうリッカたん、元気に育ってくれてありがとう!
今は自分の日記を読み返してリッカたんの可愛らしさについて思い返し、再認識することでなんとか正気を保っている。リッカたんなら俺に「今日もお疲れ様!」とか「頑張ってね!」とか言ってくれるはずだろ、俺はそれを信じている。だから頑張る。
リッカたんが今日も元気に頑張ってると思うと、俺が情けないわけにはいかねぇよな。リッカたんのサイコーな宿を更にパーフェクトにするために宿の周りを掃除して回りてぇし、リッカたんのおじいさんが元気か確かめてぇし、ニードがどうしてるかも気になるが、俺は俺の務めを果たさなきゃならねぇ。ままならねぇ。分身してぇ。
とりあえず……記憶の中のリッカたんぺろぺろ! リッカたん可愛い! リッカたん真面目で健気で最高に勤勉! あんな可愛くてサイコーに頑張ってる子、俺がなんとしてでもひっそりこっそりサポートして幸せになってもらうしかねぇんだ!
しかも守護天使の翼がもげても輪が飛んでも信仰心が揺るがない敬虔さ! 守護天使が俺のような天使のイメージに反するやつでもあの笑顔が曇らない別け隔てのなさ! 慈愛の女神か! プリティーの女神なのか!
最高! ぺろぺろ! リッカたん大好き! ぺろぺろ! かわいい!
あのおかっぱを包むバンダナになりてぇ。バンダナだとリッカたんの頭しか守れねぇからやっぱり守護天使でよかった。せめて師匠のような男前な顔をして、あんなムキムキ天使なら今頃キャー! 素敵! くらいは言われてたんだろうか。キャー! 素敵! ……言われてみてえな。
チッ、顔の格差。
せめて髪の毛が金髪で目が青い典型的な天使ならそれはそれでワンチャンあったかもしれねぇ。俺みたいに羽根があっても浮いて、無くても人間の中で浮くようなやつは一番中途半端がいけねぇ。だというのにオートバレはあるんだからこの世は理不尽だよな。もう拝まれるのは勘弁だ。
だがリッカたんは優しいから俺の顔がどうであれ俺にも優しいんだぜ。ぺろいぜ。嬉しいぜ。なにがあっても守りたいぜ。あぁ俺が守護天使でよかった。天使界から一羽ばたきも出ない役職じゃなくてよかった。リッカたんぺろ! ぺろぺろ! ……やべぇこれは無限ループするわ。
そろそろ脳内も少し真面目になるか。
バトルマスターなりたてのマティカ、戦士なりたての俺。装甲が脆くてさすがに今誰かを庇ったらぶっ飛んじまいそうだ。だがここぞとばかりに魔物を焼き尽くすメルティーが、ぶっ飛ぶ寸前にすっかり回復させてくれるガトゥーザが頼もしい。俺が剣を抜いた頃には終わってる時もある。そういうときは全自動祈りマシーンみたいになってるぜ。
だから経験というものが溜まっていく。見る間にレベルが上がっていくのを感じる。戦士というのは頑強な職業だ。ホイミは使えないし、魔力も低いが力や体力は旅芸人と比べ物にならないほど高くなる。すぐに元の戦法に戻れることだろう。剣も盾も前のままだ。羽飾りバンドを大手を振って装備できないのもいい。
対してマティカは剣、オノ、ハンマーという新しい武器の選択肢に悩んだらしいが剣を選んだ。なんでも、俺に剣を教わったのが嬉しかったとか。あの程度の握り方の手ほどきぐらいで教えたと言われても、教えたにも入らないと思うんだが、まぁいい。得物を揃えればいざという時も使い回しができる。
ただ、素早かった身のこなしがすっかり失われているのが気になるが、打たれ弱かったのがマシになるだろうからなんとかなるだろう。俺ともどもしばらく修行を今まで以上にやろうな。
さて、ツォは船を出しているか。メルティーの知識を疑っているわけじゃねぇが、海の調子とか俺にわからねぇし。時化てるなら無理、とかぐらいの知識はあるからな。海はそこそこ穏やかに見えるし、大丈夫だとは思うが。
……ツォの民に何もなければいいがな。
このままじゃダメ。村の人はちっとも漁に出ないし、村長さまはそれでいいと思ってるのかな。
あたしはこの村が好き。一生懸命漁をして、魚を食べる時の笑顔。漁のあと、女たちで網を解いて干して、男たちは疲れを癒しながら過ごす昼下がり。
でも、もうそれはないの。お父さんが死んじゃってから、あたしにはぬしさまを呼ぶ力ができた。それのお陰で飢えることはないし、寂しいけれど、一人でも生きていける。でも、こうなってしまうくらいなら、こんな力、ない方が良かったんじゃないかな。
もうここは大好きだったツォじゃない。でも、まだ、大丈夫かも。トトがいてくれるから。トトは、まだ、欲に目が眩んでいないから。
このままじゃダメなの。どうしたらいいのだろう。
今日も、ぬしさまに祈る。ぬしさまが現れて、魚が浜に打ち上げられる。村人はそれに群がって、後でたぶんいくらか私の分を持ってきてくれる。そして明日も頼むよって、そう言って、あたしは眠れない夜を悩みながら過ごす。
ふと、浜に見慣れない人たちがいることに気づく。服装が村人たちみたいなものじゃなくて、剣とか杖とかを持ってるから多分、旅の人。ダーマから来たのかな。もうここの人は危ない船旅なんてしないから、大陸へ船を出すことはないのに。
……でも、外から来た人なら、この今のツォをおかしいって言ってくれるかもしれない。なんだか話し合いをしてるみたいだけど、話しかけてみよう。
「あの、旅人さん……?」
「はい、なんでしょう、お嬢さん」
声をかけると鉄かぶとの人が振り返った。
すごく、綺麗な人だった。あたしよりちょっと大きい、剣を背負った男の子がなんとなくこの人は渡さないぞって顔をしてたけど、気持ち、わかるよ。すごく綺麗だ。そして優しい声をしてる。
目がね、真っ黒で、吸い込まれるみたい。優しくって、そう、言うなら、天使様みたいなの。でも翼はないし、輪っかもないから、浜の外にはこんなに綺麗な人がいるんだなぁ。
「あの、夜、私の家に来てくださりませんか。ちょっと聞きたいことがあるんです」
「夜?」
「はい。あたし、これからちょっと用事があって。忙しいならすみません」
「大丈夫ですよ。大陸に船を出してくれないかもう少し交渉するのでどれだけ早くても出発は明日ですからね」
「大陸に……あたしも、口添えできたらいいんですけど」
「いえ、気持ちだけで。危険な船旅をどうやら今はもうしないようですから、あまり期待もしていません」
その人は微笑んで、ちょっと屈んであたしと目線を合わせてくれた。
「俺はアーミアス。あなたは?」
「オリガといいます。ありがとうございます、アーミアスさん!」
優しげな笑顔で返してくれた。そして仲間の人たちを連れてアーミアスさんは村の人に話に行ったみたい。
きっと、断られちゃうんだろうな。ほかの人もそうだったから。
……アーミアスさんならあたしの話、おかしいっていわずに、聞いてくれて、ツォのダメなところ、ダメって言ってくれるかな?
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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