闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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46話 鮮血

 天使様の血も赤い。人間の血ももちろん赤い。おれはそれを知ってしまっているから、どうしたらそれを見ないようになるか、一生懸命考える。あれを見るたび、おれは怖くて、怖くて、泣きそうになるから。

 

 おれはセントシュタインで一番泣き虫だと、ずっとずっと、言われてきた。泣き虫で、弱虫で、ひとりぼっちで、言い返したって涙がぼろぼろ落ちていたくらいだから、きっとすっごく泣き虫だった。でも弱虫はさ! 多分人並みに弱虫だっただけなんだ。泣き虫は、悔しい時だけだった。おれがおにーさん……アーミアスさんたちと旅に出てから知ったこと。

 

 おれは、強くなって、泣き虫が出てこないような人になりたい。だからおれを泣き虫だって言わない仲間たちが、血を流すところは見たくない。

 

 メルティーはつんとした人だ。僧侶になりたかったらしいけれど、最近はそうでもないのかな。教会の、おれにご飯をくれたシスターみたいな人で、厳しい人だ。厳しいけど、自分にも厳しくて、そして怖がりな人だ。特別優しい人ってわけじゃないけれど、少なくともおれのことを犬っころだと思っているシスターよりは優しい。想いが強くて、おれがあんなふうならおれは泣き虫じゃなかったと思う。

 

 アーミアスさんは天使様だから、「敬虔」っていう、メルティーはすごく張り切っていて、ちょっと空回りする。落ち着いた人なのにアーミアスさんの前ではあわてんぼうになっちゃって、失敗しちゃうごとにうつむいて、唇をぐっとかむ。アーミアスさんが気づいたらいけないと思っているらしくて、彼にはすごく隠しているけど、いつも戦う時以外は後ろから追いかけているおれは、知っている。

 

 メルティーは、ぐずだ泣き虫だと言われ続けて、のけ者にされていたから、祈りの言葉も知らなかったおれに、祈りの言葉を教えてくれたひとだ。手を握って、祈りなさいと静かな声で言ってくれるのが好きだ。おれは祈り方を教えてもらってから、みんなの次のご飯が美味しいように祈ってる。それから、おにーさんについて、目をキラキラさせて話しているのが好きだ。いつもそればっかりなんだよ。

 

 でもメルティーはそんなに丈夫じゃないから、戦っていて、血を流していたら、きっとおれは泣き出してしまう。おれはメルティーがけがをしたなって思ったら、泣かないように、泣いて力が出ないなんてないように、前に飛び出して、後ろを振り向かないように、戦うことにしている。

 

 ガトゥーザは心配ができない人だ。ほかの人を見れない人だ。その上自分のことも見れない人なんだ。たぶんおれと同じで、教えてもらえなかった人だ。丁寧で、器用で、きっと大きな家の人なんだろうに、お金持ちの息子も教えてもらえないことがあるんだとおれは初めて知った。まっすぐ前しか見れないんだ。何かを信じたらほかを全部捨てちゃうんだ。

 

 自分を救ってくれる人が目の前に現れて、夢中になってしまったんだ。綺麗な、綺麗な、優しい天使様に夢中になって、ほかの何も見えなくなって、注意散漫で、よくけがをするひとなんだ。でもそのけがにも言われるまで気づかなくって、おれはいつもけがしてるよって囁く。そしたらありがとうって言ってくれるけど、ガトゥーザの心はおれの方は見ない。

 

 きっと囚われちゃったんだと思う。ご飯をくれなくなったシスターが男の人とどっかに行っちゃった時みたいに。シスターがどっかに行っちゃったあと、神父様がご飯をくれて、シスターがおれのママだったって教えてくれたけど、ママはおれのところには帰ってきてくれなかった。

 

 シスターはあの男の人に囚われて、自分のこともおれのことも見れなくなって、それっきりだ。そのあとおれは教会から追い出されたし、シスターがどうなったかなんて、分からないから、おれの中ではまだ囚われてるまま。

 

 アーミアスさんにその気はなくても、あの男の人がそのつもりじゃなかったとしても、囚われた人は夢中になったっきり。ガトゥーザは天使様に夢中になって、全部差し出せる人で、妹のことも、考えられなくなって、そればっかりになって、もう自分のことだって、分からないんだ。

 

 つまり、年上だけど、年下みたいな人なんだ。おれは、ずっとだれかの弟だった。可愛がられたりはしない。からかって、弱くて、泣き虫の弟。きっとガトゥーザもそう思ってる。でも、あんな夢を見ているような、子どもみたいなひとが傷ついたら、おれは初めて出来た弟がけがしたって思うから、きっと心がぎゅっとして痛くなって、泣きそうになるから、振り返らないようにしている。

 

 戦いが始まったら、おれは、一番後ろから抜け出してアーミアスさんの後ろにいるんだ。そうしたら、泣かずに済むんだ。普段、二人はおれに興味がなくて、からかったりしないから悔しくって泣くこともないんだ。

 

「マティカはいい子ですね。本当に、二人も見習ってくれたらいいのに」

「アーミアスさん?」

「……二人ももちろん、いい子ですよ。内緒ですからね」

 

 おれをいい子だと言って、きらきらした、星空みたいな瞳がにっこり笑ってくれる。黒くて、星がいっぱいの、夜みたいな、みんなが大好きな目で。

 

 アーミアスさんは天使様だ。だから、メルティーは、見た目よりもアーミアスさんはずっと年上で、おれたちのことはきっと赤ん坊みたいに見えてるって言ってた。お墓の中の人よりも歳上なんだって、言ってた。

 

 赤ん坊はなにもできない。だからおれは路地で泣いてる赤ん坊を見つけたら、拾って教会に持っていく。おれはそのまま追い出されて、赤ん坊は中に連れていかれる。おれは何も出来ないけど、大人ならなにかできるらしい。

 

 なら、おれたちは赤ん坊じゃない。アーミアスさんは言うじゃないか、頼りにしてるって。おれたちに。力を貸してくれてありがとうって。赤ん坊にそんなことは言わない。

 

 アーミアスさんも、けがをする。二人と比べられないくらいしょっちゅうけがをする。飛び出しすぎたおれを庇って、避けきれなかったメルティーを守って、夢心地のガトゥーザを救う。その度に赤い血が飛び散って、地面に流れて、綺麗な綺麗な天使様は赤くなる。

 

 女の人みたいに白い肌で、天使様の像よりもずっと綺麗な本物の天使様。おれは守られるたびに、もっとおれが強かったらけがするまえに戦いが終わったかなって思うんだ。

 

 おれは武闘家だ。ちょっと間違ったら盗賊になってたと思う。でも、武闘家なら強くて、盗賊なら器用になるって聞いたから武闘家なんだ。強かったら泣く前に全部終わるじゃないか。泣き虫には向いてないって言われたけれど、今、ちゃんと、戦えている、はず。

 

 おれはアーミアスさんがけがをしても泣かない。泣いていたら戦えない。泣くよりも、あの綺麗な赤が飛び散るさまを見て、もっともっと強くならなきゃなって思うんだ。魔物を殺して、アーミアスさんが祈って、ガトゥーザが傷を治すと、おれはやっと正気に戻る。

 

 天使様、天使様、そう二人は言って、慕ってる。慕っているのにおれは天使様に抱いちゃいけない気持ちを抱いてる。

 

 おれは、多分、あの綺麗な綺麗な赤にうっとりして、あの夜空の黒が大好きで、翼のない背を追いかけていると、なんだか全部素敵だから、少しも欠けちゃいけないって思う。なのに、飛び散る血飛沫に見とれて、一生懸命におれたちを守る姿を見ているのが好きで、そうだ、欠けているのが綺麗だなって思う。

 

 朝早く、陽の光の下のアーミアスさんが髪の毛を銀色に光らせて歩いている時、頭に輪っかがないからこんなに綺麗なんだ。夜、街頭に照らされてる時、背中になんにも輝くものがないから、あんなにみんなが見とれるんだ。

 

 別け隔てがないわけじゃないし、アーミアスさんは天使様だけど、神様じゃないから、息をして、一緒にご飯を食べて、たまにちょっと笑う。じっとあの天使様を見ていると、「悪い人」に対してはいたずらっ子でも見てるような顔をしてるし、天使様だと言われてメルティーやガトゥーザみたいな人に会ったとしたら多分ちょっと顔色が青くなっている。

 

 よく見ないと、ただただ綺麗な天使様。でもよく見たら、あぁあんなに生きてる一人の天使様!

 

 おれは、守りたいあの人が一番綺麗なのは宿屋の女の子と笑っている時だから、アーミアスさんですら何かに囚われてしまうんだなぁって、分かったんだ。

 

 そしてやっぱり天使様だから、おれの知らないことを知っている。おれをとりあえず戦士にして、おれに「ドラゴン斬り」を教えてくれる。なんでも、テンションを溜めて、スーパーハイテンションになってからドラゴン斬りでスライムを五匹倒せばいいらしい。

 

 なんでそんなことするの?って聞いたら、忍耐力を試すためらしい。初めて持った剣を構えて、スライムを見据えて、おれは待つのがそんなに好きじゃないからバトルマスターになれたら全部まとめて吹っ飛ばそうと思った。

 

 でも根気強くやれたなら、あの優しい指で頭を撫でてくれるから、ちょっと頑張ろうかな。心底可愛がって、いい子って言ってくれるのは、幸せになれる。

 

 もっと手っ取り早く強くなれたらいいのに。あの果実に頼ったら、化け物になっちゃうから良くないけど、果物を食べるだけで強くなれたらいいのに。

 

 でもちょっと幸せなことに、おれがスライムと格闘し終わったあと、ずっとラリホーを唱えて逃げないようにしてくれていたガトゥーザがアーミアスさんの真似をしておれの頭を撫でてくれたのだけど、なんとなく、ちょっとだけ、おれのことも見えているような気がした。

 

 

 

 

 

 見事バトルマスターへの道が開かれた少年を連れて、あの旅人はやってくる。灰色の髪の少年は、女神像さながらに巡礼者に拝まれては困った顔をする。魔法戦士の青年に随分長いこと勧誘されては断り、老人の拝む姿を制して。

 

「大神官さま! おれをバトルマスターにしてください!」

「もちろんだとも。ところで、そちらの方は転職はよろしいのか?」

 

 騎士然と剣を帯びていても、似合わぬことに彼は旅芸人だった。似合わぬ、とダーマの大神官らしからぬことを考えたが、だからといってどんな職業が似合うのかというと少し困ってしまう。

 

「俺ですか。そうですね、ダーマにパラティンの道を開いてくださる方はいないようですから、それならば戦士として修行を積んだ方が今後のためになりそうですね。やはり本職は違いますから」

「本職とは?」

「自己流の『庇う』ではやはり足りませんよ」

 

 灰髪の少年は、まだ子どもから抜け出したばかりの年齢に見えた。しかし、よくよく目を凝らせば、どうして少年に見えたのだろうか、不思議に思える。

 

 彼の目には不思議な雰囲気があった。静かで、全てを慈しむ目だ。人間離れした容姿と、それを合わせて考えれば、あぁなるほど彼は人間ではなく、天使様であると納得がいく。

 

 であるからこそ、あの黄金の果実の危険さを知っていたのだ。

 

 ……それにしてもなぜ旅芸人を選んだのだろうか。

 

「ではマティカよ。バトルマスターの気持ちになって祈りなさい。アーミアスよ、戦士の気持ちになって祈りなさい」

 

 ダーマの神からの祝福を受け、光に包まれる姿に、なるほど光ごとき翼を幻視しながら地上に遣わされた翼なき天使様の行く末を祈ることにした。

 

 どうにも危ういものを感じながら。相容れない魔物にあれほどまでに祈りを捧げる優しすぎる天使様であるのだから。




アーミアスは見たくないものから人並に目をそらすので現実は狂信者3人に囲まれているも同義

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
  • その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)

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